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潰えた夢、もがれた道 04

「アマネ?」


 ぴしゃり、と頬を叩かれたかのような恐怖をリンは覚えた。

 両手に持つ、ペットボトルに力が籠る。

 展望台にひっそりと残る、一台の車椅子。リンは硬直したかのように動けない。一瞬眼を瞑り、再び開いたが、アマネの姿が無い。

 リンはひしひしと胸を打つ不安で吐き気に近い不快感に襲われる。

 水平線に沈みかけた太陽が散り際に放つ黄昏は、リンの不安を煽った。


 ――見晴らしが良いところがいいかな。


 平静を装うアマネの表情が、まるでドミノのピースがパタパタと倒れていくかのように、リンの中に漂っていた違和感を押し倒すようにして、広がっていく。


 ――また、歩けるように、リハビリ、諦めずに頑張ってみるよ。


 諦めたかのような、達観とした表情。

 リンの見たくなかった、アマネの姿。

 私の見間違い、勘違いですね……と背けた感情が、恐怖となってリンの胸を掴む。

 ――なるほど……。

 そういうこと、でしたか……。

 展望台に辿り着くと、沈みゆく巨大な太陽を睨むように、リンは真っ直ぐ視線を上げた。

 嗚咽。

 涙は零れず、震えもしなかったが、嗚咽が響き渡る。


「……うく……う……うぅぅ……はぁ……はぁ……」

「アマネ……」


 嗚咽は、リンの足元から響いていた。力なく視線を下げると、そこにアマネがいた。仰向けとなり、右手で顔を隠すようにしながら泣いていた。

 止め処なく涙が溢れている姿に、リンはそっと声をかける。


「――アマネ、大丈夫ですか? もしかして……誰かに……」


 リンはさっと屈むと、アマネの腰に手を廻し、上半身を持ち上げる。


「ち……ちがう……う……はぁ、はぁ……はぁ……」

「アマネ?」

「駄目だった、よ……」

「え?」

「や、やっぱりさぁ……恐くて、ぜんっぜん駄目、途中で倒れた……もう、立ち上がれ……なくて、笑っちゃう」


 自嘲気味に答えながら、アマネは涙を零す。悔しさで口もとを歪め、体を震わせる。


「どういうことですか?」

「ん、恐かったの」

「あの、アマネ? ここで今日のリハビリの続きでも始めたんですか?」

「そんなわけない、でしょ」

「でしたら?」

「        」

「……は?」一瞬リンの意識が飛び、アマネが吐いた言葉が聞こえなかった。「死にたかった」


 アマネは繰り返しそう答えた。


「何故ですか……って、そうですね、こんな質問は、野暮です」

「もう疲れちゃったよ。今のこの世界に……。前みたく普通に歩けなくて、もうまともな生活は遅れない。なんか知らない間に家族消えてたし、モデルも終わり、もう……一体どうしたらいいんだろう」

「……だから、死ぬんですか?」

「あぁ」


 アマネの声は非道く渇いていた。


「……そのために、アマネは歩けるよう、リハビリに取り組んだ」

「うん」

「私を巻き込んで……」

「うん」

「私のこと、好きなんて言って、それを、利用したんですか?」

「そうだよ」


 アマネは手摺までの僅かな距離を見つめた。「でも、そもそもこんな体で死ぬなんて初めから無理だった。歩くことすら出来ないなんて……超ショックだよ」

 せせら笑うアマネは、そこで事切れるかのように喋らなくなる。

 冷たい風が二人の間を通り抜ける。

 はぁ……とリンは溜息をつく。「雑な作戦ですね」


「うん」

「もしも、他に人が居たら、どうするつもりだったんですか?」

「その時は、気づかれないようこっそり向うか、また別の機会に」

「実は私、気づいていましたよ。アマネが何か如何わしいこと企みを抱いていることに」

「だったらどうして一人なんかにしちゃったの?」

「でも、それは私の勘違い、アマネは心を入れ替えて、以前のような――元のアマネ、あの時みたいに、キラキラ輝くアマネに戻ろうとしているのかも、と信じていました」

「ごめんね、リンの純情な想い、裏切って」

「最低です」

「そうだね」

「しかも、失敗して……。恐かったんですか? それで辞めるなんて……情けないですね」

「うるさい」

「ここまで案内させて、そこで自殺なんてされたら、私が色々な方に責められます……。最後に私は自分自身を追い込んで……そんな非道い状態に私を陥れようとしたんですか?」

「わからない」

「わからない……ってッ」

「あぁ、そうです。悪いなぁ、と思ってるよ。でもさ……もう今はもう後に残された方々の気持ちなんかどうでもよくなるくらいに、今が辛い。生きるの大変なんだよ」

「そんな大口叩いておきながら、失敗して、生きていますね。最初から失敗するのなら、巻き込まないでください。一人で、寂しく、死んでッ」


 リンは叫ぶように言った。

 アマネはびくっと体を揺らし、そっとリンの様子を伺う。リンはアマネを見ておらず、何度も重々しい溜息をつき、落胆に染まりながら口を開く。


「本当に最悪です。そんなアマネに私を欺きながら期待していた私は愚かです。わかっていたはずなのに、僅かな希望に縋って今日まで……」


 リンはアマネの腰から手を離す。「うわっ」アマネは必死に腕で上半身を支えた。「リン?」と声を漏らす。


「死にたいのなら、素直に言ってください」

「え、ちょっと」


 リンはアマネの腰に跨り、馬乗りのなると、両手を伸ばした。


「……リン?」

「そんなところから頑張って落ちなくても、何も問題はありません。私が、こうして殺してあげますから。まぁ逮捕されて、前科など付いてしまうかもしれませんが、仕方ありませんね。それに……もうどうでもいいです。アマネが消えた世界なんて――」


 ぎりぎりと、

 リンの細く小さい指に、箍が外れたのか、凄まじい力が籠められた。ドクン、ドクン……と、アマネの心臓が重々しい音を打ち鳴らした。

 アマネの腕が無意識の内に持ち上がり、リンの腕の手首を掴んだ。が、リンは意に介さず、更なる力を指先に送った。

 アマネの瞳に、リンの姿が映る。

 虚ろな仮面をつけているかのように、不気味なリン。

 リンの大きな二つの瞳だけが、アマネの中で浮かび上がる。

 その瞳に、アマネの姿が描かれた。微笑むように顔が揺れた。視界に薄らと靄がかかる。

 腰の上に乗るリンの重みが消えた。

 喉を締め付ける指の感触、熱、伝わってくるリンの脈動も、全て消えてしまった。

 ぱたっと、アマネの腕が力なく落ちる。

 寒気のような恐怖が、アマネの体を縛り付ける。

 ――やっぱり、まだ死にたくないかも……なんて、虫が良すぎるよ、とアマネはリンに瞳で訴えかけたが、リンはそれを無視して、アマネをじっと睨む。

 ごめんね、リン――。

 アマネはそっと瞳を閉じた。

 その瞬間、一粒の涙が頬を伝う。



 //05に続く

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