狂信者⑥
『報い……ですか?』
織音の言葉にラディスは小さく返答する。
「はい、簡単に言えば復讐の機会を与えますので使ってみませんか?」
織音の言葉にラディスは檻にとらわれた黒装束達に視線を移した。
『復讐……あいつらに……』
『俺の家族を……俺を惨たらしく殺したあいつらに復讐……』
『俺の娘を俺の目の前で焼き殺しやがったあいつらに復讐させてくれるのか?』
魂達の怨嗟の言葉は徐々に大きくそして内容も過激になっていく。黒装束達は檻の中で魂達の怨嗟の言葉を聞き一様に顔を青くし始めた。どう考えてもまともな状況で死ぬ事は出来ないことが決定されている。
『陛下!! 俺はあいつらが憎い!! あいつら俺の妻の腹を割きやがったんだ!!』
魂の一つがラディスに向け叫んだ。その言葉を皮切りにラディスに織音の言葉を受けるような言葉が投げ掛けられ始める。
『陛下!! 復讐が何も生まないのは分かってる!! だが俺はどうしてもあいつらを許すことが出来ない!!』
『そうだ!! やらせてくれ!!』
『エルグード教団の連中に復讐させてください!!』
声は一秒ごとに高まっていく。その声を受けてラディスは自分の家族に視線を移した。ラディスは自分の家族が殺されるのを見ていたのだ。しかもその後に自分達の魂を捕らえてエルグードの纏う瘴気の中に閉じ込められエルグードの糧とさせられたのだ。その事実を思い出したときにラディスの心に憎悪の感情が芽生え急速に育って行くのを感じた。
一度自覚してしまえばもはやそれをなかった事にするのは不可能である。結局の所、ラディスも黒装束達が憎くて仕方ないのだ。
「勘違いしないでください。あなた方は黒装束の連中を殺させません」
そこに織音が魂達にとって絶望的な言葉を発した。明らかに先程の言葉とは矛盾する言葉に魂達の怒りが爆発しようとした。だがそれよりも早く織音が絶妙のタイミングで魂達の怒りが爆発するのを未然に防ぐ言葉を続けた。
「だって、みなさんは数十万人いますよ。それに対してあいつらはわずか五、六百人程度しかいません」
織音は魂達の怒りが再び爆発しようとしたときに言葉を発した。
「だからこそ、あいつらには不死の呪いをかけてあげます。例え細切れになろうとも絶対に死にません。あなた方は気の済むまであいつらを痛めつけてください。そして、満足したら死後の世界に旅だって下さい」
織音は少しだけ寂しそうに魂達に言う。織音が寂しそうに言った気持ちは本心からのものである。理由はわからない。だが織音の気持ちが本心であることは魂達は察していた。
『わかりました。あの者達に報いを……与えます』
『ウォォォォォォォ!!』
ラディスの言葉に魂達は咆哮する。数十万の魂達の咆哮は大気を揺らした。その揺らぎを受けて黒装束達は顔色を無くした。
「どのような苦痛を受けてもあの者達は精神を崩壊させることは決して無いようにしてありますので……安心してください。それにどれだけ細切れにしても甦るようにしておきます」
織音が告げた言葉は魂達にとっては安心出来る者かも知れないが、黒装束の者達にとっては安心とは真逆の宣言である。
「まってください!! 創世神様!! お慈悲を与え下さい!!」
教主はこれから始まる地獄を想像し織音に命乞いを行った。
「嫌です」
それに対する織音の返答は簡潔を極めた。
「な……そんな……」
「私はお前達のようなものが大嫌いなのです。お前達はこの方達をあれほど残酷に殺しておきながら自分達がその立場になれば慈悲に縋るのですか?」
「……」
「私が慈悲を与えるべきなのは殺されたこの方達です。私は慈悲を与えるべき相手とそうでない相手を混同するような愚かな事はしない。お前達のやってきた事が慈悲を受けるに値するかはこの方達が判断する事よ。この方達が少しでも早く許してくれるように祈る事ね」
織音の言葉に教主はもはや何も言うことは出来ない様で沈黙するしかない。だがまだ他の黒装束達は慈悲を乞おうと口を開いた。
「お願いだ!! 助けてくれ!! もう悪い事はしない!!」
「私もだ!! 助けてくれ!!」
「死にたくない!!」
「止めてくれ!!」
「創世神様お慈悲を!!」
次々と発せられる言葉に織音は全く心を動かされる様子はない。そして黒装束の者達の両腕が同時に破裂する。
「ぎゃああああああああ!!」
「ぐぁぁぁぁぁ!!」
「ぎぃぃいやぁぁぁぁ!!」
檻の中は一気に阿鼻叫喚の修羅場と化した。その様子を織音は何の感情も含まない目で見やると魂達に視線を移すと少しだけ優しげな表情を浮かべた。
「さぁ……これからあなた方を元の世界に転移させます。そこで心置きなくやりなさい」
織音はそう言うと巨大な魔法陣を浮かび上がらせると檻と魂達を一斉に転移させる。魂達は転移の瞬間に織音達に向かって頭を下げるのが見えた。
そして……黒装束達と魂は天瑞宮から姿を消したのであった。
* * *
空中に檻が突如現れた。
その檻の中には黒装束の者達がみな両腕を失った状態でいるが、この世界の者達にはその様子はわからない。なぜならば数十万の魂達が檻を幾重にも取り囲んでいたからだ。
『さぁ……創世神様からいただいた復讐の機会……我らの怨み晴らさせてもらう』
ラディスはそう言うと魂達に向けて叫んだ。
『さぁ、皆の者!! やるぞ!!』
『おお!!』
ラディスの言葉に応じて魂達は檻に向かって殺到する。魂達の手にはそれぞれ、様々な武器が握られていた。剣、斧槍、戦槌それこそ様々な武器だ。
魂達は檻をすり抜けると手にした武器を黒装束達に向かって容赦なく振り下ろした。またも檻の中は阿鼻叫喚の修羅場が展開された。しかも織音により全員が両腕を破裂させられた事でろくに防ぐことも出来ずにまともに魂達の攻撃を受ける事になったのである。
「ぎゃあああああああ」
「止めてくれぇぇぇえ!!」
「助けてくれぇぇぇえ!!」
「嫌だぁぁぁ!!」
黒装束達はかつて自分達が加害者として聞いていた言葉を自分の口から発していた。もちろん魂達は黒装束達に対して慈悲の感情を持っていないために容赦なく武器を振り下ろしていく。
黒装束達は細切れになりながらも命を失う事無く、意識を失う事もなく。いつ終わるとも知れない苦痛を受ける事になったのだ。しかも織音の言った通りに黒装束の者達は精神を崩壊させることを封じられていたために、苦痛から逃れることは決して出来なかったのだ。
いつ終わるとも知れない地獄を黒装束の者達は受ける事になったのであった。