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もうひとつの第三夜

作者: 夢乃ちず

 こんな夢を見た。

 

 夕暮れの中を、僕は歩いていた。辺りには誰もいない。どうやら、僕は一人のようだ。

 どうしてここを歩いているのか、僕にも分からない。ただひたすら歩いている。交互に繰り出される僕のつま先が、ずっと見えるだけだった。ザッザッと、小石の転がるでこぼこの細い道を踏む僕の足音が、無駄に大きく聞こえる。どこか遠くで、カラスが鳴いている。

 どれぐらい進んだだろうか。僕の足が止まった。僕は顔を挙げる。そこには、ぽつん、と墓があった。花立てには菊やカーネーションといった花が添えられていて、香炉には燃え尽きた灰が線上に並んでいた。きっと先客があったのだろう。

それが誰の墓なのか、僕は思い出せない。たぶん、僕の知っている人物の墓なのだろうが。


 「あら、いらっしゃったのですね」


 そう背後から声がした。振り返ると、そこには白いワンピースを着た女が立っていた。僕と同じ年くらいの女だろう。夕焼けの茜に、ワンピースの白がやけに映えている。その女が誰なのか、僕には分からない。ただ、僕はこの女を知っているという気持ちと、一抹の不安が僕の頭をよぎった。


 「もう、お会いできないかと思っていました」

 

 女はそういうと、寂しそうに笑った。その顔は、夕陽の光のせいか、どこか気味が悪かった。


 「そんなに長い間、君と会ってなかったか」


 そう僕が尋ねると、その女は、ええ、と答えた。そうか、と僕は返した。

 

 「ずっと、あなたにお会いしたいと思っていました」


 女が、そう言いながら僕の方に歩み寄ってきた。

 

 「僕にかい?」


 思わず、一、二歩後ろへ後ずさりしてしまった。この女と関わりたくない、と思った。


 「ええ。あなた、一回もいらっしゃらなかったから」

 

 女が、立ち止まってそう言った。先ほどよりも、彼女の顔が良く見える。ワンピースの白に負けないほどの白い肌が、闇に包まれていく中で異様に際立っていた。

 「すまない」と思わず答えてしまった。


 「もう、ずっと、いらっしゃらないかと思っていました」


 女は、そう言いながら再び歩き出すと、僕の横を通り過ぎて、墓石の前で歩みを止めた。その言葉に、僕は何も言うことができなかった。


 「でも、もう、怒ってないの、あなたに会えたから」


 くるり、とこちらを向いて女が答えた。僕は、思わず目を逸らした。女からの許しの言葉を、僕は少しも嬉しいとは思わなかった。この女と話していれば、もう少しで思い出せるだろう。いや、思い出してはいけない。思い出す前に、この女と別れなければ。


 「あなたは、私のことを忘れてしまったのではないかと、心配していたんです」

 「そんなことはない」


 僕はそう答えた。やはり僕はこの女のこと知っていて、しかも女とそれなりの仲だったのではないかという気がし出した。けれども、はっきりとは分からない。ただ、あの日も、こんな夕暮れだったように思える。日は傾き、闇の訪れが近づいていた。いつの間にか、カラスの鳴き声も聞こえなくなっていた。


 「私ひとりで、ずっと、寂しい思いをしていたのですよ」

 

 なるほど、僕はこの女にずいぶんと寂しい思いをさせてしまったようだった。

 

 「ついに、覚悟を決めていらっしゃったんですね」



 僕はこの言葉を聞くや否や思い出した。この墓は、この女の墓だと。

 そしてこの女は、数年前の今日、僕と一緒に心中して死んでしまった女だと。


 彼女と一緒に死にきれずに僕だけ生き残ってしまったのだと気がついた途端に、僕は息ができなくなった。

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