モノクロメモリ
ねぇ、アマネ、
今日は少し冷えますね。いつの間にか夏は過ぎ去り、秋から冬へと切り替わる、狭間の時間。昨日までは日傘、手放せないほどの陽射しが地を照らしていたのに、寒いです。吐息はまだまだ白色には染まりませんけど、冷気が私の記憶を撫でるようにして、思い出してしまいます、二人で身も凍りつくような冬の朝、満員電車の中で身を寄せて登校する日々を。アマネばかり背が高くなって、私、吊革に手が届かないから、アマネにしがみ付いていましたね。やれやれ、と言いたげな顔するクセに、でもちょっと嬉しそうに微笑むアマネの瞳に映る、同じく喜びを噛みしめる私のあからさまな姿――。アマネは何を想っていたのでしょうか。押し付けるように、アマネに身を寄せて、今思うと……絶対に気づかれていましたね。ですよね、アマネ? 電車を降り、私を導くようにして歩む貴方の姿が好きでした。アマネの美しさ、形容し難い煌めきに包まれていました。歩く姿、ただ前方へと歩む、たったそれだけ、ごくありふれた動作すら、私は魅了されました。
中学を卒業し、モデルとして雑誌の中でアマネが紹介されるたびに、アマネのファンが増えていきました。私も、今でもバンド活動、続けているんですけど、多分当時のアマネよりも、ファンの数は少ないです。アマネはよくファンの子に声をかけられて、コーデ参考にしてます! なんて黄色い声を、私の横で浴びて、適当に相槌打つようで、その実、本心で語りかけているアマネに、私は嫉妬に駆られました。同じ学校に入学し、毎日一緒に登校し、一緒に昼食を食べ、お互いバイトとバンド活動で時間が合わない以外は、いつも一緒、同じ時間を共有していたはずなのに、幼い私は、アマネの笑顔を――ううん、全てを私に向けて欲しかったんです。アマネの眼差しの一欠けらだって、他人に味わってほしくないんです。何故なら好きだから。学校から駅まではバスに乗りますけど、隣にアマネの体を感じて、仄かに触れるアマネの暖かさが心地よかった……。夏は流石に暑いですけど、冬や、今みたいな肌寒い時は……それを言い訳にして、その熱を浴びていました。
アマネは、私のこと、どう思っていたんですか? ただの友達? ……親友? それとも――ふふ、そういえば、私が同じクラスの男子に告白された、とアマネに告白した時のアマネの顔が忘れられません……。今思い出すと、ごめんなさい、噴き出してしまいますけど、当時は、はい、本当に後悔しました。私はアマネを試したんです。即座に断るつもりでしたけど、答えを保留にし、それをアマネに伝え、アマネがどんな反応を示すのか、知りたかったんです。アマネが、普段の姿を取り繕うともがく姿は、見ている私も……辛かったです。身勝手で、謝って済む話でも、ましてや今更このタイミングで晒すなんて、卑怯ですけど、ごめんなさい、アマネ……ごめんなさい……。
私は、アマネのこと好きですよ。ずっと、いつまでも……なんて堂々と宣言してしまうくらいに。でも、アマネはクマたんを愛していましたね……。何故、あんなただ丸いだけのクマが好きなんでしょうか。私からアマネ、アマネからクマたんへの一方通行な三角関係は、滑稽ですね。それでも、当時はまだあやふやな想いでしたけど、自らに操られるかのようにして、アマネの下へ向かいました。私は、どこかでそんな自分を冷めた眼で見つめ、諦めを抱いてしました。そうそう、アマネが愛している激レアなクマたんを、プレゼントしたことがありましたね。私がアマネを驚かせようと企み、隠れてアルバイトに勤しみました。当時流行り、現在ではあのパフェ喫茶を中心にして、商店街が再び息を吹き返すように蘇り、活気ある空間が広がっていますけど、私はそこで働くことを条件にして、クマたんを手に入れたんです。アマネは、私がアマネに隠れてコソコソと避けたことで、以前私が告白を受けた時以上に取り乱していました。愕然と、崩れていました。初めて見る、貴方の苦痛で歪んだ表情に、私は身を裂かれるかのような痛みを覚えました。騙す、そんなつもりはなかったんです。ただ、アマネがクマたんを抱きかかえて喜ぶ姿を思い浮べて、嘘をついたんです。アマネは私が別の女の子と楽しげに会話を交わす私の姿を目撃して勘違いしたようですけど……ねぇ、アマネ、少しくらいはそのゆるゆるな頭、働かせてください。私が、アマネを裏切るような行為を犯すはずがないでしょう……。どうして、気づいてくれないんですか? 言葉でわからないのなら、歌にでも乗せて――私の胸の内側に積る想い、今だったら、簡単に吐き出せるはずなのに――。
……はぁ、それももう、終わりにしましょう。疲れちゃいました。一体私はいつまで待てば良いんですか? いい加減にしてください。
毎日……。
さようなら、アマネ「え?」