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一人、理由 02



「そうだっけ?」

「そうよ、……あぁもう、アマネの声聴くの懐かしくてちょっと感動」

「先月電話したじゃん」

「あれ、そうだっけ? でもほら、中学の頃は殆ど毎日アマネの声聴いていたじゃない。だから、新鮮なのよ」

「確かに。……れいか、今時間大丈夫?」


 ――れいか。

 同じ中学校に通っていたアマネとリンの友人だった。当時は、そこにリンとらぎを加えた四人で主に行動していた。アマネの幼馴染である。アマネ達とは別の高校に進学していた。中学を卒業した頃は、お互い会話をするかのように連絡を取り合っていたが、日々の忙しさなどで擦れ違うようになり、その数は次第に減っていった。


「うん、うん、大丈夫だけど……ふふ」

「その笑いは何?」

「ごめん、今のアマネの言い方、とても懐かしいと思ったのよ」

「さっきも言ったよそれ」

「違う違う……。アマネの言い方、中学の頃、私の部屋に訪れて、いつもと同じ顔装っているのに、なんか余所余所しい。それと同じなのかしら、と思って」

「記憶に無い……」アマネはむっとしながら答えた。

「どうしたの? って聞くと、アマネは一瞬戸惑う表情を浮かべるのよね」

「……知らない」

「当時と同じ顔しているのかしら。で、その口から、『最近リンが……』とか言っちゃうんでしょうね」


 ふぅ、

 アマネは溜息を吐く。白い吐息は寒風に巻き取られ、やれやれと首を振るアマネだけが取り残された。


「何でも御見通しなの?」

「違うわ、アマネがわかりやすいだけ。クールな顔して、わかりやすくて、この先悪い人に騙されないか、心配でたまらないわ」

「その話は何度か聞き覚えがあるから、もう辞めて……。それよりも」

「リンちゃん?」

「あぁ」

「また、避けられたの?」

「またって……」

「あら違うの? アマネがしょげた声で私に相談する時は、決まってリンちゃんだったわ」


 ――中学の頃、リンは露骨にアマネを避けてしまう時期が存在した。無論アマネを嫌ったからではなく、アマネを意識してしまうあまり声をかけるのすら億劫となってしまったからだ。それを、アマネはリンに嫌われたと危惧し、れいかに相談したのだった。


「そうだよ、今回も、です」観念したかのようにアマネは言う。

「やっぱりね。で、今度はまた喧嘩でもした?」

「してない、けど」

「もしかして自然消滅? あ! リンちゃんに男でも出来たのかしら? あの子、高嶺の花のアマネと違って男子が頑張れば手に届く範囲の子だから、色めきたった男子にちょっかい出されていないか心配なのよね」

「ちょっかいは、そういやこの前告白されてたな」

「え、嘘? ……で、どうなったの?」「……いや、あたしが、追い払った」「……は?」「そいつは自分勝手で駄目な奴だったんだよ。リンが危険だったから、代わりに……」

「それで、まるで騎士のように」

「待って、何でそれ知ってるの?」「そんな気がしただけよ。で、アマネがリンと……」

「違うし、付き合ってないし」

「まだ?」

「あたしは女です」「大丈夫、そういうの今、あまり関係ないらしいわ」

「れいかー」


 アマネは溜息混じりに声を上げる。一人ヒートアップを始めると、れいか止まらなくなってしまう。


「はいはい、真剣に聴きます。それで、リンちゃんと何があったの?」

「それなんだよ」

「アマネ?」

「別に、私がなんかリンを傷付けるようなことしたんならわかるけど、ホント何も無い……。でも、リンはあたしに嘘をついて、あたしを避けるんだ……」


 ――アマネは、先日用事があるから、と言い残して消えたリンが、自宅とは違う場所で他の女子生徒と楽しげに会話している姿を目撃したことを語った。


「ふうん……。用事……まぁそれに向かう途中でその子と会い、偶然会話をしていた、とは違うの?」

「いや、あの日はあたし、委員会で放課後まで残ってたんだ。遅くまでリンが街をうろついているはずがない……」

「委員会、ねぇ」れいかは言葉を舌の上で転がすように言った。それはれいかが何かを思案している際の癖であった。「確かにおかしいわね。リンちゃんは事あるたびにアマネに付いて行って、遂には同じ学校に入学までしてしまった子なのに……」

「それはたまたまリンも狙っていた学校で、家から近いし……」

「はいはい……。で、リンちゃんは嘘ついてアマネから離れ、どこの馬の骨かも知らない女の下へ向かってしまいました、とさ……。泥棒猫! って、ふふ、一度はリアルで口にしてみたいわね。冗談よ。話戻して……でも、今みたいに放課後以外は仲睦ましく秘密の花園な世界展開しているのよね、毎日一緒に登校したり?」

「そう、授業中も、休み時間も、リンと一緒」

 電話の先でれいかは辟易としながらも、「それじゃあ、何かリンちゃんに理由があるのよ。アマネに嘘ついてでも、アマネから離れるとんでもない理由が……」

「嘘、ついて、まで……」

「だってあのリンちゃん、でしょ? あの見ているこっちがハラハラドキドキしてしまうほどわかりやすいリンちゃん! それが、アマネから離れるなんて……ありえないッ!」

「うん……」

「って、アマネも思っているのよね? 私に否定して欲しいから、電話かけてきたのよね?」

「れいかだったら、真剣に答えてくれると思ったから」

「そう」


 声だけを聴くアマネはわからなかったが、アマネの縋るような言葉と、その裏に隠れていた意味を悟り、微笑んでいたれいかの表情が、一瞬だけ歪んだ。


「……もう一度言うわ。リンちゃんが、アマネを嫌うなんて話は絶対にありえない。……え、ちょっとアマネ?」

「……うん、あたしは……き、嫌われたく……ない、リンに……」


 アマネはれいかの言葉を頭の中で反復させながら、涙を零していた。


「大丈夫アマネ?」

「とても」

「全然そう聞こえないわ……。そんなことで泣かないで頂戴。あ、この電話録音しておけば良かったわ! そうしたら、こっちにも生息するアマネのファン達に聞かせて驚かせてやれるのに!」

「ファンって……」

「どっからか聴きつけてきたのか、私とアマネが同じ学校だったと知って、色々聞いてくる子がいるのよ。それでね、私は幼馴染だから、小さい頃の写真やお話、アマネの失敗談やら色々教えてあげるの。中にはファン辞めよっかな……と落ち込む子もいたけど、逆に燃え上がる子もたくさんいたわ」

「ほどほどにしてくれ」

「で、アマネはリンちゃんのこと好きでしょ? ……そういう恋愛的な意味じゃなく、意味でもいいけど……普通に、友達としてよ」

「うん……好きだよ」

「リンちゃんもアマネのこと、好きというか、大事に思っているはずよ。そんな簡単に裏切るはずがないわ。あ、それじゃあ、私、これから予備校だから……」

「ごめん、話聞いてもらって。こういうの相談できる相手はれいかしかいなくて」

「へーきへーき! アマネと会話すると中学の頃思い出せて楽しいわ。それじゃあ、また今度ね」

「ありがとう、れいか。またな」


 電話を切ろうとした瞬間、「ちょっと待って!」とれいかの凄んだ声が響き、慌てて耳に当てる。


「何?」

「アマネは今、どこにいるのかしら?」

「え、学校出て……」――その先に聳える、以前リンを見かけた街の中だとアマネは語った。

「そう……。えっと、確かもう少し先に、美味しいと評判のパフェ屋さんがあるのよ! 今、気分落ち込んでいるでしょ? だったら行ってみたら?」

「いや、あたし甘いの好きじゃないから」

「ほら、リンちゃん大好きだったでしょ? 今度一緒に連れて行ってあげなさいよ。あの子絶対に喜ぶから! その下見として、……ビターな味のパフェとか多種多彩だから」

「そう? うん、わかった、時間あるし、行ってみるよ」

「うん……あとは、まぁ大丈夫でしょ」「何が?」「ううん、こっちの話。またね、アマネ」

 

 ケータイを切り、れいかはやれやれと肩を落として溜息を漏らす。額からじっとりと汗が零れながらも、即座に表情を戻して、小さく頷いた。

 そして、落ち着きを取り戻したところで、アマネの声が、れいかの中で木霊する。

「うん……好きだよ……かぁ……。今更ねぇ」

 れいかはアマネが口にした言葉を繰り返しながら、微笑を浮かべる。

 その言葉、声――想いの先に佇むリンと、断ち切るように別の学校へ進むことを決意したはずなのに、未だに二人の姿を思い浮べる自分の姿が滑稽に思えた。


☆★☆★


 れいかとの電話を終え、ケータイをポケットに押し込むと、アマネはマフラーで口を隠すようにして歩き始めた。

 涙を拭いながら、こんなことで泣くなんて……とアマネは苦笑した。

 アマネの足取りは軽い。れいかとの会話で胸の内に溜まっていた霧がいくらか晴れ、街をゾンビのように彷徨っていた自分を俯瞰できるまでに落ち着きを取り戻していた。リンが嘘を付いているのかもしれない、と訝しむと胸が軋むような音を立てたが、れいかの言葉通り、何か理由があるのかも? とポジティブな発想を行えるようになった。

 ――本当?

 冷気のような想いが、声となってアマネの中で響いた。哀切とした声色であったが、アマネは鼻で笑うほど余裕が生まれていた。

 あぁ、とアマネは力強く頷いた。

 ――無理してない? と、声は止まらない。

 そうじゃないよ、とアマネは自分自身に語りかける。自己暗示とはまた違う、まるで本当にアマネ、という人物に声をかけるような優しさに包まれていた。

 リンが、あたしの下から、離れるはずがない。

 それを、一番知っているのは、アマネ自身である。

 今度、れいかの言っていた、パフェ屋さんに、リンを連れて行こう。きっと、喜ぶだろうし――。


 アマネの視界には、住宅街が終わり、その先に商店街が聳えているのが映っていた。廃れた風貌の、台風が訪れたら一晩で吹き飛ばされてしまいそうな、寂しい空間が広がっている。多くの店がシャッターを閉め、寒風が鋭い音を掻き鳴らして通り抜けて行く。数年前、付近の開発が進み、その果てに巨大なショッピングモールが誕生したことで、風前の灯だった商店街は、完全に叩き潰されてしまった。

 その先、

 遥か彼方……

 ――リン、

 の姿があった。

 隣に佇む女子と、楽しげな表情で、店の中に入っていく。


//03に続く

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