鉄騎兵団⑧
「さて、それじゃあ話を聞かせてもらおうか」
紅神は開口一番に室内にいる男に言い放った。
紅神の言い放った言葉に男は僅かながら顔を歪める。紅神の口調にどうやら不快感を刺激されたらしい。男の容貌は年齢は四十代と言ったところだ。やや切れ長の目は怜悧な印象を見る者に与える事は間違いないだろう。
「君は一体何者だ? なぜここまでの暴挙を行うのだ?」
男の言葉は尤もであっただろうが、紅神はそれをサラリと無視する。紅神にしてみればこの世界のものが天瑞宮に土足で踏み込んできたのだから恐れ入りはしないのだ。
「お前の文句なんぞ答えるつもりはない。お前達は創世神様に何をするつもりだ?」
紅神の創世神という単語に男はかすかに反応する。
「今まで創世神様の元に押しかけてくる者達は創世神様の力を奪おうとする者達ばかりだったがお前達は違うようだ」
「……」
「お前達は生物ではない。生物でないお前達は当然ながら“死”というものに拘りはないだろう。お前達は体が朽ちようが何の関係もなく永遠に存在し続けるのだろう?」
「……」
紅神の言葉に男は沈黙を保つ。
「となるとお前達の目的は永遠の命とかそう言う類のものではない。結局お前達は作られた存在だな」
紅神の言葉にようやく男は口を開いた。
「巫山戯るな!! 貴様ら生物風情が我ら偉大なる鉄神の子に何という言いぐさだ」
男はただ口を開いたのではない。紅神に向けて凄まじい敵意を向けてきたのだ。
(こいつらは基本生物という者を見下しているな)
紅神はここで彼らの特性というものを把握する。基本的に生物を見下している彼らは生物に見下された発言をされると忍耐心というものが一気に消失するようであった。
「そうか、そうか。ところで鉄神の子とは何の事だ?」
紅神は男の激高にまったく配慮を示すことなく男に尋ねる。
「鉄神の子とは我らの種族名だ」
「種族と言うよりも型番だろ」
「な……」
「そんなに驚くなよ。お前達は誰に生み出された? お前達のような存在は人工的なものだ。お前達の様な存在が自然に生物の進化から生まれるはずはない」
紅神の言葉に男は口元を歪める。
「お前が見下している生物の手によって生み出された。これは間違いない。では誰がお前達を生み出したかと疑問に思うのは自然なことだろう?」
男が答えないことを見て紅神は無視して話を進める。
「まぁ、お前のような卑怯者に言っても理解できないだろうな」
「卑怯者だと?」
「ああ、自覚していないのかやはり愚か者だな」
紅神はため息をつきながら男の激高を受け流しつつ口撃を加えていく。
「お前、その体は仮のモノだろう?」
「……!!」
紅神の指摘に男の表情が凍る。そしてその凍った表情が紅神の言葉が真実である事を如実に知らしめていた。
(やはりな……)
紅神は自分の戦闘力がいかに次元が違う事を知っているのにも関わらずこの落ち着きに違和感を感じていたのだ。いかに痛覚が無いとは言え自分の存在が消えるのは根源的な恐怖がある。それはどんな存在であっても自我がある以上完全に払拭することは出来ない。
それが一切この敵から感じられないのは何かしら保険がかけられているからだと紅神は判断したのだ。
「俺は安全なところでしか勇ましい言葉を吐くことができないやつが本当に嫌いなんだよ。そんなお前達は卑怯者と呼ぶに相応しい存在じゃないのか?」
「随分と言いたい放題言ってくれるじゃないか」
男は立ち上がるとてにした剣の柄から光が発せられ、それが剣の形に形成された。その表情には自信があった。
「お前は俺に勝てない事を理解しているはずなのに戦おうとするのはやはり死ぬわけがないという下卑た安心感からか? それとも……情報を集めるためか?」
紅神の言葉に男は返答する事なく紅神に斬りかかってくる。その動きは今までの連中よりも遥かに速い。
だが、紅神の目からすれば“稚拙”としか称することの出来ないものであることは間違いない。確かに速度、膂力は優れているのだろうが、まったくその利点を活かせていないのだ。
戦いに対する駆け引きなどまったく考慮していないのだ。
(命がかかってないからこうなんだろうな)
紅神が斬鬼紅神を抜刀すると同時に男の首を刎ね飛ばした。剣光一閃という表現そのものであり、男はそのまま斃れる。紅神は転がった首を拾い上げるとニヤリと嗤って言い放った。
「聞こえているだろう? お前の余裕の元をここで絶ってやろう」
紅神の言葉に男は視線を移した。その視線には明らかに紅神への恐怖心が含まれている。
「何をするかわかるだろう? 俺がやろうとしているのはお前達を生み出しているモノを破壊する事だ」
紅神の言葉に男は目を見開く。その反応だけで紅神は紅神がとろうとした手段が有効である事を察したのだ。
「さてそれじゃあトドメを刺すか」
紅神はそう言うと男の首を持ったまま歩き出す。その足取りは迷いというものがまったくない。
紅神はずんずんと施設の中を歩いて行く。その際に紅神の行動を阻止しようと何十体もの兵士達が現れたがすべて紅神によって斃されている。
(なぜこいつは……迷いなく進めるのだ?)
首を掴まれたまま男は不思議に思う。初めての場所のはずなのにまったく迷う事なく進む紅神に対して男は戸惑いの表情を浮かべた。
(まただ……また道を間違えなかった)
男は目的地へ間違うことなくすすむ紅神に対して恐怖を感じ始めていた。
(まぁ、不思議でも何でもないんだよな。俺に道を教えているのはお前なんなよな)
紅神は内心苦笑しながら進んでいる。実際のところ男の首からもたらされる情報から紅神は正解の道を選択し続けているのだ。例えば分かれ道になった時に男の首から感じられる安堵の気配と緊張から進む道を決めているのだ。
男自身は気付いていないようだが紅神にしてみれば機械だろうが、生物だろうが雰囲気を発している以上、それを感じ取るのは紅神にしてみれば容易な事であった。
紅神はどんどんと進んでいきそれに伴い男の首から発せられる緊張が高まっていく。
「ここか……」
紅神は厳重なセキュリティが施された扉の前に立つ。例え迫撃砲であっても破壊する事は不可能なほどの扉であるが紅神にしてみれば紙に等しい。紅神は容赦なく扉を蹴りつけると只の一蹴りで扉が吹き飛んだ。
紅神の目の前に数万の透明なポットが並んでいる。その中を覗き込むとそこには男性、女性の人間が眠っている。
「これが本体というわけだな」
紅神の言葉に男は顔を青くしつつ、ようやく声を絞り出した。
「まってくれ……止めてくれ」
男の言葉に紅神は皮肉気に嗤う。
「なんだお前達は生物を見下していたから完全な機械と思っていたが、意識をデータ化して機械の体に送り込んでいたというわけか。ここにある本体を破壊すればお前達は新しく意識を送り込む事は出来なくなるな。少なくとも本体が死ねばそれ以降の意識が本物と言えるかな?」
紅神の言葉に男は震え上がった。今まで自分達が無茶をしてきたのは絶対に死なないという保証があってのことであってのことだったのだ。
「さて、そこを踏まえての最後の警告だ……まだ、お前達が天瑞宮にやってきた理由を聞いていない。それを話せ」
紅神の言葉に男は口を開く。その声には完全に屈服した感情が込められていた。
「我らは創世神の力を得ようとしたのだ」
「どうやって?」
「創世神の力を解析しそれを……」
「つまり……創世神様を使って実験しようとしたのだな」
紅神の表情に明白な殺意が宿るのを男は察した。
「待ってくれ、正直に話しただろう!! 助けてくれ!!」
「俺がいつ正直に話したら見逃してやると言った? お前の勘違いに俺が従ってやる理由はない」
紅神は掌から直径三十㎝程の火球を発生させた。その火球はぐんぐんと熱量を増していき炎は消え、強烈な光を放つ一個の光の珠となっていた。同時に手にしていた男の首も溶け蒸発していく。
まるで地上に小型の太陽が発生したようなものであった。
「お前達は自分の世界だけで満足していれば良かったのにな……傲慢さの報いを受けるんだ」
紅神は手にした光の珠を解放した。




