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008 7月6日

 洗濯機に汗まみれのブラウスを放り込んでから部屋に戻ってくると侑子は渡されたYシャツを大人しく着て押入れから出した布団の上で寝転んでいた。

 素直な少女であることは間違いないらしい。

 ……下も脱がせた方がよかったのだろうか。……あ、もちろん洗濯的な意味でだ。

 俺は侑子を見下ろす。

 寝転んではいるが、寝息は立てていない。明らかな寝たふりだった。俺の布団に背中を向け、こちらを見ないようにしていた。

 拗ねた子供かよ……。

 ま、結果としてはこれでよかったのかもしれない。見知らぬ男と女が顔を見合わせて寝るなんて間違いが起こっても仕方が無いよねてへりで片付いてしまいそうなほど危ない状況である。しかも相手が女子高生ならなお更だ。侑子に背を向けるようにして俺も布団の上に横になる。

 寝たふりをしていたのでとっくに部屋の明かりは消灯していた。

 真っ暗な室内に聞き慣れぬ息遣いが聞こえてきた。

「…………」

「…………」

 得もいわれぬ居心地の悪さである。チクタクと部屋の片隅で響く時計の音。遮光カーテンから覗く月明かり。その全てが今は鬱陶しい。

 普段なら気にもしない些細な事が目障りに感じる。

(……そういえば、こんな風に誰かと眠るなんて何年振りなんだろうか……)

 無理矢理目を閉じて眠気を誘っていると、

「……あの」

 小さな声が聞こえてきた。

 普段であれば聞き逃してしまいそうなほど小さな声だ。

「……起きてますか?」

「……寝てる」

 体勢を変えることなく呟く。

「……私も寝てます」

 ……負けず嫌いが。

 聞こえぬように小さく息を漏らす。

「……どうして私のこと助けてくれたんですか?」

「……さぁな」

 俺は侑子の問いに、軽い調子で答えた。

「……抱きもしないのに家に連れ込むなんて変です」

「……変なヤツに変とか言われちまったか」

「……私、変じゃありません」

「……じゃあ馬鹿だ」

「……馬鹿じゃない」

 しばらく軽口で罵りあった。内容が小学生みたいだったので本当にしょうもない。

 やがて。

 侑子の方から言葉が消えた。

 眠ったのか? と思ったがそうではない。

「……どうして」

 最初の質問に答えて欲しいということなんだろう。毛布の擦れる音が聞こえた。もしかしたら侑子は上体を起こしているのかもしれない。だけど俺は体勢を変えない。

「……寝言だ」

「え?」

「……こりゃ寝言だ。だから俺は起きたらこのことを覚えてないから起きてから聞き直すんじゃねーぞ」

「…………」

「……心配だった。そんだけだ」

「…………ぁ」

「……あとな」

「…………」

「……あんま無理すんじゃねーよ。やりたくもないようなこと無理してやったってロクなことないし、きっと後悔する。その時にはもう遅いんだ。おっさん臭い説教かもしれねーけど、後悔なんてものはしない方がいいに決まってる」

「…………」

「……もし辛いってんなら、俺の所に来い。愚痴ぐらいなら聞いてやる。他人の俺に腹の中の溜まった鬱憤うっぷん吐き散らかしてみろ。結構ラクになるから」

 ……喋り過ぎたな。

 こんなやり取りを最後に俺は本当に目を瞑り、夜に身を任せた。

 まどろみの中、小さな声で「ごめんなさい」と聞こえた気がした。

 ばーか。こういう時は「おやすみ」って言うんだよ。

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