エネス⑫
「そこで止まれ!!」
神と天使達は紅神に向けて警告を発するが紅神はまったく意に介することなく歩を進める。警告に意味が無い事を悟った神と天使達は怒りの表情を浮かべると一気に躍りかかった。
カルディルとザーゲルを斃したと言っても紅神から感じられる威圧感は数を頼めば制圧可能な程度のものでしかなかったのだ。
「エネス様に逆らう愚か者め!! 神罰を受けよ!!」
神の一人が叫びながら紅神に斬りかかってくる。
(何とまぁ……隙だらけな……)
紅神は斬りかかってくる神の技量に落胆しつつ、すれ違い様に斬りかかってきた神の首を刎ねると、そのままもう片方の手で刎ねた首を鷲づかみにして近くにいた天使に投げつけた。
ビュオォォォォ!!
神の頭部を投げつけられた天使は凄まじい速度で投げられた頭部を躱す事は出来ずにまともに直撃する。
ゴシャァァァ!!
神と天使の双方の頭部がスイカを地面に叩きつけたかのように砕け散った。その凄惨な光景に神と天使達は凍り付いた。
「な……なんだ?」
「ハグルの頭部がいきなり……」
「ウィルガス様が斬られた……」
今の一連の動きを見切った神と天使は誰もおらず、神と天使達の目には突然、天使の頭部が破裂したようにしか見えなかったのだ。その後で首を刎ね飛ばされた神の体が倒れ込んだ事で何が起こったか推測したに過ぎないのだ。
(はぁ……この程度でどうしてここまで自信たっぷりだったのか本当に不思議だ)
紅神は心の中でため息をつくと次の相手に狙いを定めて上段から一気に刀を振り下ろした。神の一体が頭頂部から真っ二つに両断され鮮血が舞った。
「ひ……」
神の一体を斬り捨てた紅神が神と天使達に視線を移すと視線を受けた者達はあからさまに恐怖の表情を浮かべると一斉に後ずさった。相変わらず紅神は威圧感を強烈に放っているわけではない。だが、神達は純粋な紅神の技量に気圧されていたのだ。
「戦う気がないのならここで終わりにしてやる。エネスに付き合って死ぬ事は無いだろう?」
ここで紅神が神達に諭すように言う。紅神にしてみればエネスは討伐対象であるが、この神と天使達は必ずしもそうではない。立ちふさがらなければ斬る理由も無い者達だ。
その紅神の心情を察したのだろう。神と天使達は互いに視線を交わした。命は惜しいが神である身で逃げることは果たして許されるのかという思いであった。それにエネスの使徒である天使達はさらにその傾向が強い。
「はぁ……」
紅神はため息を一つ吐くとふっと姿が消えた。その数瞬後に神と天使の数体の首がぼとりと落ちる。首を失った体は自分の死を受け入れたかのようにそのまま崩れ落ちる。
「ひっ!!」
「に、逃げ……」
仲間の首が落ちた事に衝撃を受けた神と天使達の中には遂に逃げだそうとした者達が現れた。
「貴様ら!! 逃げるとは恥を知れ!!」
ところがなおも戦おうとする神が逃げ出そうとした者達を怒鳴りつけると自分の任務を思い出したかのように武器を構える。
「エネス様は必ず神器の封印を解いてこいつを斬るはずだ!! それまで耐えれば我らの勝ちだ!!」
この言葉に逃げだそうとした者達の目に希望の光がともったのを紅神は感じた。
「まぁいいか」
紅神はそう言うと武器を構える者達の中に斬り込んだ。またも鮮血が舞い次々と神と天使達が屍をさらしていく。紅神の剣技の前に神と天使達はまったくの無力であったのだ。
「くそ!! 応援を呼べ!!」
「何て化け者だ!!」
「止められん!! ぎゃああ!!」
悲鳴を発しているのは神達であり紅神は淡々とまるで作業のように神、天使達を斬り捨てていく。
「おのれぇぇぇぇ!!」
神の一体が紅神へ槍を突き出す。まさしく神の業であり例えミスリル製の鎧であっても紙のように貫く事が可能な一突きである。
「な……そ、そんなバカな……」
しかし、次の瞬間にその神の口から発せられたのは絶望の声である。紅神は渾身の一撃をただ無造作に鷲づかみにして防いでいたのだ。槍を防がれた神は必死に槍を戻そうとしているが紅神に掴まれた槍は押しても引いても一行に動く気配を見せなかった。
「ふん」
紅神が気合いを入れた瞬間に槍は異音を発して柄の途中からへし折れてしまった。驚愕の表情を浮かべる神の顔面に紅神は容赦なく手にあった槍の穂先を投げつけた。投げつけた槍は神の顔面を貫くとそのまま数メートルの距離を飛んで地面に転がった。
「む、無理だ!! こんな化け者どうやって止めろって言うんだ!!」
一度灯された希望の火も紅神が再び圧倒的な武力が巻き起こす暴風によりあっさりと消えてしまった。
ジリジリと神と天使達が下がり始めた。
その時である。
紅神は強烈な気配を察した。その気配は当然ながら神と天使達も感じているらしく露骨に勝ち誇った表情を浮かべた。
(なるほど、曲がりなりにも神が切り札というだけの事はあるな)
紅神は妙に呑気な表情を浮かべている。勿体ぶって登場する前に目の前にいる神、天使達を全滅することはもちろん可能だ。だが、紅神はそれをしない。こいつらの心の拠り所であるエネスを斬ってしまえばそれでこいつらの抵抗は終わると考えたのだ。
「ははははは!! どうだ!! エネス様が封印を解かれたのだ!! これで貴様も終わりだ!!」
三十代前半と思われる茶色の髪をした神が勝ち誇ったように紅神に言い放った。
「はははっはは!! 恐ろしかろう!! 絶対神であるエネス様の力の前にひれ伏すが良い!!」
なおも得意気に紅神に続ける。紅神が沈黙しているためにエネスに恐怖していると勘違いしたのだろう。
「待たせましたね。皆さん」
そこにエネスが転移してその姿を見せた。エネスは光り輝く鎧、盾、炎を纏った長剣を身につけた姿だ。エネスの部下の神達はその神々しさに感激の涙を浮かべている者がいるくらいである。
「あなたをここで斬り、創世神も討ち取ってあげましょう。初めからこうすれば良かったのに慎重になったばかりに多くの大切な者達を失いました。彼らに報いるためにも創世神を討たねばなりません。覚悟しなさい」
エネスの言葉に紅神は沈黙していた。




