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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

強さだけがわたしの取り柄と思ってました

作者: 圧桶二馬勝

 起伏に富んだ森の大地では戦うための位置取りが、生死を分けることがある。

 そうした状況ではわたしのようなタイプの人間はあまりにも有利だ。


「ベア、九時の方向に敵!」


 わたしの声は生い茂る木々の中でこだまし、ベアだけではなく敵にも聞こえた。

 土地勘のない敵は無理に離脱しようとして、とっさの判断で木々の間を駆け抜けた。

 背を向けたのだ。

 後ろに背負った盾に命を託した男は、腰を低くして落葉の多いぬかるんだ地面を踏みしめる。

 ナイフしか得物のないベアを相手にするには最良の判断だったかもしれない。

 

「ニコ、ルシンダのカバーに入って! ルシンダはとにかく前へ出て!」


 ニコはボウガンを逃げようとする敵に向けるのをやめる。

 代わりに先行するルシンダの方へ狙いを定めた。

 ルシンダは木々に絡みつく蔦を槍で切り払いながら、逃げる敵を追い詰めていく。


 わたしは木の間でまだ敵の動きを観察していた。

 敵はわたしたちと同じく四人組だ。

 一人は横合いから隙を伺っていたのだろうが、逃げ始めている。

 他の三人は森のなかで姿勢を低く保ちながら、なんとかわたしたちを排除しようとしている。

 全員が剣を提げており、鎧の鈍い光沢も似ている。

 おそらく、ゲールド帝国から来た冒険者だろう。

 もしここが帝国領なら素直に通したところだったが、ここは違う。


 トリエ自治都市が保有するイエローバブル山脈では、都市が認可した者以外の入山を認めていないのだ。

 イエローバブル山脈には魔物が多いが、そのぶん収穫も多い。

 それはトリエの財産だった。

 だから認可されるにはギルドへの加入が暗黙のルールであり、それを破った場合は警告なしの排除が始まっても仕方がない。

 都市の収入の一角を担うイエローバブル山脈の資源は、都市で守るほかない。

 そうしたトリエの思惑が実行力として行使される形の一つとして、わたしの部隊が存在する。


 敵は森の中に隠れつつ、こちらの動きと声の出処を探ろうとしていた。

 わたしからは、そうした動きがくっきりと見えていた。

 ひとまず一番狙いやすい、逃げた男へと狙いを定める。

 そうしてわたしは枝の上を飛び移りながら、敵へと近づく。

 鎧で固めた男は目立ちやすい光沢を泥で隠そうとしたのか、汚れが目立っていた。

 足跡が地面にくっきり残る歩き方をしている姿は、素人丸出しだ。

 頭まですっぽり覆われた鎧の隙は手首から先しかなかった。

 まずはそこへ一撃だ。

 矢筒から一本取り出して、音を出さないように狙う。


「うぐっ……!」


 近距離だから魔法は使わずとも当たった。

 わたしが倒したことに気づいた他の敵はどこにいるか分からない弓使いに怯えているようだった。

 向こうからはわたしは見えないのだ。

 枝の上をすぐさま移動するわたしは、敵にとっては予想外だ。

 残りの敵が動揺したのは大きな隙だった。


 手を負傷して武器を持てなくなった男をベアが確実に攻める。

 背中の盾を持って地面へと仰向けに叩きつける。

 ひっくり返った敵の怯えた顔にベアは思い切りナイフを突き刺した。

 ぬかるんだ地面に温かい血が染み込んでいく。


 ニコとルシンダは互いをカバーし合いながら、三人を追っていく。

 女だてらに傭兵をやっているだけあって、技術は確かだ。

 槍から逃げるために距離を取れば、ボウガンの射程に入ることになるため、彼らは戦わざるを得ない。

 その上正体不明の弓使いがどこから狙っているかも分からない。

 三人は露骨に戦意が落ちていた。

 それを狙って、わたしはあえて狙いの甘い矢を幾度か放つ。

 距離を考えると鎧を貫通できる力はない。

 しかし動揺している相手にとっては、自分の攻撃が届かない敵が存在するという威圧になる。

 そうしている内に、ルシンダが一人を落とした。

 さらにニコがボウガンで一人の脚を貫く。

 剣を振り回す気力を削ぎ落された最後の一人が手持ちの武装を全部投げ出して、森の奥へと逃げたのが最後だった。

 

 わたしは男を上から組み伏せて、頭を石で殴りつける。

 軽く血を流して、最後の一人を捕縛する。

 

「これで全員かな」

「攻撃してくる気配がありませんし、おそらくは」

「ルイザさん、こっちはどうします?」


 ニコが矢の刺さった脚を抱えてうずくまった男を指差していた。

 わたし――ルイザ・ブランソン――は弛緩して垂れた兎耳を指で弄りながら、部下の三人の指示待ち顔を眺める。

 こうして一仕事終えたときの、死線を越えた感覚が好きだった。

 自分の力が相手に通用するという事実が、仕事の達成感を与えてくれる。

 枝渡りも弓の技術も仕事のために得た力だ。

 生きていくために自分の養った力を使っているということが、生きている実感になった。

 誰にでもできる仕事ではない。

 戦いを仕事にするのは、自分の命を金に換えるということだ。

 だからこそ自分が戦っていることを誇りにしたかった。

 

「生きてるなら殺さなくてもいいわ。一応は捕まえろって指示だしね」

「じゃあ今回は二人ですね」

「御者呼びます? これ運ぶの結構大変ですよ」


 ベアがナイフの血を木になすりながら、提案する。

 わたしは首を振った。


「歩かせたほうが楽だわ。荷台は舗装路以外で使うなって言われてる」


 ニコとルシンダが男の肩を支えて、歩かせた。

 頭に石を叩きつけて気絶したもう一人は、ベアがナイフで起こした。


「起きろ。おいっ」

「……!? うわっ、待て。殺さないでくれ!」


 ナイフで手の爪を剥がされた痛みで起きた男は怯えを顔に貼り付けたまま、後ずさりする。

 背後に立ったわたしは男の背中を思い切り蹴り上げた。

 うめき声をあげて、思い切り吐いた。

 

「おい、吐いてないで立ち上がれ」

「……うっ。ああ、分かった」


 ベアはまだ喉のひきつりが収まっていない男を無理矢理立ち上がらせた。

 わたしは男が戦闘中に捨てた剣を拾い上げた。

 

 それからわたしたちは舗装路までの道のりを歩いた。

 木々に覆われて半分は見えない空をときおり見上げて、天気を確認しながら森を横断する。

 パトロールの経路はイエローバブル山脈へ向かう舗装路から外れているから、雨が降ったり霧に覆われると危険だった。

 わたしたち四人は一応森に慣れているから歩く分には困らなかったが、二人の足手まといをつれるのは苦痛だった。

 しかもさっきまでわたしたちと殺し合いをしていたのだ。

 鎧は持ち運べないから武器と違って装着したままだ。

 危険な連中の移送につきまとう粘着質な緊張感を保ちながら、舗装路へ向かった。

 足音と鳥の飛び立つ音、野生生物が森を駆け回る気配を感じながら、しばらく歩いてようやく舗装路へと出た。

 

「あ、お疲れ様です」

「二人捕獲したから装備外して拘束して。もう二人死んだのが森にいるから回収よろしく。ベア、場所わかるよね?」

「はい」

「じゃあ、ジャレットとエドガーはベアについて行って。何かあったらベアの指示で動いて」


 二人は頷いた。

 舗装路で待機していたのは四人だ。

 荷台を運ぶための人員であり、護衛するための人員でもある。

 死体運びを頼んだ二人が、少し面倒そうな顔をしてベアの後をついて森へと消える。

 基本は交代で持ち回りを変えるから、今日は当たりの日だと思っていたのだろう。

 

 残りの二人にわたしは連れてきた男たちの鎧を外すように命令して、荷台の縁に座った。

 待機中に草を食んでいたホーン四頭の呑気そうな後ろ姿を見ながら、肘をつく。

 舗装路の端で鎧を脱がされて肌着姿になった男たちの身体には痣がいくつも浮かんでいた。

 

 **


 死体の回収を終えてトリエに帰り、検問所に併設された衛兵の詰め所で捕獲した二人と死体二人分を引き渡した。

 もう陽が落ちる頃合いである。

 わたしたちは今日の分の手当を受け取って、そのまま解散する。

 仕事以外で同僚とつるむギルドメンバーも少なくないが、わたしたちはあまりそういう習慣がなかった。

 昔からこの八人班で仕事をしているわけではなく、ギルドからの派遣でパトロールの仕事をしているメンバーだから、というのが大きいのだろう。

 わたしは宿に帰って荷物を置いたら、一杯飲んでから寝ようと思い詰め所を後にしようとしていた。

 そこに衛兵の昼勤務現場班長である、デイヴィッドが声をかけてきた。


「ちょっと待ってくれ。今日の昼頃に傭兵ギルドのほうから君に言付けを頼まれた」


 顔に傷跡が生々しく残っているデイヴィッドは現場叩き上げの班長だ。

 イエローバブル山脈から逃げてきた魔物に畑を荒らされ家業が成り立たなくなったという経緯で幼いころにトリエへ来てから、身を粉にして働き続けたという。

 その傷は生活するために戦った男の、生々しい痕だった。

 

「なんですか?」

「ギルド本部に来てほしいと言っていた」

「それって今日じゃないとダメとか言ってました?」


 今日はもう遅い。

 できれば仕事はしたくなかった。


「なるべく早くがいいと言ってたよ」

「誰が言ってました?」

「ローレンスさんだよ。あの人っていつもああなのかい?」

「ええ、まあ」


 わたしは苦笑いで答えた。

 傭兵は基本的に成果報酬だから、急な呼び出しで仕事を増やされるのは嫌われる。

 しかしローレンスは気にしない。

 もともとは町会で仕事をしていたのを、ギルドが引き抜いたのだ。

 命を張る仕事は金になるから、事務に払う金も十分あった。

 だから仕事のできるローレンスはギルドへ鞍替えしたが、ギルド内ではあまり良く思われていない。

 歳もあって、かつての習慣が抜けていないのだ。

 ギルドは他と違う慣習が多いから、ローレンスは異物だ。

 しかし事務としての仕事はできるから、上からの指導や苦言が入ることはなかった。


 わたしはデイヴィッドに礼を言って、渋々ギルド本部へ顔を出すことにした。

 本部は街の外れにあり、領主の城を中心にして、教会の真向かいにある。

 教会も市場とは離れているが、ギルド本部も同じだ。

 しかし教会は住宅密集地の真ん中にあるから、通りが寂れているようにみえるのはギルド本部のほうだった。

 武装した傭兵が出入りすることが多いから、住民に迷惑がかからないようにあえて外れに位置しているのだ。

 夕暮れに歩くにはあまりに寂しい立地だった。


 まだ二階の窓には明かりがついていて、人がいることだけは確認できた。

 木枠の扉を押して開き、中へ入る。


「すいませーん、ローレンスさんから言われてきたんですが」


 開口一番ローレンスの名前を出し、誰もいない一階を見渡した。

 テーブルがいくつか並んでいて、座れるスペースが確保されている。

 入って向かいには受付があるが、今日はもう遅いので誰もいなかった。

 布で受付側の壁に仕切りがされていた。

 二階へ上がる階段はその奥だ。

 わたしは少し待って、誰も来そうになければ二階へ上がろうと決意した。

 しかし意外と早く人が降りてくる。

 ローレンスだ。


「ああ、遅かったね。落ち着いて話がしたいから上へきて」


 ローレンスは歳上だからわたしにも敬語は使わない。

 別にお互い立場の上下はないはずだったが、ローレンスは事務方のくせに偉そうだなと思ってしまう。

 現場で命を張っているものとしての矜持だろうか。

 それとも単に威張っているおっさんが苦手なだけだろうか、判別がつかなかった。


 **


 上へ招かれたわたしはローレンスの話を聞いて、テーブルを叩いた。


「なんでわたしが辞めさせられるんです!?」

「まあまあ、落ち着いて」

「落ち着けるわけないじゃないですか! 次の仕事はどーするんですか!」

「貯金はないの? 半年くらい保つならこっちで同じような条件の仕事探せるけど」


 ローレンスは余裕のある顔つきで、怒りに満ちたわたしをなだめた。

 自分が怒っている時に共感してくれない存在は、それだけで不満を向ける理由になる。


「そりゃあおかしいでしょ! こっちが年にギルド共栄費をいくら収めてると思ってるんです!?」

「知ってるよそれくらい。こっちも急だったから保障はしたいけど、すでに五年以上働いてるから、短期間解雇による保障は出せないんだよね」


 けんもほろろの対応に、わたしはため息をついた。

 ローレンスはあくまで半年間わたしに仕事をあてがう気はないらしい。

 騎士団の下部組織である都市周縁のパトロール隊は、そのほとんどがギルドが委託を受けて派遣する傭兵で構成されている。

 その中でわたしは一応七年間勤め上げてきたのだ。

 領主から警備を任されている騎士団から直接仕事を受けていないから、都市の保障機構にも援助を受けられない。

 理由も分からないうちに仕事を辞めさせられるのは、あまりにも無茶な話だった。


「他のメンバーも解雇ですか?」 

「いや、君だけだよ。こっちも一応理由を聞いてるところだから、教えてもらったらどうにか解雇を取りやめてもらうよう話はしてみるから」


 それを解雇されたその場でやらなかったのは、わたしとパトロールの仕事を天秤にかけた結果だろう。

 解雇理由を聞かれるのが向こうにとって不都合だった場合、今後ギルドへ委託される仕事の量にも響くかもしれない。

 そうした事情を鑑みた結果、わたしの契約に関しては泣き寝入りすることになったのだろう。

 ギルドの判断で被害を被るのは、わたし一人にまで収まった。

 わたしが黙れば、問題解決ということだろう。

 しかしそんなことを看過できるわけがない。


「わたしは少し考えてみます。今後の身の振り方に関して相談できる時間とかってあります?」

「明日の午後なら空いてるよ」

「分かりました。色々ありがとうございます」


 もちろん明日の午後まで待つわけがない。

 わたしはギルド本部を出ると、すぐに騎士団のいる練兵場へと向かった。


 **


 騎士団は領主から直接、警備や防衛の仕事を受ける組織だ。

 城に併設された練兵場はその本拠地で、小姓や従士などの騎士見習いたちが教育を受けている場でもある。

 そこに、事実上の責任者である騎士団長代理がいるはずだった。

 領主は国王に仕える騎士であり騎士団長だが、実際に運営を任されているのは代理である。

 ホーン数頭が余裕で通れる門の前に立って、わたしは話をした。

 門番の男はわたしの顔を知っており、すぐに門の中へ通された。

 中では日が暮れても訓練を続ける男たちが数人おり、一心不乱に剣を振るっていた。

 ホーンの小屋では小姓たちが世話をしている。

 それを横目に建物へ入れてもらうと、すぐに一人の男が駆け寄ってきた。


「あれ、ルイザさんじゃないですか。どうしたんです?」


 チェスター・エイマーズだ。

 彼は三年ほど前に半年間ほど研修としてパトロール隊に配属された騎士のひとりだ。

 数年に一度、パトロール隊には従士が数人配属される。

 騎士になる前に実戦を経験して、力をつけるべきというのが騎士団の思惑である。

 問題はその考えが傭兵の都合は考えられていないことだ。

 研修のために実戦経験のない若者が入ってきても、追加の給料は出ないから研修生が入ってくる隊は外れと揶揄されている。

 

 そんなことを知らずに天真爛漫な顔でわたしの手を握るチェスター。

 かつては研修生だった彼も今は騎士団の一人で、衛兵を率いる管理業務に就いている。

 数刻前まではわたしより上の立場だったのだ。

 もう辞めさせられたから、関係ないが。


「どうしたもこうしたもないよ。契約に関して話があるからロバートさん呼んでくれない?」

「えー、もっと話したかったのに」


 大きな犬みたいな印象のチェスターは頬を膨らませて、事務所の奥へ消える。

 しばらく待つと、髭をたくわえた綺麗に仕立てられた服の似合う男が来た。

 ロバート・カッシングだ。

 彼は雇用形態上では直接の上司に当たる存在で、パトロール隊の人員管理を担当していた。

 わたしの姿をみとめたロバートは目を大きく見開いて、大股でこちらへ近づいてきた。

 後ろについてくるチェスターを手で制して、わたしに向き合う。


「ルイザ、なんでこんなところにいるんだ」

「そりゃあ話をするために決まってますよ」


 いつもは丁寧な態度で接するが、今日は別だ。

 わたしは口調こそ丁寧ではあるが、強気な姿勢でロバートの目を睨みつけた。

 ロバートは怯むような態度をちらとも見せず、むしろ心配そうな顔で私を眺めていた。

 違和感のある視線に、わたしの中で少し疑問が持ち上がった。


「急に辞めるっていうから明日にでも引き留めようかと思ってたんだ。どうして辞める?」

「いや、辞めさせたのはそっちですよね?」


 どうも話が噛み合わない。


「いやいや、今日そっちのローレンスさんが来て、ルイザが辞めたいと言っているから契約を終了してくれって」

「じゃあ騎士団のほうの都合で辞めさせられたわけではないんですか?」


 ローレンスはそんなこと言っていない。

 事務方のそっけない態度が、今になって大きな疑惑となって膨らみ始めた。

 そもそも七年間務めた傭兵を直接通達することもなく辞めさせるものだろうか。

 そんなことをすればギルド側が人員を出し渋ることにも繋がるし、そうなれば都市周辺の治安悪化にも繋がりかねない。

 契約上は騎士団のほうが強いが、ギルドだって言いなりではないのだ。

 つまり、ローレンスがわたしに辞めたがってもらっており、なおかつそれを明かしたくなかったということになる。

 

 その理由がわからなかった。

 確かにわたしはローレンスを良くは思っていなかったが、そんなのトリエの傭兵はみなそうだ。

 何か隠さなければいけない事情をローレンスは抱えているのだ。

 

「条件に不満があるなら是非言ってほしい。経験豊富な傭兵は安くないと知っている」

「それはもちろん。そもそもわたしは今までの条件でも十分満足してますから」


 雇用条件交渉のために辞めるような不安定な人材とは思われたくなかった。

 ロバートが訝しげな表情を浮かべる。


「じゃあなんで辞める? いいとこの商人とでも結婚するのか」

「いえ、そういうわけじゃないです。少し確認したいことが今日はここに来たんです」

「何か問題が?」


 ロバートは最初の噛み合わない会話に疑問を抱きながらも、雇用継続を打診した。

 それは、わたしの強さを信頼してくれているからだ。

 だからこそロバートには迷惑をかけたくなかった。


「確かに少し問題がありました。だけどそれはここじゃなくて、わたしの方にあるみたいです」

「何か手伝えることは?」

「いえ、心配しないでください。もし問題が片付いてもう一度ここに来たら雇ってもらえますか?」


 わたしはロバートの強い毛にまみれた硬い表情を見た。

 彼も何か事情があることを察したのだ。

 契約を切ったのはわたしからではない、ということもロバートなら序盤の会話で気づいただろう。

 そして、歯切れの悪いわたしの姿を見て、ギルド内で何かあったことも理解したのだ。

 わたしが表立ってギルド内部の事情を漏らせば、騎士団がギルドの問題に介入することになる。

 そうなったら最後、わたしが復職するのは難しい。

 ロバートはわたしを守れないことを悔やむように奥歯を噛んで、苦い顔をした。

 わたしはそれだけで満足だった。


 **


 ギルドやいつも泊まっている宿に戻るのは危険だ。

 もしかするともうローレンスが手を回しているかもしれない。

 わたしは最低限の荷物だけまとめて、街から出ることにした。

 弓矢と水、布袋いっぱいの芋虫を持って街の外へ出る。

 舗装された街道とパトロールのルートを避けて森を渡り、一番近い都市を目指す予定を組んだ。


 一番近い都市はダルエサーフという帝国領の都市だった。

 パトロールで捕縛した冒険者の多くがこの都市で荷を整えてやってくる。

 帝国が冒険者を支援しているのか、単に近いからそこから向かう者が多いのかは分からなかったが、わたしにとってはあまり印象が良い都市ではなかった。

 しかし向かわなければ、ローレンスの配下が追ってきてもおかしくない。


 星の位置を見ながら、慎重にルートを選んで森を進んだ。

 夜の森は昼間と違って騒がしい。

 虫や魔獣がざわめき、冷たい風がぐるぐると回り、起伏のある地形のなかで乱れていた。

 夜空の星が照らさない森の奥は、地面に這い回る大樹の根が見えず、歩くのにも一苦労した。

 枝を渡るのも夜目が効かない以上、難しかった。

 次の足場を正確に見極めなければ、飛ぶことはできない。

 自分の脚力を信じて、走る以外に手段はなかった。

 

 しかしそんな逃走もまた、ローレンスには見透かされていたのかもしれない。

 急に森の空気が変わった。

 敵の気配だ。


 敵の歩く音や装備がこすれる音が聞こえたわけではない。

 だが、虫や魔獣が警戒するように動きを変えた音がした。

 森が風でうねる音に揃えるようにして、虫が地面を這って餌場を変えるような気配がした。

 遠くで唸り声をあげる魔獣の気配が漂う。

 わたし以外の誰かが森に入りこんでいるのだ。

 耳をすませつつ、前へ進むのはやめなかった。

 もし追手なら、わざわざ待機して囲まれるべきではない。

 

 暗がりの中で地面に足を取られないように進みながら、弓を構えていつでも戦えるように備えた。

 徐々に敵の気配は濃厚になっていく。

 まだ向こうが攻撃をしてこないということは、わたしがどこにいるのか分かっていないということだ。

 一人を追い回すのにわざわざタイミングを待つ必要はないから、敵はわたしを見つければ必ず攻撃してくる。

 そうして来ないということは、まだ見つかっていないということに他ならない。

 気づかれていない内に、ひたすら距離を稼ぐ。

 

 しかしそれも時間の問題だった。

 風の唸りに気づいた。

 気を張っていなければ分からなかった一瞬の出来事だ。

 わたしは怪我を覚悟で木の影に思い切り跳んだ。

 ついさっき頭があった位置にボウガンの矢が通り過ぎた。

 すぐ近くの幹に突き立った矢じりは激しい唸りとともに振動し、木を削る。

 長い耳が緊張でピンと上に立ち上がり、最大限の警戒体勢になった。

 ここはもう戦場だ。

 敵はパトロール隊で、かつての仲間だ。

 ローレンスが何を吹き込んだのかは分からないが、わたしが裏切り者扱いなのはよく理解できた。

 

 わたしがいくら強かろうと、事務方のローレンスのほうが世渡りは上手かったというわけだ。

 七年間パトロール隊に従事したわたしがこんな目に合っているにも関わらずあの男が平然としていることを想像して、苦痛に顔を歪めた。

 腸が煮えくり返るほどの怒りが、わたしを駆り立てる。

 敵はもうわたしの存在に気づいている。

 まだダルエサーフまで半分ほど残っているから、このまま逃げ切るのは不可能だ。

 戦う他に生き残る道はなかった。

 

 パトロール隊の基本構成は四人一組だ。

 だから今回も四人いると仮定してわたしは戦う覚悟を決めた。

 一人はボウガンを使う、ということはアティリオ班あたりか。

 構成はボウガン使いが二人に、魔法剣士が一人、双剣使いが一人。

 魔法剣士が防御しつつ前に出て、双剣使いのカバーをする戦術が得意だったはずだ。

 だから牽制でボウガンを使って、警戒したタイミングで次に来るのは、


「はっ!」


 激しい光とともに木を焼き切りつつ、剣が振られた。

 長い兎耳を使って直前に感知したわたしは、間一髪のところで避けきる。

 魔法剣士の雷光を纏った一太刀は、何物をも切り落とす。

 夜だから目立つ剣は、次の一撃を隠すためのブラフでもあった。


「……!」


 わたしは息を飲んで、前へと跳び上がる。

 ほとんど勘で跳んだ先には太い木の幹。

 横っ飛びにもう一度跳ねて、ぬかるんだ地面へと着地した。

 

 双剣使いの音がしない太刀筋が影の中で動いていた。

 わたしと同じ兎族の男で、膂力に任せた機動力でこちらを追いつめにかかる。

 夜でボウガンの狙いが定まりにくいのだけが幸運だった。

 わたしは経験の差でどうにか剣を躱して、矢を放つ。

 風を切って飛ぶ矢は双剣使いの胸を狙った一撃だ。

 しかしそれは狙い通りに刺さる直前、突然伸び上がった土塊に遮られた。

 魔法剣士の連携だ。


 身体能力だけで無茶な動きを取る双剣使いのカバーを魔法で行われた時、対処のレベルは激しく上がる。

 防御に隙がある双剣使いの隙が潰されて、魔法剣士側を攻撃しようにも双剣使いが邪魔をする。

 一人で相手取るには分が悪すぎた。

 臓腑に重い石が積まれたような、苦しみが溢れた。

 戦うための力はつけてきたはずだったのに、こんなところで死ぬのは嫌だ。

 自分が悪いわけではないはずだ。

 追い込む側のローレンスは戦いの場に出てきすらしない。

 そんな相手に自分が追い込まれるというのは我慢ならなかった。

 わたしは戦ってきた。

 生きてきた。

 それなのに、なぜこんなところで。


 先に倒すべきは魔法剣士だ。

 本人の剣は厄介だが、剣同士で戦うわけではないから、矢の届く距離にさえ入ってしまえば、剣の脅威は無視できた。

 しかし魔法を効果的に使うタイミングが、双剣使いの攻めと重なっている。

 位置取りを邪魔しながら、双剣使いの機動力で抑えにかかる戦術を突破するだけの力はわたしにはない。

 

 最初にやられたのは、肩だった。

 双剣使いの間合いから抜けた瞬間に魔法剣士の雷光が周囲に飛んだ。

 甘い範囲攻撃を後ろに翔んで躱し、体勢を整えようと腰を上げた瞬間が狙われた。

 

「うぐっ……」


 反射的に兎耳が痙攣する。

 返しのついた矢が、肩口に刺さっていた。

 雷光は攻撃のためではなく、ボウガンの狙いを定めるために使われたのだ。

 この追跡で使えない人員をわざわざ連れてくるはずがなかった。

 二人の連携が本命ではなく、ボウガンこそが本命だった。

 

 肩の怪我で、弓矢は引けなくなった。

 健が痛むせいで、走る際の振動すら激痛に変わる。

 血が流れるのが止まらず、服はどろどろになった。

 葉の生い茂る枝に矢が触れると、矢じりにまで感覚が伝わって、引き攣れるような痛みが肩から胸にかけて走る。

 もう勝ち目はなかった。


 ひたすらに走ったのは、意地だったかもしれない。

 しかし、それが結果的には功を奏した。

 

 追い打ちをかけるように双剣使いがわたしへ迫る中、雷ではない光が走った。

 青白い炎が、一条の矢となって双剣使いへ迫る。

 魔法剣士の作る土壁が立ちはだかるが、壁越しにうめき声が聞こえた。

 遅れて土壁が崩れて、土に戻る。


「うわっ……! やめろ!」


 闇の中で声を出すのは、本当に危機が迫ったときだけだ。

 声を聞かれてとどめを刺される、といった危険性すら考慮しなかった誰かが断末魔の叫びをあげる。

 追いかけるようにして光条が森の中を幾重にも走り、三人分の声が森の中で響いた。

 

 助けが来たのだ。

 わたしは光が走った方向を見て、見覚えのある鎧を来た男たちをみとめた。


「ダルエサーフ軍のアントン・セラーズです。あなたはルイザ・ブランソンさんで合ってますよね?」


 一番前に立つ男は、明るい表情とは裏腹に冷たい目でわたしを見ていた。

 貼り付けられた笑顔に、思わずわたしは身を引く。


「安心してください、助けに来たんですよ」

「!?」


 帝国領のダルエサーフから救出が来た、ということはわたしはトリエの敵ということだ。

 それはわたしが意図していないことであり、つまり誰かの意図でこうなったということを端的に表している。

 今の状況は、誰かの手のひらの上というわけだ。

 

「わたしはあなたたちに何をすればいいでしょうか。感謝を伝えるだけでは、あまりにも恩が大きすぎます」


 わたしはアントンにカマをかけることにした。


「それはもう、決まっていますよ。仲間になってくださればいいんです。イエローバブルの防衛網を突破するには、あなたの協力がぜひ欲しいですからね」


 アントンは隠す気もなさそうだった。

 わたしは、あまりにも大きな絵の中に取り込まれていたのだ。

 ギルド内の誰かがわたしを帝国に売りたかったが、金を握らせるのを渋ったためにこんな事態に陥ったのだ。

 そしてついでに自分が情報を売ったことを明かしたくないために、わたしという贄を用意したというわけだ。

 パトロール隊に七年間勤務した人間を寝返らせるために、こんな状況が用意されたということにわたしは怒りが収まらなかった。

 どんなに鍛えても、権力が蠢く大きな社会の流れには逆らうことができない。

 わたしの戦いに、本当は意味などなかったことが知らされたようで悔しかった。

 この状況を作ったギルド内の裏切り者は、きっとわたしより弱い。

 恐らくローレンスもその裏切り者の一人で、あの男はわたしが殺そうと思えば簡単だ。

 それでも、社会では一人の力は無力すぎた。

 手に収まるだけの強さでは、自分の戦いの意味すら自分で決められない。

 わたしは夜の森を眺め、大きく息を吐いた。

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