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お昼休み、放課後 01

 ep.02


 チャイムが鳴り響くと、教師はパタンと参考書を閉じ、教室を後にした。

 昼休み。

 緩い緊張感から解放された教室に、生徒達の嬉しそうな声が広がり、麗らかな一時の始まりである。

 アマネは窓側の一番後ろの席に座っていた。

 鞄から小さな包みを取り出し、弁当を広げると、机を丸い影が覆う。


「アマネ、一緒に食べましょう」


 アマネの向いにリンが立っていた。


「あぁ」

「そんな小さなお弁当で足りるんですか?」

「……その言葉、そのままリンに返すよ」


 アマネが視線を落としてリンの腕を見つめる。リンは紙パックのミルクティと、惣菜パンを握りしめていた。


「こ、これは……今日はちょっと寝坊してしまい、作る時間を設けられず……」

「三日連続だけど?」


 アマネが揶揄するように返すと、リンはむっとしながら、隣から椅子を拝借し、アマネの前に座る。リンがぶつぶつと言い訳を述べ、そこにアマネが適度なツッコミを入れる会話を繰り返す一時が始まった。

 ――アマネは、何気ない表情と声色を装ってはいるが、その実、こうしてリンが毎日自席に近づいて来るのを、心待ちにしていた。オチの無い生っぽい会話、言葉のキャッチボールを繰り返すだけの時間であったが、アマネはリンの隙を見ては、ほっと息をつく。

 もちろんリンも、アマネと似たような想いを抱いていた。

 昼休みとなった瞬間、即座にアマネの下へ訪れる。――一緒に食べましょう、という言葉も、本来なら意味が無い。何故なら、二人は当然の如く向き合い、こうして視線を併せて、会話を交わしているのだ。しかし、リンはアマネの下に向かうまでの間、背中を冷たい手で撫でられるような恐怖に襲われていた。何故なら、アマネの凛とした佇まいに、整った顔立ちから男女共に人気がある。自分が訪れるよりも先に、誰かがアマネを誘ってしまい、そのまま連れて行かれてしまうかもしれない、と日々恐怖しているのだ。

 それはアマネも同じであった。中学の頃、席が隣となり、小動物のようなリンに好かれ、意気投合し、それから殆ど毎日行動を共にしているはずなのに、昼休み、ふと顔を上げると、自分ではなく他の友人の下へ向かってしまうリンを想像し、胸を絞られるかのような恐怖に怯えていた。

 故に、リンの「一緒に食べましょう」という言葉と、アマネが「あぁ」頷く当たり前のやりとりは、お互いが安心するために必要不可欠なのである。


 この学校には、学食とは別に昼食用のラウンジが存在し、基本的に教室で昼食をとる生徒の数は少ない。リンとアマネの他には、数人の生徒が食事をしているだけだった。

 時折乾いた笑い声が響く、殺風景な空間である。


「アマネは、今日仕事ですか?」

「そ、学校が終わったら。まぁ一度家に戻るけど」

「また雑誌ですか? ホント、飽きませんね」

「……一応これでもモデルだからなー、飽きる飽きないは関係ないでしょ」

「ふうん」


 リンは鞄から雑誌を取り出すと、パラパラと慣れた手つきでページを捲り、「でも……この前の……これ、このポーズはなんですか? いくら流行りのコーデだからといって、アマネにはもっと……フェミニンな感じで着こなした方が……、あとあと、それにその前の!」と、リンのアマネへの批評は止まらない。声に熱がこもり、別に、そんなに気にしてはいないけど、この前たまたま雑誌購入したら偶然アマネの姿があって、まぁちょっと目についたから意見言わして貰いますね! と理不尽な理由を勝手に思い浮かべて喋る姿を、アマネは微笑みながら眺めていた。


「……リン」

「ん?」「文句言いつつ、毎号買ってくれているんだよね」

「ま、毎号って……そ、それはもちろんアマネが出ているから……は関係なくもないでして……、私も気になるし、だからそのぉ……」


 凄まじく動揺する姿に、コイツは演技しているのか? と一瞬怪しんだアマネであったが、赤面しながらも懸命に言い訳を述べる姿が愛らしく、アマネはそんなことどうでもいいか、と一人納得する。リンを観察しながら、アマネはふと当時の記憶に想いを馳せた。


 アマネは物心ついた頃から、周りの人間が自身に対して羨望の眼差しを向けていることを知る。その美麗な容姿と落ち着いた佇まいから、男性はもちろん、女性から黄色い声をかけられることもあり――寧ろ圧倒的に多かった。

 アマネが読者モデルとしてファッション誌に載り始めたのは、高校生だった。中学の卒業を控え、リンと空いた時間に街へ出てショッピングを楽しんでいた最中、スカウトに会った。が、初めは、めんどうだとアマネは消極的であった。スカウトは巷で話題の女性ファッション誌で、アマネを偉く気に入り、押し売りの営業マンめいたしつこさで連日アマネに迫った。


「今日もいる」

「あ、スカウトさん」

「もうストーカーだよあれは。はぁ……そこまで興味無いからさ、迷惑、ホント……。リン、悪いけど、裏門から帰ろう……」

 さらりと述べて動くアマネだったが、リンは硬直したようにその場を離れようとしない。「リン?」

「アマネだったら」

「ん?」

「きっと」


 リンはそこで口をつぐんだ。当時のリンは、現在よりも僅かに背が低い。だが、アマネに向ける瞳は炯々と光り、アマネは思わず竦んでしまう。「きっと?」

「雑誌の表紙を飾って、世界に轟くモデルになります、絶対!」

 きらっと輝く笑顔を浴びて、そういえばスカウトに会って、一番喜んでいたのはリンだったな、とアマネは思い出す。まるで自分のことのように一喜一憂し、相手が某有名なファッション誌と知ると、感激のあまり瞳に薄い膜を張っていた。


「そうかな?」

「はい! お世辞ではなくて、本当に」

「うーん」


 アマネが悩むと、その隙間を狙うようにリンは声を張り上げる。


「高校生になると色々お金必要ですから、アルバイトで初めてみたら良いと思います」

「あ、そっか! 確かに」


 アマネはリンに微笑みかけると、リンは顔を赤色に染める。


 ――今思うと、やっぱり怖かったのかも……と、アマネは当時の自分を観察しながら考えた。両親とも相談し、スカウトからこれでもか! と持ち上げられても、あたしなんかが……と一歩踏み出せずにいた。

 そんな恐怖の壁を簡単に砕いたのが、リンの言葉だった。

 リンと知り合ってから、リンの姿、言葉、声など、リンを観察するうちに、リンの胸元からそっと零れるように想いを感じ取ることが多々あった。リンから『ただの友達』では収まらない想いが、自身の胸に浸透するかのような錯覚ではない感覚、確信――。

 アマネは、これまで自らに迫る女性の姿を思い描く。それとリンを比べると、一見同じようにアマネの近づきたい一心で躍動する姿は同じであったが、リンは……その想いを時折隠すかのように振舞う。

 まるで知られたくないと言わんばかりの不安定な姿。

 リンの言葉も、ただ友達が悩んでいるから仕方なくそれっぽい言葉を並べてみました、という恰好を魅せたが、その言葉の末に詰まる微かな感情と、言葉の意味とは異なる想いが、ざくざくとアマネの胸に刺さった。

  それがアマネには新鮮で、かつ不思議だった。リンとは長い時間を過ごし、お互いの想いを透けて見渡せるはずなのに、知れば知るほど、深みにはまっていくかのようだった。

 ――という建前が一つ。

 本音、それはアマネ自身も気づかないリンに対する感情の流れ。リンが、私を好いているのかも、と気づくたびに嬉しみを抱いた。興味が無いとポーズを取りながらも、その実、内心リンへの言葉にならない温度のような想いがあった。――故に、アマネはリンの想いを浴びて、モデルへの道を歩み始めたのだ。

 

 二人が昼食を食べ終えたところに、「アマネ……先輩……」と声をかけられる。アマネとリンが振り向くと、申し訳なさそうに俯く生徒――校章の色から判断して下級生が二人に加えて、その隣でニヤニヤと笑顔を浮かべる同学年の生徒の姿があった。


「らぎ?」


 リンが珍しい、と口を開くと、「ごきげんよう、二人とも」らぎ、と呼ばれた生徒は丁寧にお辞儀をした。茶髪の癖の強い髪が一見無造作に乱れているようだが、バランス良くまとまっているようにも見える。吊り目といよりも猫目のような特徴的な瞳が、ギラギラと二人を睨んでいる。


「何、その挨拶?」


 アマネは慇懃めいたらぎに軽く笑いながら言った。


「あまりにも二人がキャッキャウフフしてたからさ、それに合わせたんだ」

「……らぎ、意味がわからないんですけど?」

「そう? あーリンは一瞬表情変えたから意味通ったと思ったけどさ」


 らぎはリンから視線を外し、アマネに訴えかけるようにして答えた。アマネは首を傾げ、リンは「何言ってるんですか!」と声を荒げる。


「その子達は?」


 らぎとリンがお互い牽制するような会話を始めたので、アマネは背後に佇む二人を視線で差して問う。


「そうそう、お願いがあって」

「何?」

「この子達、ファンなんだって」


 らぎ曰く、たまたまこの教室を通りかかったところで、扉からそっと身を乗り出して中を伺っている二人を発見した。教室の隅で麗らかなお昼の一時を楽しんでいるアマネとリンを観察している。話を訊くと、ファンで、声をかけたいがそんな勇気は持ち合わせていないと恥ずかしそうに語った。らぎは、あの二人私の友達だから、と強引に連れて来たのだった。

 落ち着きなく顔を揺らす下級生の一人は、はっと息を吸うと、熱い眼差しをアマネに浴びせながら、いつも雑誌に載ってるコーデ、参考にしてます! と宣言するように言った。アマネはそれを聴き、「ありがとう。そうだ、何かコーデに迷うことがあったら、いつでも聞いて。あたしの答えられる範囲で教えてあげるから」と返し、ファンを名乗る生徒は目の前でアマネに声をかけられたことで歓喜に酔い痴れ、涙ぐむ。


「ん、そっちは?」


 片方はアマネではなく、リンを見据えている。


「あぁ、この子はねぇ……私笑っちゃったんだけど……リンのファン。いたんだ! ってビックリ!」


 意地悪くらぎは笑った。リンはらぎを無視し、ニッコリ微笑み、「え、ホントですか? 嬉しい!」と無邪気に喜ぶ。はい、と小気味よく頷く生徒は、先日、友達に連れて行って貰ったライブでリンの姿を観て、一目でファンになったという。次のライブ絶対に行きます! と鼻息荒く答え、二人は満足したのか、何度も頭を下げて、教室を後にした。

 アマネとリン、そしてらぎが残る。


「……驚いた」「ホントな、一瞬心臓止まったよ」

「……二人とも、何ですか、その納得しがたい、という顔と声は……」

「リンにファンがいるなんて……」「ね、私最初ドッキリ仕掛けられたのかと焦った焦った」


 二人は顔を見合わせた後、リンを眺める。むすっと口を窄めたリンの顔があった。


「私だって、毎回必死に歌ってますから……ファンの一人や二人、居ても何らおかしくありません。……確かにまだまだ拙いし、声も全然出ませんけど……」

「わかる」らぎは間髪入れず頷いた。「お世辞入れて非道いもん」

「……同じメンバーなんですからもっとオブラートに包んでも大丈夫ですよ」

「そ、今後は努力するよ。ってか悪いねぇ、二人の麗らかな一時を邪魔して」


 らぎは二ヒヒと楽しげに微笑んで言う。

 ――リンは中学の頃から仲の良かったらぎに誘われ、軽音部に所属していた。初心者かつ音楽的なセンスの無かったリンは楽器がてんで弾けず、仕方なくという形でボーカルに収まった。現在はらぎとその他二人の生徒を加えた四人で活動を続け、リンは目立つように、とヒラヒラのロリータという出で立ちで歌う。まだまだ技術は拙いが、その少女的な姿は一定のファンがおり、先程ファンと答えた生徒も、ステージの上で一生懸命歌う健気なリンの姿に心打たれてファンになったのである。


「別に問題ないけど」

「いいえ、問題ありまくりですね……。二人ともナチョラルに私を虐め過ぎです」

「まぁでもリンは歌じゃなくてパフォーマンスってか、居るだけでいいの。マスコット的な愛らしさ……。ねぇ、アマネ」「確かに。それはちょっとわかるよ」

「わからなくていいです……。でもいつの日か歌で魅了させますから……二人とも、覚悟してくださいね」


 リンの大胆不敵な宣言に、アマネとらぎは幼い子供を見守るような暖かい眼差しを向ける。


「来世辺り? リンはまず歌詞完全に覚えろよ。すっと飛ばしてずっとラララー♪ で乗り切ったのは私も恥ずかしかったから」

「あー、もう! やっと、忘れかけてきたのに! らぎ、早く教室戻ってください!」


 リンは両手を上げてらぎに怒鳴り、らぎは意地悪く笑いながら教室を出て行った。


 らぎが教室から消えた途端、チャイムが鳴った。


「アマネ、次の授業は……移動ですよね?」

「確かそう」

「向かいましょう。早めに行って席を確保しないと」


 リンが立ち上がろうとすると、アマネの腕がすっと伸びた。「あ、そうそうアマネ……今度の……って、な、何するんですか!?」

 リンが鞄に腕を刺し込んだ途端、アマネはリンの髪に指を絡めた。もみもみと感触を確かめるかのように揉み始める。


「リン、歌う時はいつも髪の毛クルクル、ロールかけるんだよね」

「は、はい……パンクに目覚めたロリータ御嬢様、という設定ですから……。ねぇ、アマネ、手を話してください」

「もうちょっとだけ」

「あまり髪弄られるの気分……良くないです……アマネ~」

「引っ張ったりはしないから」

「そういう問題じゃなくて……」


 アマネは指でリンの髪を弄り続け、指に細い髪が溶けるように巻き付いた。真横で生々しく蠢くアマネの細い指先に、リンは恐怖に近い感情を覚える。

 リンは刺すような眼差しをアマネに向けたが、アマネは躱すように小気味良い笑顔を浮かべ、リンを見返した。

 浴びせたはずの視線が反射し、胸の内まで侵入されるようで、リンは思わず俯いてしまう。無抵抗となり、アマネに良いように指で弄繰り回されてしまった。

 掻き回されるたびに、体の内側まで乱される気分だった。ゴボゴボと、泡のような何かが足下から浮かび上がってくる。


「あたしも、ロリータ、やってみようかな」

「アマネには似合いませんよ」

「そう?」

「もっと大人っぽい方が……」「いいかな?」「はい」


 リンはそこで口を噤むと、一つ呼吸を挿んでから立ち上がった。

 俯いた状態で。

 アマネの腕を掴むと、頭に突き刺さった指を引き抜くかのように、取り払った。


「あぁ……もっと触っていたかったのに」

「辞めてくださいと、言ったのに、聞こえなかったんですか?」


 リンの声色には微かな震えが混じっていた。それを自分自身で理解したのか、リンは掻き消すように溜息を吐くと、くるりと踵を返し、まるでアマネから逃げるかのように離れていく。


「リン、待ってよ」

「先、行ってます」


 午後の授業では、アマネはリンの隣に座ったが、リンはアマネに口を開こうとしない。

 授業中でも関係無く仲睦まじい二人だけの世界を展開するリンとアマネだけに、クラスメイトに静かなどよめきが走った。

 授業を終え、帰りのHRに移行しても、リンはアマネに視線を送ろうとはしない。普段ならチラチラとリンはアマネを眺め、アマネはその視線を肌で感じているのだった。

 だが、放課後になり、リンは椅子から立ち上がるような素振りは魅せるが、帰宅しようとはしなかった。

 それぞれ時間が合う日は、リンとアマネ、二人で一緒に帰宅する。

 それが、当たり前となり、朝の登校と同じく、帰宅も二人で行動するのが生活の一部となっていた。

 アマネは、リンはこのまま怒り続けて一人で帰ってしまうのでは? と内心ヒヤヒヤしていたが、リンの落ち着きのない様子を眺め、ほっと胸を撫で下ろす。思わず、「リン」と声をかけようとしたが、リンの様子を観察することにした。リンの行動が何を示すのか、興味と期待、そして自分の下から去ってしまうのでは? という恐怖を抱きながら。

 リンは時折アマネに視線を送っている。アマネの下に向かうのはリンの役目だったので、放課後の夕日が差し込む教室にて、機械的に体が動こうとしてしまう。が、意識してその動作にストップをかけ、何事も無かったかのように椅子に座り直す。

 そんなリンの姿を眺めていると、アマネはあまりの愛らしさに自然と頬が緩んでしまう。

 リンと目が合った。

 アマネの笑みを受けて、リンも吊られて笑いそうになったが、むっと口を閉める。一瞬の間を開けて、リンは観念したかのように立ち上がる。足早に近づくと、アマネの前に立つ。「何、笑っているんですか?」

 声に感情が乗らないように、一生懸命強張った顔を続けているリンに、アマネは吹き出しそうになるのを必死に堪えた。


「ん、別に?」

「そうですか。ってか、まだ帰らない……んですか?」


 リンは我慢の限界だと言わんばかりに口にした。


「うん、今帰ろうと思ったところ」

 アマネが優しく語りかけると、仏頂面を決め込むリンの表情に、ふっと柔らかい風が流れた。

 すると、アマネの中で、安心感が波紋のように広がっていく。



 //02に続く

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