呪神Ⅱ④
「それであんた達はどうする?」
ジルツォル達を蹂躙し終えた華耶は呆然とした表情を浮かべているジーク達に視線を移すと問いかける。
ジーク達は一様に顔を青くすると即座に首を横に振った。
「め、滅相もない!!」
「俺達はあなた様、いえあなた様方に逆らうつもりなど毛頭ございません!!」
「わ、私もです!!」
「私もです。絶対にあなた方に逆らったりしません!!」
ジーク達の反応に華耶は憮然とした表情を浮かべる。ジーク達が勘違いしている事を察したのだ。
「違うわよ。今更あんた達が私達に喧嘩を売るなんて思ってないわよ。何勘違いしてんのよ」
華耶の表情と声には心外だという感情がありありと浮かんでいる。華耶がジーク達に尋ねたのは“これからあなた達はどうするつもり?”と今後の身の振り方を尋ねたのだが、ジーク達は再戦を尋ねられたと勘違いしたのだ。
「あ、そうなんですか。これからどうすると言われましても……さっき四人で話して出た結論はバルトライン王国に戻らずにどこか安心して暮らせる場所に行こうと言う事になりました」
ジークの言葉に華耶は頷く。
「そう、それじゃあ。あんた達良ければ天瑞宮で働かない?」
「「「「え!?」」」」
華耶の言葉にジーク達は驚きの声を上げる。天瑞宮で働くと言っても自分達ごときの実力では衛士としても力不足であることを自覚しているために役に立つとは思えなかったのだ。
「何呆けているのよ。あんた達の様に元異世界の者が天瑞宮で働くという例は多いわよ。あんた達が目を覚ましたときに紅神の所に案内した者がいたでしょう」
華耶の問いかけにジーク達は頷く事で返答する。
「あの者達も元を辿ればあんた達と一緒よ。神や悪魔にそそのかされて天瑞宮に送り込まれたのよ。私達は創世神様に対して敵意を持つ者には容赦しないわ。あんた達は送り込まれた時に創世神様を害するつもりはなかったようだから働くというのなら置いてあげるわよ」
華耶の言葉にジーク達は視線を交わした。それからしばらくして互いに頷き合った。
「もう、この世界に俺達の居場所はありません。俺達には誰も家族はいませんのでこの世界に未練はないです」
ジークはきっぱりとそう言うと残りの三人も同意とばかりに頷いた。
「そう、それじゃあ。あんた達の身柄私が預かるわね」
華耶はそう言うと転移魔術を起動し、四人を連れて天瑞宮へと転移する。五人が消え去り後には天使達の亡骸が数体残された。
* * *
「あの四人は私の部署で働いてもらう事になったわ」
華耶は開口一番に紅神に言う。
「そうか」
華耶の言葉に対する返答に対する紅神の言葉は非常に簡潔であった。これまで何度もくり返してきたやりとりであり今更多くを語るような事でも無いのだ。
「とりあえず、あの四人には千年の寿命と不老を与えたわ」
「そうか。それであの四人はどこに送るんだ?」
「そこまではまだ決めてないわ。でも実力不足だからもう少し鍛えてから送り出さないとすぐに死んじゃうわ」
「まぁな、少なくともあの程度の神ぐらい片手間で斃さないとやってけないな」
紅神のいうあの程度の神とはジルツォルの事であることを華耶は察した。
「しかし、お前はこれでまた強くなるな」
「まぁね。今のジーク達が有している知識だけでもそれなりに魔力は強化されるから助けたかいはあるというものよ」
「そうか。今更だがお前は織音に与えてもらった能力は面白いな」
紅神の苦笑しながらの言葉に華耶はニッコリと微笑んで言う。
「ええ、お姉様は私に最高の能力を授けてくださったわ」
織音が華耶に授けたのは、知識量に応じて魔力が強化されるという能力であった。元々知的好奇心が旺盛であった華耶に対して織音が授けた力である。華耶はその能力を授けられて、乾いた砂が水を吸収するように知識を吸収し、凄まじいばかりの魔力を身につけるに至ったのだ。総合的な戦闘力は紅神が華耶を上回るのだが、魔力に限定すれば華耶は紅神すらも上回るのだ。
華耶はすでに十分というよりも過剰な魔力を有しているのだが、華耶の知的好奇心は些かも衰える事無くそれぞれの世界に自分の部下を派遣して様々な知識を獲得させているのだ。
「絶対神のエネスが死に、英雄であるジーク達もいなくなり、お前に神界が吹き飛ばされて神達もほとんど残っていない……あの世界もこれからどうなることやら」
「あんたが言っちゃダメじゃない」
紅神の言葉に華耶が呆れた様に言う。華耶が神界を吹き飛ばしたためそこにいた神、天使達の大部分もまたまとめて消しとんでいたのだ。辛うじて生き残った神は一割に届かないのだ。
確かに吹き飛ばしたのは華耶であるが、絶対神であるエネスを斬り殺したのは紅神である。紅神と華耶のどちらがあの世界に損害を与えたかは非常に判断の分かれることであろう。
「ま、定期的に脅しをかけておくか」
「そうね」
「大体……百年単位か?」
「二百年といった所じゃない? それぐらいすれば勘違いする連中も出てくるんじゃないかしら」
「ま、その辺りの事は注意しておこう」
「そうね」
紅神と華耶の話がまとまった所でパタパタとした足音が聞こえて来た。しばらくして扉を叩く音が室内に響いた。
「どうぞ」
紅神は柔らかく返答する。上位者である紅神は尊大な物言いをしても許される立場ではあるがそのような言い方を紅神はあまり好まないのだ。
「失礼いたします」
扉を開け入室してきたのは女官である。入室した女官は一礼すると顔を上げて紅神と華耶に告げる。
「創世神様がお目覚めになられました。つきましては紅神様、呪神様を呼んでおります……」
「わかった。すぐにお伺いする。ご苦労であった」
「私もすぐにお伺いするわ。ご苦労」
「はっ!!」
紅神と華耶の言葉に女官は一礼すると紅神の自室を退出する。
「それじゃいくか」
「うん♪」
紅神と華耶は織音の元に向かう。その足取りは二人とも軽かった。




