エネス⑧
「う……ここは?」
目覚めたジークは体を起こし周囲を見渡すと仲間であるアルマ、アーノス、シェリーが横になっていた。
「おい、みんな起きろ」
ジークは横で寝ている仲間達を揺すって起こそうとした。するとアルマ、アーノス、シェリーの順番に目を覚ました。
「ここは?」
アルマが半身を起こしキョロキョロと周囲を見るとジークに尋ねる。もちろんジークもたった今目覚めたばかりでありアルマの質問に答えられるわけはなかったのだ。
「俺達はあいつに負けたらしいな……」
アーノスはポツリと呟いた。その声には悔しさは微塵も含まれていない。あそこまで圧倒的な力の差を見せつけられれば悔しいという感情すら起きないものだ。
「でも、あいつはどうして私達を殺さなかったのかしら?」
シェリーの言葉にジーク達は首を捻る。
「殺す価値も無いと思われたのじゃないか?」
ジークはそう言うと自嘲気味に呟いた。ジークの言葉を受けて他の三人もジークと同様の表情を浮かべた。
「かもしれんな……だが俺達は運が良いと言えるのじゃないか? あんな化け者と戦って命が助かったんだ」
「そうね、エネス様の力は失われたけど助かって良かったわ」
アーノスとシェリーの言葉にジークとアルマも頷く。命が助かったのは喜ばしい事であるがレメンスを斃す事はもはや不可能であると言わざるを得ない。その事がジークの心を重くしていた。
ギィ……
そこに扉の開く音が発せられ、四人は即座に視線を移すと身構えた。ジーク達が身につけていたエネスの授けてくれていた武器防具は取り上げられていたため四人に武器はなく素手である。
扉を開けて入ってきたのは二人の二十代前半の男性と四人の女官達である。女官達はそれぞれジーク達の武器防具を抱えている。
「それは……」
ジークが小さく呟くと男の一人がジーク達に淡々とした声で告げる。
「なんだ、目が覚めていたのか。お前達の装備だ。身につけてから紅神様の所に案内するからまずは身につけてもらおう」
「あ、あぁ……」
男の言葉にジークは疑問符を浮かべながら返答する。てっきり自分達から武具関連を没収されるとばかり思っていたからだ。
「それでは用意ができたら呼べ」
男はそう言うと女官達は机の上にジーク達の装備を置くと扉の外に出て行った。全員が外に出て行った後にジーク達は視線を交わした。罠の可能性も考えたのだが紅神ほどの実力があればジーク達など蟻を踏みつぶすよりも簡単に潰す事が出来るのだからわざわざそのような事をやるとは思えなかったのだ。
「とりあえず……言われたようにしよう」
ジークの言葉に三人は頷くとそのまま装備を身につけた。
「あれ?」
ジークが闇を裂く剣を身につけた時に不思議そうな声を出すとアーノスが尋ねる。
「どうした?」
「いや、闇を裂く剣が何か妙に軽い感じがする。エネス様から受け取った時には妙にズシッときたんだが……」
「私は何か妙に体が軽いわ」
「あ、私も」
アルマとシェリーがそう言うとジーク、アーノスも同意とばかりに頷いた。彼ら二人もアルマ、シェリー同様に体が妙に軽かったのだ。
「俺も言われてみれば何か妙にスッキリしたという感じなんだが……」
「俺達はどうなったのだろう?」
「さぁな……」
ジークとアーノスは戸惑ったように言葉を交わす。自分達の身に何かが起こったのを感じたのだが、それは決して悪い事ではなく、むしろ良いこととしか思えなかったのだ。
「とりあえず、行くとしよう」
ジークが全員が装備を調えたのを確認すると扉を開けた。扉を開けた先には先程の男性二人が待っていた。ジーク達の格好を見ると男性の一人がジーク達に告げる。
「よし、付いてこい」
男はそう言うとそのまま歩き出した。ジーク達は慌てて男の後を追う。何回か階段を上り下りして、長い廊下をかなり歩いた所にあった扉の前で男は立ち止まった。
男はそこで振り返るとまたも淡々とした口調でジーク達に告げた。
「ここだ。ここに紅神様がいらっしゃるから失礼の無いようにしろ」
男の言葉にジーク達は小さく頷いた。男は扉をノックすると中から紅神から入室の許可の声が発せられると扉を開けるとジーク達を中に促した。
ジーク達は男の横を通り過ぎるときに少しだけ頭を下げて部屋の中に入っていく。扉の真っ正面に紅神と華耶がいた。華耶はジーク達を見るとつまらなさそうな声で紅神に尋ねた。
「こいつら?」
「ああ、すでに呪いは解いているから大丈夫だろ」
「ふ~ん、あんたって甘いわね。侵入してきた連中なんて有無を言わさず始末すべきじゃないの?」
物騒な表現にジーク達の顔が強張った。しかし、ジーク達は二人の会話について一切抗議を行う事はしなかった。その理由は紅神と華耶の力が凄まじすぎて恐ろしくて仕方が無かったからである。
先程までは紅神がその圧倒的な力を振るっても闘志が消え去ることはなかったのだが、今はとてもそんな気が起きなかった。ひたすら力の差を感じてしまい迂闊な事は言えないのだ。
「そういうな。欺されたまま殺されたらいくら何でも可哀想だろ」
「そう? 欺されようが何だろうが何も疑問に思わない方がおかしいんじゃない?」
「その意見には賛同するがこいつらは創世神様を害するという言葉を吐かなかったから生かしておいたんだ」
「ふ~ん、まぁいいわ。それにしてもいいのこいつらにさっきの見せちゃって大丈夫なの?」
華耶がジーク達をチラリと見ると紅神はもちろんだとばかりに頷いた。
「ああ、そのためにここに呼んだんだ。信じる信じないの判断は本人達に任せようじゃないか」
紅神はそう言うとジーク達に視線を移した。
「お前達にかけられた呪いは解いておいた。それにより思考能力がまともになったと期待して質問させてもらう。創世神様を害する意思はあるか?」
紅神はそう言った瞬間にジーク達は四人ともガタガタと震えだした。紅神の発した僅かばかりの威圧感に体が勝手に振るえ始めたのだ。
「よし……まともな思考能力になったようだな」
紅神はジーク達が震えるのを見ると満足そうに頷いた。するとジーク達を覆っていた威圧感がなくなるとジーク達は荒い息を吐き出し始めた。
紅神はジーク達のその様子を見るが何も気にしないという風に話を続けた。
「さて、まともな思考能力になったようだし、これを見てくれ」
紅神はそう言うとジーク達の前に一つの画像が浮かんだ。
「エネス様?」
ジーク達の口から自分達を見守ってくれていた女神の名が紡ぎ出される。
「あれは誰だ?」
アーノスの言葉にジーク達は答えることができなかった。エネスの背後に何者かが現れたのだ。背後に現れた者の姿は豚のような獣面に側頭部の角を生やした怪物であったのだ。
「「「「エネス様!!」」」」
ジーク達が危険を知らせるために叫んだ。ところがここで怪物は跪くとエネスに向かって臣下の礼をとった。
『ご苦労でしたねガハン』
エネスの美しい口からガハンの名が発せられた。それは君主が臣下の者を労うものであった。




