エネス⑩
ガハンを下がらせエネスは自室でジーク達の報告を待っている。より正確に言えばジーク達に仕込んだ術式からの情報を待っていたのだ。ジーク達に仕込んでいた術式はジーク達が死ぬ事でそれまで得た情報がエネスにもたらされることになっているのだ。
(それにしても遅い……駒を送り込んですでに二日、まだあやつらは死んでおらぬ……かといって創世神を斃したとも考えづらい。となると捕らえられたか?)
エネスはそう考えると小さくため息をつく。そしてすぐに不快気な表情を浮かべると憎々しげな声を発した。
「まったく、あの役立たずどもめ……」
エネスの言葉にジーク達への親愛の情など一切無い。エネスは神であり、人間などもとより取るに足らない存在であるという考えを持っていたのだ。
「……この気配……?」
その時、エネスは自身に向かって放たれた凄まじい魔力の奔流を感じた。身の危険を感じたエネスは即座に防御陣を形成し、その衝撃に備える。
数瞬後に凄まじい魔力の奔流がエネスの自室に到達するとそのまま大爆発を起こした。
「な、なに!?」
凄まじいばかりの爆発が起こり、この世界の神界にある自らの宮殿が吹き飛ばされた。エネス自身は防御陣を形成していたために無傷で済んだのだが、宮殿にいた自分の部下の神、天使達の多くが宮殿と共にまとめて吹き飛んでいたのをエネスは感じていた。
「く……一体……」
エネスは驚愕しながらも周囲をキョロキョロと見渡していた。もうもうと砂塵が舞い何者の手によるものなのか現段階ではまだわからないのだ。
「エネス様!!」
「エネス様、ご無事ですか!!」
そこにエネスの部下の神と天使達がエネスを探す声がし始める。
「ここです!! みな無事ですか!?」
エネスが叫ぶとすぐに神と天使達が姿を現した。
「おお、エネス様!!」
「良かった」
現れた神は筋骨逞しい金色の髪を持つ偉丈夫で武装し手には大剣を手にしている。もう一体は白い六枚の翼をはためかせた天使であり、金色の髪を肩口まで伸ばし、秀麗な容姿の青年である。
偉丈夫の神は闘神“ザーゲル”、かつて悪魔達千体を手にした大剣で撫で切りにした剛の者である。天使の方は天使長“カルディル”、こちらも容姿は穏やかであるがその戦いぶりは勇猛と称するに相応しいものであり、エネスの敵に対しては一切の容赦のない天使である。共にエネスの腹心である。
「これは一体何事です?」
エネスはザーゲルとカルディルに尋ねるが両者とも顔を曇らせた。
「それが突然、気配がしたと思ったらこの有様で……」
「ザーゲル殿の言われるように突然、攻撃の意思を感じたと思ったら宮殿が爆発したのです」
「他の者達は?」
ザーゲルとカルディルの返答にエネスはやや苛立ったようにこの場にはいない神、天使達の安否を尋ねる。
「大部分の者達は先程の爆発に巻き込まれ死亡しております」
「な……」
「エネス様は我々がお守りいたしますのでご安心ください」
カルディルの言葉にザーゲルは頷く。いつもであれば頼もしく感じる言葉であるが、今のエネスにとって気休めでしかない事を察していた。話を聞く限り、ザーゲル、カルディルではこの攻撃を行った者に対して対処できるとはとても思えなかったのだ。
ビュン!!
そこに高速でエネスに投擲された。投擲されたそれをザーゲルが投擲された何かを掴みエネスを守った。
「な……」
ザーゲルは自分が受け止めた何かを見て驚愕の表情を浮かべた。投擲された何かとはガハンの生首であったからだ。ガハンの光を失った目が恨めしげにザーゲルを見つめていた。
「ガ、ガハン!!」
エネスの悲痛な声が発せられるが、その声にはガハンの死を悼んでいると言うよりはお気に入りの道具が壊れてしまった事に対する悲哀のようなものであった。
「そこか!!」
カルディルはガハンの首が飛んできた方向に手をかざして魔力の塊を放出する。カルディルの手から放たれた魔力は数条の光となって手をかざした方向を射貫いた。
ヒュン!!
(……え?)
カルディルの視線は突如何者かの手によって遮られる。そして顔を覆う手が自分の顔面を鷲づかみにされた事をカルディルは察した。自分が何の気配も察する事無く接近を許しただけでなく顔面を掴まれた事が信じられなかった。
(一体……何者だ? このような事の出来る者が……)
ドシャ……。
何かが倒れ込む音がカルディルの耳に入るが顔面を鷲づかみにされているのでカルディルはそれを確かめることはできない。
「カルディル!!」
「な、何と言うことだ……」
カルディルの耳にエネスとザーゲルの驚愕の声が入る。顔面を突如現れた何者かに鷲づかみされたのは確かに驚くべき事であるがそれにしては驚きすぎではないかとカルディルは訝しんだのだった。
(……痛ぅ……)
顔面を鷲づかみにされた数瞬後に掴まれた顔面ではなく首の辺りに凄まじい痛みが発せられた。カルディルは自分の顔面を掴む無礼者の手を払いのけようとしたしたが体が言うことを利かないことに気付いた。
(なんだ? どうなっている?)
カルディルは混乱しつつ視線だけを動かしたが身じろぎ一つできない事がひどくもどかしかった。
その時自分の顔面を鷲づかみにしていた手が開くとカルディルの視線はゆっくりとしたに下がっていき速度を上げていき床に落ちた。
(な、なぜ私の体がここにある?)
床に落ちたカルディルの視線の先には床に横たわる自らの体があった。数瞬の自失後、自分の身に何が起きたのかカルディルは唐突に理解した。鷲づかみされる前に剣閃の音がした事を思い出したのだ。
(ま、まさか、あの時すでに私の首は斬り落とされていたとでもいうのか!? そ、そんなバカな!! エネス様!! ザーゲル!! 嘘だと言ってくれ!!)
カルディルは力一杯叫んだつもりであったが、それは音声化することなくただ口が弱々しく動いているだけであった。
「初めまして愚神エネス。俺の名は紅神。創世神様の守護者の一人だ」
紅神がエネスとザーゲルに名乗る。
(く……くがみ?)
カルディルは自分を殺した者の名を死の間際に知るとそのまま命を失った。




