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告白、結果 02

「ごめんなさい」


 その言葉に、一瞬遅れて、「はッ?」と声を上げる男子生徒。

 断られるとは微塵も予想していなかったのか、矢継ぎ早にリンを問い詰めた。

 それに対し「やっぱり、あまり会話もしたことありませんし、いきなり付き合うのは……難しいかな、と思います。……せめて、友達から、にしませんか?」


 リンの提案に、男子生徒はやれやれと小馬鹿にするように首を振ると、ふぅと遣る瀬無く溜息を吐いた。

 俺が付き合ってやるって言ってんだよ、と上から目線の大胆不敵な態度で言葉を吐き始めた。プライドの高さに加え、断られたことに対する怒り、また既に周りの取り巻きにリンを落すぜ! と自信を漲らせていたので、無残にもフラれてしまったとは言えないと焦りが滲み、後半からは筋の通っていない論理の爆発であった。

 突然の剣幕に気押されたリンは、校舎を背に追い詰められていく。震える姿に反撃が来ないことを悟った男子生徒は、リンのバンド活動にまで言及した。――友達から聞いたけど、ロリータ服着てヘラヘラ歌ってるんだってな。一部のロリコンみたいな奴らにはウケてるみたいだけど楽しそうでいいな。一緒にバンドやってる奴も、それ観て楽しんでるレベル低い奴らと一緒に閉じた世界で盛り上がって、哀しくならない? と嘲笑を交えながら、リンを蔑んだ。

 その言葉に、リンは瞳に真っ赤な炎を滾らせるようにして、強い怒りを覚えた。

 自身の歌唱力については全面的に同意ながらも、メンバー、それと少ないながらも応援してくれるファンを侮辱されたことが、許せなかった。

 ふつふつと、体内でマグマのような熱が迸る。

 だが、先に口を開いたのは「おいッ!」リンではなく、男子生徒……でもなく、二人に怒涛の勢いで迫る、アマネだった。

 不意を衝くようにアマネが出現したことで、リンと男子生徒は一瞬時が止まったかのように硬直した。その隙を縫うようにアマネは二人の間に割り込むと、ぐっと腕を組んで、男子生徒を睨みつける。

 鬼気迫る表情である。

 アマネは一七〇センチを超える身長であったが、それでも男子生徒よりは一回り小さい。だが、男子生徒は頭上から凄まれるような強烈な威圧感を覚えた。


「あなた今、なんつった? リンの歌を馬鹿にするのは……いいよ、わかる。まだ初めて数ヶ月だから、その程度のレベルだと、仕方ないと思うよ」


 アマネ来襲に怯えた男子生徒は、わけわけんねぇ……と捨て台詞を吐いて逃げようとした。が、「いいから聞けッ!」とアマネは叫び、男子生徒は蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまった。


「でもさ、リンだけじゃなくて、一緒にやってるメンバーや、リンのファン達を……馬鹿にするのだけはホント、許せない。それと、やっぱりリンを馬鹿にしたのもムカつくよ。あんた、リンのこと、何も知らないクセに、その浅い言動で小馬鹿にして……」


 アマネは一言一言に鋭い刃を纏わせ、男子生徒を切り裂くように想いをぶつける。


「ってか、あんたはリンのステージ見たことあるの?」


 男子生徒は首を横に振った。


「はぁ……。だったらあんた何も知らずにさっき滅茶苦茶に騒いでたわけか。呆れるよ。あのさ……まだ見ているのならともかく、人から聞いたってだけでリンを否定する権利すら無い。リンが……部活だけど、別にプロとか、インディーズで売れっ子ってわけでもないけど……でも、それなりに必死にステージに立ってんの。お気楽に馬鹿みたいに声出してヒラヒラ歌ってるわけじゃなくてさ……。リンなりに、毎回一生懸命あれこれ考えて、ステージの演出、曲もホントよく続くなぁと感心しちゃうくらいに頑張って作ってる。……こういうこと絶対に言いたくないけど、でも何も考えず、何も理解しようともしないただ傍目で馬鹿にするあんたには教えとくよ。少ないけど楽しみにしてくれる人や、たまたま他のライブで訪れたお客さんが退屈しないようにって、毎回悩んでるの。あたしはそれ、結構相談受けて、リンから愚痴も聞かされて知ってるんだ。自己満足、閉じた世界かもしれないけど、……あんたもさぁ、部活やってんならわかるでしょ? そういう世界が結構当人にとっては重要だって……。リンはこれでも、見てくれる人のこと一人一人思って、歌ってる。全力で……それを、勝手に否定するなッ」


 アマネの言葉に殴られるように、男子生徒はアマネに恐怖を覚え、ガタガタと震えながら一歩、二歩と下がっていく。


「最後に、今度リンのライブがあるから……来い。そこでリンのステージ見てみろ。可愛くて、でも結構かっこいい所もあって、最高だから。ホント、リン大好きになるくらいに……。その後に、何か文句があるのなら、いいよ、今日みたいに言って。受けて立つから」

 アマネは云い終えた瞬間、ダンッ! と一歩足を踏み鳴らす。

 その迫力に慄き、男子生徒は涙目で頷きながら逃げ出してしまった。


      ☆★☆★


 アマネはハァハァと息を荒げながら、逃げる男子生徒を眼で追っていたが、姿が見えなくなったところで、ほっと胸を撫で下ろす。

 くるりと反転すると、リンと目が合った。

 リンは、惚けた表情で、アマネを眺めている。


「リン?」


 呼びかけたが返事は無い。アマネは慌ててリンの肩を掴んで揺らした!


「リン! 大丈夫!?」

「や、め、て、くださいぃいい!」


 我に返ったリンは、アマネを振りほどくと、「その、ありがとうございます……」と蚊の鳴くような声で言った。


「怪我とかしてないよね?」

「は、はい」

「こんなとこ連れ込まれて……」

「アマネが助けてくれたので、大丈夫です。それと場所指定したのは、私です……」

「そっか……」


 アマネは安堵の笑みを零す。

 すっと、一筋の涙が、アマネの頬を落ちて行く。


「アマネ、泣いてるんですか?」

「え? ……あ、はは……今頃、ちょっと、いやぁ結構恐くなったかも」


 男子生徒に立ち向かった際は、無我夢中で気が付けなかったが、相手はアマネよりも一回り背が高く、体格も桁違いに違う。激昂している状態だったので、アマネに怯まなければ反撃を喰らう可能性も否めなかった。

 いつの間にか体を包んでいた恐怖に気づき、アマネの足はガクガクと震えていた。


「……ごめんなさい、アマネ。巻き込んでしまって」

「別にいいよ……。ってか、勝手にあたしが入ってきたというか、まぁ、リンが気にすることじゃない」


 アマネの屈託のない笑顔に照らされて、リンの中に影が生まれた。

 ――実は、私は、今朝告白を受けた瞬間、断るつもりでした、とリンは心の中で答える。

 だが、リンは告白を受けたことをアマネに伝え、その反応を見て視たい衝動に駆られたのだ。

 普段、平静を保つアマネが、もしかしたら酷く動揺してしまうのかも……と、興味が湧いた。

 ――それが理由の一つ。

 二つ目、それはリン自身がその意味に到達できない想いであった。

 断れよ、と声を強めて言って欲しかったのだ。

 私の手を掴んでも、止めて欲しかった、とリンは無意識の内にイメージを脳裏で作り上げていた。何考えているんでしょう……と一笑に付したが、その実、胸の奥深くに隠された想いは色と形を帯びてリンの中に残った。

 そんなリンの願いは虚しく、アマネが強い反応を示すことは無かったが、静かにアマネの焦りは垣間見られた。それだけでもリンの心を満たす快感があった。

 しかし、リンはさも了承するような姿で男子生徒の前に現れ、間髪入れず断り、結果は先ほどの通り、男子生徒の激昂を引き起こし、あわや襲われる寸前であった。


「変に引き伸ばさず、すぐに断るべきでした」

「かもね。期待していた感じだから、でも……どうしてリンは断ったの?」


 アマネは真面目な顔で問う。

 リンも、その言葉を自分自身に投げていた。外見はリンの好みに近く、性格も――暴走はしたが、普段の立ち振る舞いや面倒見の良い部分など、リンの惹かれるところもあった。以前から何となく会話を交わす仲でもあった。

 ――何故?

 再度、リンは問う。


「私は、まだ……男の子と、お付き合い……する必要ないというか、遊ぶのも……。ううん、まだ良いかなぁって思いました。ま、さっきの彼を見て、そんな想いはさらさら無くなりましたけど」


 リンは胸の奥底で疼く痛みを無視するようにして言った。自己暗示をかけるような言葉使いであった。


「そう……。はぁ、もう帰ろう。なんか疲れた」

「私、鞄は教室です」

「あたしも」


 リンは何気ない言葉、普段通りにアマネの横を通り抜ける際、そっとアマネを見据えた。


      ☆★☆★


 太陽は殆ど地平線に沈み、僅かな煌めきが校舎内で反射し、二人を優しく照らしていた。


「ホント、ごめんなさい、アマネ……」

「もう謝らなくていいって」

「……でしたら、ありがとう」


 リンは立ち止まると、アマネの顔を真っ直ぐに見つめた。


「アマネの言う通り、私が侮辱されるのは……まぁ、百歩譲って仕方ないとか思っちゃいますけど、まだまだ下手糞なので! ……でも、らぎを始め、バンドのメンバーや、私の拙い歌を聴いて下さる方々まで批判されるのは我慢ならなかった。でも、私は巧く言えず、ただ顔を真っ赤に染めて睨んでいるだけだったかもしれません。一矢報いる、それすらも出来ずに……。でも、アマネが私の胸の内に溜まっていた言葉、全て吐き出したようで、私、とてもスッキリしました」

「……調子乗った気がして、今思うとあぁぁぁ恥ずい……」

「いいえ、アマネ、とても格好良かったです。ありがとうございます」

「どういたしまして」


 二人は再び歩み始めた。


「でも、どうしてアマネはあの場所に来てくれたんですか?」

「それはもちろん……リンが、心配だったから。ずっと戻って来なかったし」

「え? 私が教室を出て、まだ十分も経過してませんけど?」

「それは……リンの気のせいだ」

「気のせいも何も……」

「う、うるさい!」


 アマネはリンの先を行くように足を速め、リンは慌ててアマネの後を追う。


「でも、アマネが来てくれたおかげで助かりました。流石ですね……。アマネは、私の、……親友、ではなくて、騎士、みたいな? 感じでしょうか?」

「リン、それ自分で言ってて恥ずかしくならない?」

「だ、だって、あの颯爽と私の前に立ってくれたアマネは……」


 リンはそこで言葉を切り、意味深に微笑んで、アマネを見つめる。


「リン、ニヤニヤし過ぎ」「アマネだって、なんか嬉しそうです」「してない」

「これからも私が窮地に陥ったら、助けてくださいね!」とリンは熱っぽく言う。

「やれやれ、わかりましたよ、リン御嬢様」


 アマネは小馬鹿にするように答えると、ふと、リンは先ほどの光景を思い出して、頬を赤く染めた。何故なら、アマネが男子生徒に向かって吠えている最中、リン大好き! と語っていることに気づいたからだ。上機嫌なアマネを眺めていると、脳裏で何度もリピートが始まり、リンの顔は燃えるように熱を持ち始めた。抑えきれなくなったのか、リンはアマネの腕にしがみ付くように抱き着いた。


「うわ!?」

「ア、アマネは……私の、騎士なんですよね? だったら、その私をリードするのは当たり前ですよ」

「突然、何?」

「さ、さっきのがまだ怖いんですだからまぁその……」

 もちろん嘘で、それに恐怖を覚えたのは激昂する男子生徒よりも、静かに声を響かせるアマネの姿であった。

「……はぁ、仕方ないな」


 煩わしそうに答えておきながら、アマネは愛おしげにリンを見つめ、柔らかい笑みを零す。言葉を交わす代わりのように、二人は手を重ねた。二つの影が、一つに合わさった。

 その瞬間、リンの中で、何故告白を断ったのか、その理由がくっきりと浮かび上がってくるのを感じた。



 //終わり

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