呪神②
華耶が転移魔術を起動すると紅神もその魔法陣の中に入る。その瞬間にぐにゃりと視界が歪んだと思ったら紅神と華耶は天瑞宮の外縁のリングに立っていた。
「こっちだ」
紅神はふわりと宙に浮かぶと華耶も続いて宙に浮かんだ。
「あら……本当にあんた馬鹿力で斬ったのね」
華耶は呆れたように言うと紅神もさすがにバツが悪かったらしく頭をかいて誤魔化すしか出来ない。
「まぁ……あの時は創世神様が世界を生み出したばかりでな。お休みになる前に創世神様の所に行かないと不味いと思ってつい加減を間違えたんだよ」
紅神の声は少々小さくなっている。
「あんたねぇ……その結果お姉様が危険にさらされる事になるんだからね。気を付けなさいよ」
「う……」
「それにあんたなんでお姉様の事を“創世神様”なんて他人行儀に呼ぶのよ。昔みたいに“織音”と呼んであげた方がお姉様が喜ぶじゃない」
「それはわかってるんだがな。やっぱり他の者達の目があるからな俺が織音と呼び捨てにすれば軽く見られることになりかねないだろ?」
紅神の言葉に華耶はため息をつく。その態度はまるで分かってないと言わんばかりである。
「まったく……あんたがお姉様を織音と呼んで軽く見られるなんてありえないでしょ。そんな命知らずな者がこの天瑞宮にいるわけないじゃない」
「まぁそうなんだがな……」
「じゃあ、どうして呼んであげないのよ。お姉様が名で呼んで欲しいなんてわかりきった事でしょう?」
「いやな……一度“創世神様”で呼んでしまったから止め時が分かんなくてさ……」
紅神の言葉に華耶は今度こそ呆れたような表情を向ける。
「はぁ……あんたって本当にアホなのね」
「うるさいな、ほっとけ」
華耶の言葉に紅神はぶっきらぼうに返答する。華耶はその答えに対して少しだけ笑うと結界の補修箇所を見つめる。
(ここは私が一肌脱いであげますか。そうしたらお姉様も喜んでくれるし、褒めてくれるわよね♪)
華耶は心の中で計算を瞬時に行う。華耶は織音を姉のように慕っており、織音もまた華耶を妹のように可愛がっていたのだ。そんな華耶がもっとも幸せに感じるのは織音に褒められることである。
「さ、そうとなればさっさとやってしまいましょうかね♪」
華耶はそう言うと大きく斬り裂かれた結界に手を触れたすると瞬時に結界の傷は塞がった。
「見事なもんだな」
紅神は華耶が結界を瞬時に修復したことに対して素直に賛辞を送る。華耶は事も無げにやったがこの結界に込められた魔力は膨大なものであり、それを修復するにはやはり膨大な魔力が必要なのだ。
「まぁこれぐらいわね」
華耶はあっさりと返答する。
(そういうあんたもこの結界が自己修復できないような斬撃をあっさりと繰り出せるんだから桁違いもいいところよ……)
華耶は心の中でそう呟く。この結界は破られたからといって即座に修復するようになっているのだが、紅神の斬撃を受けた箇所は修復していないのだ。いや、修復はしているのだがその速度が異常に遅いのだ。これは紅神の斬撃に込められた紅神の魔力が修復を妨げているのだ。
「さて……お姉様が起きたら早速……ぐへへ」
華耶が含み笑いを漏らした。その笑い声はとてつもなく残念な笑い声だ。見た目の美少女ぶりに反して華耶は色々と残念なのだ。
「はぁ……まぁ仕事はきちんとやるから良しとしようか……ん?」
紅神は言葉の最後に訝しがるような響きを滲ませる。そしてそれは華耶も同様であった。
「ん……何か来るわね。前回の某が来たばかりなのにペースが早いわね」
「まぁこんなこともあるさ」
華耶の言葉に紅神は何の気なしに返答する。これまで何度もくり返されてきたことであり紅神とすればペースがどうだろうと大した問題ではない。
その瞬間に遥か下の結界が砕け、そこから数体の存在が天瑞宮に向かってきている事を紅神と華耶は察した。
「はぁ……何かやってきたわね」
「ああ、一応話を聞いてやるか……」
「えぇ? どうせ要件は決まってるんだから無視で良いんじゃない?」
紅神の言葉に華耶が難色を示した。それもそのはずで今までこの天瑞宮にやって来た者達は例外なく創世神である織音に害を及ぼそうとしている者達しかいなかったのだ。
「そういうな。今回は違うかも知れないし、俺とお前がいるんだから大した問題にはならないだろう」
「まぁそうなんだけどね」
二人はそう言うと天瑞宮へと戻ることにする。華耶が転移魔術を展開すると一瞬で天瑞宮の外縁のリング上に二人は姿を現した。そしてそれから数秒後に下方から何者かが姿を現す。
金色の髪と背中に六枚の翼を持つ者達が六体姿を見せる。姿を見せた者達の容姿はそれぞれ大変見目麗しいという表現そのものである。
「我らは偉大なる神であるレムンゼル様に仕えるものである。創世神に会わせていただこう」
真ん中の豪奢な金色の髪を靡かせた男が紅神と華耶に対して言い放った。口調は丁寧だ明らかに紅神と華耶を蔑んだ感情が込められている。
「神に仕える者……か。と言う事はいわゆるお前達は天使というやつだな」
紅神の言葉に男は横柄に頷いた。
「その通りだ。お前達のような無知なる者共であっても偉大なるレムンゼル様に仕える我らの事を知っているのには驚いたぞ」
男の言葉に周囲の天使達も嘲弄する。
「とりあえず聞くけど、あなた達はここに何しに来たのかしら? 単に喧嘩売りに来たわけ?」
華耶の言葉に天使達はおやおやという表情を見せる。その様子は明らかに華耶を見下している。
(あ……こいつらの命運は尽きたな……ついでにこいつらの主であるレム何とかも終わったな……俺がやってあげた方が苦しまずに死ねるよな)
紅神がそう思って口を開こうとした時天使が決定的な言葉を発した。
「創世神などとのたまう輩がいることにレムンゼル様はいたくご不快でな。創世神とやらを跪かせようとしているのだ」
天使がそう言った瞬間に紅神と華耶の雰囲気が変わった。天使達は言ってはならないことを言ってしまったのだ。
「紅神……私がこのクズ共を始末させてもらうわよ……あんたはこいつらの主とやらを始末してきなさい」
華耶の言葉に紅神は静かに頷き転移魔術を展開すると即座に姿を消した。
「いい度胸ね……使い走りの分際で創世神様の守護者であるこの呪神に尊大な物言い……しかも創世神様を跪かせる? どう間違えたらお前達の様なクズが生まれるのかしらね……」
華耶の威圧感は一秒ごとに増していく。天使達は肌が粟立つのを感じ始めていた。
「自分達が吐いた言葉の責任を取らせてあげるわ……」