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潰えた夢、もがれた道 07

「久しぶりね」

「……れいか」


 夕焼けが沈み、ベッドの上でクマたんを抱きかかえていたアマネの病室に、いつの間にかれいかの姿があった。

 前髪を切りそろえ、光を吸収するように煌めく長髪は重力を帯びるようにして揺れる。力強く持ち上がるつり眼は、潤むような柔い光を帯びた。細く尖った鼻と、薄い唇。健康的に焼けた小麦色の肌が若々しい。身長はアマネほど無いが、それでも一七〇センチを超えている。


「大きなクマたんね、それ」

「いつ、こっちに?」

「今日よ。久しぶりに戻って来たのよ」


 れいかは、現在大学を休学し、海外へ留学していた。当ても無く放浪し、時折日本に戻るという生活を行っている。


「最近、れいかから何も連絡貰ってなかったから、心配したよ」

「それはこっちの台詞よ」

 れいかはにっこりと微笑むと、「そんなことよりも、リンちゃんとのデートは、楽しかった?」と口にする。

「デートって……」

「あれれ、違ったのかしら? 二人きりでデートスポット廻っているはずよね?」

「お前、付けてたの?」

「そう看護師さんが教えてくれたけど……」


 アマネの答えを促すように言葉を向ける。


「そんなんじゃない」

「ふーん」

「ただ、外の空気を吸いたくなって、あたしがリンに頼んだだけ」

「それを口実に外に連れて行って貰い、そこで……」


 れいかは眼を瞑り、一人うんうん頷きながら想像するような素振りを魅せる。


「何だよ」


 アマネの顔が一瞬強張る。


「恐い展開に陥っていたらどうしよう……と思っていたのよね」

「は?」

「何でもないわ。ただ、私の独り言、忘れて頂戴。ね、楽しかった?」

「さぁ……」

「嗚呼、リンちゃんはもう簡単に想像出来ちゃうほど可愛らしくウキウキしていたと思うけど、アマネはこんな無表情気取って……はぁ、リンちゃんが不憫で堪らないわぁ」

「そうだね」

「リンちゃんは、何をアマネに語りかけたのかしら」

「何って」

「だから、アマネにリンちゃんはどんな想いをぶちまけたのかな、とただの考察」


 意味深な言葉と、アマネを挑発するような笑みに、「やっぱりお前、あたし達を付けてたの?」と今度は真剣に怪しんだ。


「アマネ私の話聴いているの? 妄想。ただ、アマネが何を考えているのか、悩んでいるのか、手に取るようにわかってしまうの。幼馴染なので。それに、リンちゃんほどじゃないけど、アマネは考えていること、表面に浮かび上がってしまうキャラなのよ」

「そんな浮かび上がらないから」

「今度喋っている際、自分の顔見て視なさい。……さてさて、なるほど、またリンちゃんはヘタレてしまったのね、残念だわ」


 れいかはアマネの表情を穴が空くほど睨んだ後、やれやれと手を上げて言った。病室の灯りを受ける瞳は煌々と輝きアマネの胸の内を見透かすようで、畏怖を覚える。「れいか?」


「仕方ないわ、アマネ」

「今度は何?」

「アマネが追い込まれた、今現在の境遇は、仕方ないと、私は想うのよ。運が悪かった、としか言えないわ」

「……わかってるよ」

「あら、ホント?」


 嘘よね、とれいかは瞳を吊り上げた。


「誰のせいでもない、もちろんあたしも。……それくらいわかる」

「でも納得できない?」


 アマネはれいかを睨み返し、「当たり前だろ」と返す。


「何故?」

「お前……、いや納得する方が無理。なんかあたしだけこんな非道い目に遭ってさ、皆のうのうと普通に生きているのに、あたしだけ、置いてかれて……」

「そうね、確かに。でも、いつまでそうやってウジウジするのは、アマネらしくないわねぇ」

「らしくないとかそれ以前の話で」

「私の知っているアマネは、普段クール気取っている割に、実は結構単純かつ熱くなりやすくて、嫌なことがあっても、即座に頭切り替えて一歩一歩、夢へと歩む人間、という認識よ」

「夢へ……一歩、一歩……か」


 アマネはくくく、と口元を曲げて笑う。「話が違うってか、夢へ歩む以前に、実際もうまともに歩けないんだよ」

「と、お医者様に言われたのかしら?」

「以前のように歩行するのは不可能に近い、と宣言されました」

「不可能に近い……だったら、まだ可能性は残されているんじゃないの?」

「そんなの、奇跡でも起きない限り、無理だよ」

「だったら、起こしましょう。奇跡を」


 れいかが言い終えると、アマネは小さく舌打ちを放ち、苛立つように身を摩る。


「あのさ、れいか……。ここは、漫画とか、アニメの世界じゃないの。あたしの現実なの。そう易々と奇跡なんて起こってはくれないんだよ」

「ううん、アマネは『奇跡』の定義を勘違いしているわ。奇跡はアマネの想い描く、ぽっと出来上がるモノではないの。結果よ。幾重もの過程を乗り越えて、最後に辿り着いた結果が、奇跡となるのよ」

「……意味わからん」

「スタートラインに立ってすらいないのに、既に諦めているのはおかしいわ、と言いたいの」

「それはれいかの都合でしょ。普通に生きてるから、私みたいになんか色々おかしくなって、もうどうしよって考えるのも嫌になってる時に、奇跡起きるの信じて頑張りましょう! って不可能……。あたしは道を踏み外した。別の、よくわからない道の上にいる気分」

「そうね。でも、アマネはその道のゴールに近づく前に――そもそもゴールなんて存在するか微妙だけど、アマネはまだ何も初めていないじゃない」

「いや、してる。リハビリ結構頑張ってる」

「適当でしょ」

「本気だった」


 ――死ぬために。


 その言葉がアマネの喉元まで競り上がってきたが、飲み込むようにして抑え込む。


「でも、たった一年じゃない」

「一年でこれだけ……。このペースで回復できても、まともに歩けるようになるまで、一体何年かかると思っているんだ」

「あと十年くらいかしら……、ううん、もっと」

「正直に答えるんだね」


 アマネが溜息混じりに言う。


「あら、アマネは私にどう答えて欲しいの? 『大丈夫よアマネ、これから毎日一生懸命リハビリに取り組めば、あと数年ほどで、また元通りに歩けるようになるわ』……みたいな感じを求めていたのかしら? 散々あたしはもう駄目だ無理だとほざいておきながら、本心では諦めたくない――うん、違うわね、ただ、慰めて欲しい、今現在のやつれた自分の姿から、僅かでも良いから目を背けたい? ……どう、これで合っている?」


 れいかはアマネの口から言葉を引きずり出すように答えた。

 十秒ほど沈黙したアマネは、「幼馴染って、そこまでわかる?」と観念したかのように笑って言った。

「アマネがわかりやすいだけ……」まるで晒していると、れいかは思ったが、口には出さない。


「悪い?」

「悪いわ。極悪非道、よ! アマネ、貴方いつまで子供でいるの? もう二十歳超えて、アマネはもう……何やっても許されるような子供の時代は終わってしまったのよ。一晩眠ったと思ったら三年も月日が流れ、確かに無情かもしれないわ……。しかし、さっきアマネは自分で答えたけど、それがアマネの現実なの。仕方ないの」

「でもさ、簡単に切り替えられなくない?」

「だからって、いつまでもベッドの上で愚痴を並べていたら何も始まらないわよ」


 れいかの視線から逃げるようにアマネは頭を振る。


「――もしも、また初めて、本気で取り組んでみて、それで……駄目だったら」

「スタートすら切っていないわ」

「失敗したら、と思うと、恐いんだ」

「本当に――言い訳ばかり並べるのは達者になったのね。いくらなんでも、リンちゃんはアマネを甘やかしすぎるわ。でもアマネは恵まれているわよ。足、切り落としたわけではないし、喋れるし、目が見えない、声が出せない聴こえないわけでもない。今の状況だって、打破できるだけの材料は揃っているわ。何より、リンちゃんが傍に居てくれるのに」

「リン、は……」

「リンちゃんだったら、アマネが何しても、怒鳴っても無視しても殴っても文句垂れても、リンちゃんは内心喜ぶタイプなはずだから、平気よ。言い方悪いけど、利用しなさい」

「……リンには、色々迷惑かけて、助かっているけど、それ以上にやっぱり申し訳ない。あたしの世話をする時間を、リンは無償で提供してくれる……。リンをこれ以上束縛したくないんだ。今日だって、あたしのために、リンの時間を潰して尽くしてくれる」

「それは嘘ね」

「本当だよ」

「いえ、アマネが怯える恐怖の正体、私にはわかるわ。皆、アマネの下から離れてしまった。家族、学校、平凡な生活、友人、やっと夢と本気で挑もうと思ったモデルも、消えた……。でも、最後のアマネの砦、唯一手を差し伸ばし、助けを求められる存在が、リンちゃん……。それ故に、恐いのよね。もしも、リンちゃんに身を寄せたところで、また……消えてしまったと思うと、辛い恐い悲しい苦しい? もう、最後にはボロボロ泣いてしまうのかしら? 前みたいに」


 嘲るように言葉を紡ぐれいかであったが、その声には以前のような暖かみに溢れ、アマネの脳裏にれいかに対して相談した時の記憶がさっと蘇る。


「どうして……」

「相変わらずというか、少しも成長してないなコイツというか……ホント、何で、アマネは勘違いしてしまうの? もっと単純に、物事考えた方が楽よ。リンちゃんが、何故、アマネの下に訪れるのか、あの子の言葉に偽りは無いし、会っても、それでアマネを陥れようとはしないわ」


 れいかは呆れ顔で笑うと、腕時計に視線を走らせる。


「そろそろ面会時間は終わりね。私、帰るわ。これ以上会話しても意見は平行線を辿り、アマネには私の言葉の意味、届かないだろうし……。あと、飛行機に遅れてしまうから」

「また、国外に?」

「このまま大学辞めて、いつまでも世界中を彷徨ってみたいわ……」

「羨ましい」


 扉から出ようとしたところで、「あ、っと忘れるところだった!」目をパチクリさせながら近づき、バックから一枚のCDを取り出した。「はい、アマネにプレゼント。オマケにプレイヤーも」

「これは?」

「リンちゃんのバンド、『スピカ』がこの前出したアルバム。あの二人、メジャーデビューまでは辿りつけなかったけど、固定ファンが多くて、CDも色々出しているの」

「へぇ」

「でもね、このアルバムはもうすっごく評判悪いの……。ネットでレビューでも叩かれまくりで驚いたわ」

「何で?」

「リンちゃんはね、ロリっぽい恰好とのギャップで、悲壮感溢れる声に凄味がある! と評判だったみたいだけど、このアルバムは唄い方が全く異なって、メッセージ込め過ぎ。ファンの求めている歌と正反対だったの。とりあえず聞きなさい」


 有無を言わさず、れいかはアマネに押し付けた。アマネは頷くと、「あとね、アマネ。私も、アマネから、話を聞いた時……ラン・ウェイを颯爽と突き進むモデルに想いを馳せるアマネの姿は、好きだったわ。皆そう、リンはもちろん、らぎも、口開けば愚痴ばかりだけど、結構アマネのこと、注目していたし、今でも細々とバンド続けているのは、アマネに負けたくないと思っていたから、……と、この前お酒飲んでいる時に愚痴ったの。期待していた。アマネなら、そういう世界に行ってしまうのかな、とワクワクしていた。アマネがくるっとターンを決めるだけで、まるで空間を切り裂くように観客から声を奪う、そんなステージ、期待しているわ、アマネ」


 扉が閉まり、れいかが消えた瞬間、部屋の温度が下げられたかのような感覚が、アマネを包む。

 アマネは、CDを取り出すと、プレイヤーにセットして、再生した。


☆★☆★


「あら、らぎ、どうしたの、そんな慌てて」

「れいかが……こっちに……戻ってるって……聞い……て、ダッシュで来たってのに」


 病院を出ると、前方かららぎが駆けてきた。


「……そう、リンちゃんは?」

「途中まで一緒。でも途中で消えちゃった」

「逸れたの?」

「もう遅いから返した」「餓鬼じゃあるまいし……」「リンは子供っぽいからねぇ、つい親の気持ちになって接しちゃう」

「はぁ、久しぶりにリンちゃんの愛らしさ堪能しようとしたのに」


 れいかは大げさに溜息をつくと、小さく笑う。


「れいかは、今、アマネと?」

「えぇ」

「何、言ったの?」

「特にらぎが心配するような言葉は……吐いてないわね」

「嘘付くなよ」

「何故疑うの?」

「いやだって、今一番アマネに隙あるじゃん。れいかのことだから、今日のアマネとリンのデート、こっそりつけていたんでしょ」

「なかなか面白かったわ。リンちゃんが一生懸命叫んでいたけど、言っていること支離滅裂で、アマネも呆然としてね……」


 記憶を辿るように、れいかは瞼を閉じて語る。偶然外に赴くリンとアマネの姿を発見したれいかはこっそりと後をつけて、一部始終を観察していた。


「うっわ、やっぱり、ストーカー」

「私だったら、もう少しスマートに上手く立ち回れるような気がしたわね。故に、本日はお見舞いに訪れたんだけど」

「れいか……」

「だからぁ、何も問題ないって。何故なら、私はアマネのこと大好きだけど、リンちゃんも同じくらい、好きだもの」

「……えっと、それは」

「大好きなアマネとリンちゃんが、いちゃいちゃしてくれたら、私は幸せなの……。それだけで文字換算すると数ページ潰せるほど、語れるわ」

「……レズ的な?」

「ガールズ・ラブ的な。らぎの云いたい話とは、ちょっと異なるわね」


 堂々と宣言するれいかに、らぎはたじろぎながらも「へぇ、それでいいの?」と問う。


「いいもなにも、私は最初からそれ、目当てで、貴方達とつるんでいたのよ。嗚呼、これからリンちゃんが不器用に一つ一つ乗り越えていくと思うと、楽しみで堪らないわ……」


 夢見がちな表情で、れいかは声を上げる。


「少し引いた……。ってか、二次元でそういうのやるのはどうぞお好きにだけど、友人をそんな目で見ているってのは、恐い」


 らぎが怪訝な目で眺めるが、れいかはおかまいなしと微笑む。


「で、それ故に、私がアマネを手中に収めようとするわけでもなく、リンちゃんと……でも、リンちゃんだったら、捕獲して飼ってみたい願望は正直あるわね」

「あ、それわかる。四つん這いで這わせて、ペットにして一日中ご飯お預けとかさせたいって思うことは多々あるな」

「それは無いけど、とにかく……私は、ある意味、らぎと同じく、アマネとリンちゃんがくっつきますように、と願いながら行動しているの」

「いや一緒にしないで。ただねぇ、リンが沈んだ顔するとバンドに影響あるからさぁ」

「あら、アマネが復活してから、貴方達のステージ、あまり評判良くないと聞いたけど?」


 見透かすようにれいかが問うと、らぎは舌打ちを打つ。


「まぁ、とにかく、心配して損した。てっきりリンから離れたアマネをかすめ取るつもりなのかとひやひやしたよ。れいかはそういうタイプってか、アマネのためを思って損な役回りしたり、あんな目の前でリンとアマネのイチャラブ見せつけられて別の学校なんか行っちゃったりする、プライド高そうな人間だと思ってた」


 らぎの言葉に一瞬体を震わせながらも、れいかは即座に平静を取り戻す。


「それはもう乗り越えた、というか、通り過ぎてしまったわ……」

「ん? どういうこと?」

「何でもない。……それに、今はアマネよりもリンちゃんに懐かれたいわね……。あの子、れいちゃんれいちゃん! と妹みたいに寄って来るのに、いつも肝心な際はアマネの下に行って、私が悔しくて何度枕を濡らしたことか……」

「無理でしょ。リンの瞳にはアマネしか映っていないんだもん」


 その言葉に、衝動的にれいかはらぎの心情を暴くような言葉を浴びせようとしたが、珍しく達観とした表情のらぎを見て、声にするのを辞めた。



//終わり


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