幕間:織音、目覚める
天瑞宮の中を紅神と華耶は織音の待つ部屋へと走る。あまり褒められた行為ではないがだれもそれを咎めようとはしない。周囲の者達も紅神と華耶がこのような行為を行うのは織音関連しかない事を知っているのだ。
織音の部屋の扉の前に到着した紅神と華耶は身だしなみを整えると扉をノックする。即座に中から入室を促す声が発せられると紅神と華耶は扉を開け入室する。
「創世神様、紅神参りました」
「お姉様、お早うございます♪」
紅神と華耶が織音に告げると織音は顔を綻ばせた。その笑顔は木漏れ日のように暖かな笑顔であり見る者を和ませる何かがある。織音の服装は、上は白の着物に白糸で花模様が装飾で施されたもので、下は赤い袴姿である。容姿が抜群に優れている織音によく似合っている。
「二人ともよく来てくれたわね。さ、こちらに」
織音は席を勧める。織音の座っている机にはすでに、紅神と華耶のために栗の甘露煮が用意されている。
「おぉ……こいつは美味そうだ」
「本当、お姉様とても美味しそうです♪」
紅神と華耶の言葉に織音は嬉しそうに笑う。
「私が作ったのよ♪ さぁ食べて食べて♪」
織音の言葉に従って紅神と華耶は竹でつくった楊枝を使い栗の甘露煮を口へ入れると、栗の甘みと甘露の甘みが絶妙に絡み合い口の那賀で甘みをそれぞれ高めていた。
「美味い!!」
「本当、流石お姉様!!」
紅神と華耶はお世辞抜きに織音の作った栗の甘露煮を褒めちぎった。二人がここおから褒めてくれた事に対して織音はニコニコとした表情を浮かべた。織音は創世神という他芝ではあるが、その性格は人が幸せそうにしているのを眺めるのが好きな優しい性格をしているのだ。
「良かった~♪ この間の生クリームを使ったケーキは失敗しちゃったからね。今回はオーソドックスなものにしたのよ」
「この間のは前衛的すぎましたよ。普通に作ればいいのにどうして生クリームにわさびなんか入れたのですか?」
「むぅ~」
紅神が織音に言うと途端に織音が頬を膨らませた。
ガゴッ!!
そこに机の下で華耶が紅神の脛を蹴りつけた音が響く。
「いてぇ!! 華耶、何すんだよ!!」
紅神が華耶の行為に抗議を行うが華耶は逆に紅神を睨みつける。
「あんたねぇ、お姉様がむくれてるでしょう」
華耶の言葉に紅神はバツが悪そうな表情を浮かべた。確かに自信たっぷりで出されたものを貶されれば気分を害しても仕方がないだろうと紅神は思ったのだ。
「も、申し訳ございません。創世神様」
紅神は深々と織音に頭を下げる。頭を上げた時、紅神の視界には織音の不機嫌そうな顔が入る。美しい織音がむくれている表情は可愛らしいのだが紅神は僅かばかり動揺した。いつもの織音であれば紅神が誠心誠意謝ればすぐに機嫌が良くなると言うのに、今回は機嫌が直っていないのだ。
「ちょっと蓮夜、お姉様がどうしてご機嫌斜めなのか分かんないの?」
華耶は紅神の本名である蓮夜の名を呼ぶ。華耶はいつもは紅神と呼んでいるのに突然本名で呼んだことに動揺する。その動揺を見透かしたかのように華耶は言葉を続ける。
「本当にわかんない?」
華耶の言葉に紅神は頭を働かせ織音が不機嫌になった理由を考えると、一つの結論に至った。
「……ひょっとして言葉遣いがよそよそしい……?」
紅神はそう言うと織音にチラリと視線を移すと織音は正解とばかりに顔を綻ばせた。
「わかってるじゃない。もういい加減にお姉様にそんなよそよそしい言葉遣いは止めなさいよ」
「だがな……」
「あんたこの前、止め時がわからないと言ってたじゃない。今がその時じゃないの?」
華耶の言葉に紅神はぐっと言葉を詰まらせた。
「良いのよ……華耶、私の寂しさなんて蓮夜はちっとも察してくれないのよ……。でもあなただけが私をお姉様と呼んでくれるのは本当に嬉しいわ」
「お姉様♪」
華耶はそういうと織音に抱きついた。織音は華耶の頭をよしよしと撫でると華耶は本当に幸せそうに笑った。
「ぐへへ~お姉様♪ぐへへ~」
華耶の口から残念な笑い声が響く。華耶は織音に甘えるときはこのぐへへという残念な笑い声を上げるのが常だったのだ。
織音はチラッチラッと紅神に視線を移して様子を伺っている。どう見ても紅神に何かを促そうとしてるのは明白である。
(この二人、組んでやがるな)
紅神は心の中でとんでもない茶番劇に巻き込まれた事に対して心の中でため息をつく。
(まぁここまで流れが決まれば逆らうのは今更無理だな)
紅神はそう決心すると口を開く。
「分かったよ。お前らその面倒くさい演技を止めろ。織音、悪かったよ」
紅神は降参とばかりに織音に告げると織音は先程よりもより鮮やかな笑顔を浮かべた。
「うん♪ 許してあげる♪」
織音はそう言うと華耶もニッコリと微笑んで再び織音に抱きついた。
「上手くいきましたね♪ さぁお姉様もっと褒めてください♪」
華耶が目をキラキラさせて織音に言うと織音は華耶をぎゅっと抱きしめた。幸せそうな二人の美少女同士の抱擁はかなり眼福ものなのだが、紅神は複雑そうな表情を浮かべていた。
「あら? ひょっとして蓮夜も私に抱きしめられたいの?」
織音の言葉に紅神は顔を赤くすると即座に首を横に振る。紅神の慌てる様子を見て織音はいたずら小僧のような表情を浮かべると言葉を続けた。
「じゃあ私を抱きしめてたいの?」
「う……いや、そんな事はないぞ。俺は慎み深い男だからな」
紅神の言葉に織音は少しばかり不満そうな顔をするがすぐにニコニコと微笑む。紅神の返答の最初の“う……”は明らかに紅神の葛藤が現れたものだったからだ。その葛藤は織音の“抱きしめたい”という質問に対してであり、織音の言葉を肯定したかった事に他ならなかったのだ。
(えへへ、がんばって蓮夜を夢中にさせてやるわよ♪)
織音は照れる紅神を見て心の中で決意を燃やしていた。
 




