告白、結果 01
ep.03
昼休み。
教室の、アマネの席。
朝から、普段とは違う落ち着きのないリンの姿に、何か隠しているな……と見抜いていたアマネであったが、まさか告白を受けたという言葉が飛び出してくるとは……と予想外の問題発生に思考が追いつかない。
「ねぇアマネ、聞いてます?」
「え……あ、あぁ、うん。で……何だっけ、リンが、告白、受けた? そっか……リンなんかに?」
「……なんかに、ってどういう意味ですか?」
「いやこの世界には物好きがいるんだなぁ、と感動して」
「まぁ、アマネには負けますけど、私だって、男の子に声、かけられたりすることもあるんですよーアマネが想像している掃除の時間や授業で隣の男子が教科書忘れた見せて! と言われた以外にもありますから! ……ホントですよ? マジで? と驚愕しないでください!」
リンは多少自分の中で盛りながらも宣言したが、別段嘘ではなく、モデルであるアマネの横で小さい子がいつも居るな……と周りの者には意識され、時折リンに着目してみると、小動物的な愛らしさは可愛いと、一定の評価を受けている。
アマネは内心まぁリン可愛いからと認めながら、毎日眺めているアマネだけが読み取れるズレを、リンから受けていた。
視線や声色、髪を撫でる癖などが、ひしひしとアマネの心を揺さぶる。それから目を背けようとするたびに目につき、逆に違和感となって浮かび上がってしまう。
「で、……その、リンに告白したって奴は、誰?」
「同じクラスの……」
――曰く、リンとアマネと同じクラスの男子生徒である。
品行方正、成績優秀、整った顔立ち、学級委員を務め、次期生徒会長候補。身長は一八五センチ、サッカー部主将で県の選抜メンバーにも選ばれるエース。Faceboxには様々な友人と遊んだ写真が毎日更新され、ツイスターにはリアルな友人だけでフォロアー数は千人を越え、LINEには無数の友人とグループが並んでいる。女子生徒からはアマネと双璧を成すほどに尊敬を集めている超人であった。
「あぁ、アイツか。リン凄いじゃん! 良かったね、あたしはてっきり鞄に色々じゃらじゃらつけてるいかにも……な人に告白されたと思っていたよ」
さらりと吐いた自分の言葉に、まるでドラマの台詞を述べるかのような違和感を覚えた。
「前から気になっていたようでして」
「へぇ、それは、ホント、不思議だね」「はい……アマネ、もっと真剣に聞いてくださいよ!」
「ごめん、なんか面白くて。で、いつ告白されたの?」
「朝、日直の後……。一緒の当番でした」
早朝の、リンとその男子生徒以外に誰も存在しない教室で、俺と付き合ってくれ、と告白を受けたのであった。
リンがその際の描写をたどたどしく伝える間、アマネは傍目では静かに聞いていた。ふうん、と相槌を打ち、表情は崩さない。その達観した姿に、横目でアマネの姿を眺めていたクラスのファンの女子は、今日のアマネさん、いつにも増してカッコイイ! と赤面しながら感嘆するほどである。
しかし、内心は違った。
リンが言葉を紡ぐたびに、意味を理解するたびに、臓腑に牙が突き刺さる不快感を浴びた。
心臓がゆっくりと鼓動を強め、リンの声を受け取ると脈拍が上がり、音が体の内側で反復する。その音がリンに届いてしまうのではないか、とアマネは不安にかられるほどに。
「リンは……」
「はい?」
「なんて、答えたの?」
そう口にした途端、今度は心臓が止まったかのように音を消した。
息をするのも忘れてしまうほど、緊張がアマネを包む。
続いて、後悔。
聞かなければ良かった、と背中に熱が溜まる。いずれは問うつもりであったが、まだ心構えが出来ていないうちに、アマネは声に出しまった。
アマネの周りからも音が消え失せて、景色が溶けるように一色に染まり、その中でリンだけが一人浮かび上がる。
アマネの視線を反射するかのように、リンはアマネを見据えてから「私は、……考えさせて、と答えました」
「へぇ……」
「なんか……どうでも良い、って感じで興味なさげですね。私は真剣にアマネに相談しているんですよ!」
「いや、てっきり……リンは……えっと、考えさせて、と……言った……それは」
リンは、断っていない。
――保留。
ドクンッ
その事実に気づいた途端、アマネの心臓は揺れ、音を取り戻す。
燃えるような熱が全身の至る所から発生した。思わず、アマネはリンを舐めるように上から下まで観察した。やはり、アマネの知らないリンの姿が目の前に聳えているようで、視線を外してしまう。
「だって、突然言われたんですよ。……咄嗟に何て返せば良いのか、わかりませんでした」
「あたしに、それを相談するの?」
「アマネは、私の親友ですから……。アマネだったら、まともに相談乗って下さると思いました。らぎになんか相談したら、絶対良いように弄られて、私の学園生活は終わります……」
「親友」
「アマネ、私は、どうすればいいと思いますか?」
リンは云い終えて、すっと視線をアマネから外した。その先には、リンに告白した男子生徒の姿があった。リンは慈しむような視線を送っている。頬を僅かに染めた横顔に、アマネは冷水を頭から浴びたような寒気を感じた。
そんな顔できるんだ――、とアマネは叫びそうになった。
☆★☆★
【親友】
アマネはケータイでその言葉を検索し、初めて意味を知るような想いで読みふけっていた。
「親友……」
親しい、友達。
何故か、その言葉がアマネの胸に突き刺さっていた。
結局、アマネはリンに対して何もアドバイスを施せなかった。当たり障りのない言葉をかけて、告白されたのはリンなんだから自分で考えなよ、と突き放したのだった。
「今日は、お仕事ありませんよね?」
「無い……けど」
「だったら、アマネ、待っていてください。お願いします」
「いいけど」
「良かった、不安なんです……」
リンはアマネを捕まえるように懇願し、アマネはそんなリンを振りきれなかった。
普段のリンと違い、か細い声で訴えかける姿に、アマネは筆舌にし難い恐怖を覚える。
放課後。
夕日が広がる教室に、アマネは一人で残っていた。
他に数人の女子が残り、アマネに声をかけようとしたが、殺気めいた威圧感を広げるアマネに近づくのを躊躇い、そっと遠目に眺め、その内いなくなった。
掌に顎を乗せ、重々しい溜息をつく。
瞳に入り込む夕日は何時になく眩しい。まるで光が瞳に突き刺さるようだった。ふと、以前撮影の際に巨大なサングラスを使用したことを思い出す。記念に貰ったが、いくらなんでも人前でかけるのは派手過ぎ……と部屋に飾っていたが、あのサングラスがあったら、この厭らしい眩しさから逃れられるのに……とアマネは苦笑した。
――次々に、現在の状況から意識を遠ざけるためか、無意識の内に思考が広がっていく。
だが、夕日を眺め、僅かなストレスを感じるたびに、その黄金色の中に消えて行ったリンの姿が思い起こされ、それがアマネの神経を逆撫でる。
時計を眺めた。
リンがアマネの前から消えて、まだ十分も経過していない。
ふぅ、と溜息をつく。が、息を吸えない。
呼吸の仕方すら忘れてしまうほど、アマネは動揺していた。
「リンまだぁ?」
アマネは駄々をこねる子供のように声を出したつもりだったが、自身が驚くほど震えが混じり、思わず立ち上がっていた。
そして、放たれるように、教室を後にする。
廊下には、アマネ以外に生徒、教師の姿は無かった。
黄金色で染められた道を、アマネは速足で進む。
ぐわっと、足元から影が伸びた。が、自身の影は生物のようにその形を変化自在に映りかえた。歪な世界に迷い込んでしまったかのような光景であった。
アマネは駆けていた。リンの下へ赴く――のではなく、迫りくる何かから逃れようと。
意識は鮮明であったが、体が言うことを訊かない。
どうしよう、とアマネは考える。
何故なら、このままリンの下へ向かおうとも、リンが呼び出された場所を知らない。
ひたすら、アマネは校内を彷徨っていた。
一歩足を踏み出すたびに、リンの姿が脳裏に鮮明に思い浮かんだ。胸の内側にベタベタと張り付くように積る感情があった。
――断れよ
と、リンに吐き捨てたい衝動に駆られた。
だが、そんな想いを抱く自身にアマネは怒りを覚えた。
友達なら……、
――親友なら、リンのことを想って、もっとまともに語らないといけないのに……。
どろりと、アマネの胸に溜まるリンへの感情が零れ落ちる。
アマネが初めて目撃する、リンの美しい横顔。
瞳に映した途端、身を裂かれ、そこから噴出するどろどろとした液体に、溺れかけていた。必死にもがくたびにパニックに陥り、体と精神が乖離したかのような浮遊感を覚えた。
「リン……」と喘ぐように声を絞り出す。
――違うよね? その場で断るのが億劫だったから、一旦保留にしただけ……。
自己暗示をするかのように己に向って答えるアマネだった。だが、――何言ってるの? とアマネは声を聞く。
はたとして立ち止まると、足元から伸びる影が、ゆらゆらと不気味に揺れていた。
その影が、アマネに語りかける。
告白された、返事を保留、――断らなかった……なんて、ホントは実際どうでもいいんだよね。あたしは、リンが、私を……親友と、宣言したそれが――。
アマネは首を振って、影から視線を剥した。何でだよ、と自身を揶揄するように笑う。別に、親友で問題無いじゃん、どうして……。
必死に言い負かそうとする自分を嘲笑うかのように、影は悶えた。
アマネは肩で呼吸を繰り返す。走り疲れたこともあったが、それ以上に精神的な動揺から呼吸がままならない。
「どうした?」
と、声を掛けられて、アマネはそっと顔を持ち上げる。また幻聴かと思ったが、「そんな汗かいて、何かあったの?」と笑顔を浮かべる、……らぎの姿。揶揄するような笑みを浴び、見透かされる気分に陥り、冷静になったアマネは、目の前のらぎが本物だと理解する。
「別に、何でも無いけど」
「そんな必死の形相で何でもないはなくない?」
ケラケラと、らぎは派手に笑った。
だが、その瞳だけは、じっとアマネを捉えている。黄金色の世界の中で、らぎだけが一人くっきりと縁どられているかのようにアマネには映った。
「どうせ、リンを探しているんでしょ?」らぎは、アマネの声を引き継ぐように言った。
「そう……だけど」
「何でわかった? ふふ、なんかそんな顔してたから。アマネは、クール気取ってる割にさ、顔に出てるから面白いよ、笑える」
「そ、だったら話は早いね。リン、見なかった?」
「この先に、居たよ」
らぎは道を開けるように身をずらし、小気味よい笑顔を見せる。その先は、グラウンドへの道が続き、途中に部室などが連なる空間が広がっている。
「……ありがと」
「なんか男子と一緒に行ったのを見た」
「そう」
「嬉しそうな……でも変な顔してたねぇ……。もしかして……」
「わかった」
「何で、イライラしてんの」
らぎは嘲るように笑って、アマネの横を通り過ぎて、消えた。
呼吸を整えながら顔を上げると、先程まで揺らいでいた影は一直線に戻り、まるで道を指し示すかのように伸びていた。
その先の、校舎の影に立ち尽くすように、リンの姿があった。
//02に続く