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冬の朝、登校

ep.01

 

 雲の切れ目から太陽が覗き、麗らかな朝日が差し込むが、街には凍てつくような冷気が漂っていた。

 十一月に入り、気温は一段と下がった。

 人が足早に行き交う、小さな街の小さな駅。

 リンは、鏡の前に立ち止まると、そっと髪を撫でた。全体のバランスを整えようと、指を櫛にして梳かす。首元までの金髪が靡き、柔らかいクセっ毛が弾けるように煌めきを放つ。縁の広い赤色の伊達メガネをかけ、その中で垂れた瞳がすっと動きを止めた。


「おはよ、リン」

「おはよう、ございます」


 背後から声をかけられたが、リンは振り返らずに答えた。何故なら、鏡にアマネが映りこんでいるからだ。

 アマネは、リンよりも頭半分ほど背が高い。丸みのあるボブカットに、小顔。整った顔立ちの中で、吊り上った瞳は鋭い眼光を飛ばし、リンの胸をざわつかせた。


「ごめん、待った?」

「はい、とても。あと少し遅れていたら、置いていくつもりでした!」


 リンがゆっくり振り返ると、その先にアマネの笑顔があった。


「嘘言わないで。今さっき歩いていたリンを観たよ」


 小馬鹿にするように、アマネは答えた。


「……だったら、何故質問したんですか?」

「リンの反応が見たくて」


 くっくっくっ、とアマネは笑う。


「な、何がそんなにおかしいんですか!」

「鏡の前で一生懸命髪を整える姿が……なんか可愛かったから」

「え……?」

「小動物っぽくてさ。ほら、ハムスターが頭部を掻く感じで」

「……そうですか」

「ホントだよ、リンは……」


 アマネの声を振り切るように、リンは速足となる。「あ、リン!」「これ以上ここでだべっていたら、遅刻しますよ」

 アマネは白い息を吐いて、リンの後を追う。


 学校の最寄り駅まで電車に揺られて三十分ほど。朝の通勤ラッシュに巻き込まれ、座ることはもちろん、まともな姿勢で立つことすらままならない。故に、二人は車内に入り込むと、即座に端へ移動して隙間を確保する――はずだったが、本日はそのタイミングが掴めず、ちょうど車内の中央で鮨詰め状態となってしまった。


「く、苦しい……」

「リンが勝手に飛び込むからだよ」

「だってアマネが……いたたたッ!」


 カーブに差し掛かり、サラリーマン達の重みが二人を襲った。お互いに腕を伸ばして吊革を掴んではいる。しかし、アマネは一七〇センチを超える高身長から余裕で吊革に手をかけているが、一六〇センチも無いリンは精一杯腕を伸ばし、ぶら下がるような恰好となっていた。僅かな揺れが衝撃となってリンを襲っている。


「大丈夫?」

「よ、余裕です」

「その格好で?」「嘘、痛いです! あぁ、もう……何でアマネばかり成長して……ズルい!」


 数年前は、現在よりかは身長の差が少なかった、とリンが記憶を紐解こうとした瞬間、急ブレーキがかかった。

 リンは耐え切れず、吊革から手を離してしまい、そのままアマネに抱き着いた。


「うわっ」「あ、ご、ごめんなさい」


 思わずリンは離れようとしたが、今度は加速し、リンは背後の客の圧力に流され、アマネにめり込むような体勢となった。


「……今日は一段と混んでるね」

「ア、アマネ、バランスが上手く保てなくて……きゃっ」「わかってる、いいよ、あたしに掴まっても」

「ありがとう……」


 リンはアマネのコートの裾を掴み、倒れないようにと踏ん張っていたが、幾度も振り回され、遂にはアマネの腰に手を廻し、完全に抱き着く形となった。

 リンの腕に力が籠る。


「リン……苦しい」

「こうしていないと、倒れてしまいます……」

「少しだけ、緩めて」

 リンは名残欲しそうに腕の力を解いた。


 ガタゴト、と緩やかな走行音が車内に響いている。

 目的の駅まで残り一駅となった。直線を走り、揺れは殆ど収まっていた。

 しかし、リンはアマネから離れようとしない。

 もしもまた突然揺れたら倒れてしまいます! と言い訳を勝手に思い浮かべ、アマネに身を寄せていた。アマネの匂いや体温をリンは味わうかのように。胸の内側から溢れる安心感に浸りながら、そっと見上げると、アマネの顔が映る。宝石のような光を燈す黒色の瞳。嫌がるような素振りを魅せず、リンを観察するかのような視線を走らせた。リンの心臓が跳ね上がり、痛みすら覚える。

 ――リンは、アマネと知り合ったその時から、憧れを胸に抱いている。初めて出会ったのは中学生の頃で、声をかけられ、友達となり、こうして同じ高校に通い、時間が経過するたびに深みを増し、リンの視線の先、想いの末にはアマネの姿があった。

 リンは、そっとアマネに凭れるように体重を預けた。

 背後のサラリーマン達に押されて仕方ないんです、すみません! と言い訳を自身に言い聞かせてはいるが、アマネの視界にはあきらかにリンが頭部を自らの胸に寄せる姿が映っている。

 だが、アマネは何も言わなかった。

 見定めるかのように、リンを眺めている。リンの体重や感触をその身で浴びながら――。リンの瞳は淡い水色だった。アマネに身を寄せると、目元がそっと緩み、水色の瞳に薄い膜のような輝きが灯った。

 ――アマネは、高校生となり、こうして毎日同じ時間を過ごすたびに、ゆっくりと浸蝕していくかのように、リンの感情を悟り始めていた。

 友情、とはまた別の何かを、リンから浴びることがあった。

 それを受け入れ、答え、とは言い難い想いを胸に抱きながら、リンと接している。


「もう着くよ」

「ふぁ……」


 大げさな欠伸は、眠かったからアマネに張り付いていたんです、何か文句ありますか? と言わんばかりの言い訳に聞こえ、アマネはやれやれと溜息を吐く。


「そういうのはいいから。ほら、降りて」

「ど、どういう意味ですか」

「露骨に動揺して……。早く」


 先にホームに降り立ったアマネは、手を伸ばす。

 試すような笑みを浮かべて。

 リンは一瞬手を伸ばしかけたが、「ふざけないで下さい。一人で降りられます」と軽く流し、アマネの横を通り過ぎるように降りた。


 寒空の下、アマネは静かにリンを追いかけて、身を寄せ合うようにして歩む。

 二人の吐息は白色に染まり、重なるように空へと上がって行った。



 //終わり


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