呪神Ⅱ③
“始めましょう”
華耶から放たれたこの言葉ほどジルツォル達にとって恐ろしいものは無かったであろう。なぜなら華耶のこの言葉は死刑宣告に等しいことをジルツォル達は本能が察していたのだ。
ジルツォル達の視界から華耶が消えた。いや、華耶の動きをジルツォル達の動体視力では捕らえることができなかったのだ。
華耶との距離が一番近かった天使の胸部に凄まじい衝撃が走る。天使は何が起こったかを理解する前に口から血があふれ出た。
「ぐ……がはぁ……」
天使が自分の胸元を見ると華耶の右手が自分の胸を貫いているのが視界に入った。その事に気付いた時に天使を凄まじい痛みが発した。
「わざわざ知らせてあげたのに……呑気な連中ね」
華耶はにっこりと微笑むと胸を貫かれた天使は意識を失った。華耶は天使の胸部から右手を抜くと天使はそのまま地上へと落ちていく。
どしゃ……
乾いた音が周囲に響く。しかしジルツォル達は動く事が出来ない。華耶の動きがまったく察知出来なかったことが華耶と自分達の間には実力に大きな隔たりがあることを察したのだ。
胸を貫かれて絶命したばかりの天使が立ち上がると虚ろな目でジルツォル達を見やった。ジルツォル達はその様子を見て喉をゴクリとならした。
「さ……やりなさい」
華耶の言葉に胸を貫かれた天使はそのまま一気にかつて仲間であった天使達に襲いかかった。
「な……」
「くそ!!」
「アンデッドになってやがる!!」
天使達は即座に事態を察すると一気に手から魔力の塊を放出する。放たれた魔力の塊はアンデッドと化した天使を貫くと五秒を待たずに天使は粉々になって消滅した。
(ふ~ん……これぐらいの戦闘力というわけね)
華耶は心の中でため息をついた。天使の胸を貫いた動きなど華耶にとって準備運動にもならない程度のものである。にもかかわらずジルツォル達は誰も華耶の動きを身来る事の出来た者はおらず、アンデッド化した天使を消滅させるのに放たれた魔力など華耶にとって弱すぎて話にならないレベルである。
「あなた達って本当にクズね。大した実力でも無いのにどうしてそこまで尊大になれるのか本当に不思議だわ」
華耶はそう言うと左腕を掲げるとそのまま振り下ろした。華耶が腕を振り下ろした瞬間、天使の一体が縦上に斬り刻まれると天使は地面に落下する。地面に落ちた天使の亡骸はまるで千切りされた野菜のように刻まれている。
「ひ……」
斬り刻まれた天使の隣にいた天使が恐怖の声を上げる。彼は理屈ではなく自分が斬り刻まれなかったことに意味がない事を悟っていたのだ。華耶が戦術により隣の仲間を斬り刻んだのではなく、ただ単に振り下ろした先にたまたまそいつがいたというだけの事なのだ。
「あ、一応言っておくけど逃げられないわよ」
「「「「!!」」」」
華耶の言葉に数体の天使達が動揺を示した。その動揺は天使達が逃走を企てていた事の現れであることは間違いない。
「あれ? 気付いてなかったのかしらとっくにこの周辺に結界を張っているから転移魔術を使用しても逃げられないわよ」
華耶の言葉にジルツォル達の顔が凍る。いや、華耶の発言はジルツォル達の顔を凍らせ続けており解凍する暇が無いというのが本当の所なのかも知れない。
「くそ!! なんなのだ貴様といい、エネス様を斬ったあの男といい!!」
ジルツォルは理不尽と言うばかりに叫ぶ。神であるジルツォル達は今まで人間や魔物を自分達の意のままに操り殺し合いさせ、強者として弱者を踏みにじってきたのだ。だが、ここに来て、自分達など到底及ばないような力を持つ者が現れ自分達を蹂躙する事に理不尽な怒りを感じていたのだ。
華耶はジルツォルの身勝手な怒りなどに何の興味も示すことなく、一体の天使の足首を掴んだ。華耶の動きは先程とは違って非常に緩やかなものでありジルツォル達は視界に捉えていたはずなのに誰も反応出来ていなかったのである。
「ひ……」
ようやく足を掴まれた事を察した天使が恐怖の声を上げる。華耶はニヤリと嗤って掴んだ足首を握りつぶした。
「ぎゃあああああああああ!!」
天使の口から絶叫がほとばしる。この絶叫は発した苦痛だけではなくこれから自分の身に降りかかる不幸を察した事による恐怖の叫びであったのだ。
華耶は握りつぶした足首を離すことなく天使を振り回した。隣にいた天使に直撃するとその天使は肉片と化し周囲にばらまかれた。
「ひ!!」
「逃げろ!!」
華耶は逃げようとした天使の間合いに踏み込むと再び足首を掴んだ天使で殴りつける。殴られた天使は再び肉片と化す。それは圧倒的な力による蹂躙であった。今まで蹂躙する立場であったのが蹂躙される立場になった時、天使達の絶望は限りなく大きかった。
グシャァァァァ!!
ゴシャァァァ!!
ギョシャァァ!!
華耶が天使を振り回す度に形容しがたい破壊音が響き渡り、周囲に天使が肉片となって舞い散っていく。
「あら……壊れちゃったわね」
華耶が振り回していた天使を見て淡々と言う。華耶の手にあった天使はすでに原型を留めていない。華耶は天使の体を魔力で覆うことにより強度を上げていたのだが酷使され続けていたために流石に耐えきれなくなっていたのだ。
「まぁ、後はあいつだけだしいいでしょ」
華耶は天使の体の一部分をぽいと投げ捨ててジルツォルに視線を移した。ジルツォルは華耶の視線を受けてガタガタと震えが走り出した。
「さてどんな気分? 強者と思い込んでいた自分が滑稽なほどの弱者であったことを悟った今の気分は?」
華耶の声からはジルツォルへの好意など微塵も感じることはできない。いや、敵意すら感じることはできない。この事がジルツォルに華耶との実力差を思い知らされる事になった。
「た、たす「さっきも言ったでしょう。私はあんた達が邪魔だから滅ぼすって」」
ジルツォルの言葉を遮り華耶が冷たく言い放った。
「じゃあさっさと消えてね」
ここで華耶はニッコリと嗤う。その瞬間、膨大な魔力を華耶が発した。
「あ……あ……」
ジルツォルは華耶から発せられる膨大な魔力にただただ喘ぐ事しか出来ない。自分とは格が、いや桁が、いや次元の違う力がジルツォルに命の危険以上の驚愕をもたらしていたのだ。
華耶は左掌をジルツォルに向けると魔力の塊をそのままはなった。術式も何も関係ない圧倒的な魔力の奔流がジルツォルを襲った。魔力の塊を受けたジルツォルは一瞬で消滅するが、ジルツォルはその意識の中で体が引き裂かれる耐えがたい苦痛と自分が消滅するのだという圧倒的な恐怖を確かに感じ意識の中で絶叫する。ジルツォルは絶叫を放ちながら消滅したのであった。
華耶の放った魔力の奔流はジルツォルを消滅させた後にそのまま天空へ向かった。その先には、紅神の蹂躙から逃れていた神達の住まう神界があったのだが、華耶の魔力の奔流が神界を貫いたのだ。あれほどの魔力の奔流が直撃した神界は只で済まないのは確実であった。
「これで懲りたでしょ」
華耶は一仕事終えたという声で戦いの終わりを告げた。