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呪神①

 天瑞宮の外縁を紅神はテクテクと歩いている。もはや日課となっている見回りである。本来であれば紅神ではなく数多くいる衛士達の仕事なのだが、紅神は外縁のチェックは必ず自分でやるのだ。

 紅神の第一の仕事は創世神である織音(おりね)の守護である。そのためにはどんな小さな事でも見過ごすつもりはないのである。


「ん?」


 紅神は何かを見つけたように訝しがるような声を出した。僅かながら結界が傷んでいるのを見つけたのだ。結界の破損箇所は天瑞宮を取り囲む幾重にも張られた結界の一つである。

 天瑞宮から二㎞ほど離れた箇所に何かで斬り裂かれたかのような箇所があったのを見つけたのだ。


「これってこの間のやつを斬ったときの斬撃の余波で傷んだのかな?」


 小さく呟く紅神の声には面倒そうな響きが含まれている。紅神が面倒そうな声を出したのには理由がある。結界を張る同僚からの小言が即座に想像することができたためについ感情が出てしまったのだ。


呪神(じゅしん)の小言か……面倒だな。これも全部あの野郎のせいだ」


 紅神が言ったあの野郎とはフェンベル=リステイルの事である。頼まれもしないのに天瑞宮にやってきて創世神に会わせろと要求し、紅神に一刀のもとに斬られた老人である。

 ちなみに紅神がフェンベルの事をあの野郎と呼んだのは単に名前を覚えていなかったからにすぎない。

 フェンベルは彼らの世界では知らぬもののいない魔王であったのだろうがあそこまであっさりと斬り伏せられれば紅神が名を覚えなくても仕方のないことかもしれない。


「もう少し加減しなくちゃダメだな……」


 紅神はそう独りごちる。紅神は戦いにおいて油断という事を決してしない。それは相手への礼儀という面もあるにはあるが、それ以上に自分が敗れてしまえば創世神が悲しむことを知っていた。

 紅神にとって最も避けるべき事は創世神を悲しませる事である以上、万が一にも油断するわけにはいかないのだ。


「まぁ……考えても仕方ないか……呪神の小言を聞きに行くか」


 紅神はそう言うとため息をつきながら外縁の見回りを終え天瑞宮に入っていった。



 *  *  *


 紅神は天瑞宮の中を目的の場所に向かって歩く。荘厳な雰囲気の天瑞宮であるが、紅神が歩いている区画はおどろおどろしいという表現そのものの雰囲気である。ロウソクの燭台は様々な種族の頭蓋骨が使われており、そこに灯されている明かり意はか細いものであり、向かう先は地獄の深淵に落ちていくような不安を抱かされた。


(う~ん……相変わらず不気味だ。あの織音がどうして華耶(かや)とここまで気が合うんだろうな)


 紅神は心の中で小さく呟く。ちなみに華耶は呪神の本名である。


「呪神に会いたいのだが在室しているかな?」

「はっ呪神様は在室されております」

「通してもらって構わないかな?」

「勿論でございます」


 紅神は扉の前に控える二人の衛士に向かって言うと衛士の二人は恐縮したように言うとそのまま横によける。

 二人の衛士の服装は黒いローブに金糸で装飾を施した豪奢なものであり手には豪奢な錫杖が握られている。呪神直属の衛士の装備と服装だ。

 紅神はそのまま扉を開けると紅神の目には様々な実験器具、魔法陣、書物の散乱したありとあらゆるものがごちゃ混ぜになった混沌(カオス)な空間がそこにはあった。


「おい、華耶」


 雑然としている部屋を紅神は一切の足音を立てることなく進むと部屋の主が大量の書物、書類が置かれている机の上で一生懸命何かを考えている姿が目に入る。

 ちなみに足音が一切しないのは紅神が少しばかり術で宙に浮かんでいるからである。あまりにも部屋が汚すぎるため紅神は普通に歩く事が出来なかったので術を使って宙に浮いて進んでいたのだ。

 部屋の主は、小柄な少女である。少女の容姿を見たものはまずその美しさに驚く事は間違いない。十五歳程に見えるのだが、美しいという言葉がこれほど無力である事を思い知らされるほど完成された美貌をしている。

 目、鼻、口の各パーツが整い、それが小さな卵形の顔に絶妙のバランスで配置されているのだ。

 緩くウェーブがかかった銀色の髪をツインテールにまとめ、黒い豪奢なローブは黒曜石を磨き上げたかのような光沢を放っている。


「何よ……今忙しいんだけど……」


 華耶と呼ばれた少女は顔を上げることなく紅神に向かって言う。容姿も最上級であるが声もまた可愛らしいものだ。だが、紅神に向けられる声には刺々しさがふんだんに盛り込まれているのは気のせいではないだろう。


(う~ん……今新しい術式の総決算というところか、タイミングが最悪だったな)


 紅神は華耶の声の調子からタイミングが最悪である事を察した。長い付き合いのために声の調子で大体の置かれた状況がわかるというものだ。


「結界の補修を頼みたいんだ。前回の侵入者との戦いで結界の一部分が破損したみたいでな」


 紅神の言葉に華耶は紅神を睨みつける。その視線には“面倒かけさせんじゃねぇよ”という感情がふんだんに盛り込まれている。


「あんたねぇ、もう少し考えて戦いなさいよ。前回の侵入者なんて本当に稀を見る雑魚だったじゃない。なんでそんな奴相手に結界を破損させるのよ」

「いやさ……どんな雑魚であっても侮ったら可哀想じゃないか」

「その結果、私の研究が遅れるのは確実に問題と思わない?」

「正直思わん」

「はぁ? やっぱりあんたのような脳筋には私の偉大な研究の良さがわかんないのよね」


 華耶はやれやれと肩をすくめながら言う。それをジト目で見る紅神は呆れた口調で華耶に言う。


「何言ってるんだか。塩を砂糖に変える術式の開発、若しくは砂糖を塩に変える術式……なんでそんなもん開発するんだよ」

「はぁ? 何言ってるのよ。物質をそのまま変化させるなんてそれこそ凄いことじゃない。余った利用価値のない物質を有益な物質に変換させる事がどれだけ有益なものか理解できないなんてやっぱりあんたは脳筋ね」

「いや、お前の研究は無駄が多いのは事実じゃないか。砂糖から塩で一つの術式、塩から砂糖で一つの術式なんだよ。物質を任意の物質に変換できるという術式でいいだろ」


 紅神の言葉の華耶の返答は哀れなものを見る視線である。


「わかってないわね。これはロマンよ。一見無駄な事であってもそれをやることによって新たな発見が見つかると言うことを知らないのね。あなたも技の開発をする際に違う系統の技を繋げたりしないの?」

「う……」

「それを魔術に置き換えただけよ。さ~て、一体どっちの言っている事が筋が通ってるのかしらね?」


 華耶はふふんと紅神を鼻で笑う。紅神は正直な話やり込められてしまっており、ぐぬぬという心情である。紅神と華耶はよく口げんかをするのだが今回は紅神が敗れたのは間違いがない。


「まぁ、これ以上あんたをいじめるのは勘弁してあげるわ♪ で補修して欲しいという結界の箇所はどこよ?」


 華耶は勝利宣言をして紅神の反論を封じると立ち上がった。


「ああ……案内しよう」

「ふふふ♪ どんな小さな勝負でも勝利というのは気持ちいいわね♪」

「ちなみにお前どんな術式を開発しようとしてるんだ?」

「ピーマンの苦みを無くす術式の開発よ!!」


 華耶の言葉に紅神は小さくため息をついた。


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