③―2
まさかまさかのマサカリ投法。いきなりとんでもない話題をブン投げられ、状況が理解できないでいる俺。
「ラボで活動って? なんですか、その冗談」
「冗談ではない。大真面目だ。放課後はこのメメメのラボに来て、一緒に働くんだ」
「働くって……俺が一番嫌いな言葉ですよ?」
「やっぱり無理っ! 無理無理無理無理無理ッ!」
顔を上気させ、涙目で強く強く拒絶するメメメ。その姿はデパートの玩具売り場で泣き叫ぶ子どものようだ。
俺も嫌だけどさ、そこまで嫌がられると傷付くんだけど?
でもグッジョブ。
可愛い妹の駄々をこねる姿は、妹を偏愛する姉には説得力大に違いない。
そう予測したのだが、どうやらコココさんには当てはまらなかったようだ。
「そうやって嫌がる姿も可愛いぞ、メメメ」
録画モードに切り替え、嬉しそうにうなずくコココさん。動揺一つしていない。
「えーと、コココさん。俺の知らない所で何が行われているんでしょうか?」
「知らない所? とぼけるな直里。お前はノリノリで、OKしたではないか」
と、ここでコココさんが手持ちのスマホをパソコンのカメラの前にかざした。
動画アプリを起動し、再生ボタンを押す。
『直里に妹のことで頼みがあるんだ』
『妹……ああ、俺と同じA組でしたっけ』
そこには玄関先での俺とコココさんのやりとりが映っていた。
近いアングルで、二人の顔がちょうど中心に来るように撮影されている。
位置的に靴箱の一段目の高さぐらいだろうか。
「コココさん、これはいわゆるあの盗撮というやつでは?」
「契約内容についてはきちんと残しておかなければいけないからなフフフ」
邪悪な笑みだった。
嫌な予感を抱きつつも、映像は続く。
『妹はその非凡さ故に他人とコミュニケーションを取るのが苦手でな。学校生活がうまくいっているか心配なんだ。気にかけてやって欲しい」
『別にいいですけど』
今朝の会話の内容は覚えているが、特に契約とかラボで働くとかそんな話はしていなかったはずだが。
とその時、画面が一度途切れた。
それはほんの一瞬の出来事で、すぐに続きが再生されたが、しかしその後奇妙なことが。
『ならメメメのラボで働いてくれるんだな?』
映像でコココさんが俺に訊ねる。しかし、今朝そんな風に訊ねられた覚えはない。
にも関わらず、映像の中の俺はその問いかけに対し「別にいいですけど」と答えている。
「思い出したか?」
コココさんは映像を一時停止させた。どうだまいったかという顔だったが、いくら馬鹿の俺でも今のやり取りが事実じゃないことぐらい分かる。
「……捏造ですよね?」
一個前に俺が言ったセリフのリピートじゃん。
「そうか? だがこうも言っていたじゃないか」
そして再び映像が動き出す。
再生直後、さっきと同様、映像が切り替わるような切断が起こった。
編集のつなぎ目だ。
置きっぱなしのカメラの映像でこんなことが起こるはずはない。
『意外だな。てっきり断られるものだと思っていたぞ』
このセリフはノンフィクション。しかし、ここで更に切断が起こり、俺はこう答えた。
『…ラボに入るラボに入るラボに入る!』
……これはひどい。
編集が面倒だったのか、会話が余りにも不自然過ぎる。リアリティのかけらもない。
しかし、コココさんはそれを自覚していないのか、犯人に絶対的証拠を突き付けた探偵のごとく目を細め「まだ言いたいことはあるか?」と詰め寄ってきた。
「えーと、普通にございますけど多々ございますけど」
「大きな声でラボに入ると三回も言ったくせにか?」
「言ってないっ! ……いや、言ったかもしれないけれど流れがおかしいっ!」
「妹よ、直里がここまで頼んでいるんだ。受け入れてやれ」
「……」
メメメが涙をぬぐいこちらをじっと見た。
え、嘘? まさか今の詐欺動画を信じたわけじゃないよね?
「……分かった。そこまで言うなら」
「信じたのかよっ!」
「よし、契約完了だな」
「いや、俺はまだOKして」
「なら断るのか? お前が三年間暮らす寮の寮母のお願いを断るつもりなのか?」
そう言われて、はっとした。
コココさんに衣食住というライフラインの三分の二を握られているという事実に。
「……何てこった。美人寮母さんに養ってもらうヒモ生活のはずが、いつの間にか俺の首に紐を付けられていたというのかっ!」
「そうか、今日の晩御飯の食材が一人分無駄になるのか。非常に残念だ。じゃあな直里。もう二度と会うこともないだろう」
「……ま、待ってくりゃっ!」
通話を切ろうとした手に待ったをかけると、コココさんはニッと笑った。
「そうか。頼まれてくれるか」
「……は、はい」
イエスオアダイ。そんなの選択肢は一つしかないじゃないか。
俺は頷かざるを得なかった。