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一人、理由 01

ep.03



 なんか慣れない……と、アマネは声を紡ぐように、白い溜息を零した。

 小刻みに揺れるバスの中。

 外を眺めながらの吐息で、ガラスは白色に曇った。

 寒い、とアマネは肘を掴むように腕を組んだ。コートを羽織り、マフラーを首に巻いても、刺すような冷気から逃れられない。

 毎年感じているはずの、もう十七年目の冬の気温のはずであったが、まるで生まれて初めて雪国を訪れたかのような寒さを味わった。

バスが止まり、ふと外を眺めると「あ、リン……」

 ――と似た生徒が歩いている姿を視認し、思わず声が飛び出ていた。窓に張り付く水滴が垂れ、歪んだことで見間違えてしまったのだ。しかし、アマネはそれでも、声をかけたい衝動に駆られていた。その生徒から視線を剥せず、バスが再び走り始めても後ろ髪を引かれるように後ろ姿を追った。

 ――本日も、リンは今日予定がありますので、と言い残して、足早に帰宅してしまった。

 アマネとリンは、毎日一緒に登校している。下校はアマネの仕事が入ったり、リンの部活動ですれ違ったりしたが、それでもお互い時間を合わせ、なるべく一緒に帰宅していた。

 だが、最近のリンは、まるでアマネを避けるように一人で帰宅していた。アマネはリンの部活の練習時間や日程などを完全に把握しているので、それとはあきらかに異なる動きであった。

 あたしから、逃げるみたいに――。

 と、思った瞬間、やれやれと、アマネは一人首を横に振る。たまたまそう映ってしまうだけで、別に、リンは変わらずアマネ! と寄りついてくれる。あたしが、何か、リンに嫌われるようなことを……。


「何言ってるの?」


 嘲笑を含んだ声が、アマネの脳裏に響いた。はっと振り返ったが、バスの中にはアマネ以外の人間は存在しない。

 再び声が響いた。「リンの様子がおかしいって一番わかっているのはあたし。こそこそ巧く隠せているようだけど、はっきりとわかる違和感。……そう、隠している。あたしに、リンは、何かを……」

 幻聴が、アマネの中で響き渡る。

 振り払うかのようにアマネは小さく頭を振り、両肩を掴んだ。

 ぶるり、と体が震えた。が、それは寒さによる震えではなく、精神的な恐怖から引き出された。


「ほら、見てよ」


 幻聴の声も、震えている。

 視界を上げた途端に、「今度は人違いなんかじゃないね」

 コートに包まれるような小柄な体躯に、メガネをかけたリンの姿があった。

 一人、ではない。


「リンっ」


 アマネは擦れるような声で叫んでいた。腕をそっと伸ばす――。

 すると、リンは反応するかのように歩を止めた。

 笑顔で、

 横を向き、隣に佇む女子生徒――らぎでもない、アマネの知らない女子と、笑みを浮かべて会話を行う。

 ――最寄り駅から、学校までのバスに乗る際、普段、リンは寄り添うようにして、アマネの隣に座る。寒いから仕方なくくっつけているんです……と、そんな言い訳を言いたげな表情で、そっとアマネを見つめる。アマネは何も言わず、リンから伝わる仄かな温もりを感じていた。

 今は、誰も居ない。

 リンの姿は、バスが走り抜ける刹那の光景であったが、アマネの瞳には、刻まれるかのように残った。


☆★☆★


 次の日。

 満員電車の中で、合わさるように身を寄せて、アマネとリンは他愛の無い話に花を咲かせる。既に当たり前となった朝の登校時間。

 だが、アマネは内心穏やかではなかった。

 昨日目撃したリンの姿が、フラッシュバックしてアマネの中で再生された。何度も、もしかしたら見間違えかも? と現実逃避しようとするが、そのたびに隣で微笑むリンの表情が昨日のリンと重なり、アマネは強い動揺を覚えた。


「……アマネ、どうしたんですか?」


 リンはアマネを見上げて問う。


「ん、何が?」

「今日のアマネ、何だかいつもと違います、ちょっと静か」

「昨日夜遅くまで起きていたから、眠いの」


 昨夜、リンの姿が脳裏から離れず、まともに眠れなかったのは事実である。


「寝不足はお肌の天敵ですよ! モデルなんですから、そういうところ、しっかりしないと」


 誰のおかげで……と怒りが一瞬アマネを包んだが、それは筋違いな怒りだと己に言い聞かせ、「わかったよ。でも今は静かにして」

「あ、あの……寄りかからないでください」

「リンの頭の位置がね、ちょうどいいんだよ」


 バスの振動に併せて、アマネはリンに凭れるように体重を預けた。


「……し、仕方ないですね……。着くまでなら、まぁ……でもそれ以上は、私が潰れてしまいます」


 リンは諦めたような口調で言い放つが、その実、アマネの視線の映らない場所で妖しく微笑んだ。アマネが体重を預けたことで、匂いや温度がアマネに降りかかり、その歓喜を噛みしめている。

 ――隣でそれを感じながらも、釈然しないモノがアマネの中でシコリのように残った。


 朝のHRが始まるまで少し時間があった。リンはアマネの席に赴く。

 二人きりの時間であった。

 無論、教室内には既に半数以上の生徒が存在するが、リンとアマネに挨拶をかけるだけで、会話を行うとする生徒は殆どいない。絡める隙が見当たらないほど、アマネとリンは二人だけの世界を創りあげていた。

 モデルとして現在注目されているアマネと、小動物的な愛らしさのリンの組み合わせは、クラス内でも一定の需要があった。


「アマネ、またそれを読んでいるんですか?」

「癒されるんだ。クマたんを眺めていると」


 アマネの机の上には、一冊の雑誌が拡げられていた。

『THE・クマたん名鑑』

 今や日本に留まらず、全世界で圧倒的なゆるさを振りまくゆるキャラの『クマたん』のありとあらゆる姿が網羅された、アマネにとっては至高の一冊であった。


「まぁ、そのゆるーい感じはとても可愛らしいけど、アマネ、意味も無くクマたんのスタンプを張るの辞めてください」

「リンも癒されるでしょ?」

「通知がたくさん来て何事かと思うけど、いつもクマたんクマたんクマたんッ!」

「悪いと思ってる。でもほら見て……。ね? この子の可愛さ……。ヤバいよ。ほんっと癒される……。あ、この堕天使クマたんのちょっとイカツイ顔、ぐっと来るなぁ」

「凄く派手……。でも、アマネは持っていないんですよね?」

「うん……。まさか抽選に外れるとはね……」


 やれやれ、とアマネは肩を落とす。堕天使クマたんは、コンビニなどで売っている菓子につくコードを十口集め、応募すると抽選で百名に当たるという景品だった。アマネは絶対に手に入れてやるという強い意志の元、リンと協力して三〇枚の応募用紙を送りつけたのだが、見事外れたのだった。


「次はさ、これ……南極探検隊クマたんの抽選が始まるんだよ。今度は、絶対に手に入れてやる……」

 アマネの指さす先には、防寒着に包まれたクマたんが氷の中に閉じ込められていた。

「また、私は毎日チョコ食べる生活を送るんですね……」

「嬉しそうに食べてたじゃん」

「一ヶ月は流石に長いです……。あと、太ります……らぎに、また虐められます……」


 苦虫を噛み潰すように、リンは表情を歪めた。


☆★☆★


 以前、リンが男子生徒から告白を受けたと聞いた時、アマネの動揺は激しかった。が、喉元通り過ぎれば熱さを忘れ、あの時は必死だったなぁ……とアマネは思い出すたびに恥ずかしさで胸が締め付けられる痛みに襲われた。ちなみに、男子生徒はその後リンのライブに訪れ、まだまだ荒削りながらも一生懸命熱唱する姿に心を討たれ、後日改めて謝罪し、リンのファンとして日々勢力的に活動を行っている。

 それはさておき、アマネは授業中やお昼休みなど、暇さえあればアマネの下に駆け寄ってくるリンの姿に安心感を覚えていた。昨日の光景は夢だったのかも、と薄れ始めた瞬間、再びアマネは一人になった。

 用事があるので、先に帰りますね、とリンは言い残して。


「用事って、何だろ」


 疑惑というよりは、疑念であった。

 以前から時折一人になることもあったが、今現在は当時とは全く異なる心境で一人帰路に赴く。

 思考に蓋をするように眼を背けるが、響いてくる自分自身の声。


「用事なんて、嘘だよ。だってさ、昨日あたしは見たじゃん。リンがあたしの知らない女の子と一緒に楽しげに下校している姿を。あたしに嘘ついて、別の友達と会うために。小学生みたいなコトで、他人からこんな相談聞かされたら鼻で笑っちゃうかもしれないけど、当事者となると、結構くるよね?」


 語りかけてくるのは、アマネが抱く本音である。認めたくない想いが、脳内で音を纏ってアマネに降りかかる。逃れようとしても、心のどこかで、それを信じようとしている自分が存在していた。

 全身からドロドロとした液体が噴出するようで、アマネの思考はゆっくりと停止する。

 自然と足はバス停を通り過ぎ、吸い込まれるかのように街へと向かった。

 ――リンを追って。

 アマネは昨日の記憶を頼りに街を歩き回ったが、リンの姿はどこにも見当たらなかった。

 はぁはぁ、と白い息を口元に纏わせ、喉がカラカラに乾燥していた。


「何で……」


 リンが見つからない、ということよりも、リンは自分に対して嘘をついていることが、恐ろしかった。氷点下に近い温度だが、駆け足だったことで体は火照っていた。ふつふつと燃えるような熱を覚えながらも、頭の中だけは一歩進むたびに、凍るような感覚だった。

 すると、まるで走馬灯のように、一つの記憶が蘇る――。


☆★☆★


 中学三年生となった頃、アマネはそれとなく卒業した後の高校について探りを入れるための会話を、リンに仕掛けた。もしも、リンがアマネの志望している学校とは別の高校を考えていたらと恐怖していただけに、リンはアマネと同じ学校を目指していると聞き、強い安堵感に包まれた。

 この頃から、アマネにとって、リンの存在が占める割合は大きくなっていた。

 同じ高校に入学し、同じクラスとなり、アマネはその奇跡に感謝していた。

 ころころと移り変わるリンの表情や愛らしい仕草など、リンの全てがアマネには愛おしい。自分自身に懐くようなリンに、逆に引き寄せられるかのように、リンの存在がアマネの中で膨れ上がっていく。

 高校生となり、

 アマネの隣にリンが存在する姿が、アマネにとって当たり前の世界と移り変わっている。

 だが、現在、隣にリンの温もりが無いことで、アマネはひたすら恐怖していた。あの時、リンが男子生徒に告白された際も、アマネは似たような恐怖を覚えていた。それでも、男女の関係は仕方ない、と心のどこかで半ば諦めの感情が沸いていたのも事実である。しかし、今回は、自分の領域――を土足で侵入され、大切なモノがいつの間にか指の間から零れ落ちていくかのような喪失感があった。

 様々な思い出がアマネの中で駆け巡る中、ふと、中学の頃の記憶の中で、一人の女子生徒の顔が浮かび上がった。

 アマネはポケットからケータイを取り出す。

 一瞬躊躇したが、電話帳を開くと、震える指で操作する。

 リン――の名前を通り過ぎた。

 目当ての名前に辿りつくと、そっと指で押した。着信音の後に、「……久しぶりね、アマネ」



//02に続く

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