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狂信者⑧

「貴様らは……」


 教主は呆然とした声をようやく絞り出した。そこには予想通り紅神、織音、華耶の三人が立っていたのだ。


「お疲れ様でした。あなた方のおかげであの方々は納得して死後の世界に旅立てました。彼らに代わって御礼申し上げます」


 織音が黒装束達に一礼する。その仕草は優美という表現が最も似合うようなものであり、憎い相手とは言え黒装束達の中から“ほう”というため息が発せられた。


「それでは終わらせるとしましょうか」


 織音の言葉に黒装束達は狼狽え始めた。織音の言葉は静かではあるがそれ故に苛烈な処置が下される可能性があるのを黒装束達は感じたのだ。


「我らはいわれなき非道な行いを耐え、貴様の出した試練をのりこえた!! 貴様にはその我らにさらなる罰を与えようというのか!!」


 教主が織音に向かって叫んだ。その叫びには織音の理不尽な仕置きに対しての憎悪があった。


「我らにあれほどの長い期間苦痛を与え、どのような権利で我らを裁こうというのだ!!」

「そうだ!! そうだ!!」

「我らをさっさと解放しろ!!」

「謝罪しろ!!」


 教主の言葉はとまらない。織音が反論しないために他の黒装束達も堰を切ったかのように織音に向かって叫びだした。どうやら精神崩壊しないように織音が処置を施していたにもかかわらず黒装束達は永遠とも言える苦痛の中でその精神をすり減らしておりまともな思考回路を失っていたようであった。


「あなた達は何を言ってるのかしら?」


 織音が静かに告げると黒装束達は糸が切れたかのように突然沈黙する。織音が次にどのような言葉を告げるかを一言も聞き逃すまいとしていたのだ。


「私がいつあなた達を赦すなどと言ったのかしら?」

「な……」

「あなた達に反省など必要はないわ。あなた達は殺された魂達の汚れを浄化するために苦痛を受けていたのよ。そして……あの方々は別にあなた達を赦したわけじゃないわ。ねぇ皆さん?」


 織音がそう言った瞬間に檻の周囲を魂達が取り囲んだ。


「ひっ!!」

「ひぃぃぃぃ!!」


 そこには自分達を長年苦しめ続けてきた魂達の姿があったのだ。その記憶がある以上、黒装束達が恐怖の声をあげるのも当然であった。


「どうして? さっき死後の世界に旅だったと言ったじゃないか!!」


 黒装束の一人が叫ぶと織音はニッコリと微笑んだ。


「勿論嘘ですよ。あ、ちなみに時間の流れを少しいじりましたのであなた達の世界では二十年経っていますが、ここではせいぜい三十分ほどしか経っていませんよ」

「な、なんでそんな事を……」

「もちろん、彼らに復讐を完遂させるためです。あまり待たせるのも可哀想と思いまして時間の流れをいじったのですよ」

「……」


 “復讐の完遂”という言葉を聞いて黒装束達は顔を凍らせた。終わったと思っていた永遠と思われた苦痛が只の中休みであった事は黒装束達にとって絶望を思い知らされるには十分な理由だったのだ。


「あなた方にとっては過去のことでしょうけどこの方達にとってはそんな昔の事じゃあありませんよ。私は時間の流れをいじると同時にこの方達に思念を飛ばしました。ある程度(・・・・)納得したらここに来て下さいとね」


 織音はさらに続ける。淡々と紡がれる言葉に黒装束達は反論する術を持たない。


「すでに納得した方もいますがほとんどの方々はここであなた方が惨たらしい最後を遂げるまで納得する事は出来ないみたいです。それだけあなた方に対する憎悪の念が強いというわけですね。ついでに言えば赦されたと勘違いしてまったく反省の色を見せなかったのですからさらに怒りが再燃したようですよ」


 織音はそう言うと黒装束達の姿が足元から消えていく。その事に気付いた黒装束達の中から恐怖の叫びが上がり始めた。


「あなた達のような者を私が赦すわけ無いでしょう。あなた達は魂ごと消滅し完全に無に帰すことになります」


 織音の言葉に黒装束達はそれが脅しでない事を察した。自分の存在が消えていくという感覚は恐怖以外のなにものでもない。


「ひ……」

「止めてくれ!!」


 黒装束達は絶望をはらんだ声を発しながら一気に恐慌状態になっていく。


「それじゃあ、さようなら……」

「ひぃぃいぃいぃ!!」

「嫌だぁぁぁぁあぁ!!」


 織音の別離の言葉に黒装束達は狂ったような音程をあげて叫びだした。二十年間苦痛に耐えた結果、このような終わりを迎えるなど到底耐える事の出来ない事であった。


 黒装束達は顔に絶望の表情を浮かべたまま魂ごと消滅していった。すべての黒装束達が消滅したのを確認してから織音は魂達に視線を移すと静かに言う。


「これで溜飲はかなり下がったと思います。あの者達は無へと帰しました。あなた方はこれから死後の世界にいくことになりますがあの者達はもう消えてしまいましたので会うことはありません」

『あ、ありがとうございます』


 織音の言葉にラディスが礼を伝える。織音はラディスの礼を受けて顔を綻ばせた。


『あの……一つお聞きしてもよろしいですか?』

「どうぞ」


 ラディスがおずおずと織音に言い出すと織音は即座に了承した。


『どうしてここまで私達のためにしてくださったのですか? 神であるあなた様が我らの復讐に手を出してくれた事が不思議でなりません』


 ラディスの言葉に魂達も同意とばかりに頷いた。


「簡単な事です。私はあいつらが大嫌いだったからです」

『え?』


 織音の返答が意外だったのか魂達は揃って呆気にとられた表情と声を出した。


「私はあいつらのように自分の悪行を自分の責任で行わないような連中が大嫌いなのですよ。あいつらはあなた方を殺して、あのゴーレムの力にしました。ただの自己の欲求を満たすためなのに“神のため”とか言って自己を正当化する。そんな連中が私は何よりも嫌いなんですよ」


 織音の言葉にラディスは小さく笑う。


『いずれにせよ。あなた様方のおかげで我らは心置きなく死後の世界に旅立てます』

「はい、もし転生することになったら今度こそ天寿を全うされますことを」


 織音の言葉に魂達は顔を綻ばせると次々と消えていった。数十万の魂達が消えて紅神、織音、華耶の三人だけが残った。


「終わったな」

「うん」

「お疲れ様」

「うん」


 紅神の労いの言葉に織音は小さく笑う。


「でも、お前がやらなくても俺達がやるから良かったんだぞ」

「そうですよ。お姉様がわざわざやらなくても私達であんなやつら消滅させるのは簡単ですよ」


 紅神と華耶の言葉に織音は小さく微笑む。織音は二人がなぜそう言った理由を察していたのだ。

 二人は、黒装束達を消滅させた事を本来は優しい織音がした事を気にしていたのだ。


「ううん、それをやるのは私の仕事よ。あの人達の復讐の舞台を整えたのだから責任は私が持つのが筋よ」


 織音の言葉に紅神と華耶は顔を綻ばせる。織音は自分がやりたくないことを他者にやらせることはしないのだ。


「さ、帰りましょう」


 織音が言うと紅神と華耶は頷く。二人が頷くと華耶は顔を綻ばせて歩き出し、二人はそれに続いた。


(バカな奴等だ。わざわざ織音の逆鱗に触れるなんてな)


 紅神は黒装束達が消えた場所をちらりと見て心の中で呟いた。


今回で狂信者篇は終了です。

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