007 7月6日
侑子は逃げるかとも思ったが俺のバイト中、ずっとコンビニの中でつまらなさそうな顔で雑誌を立ち読みをしていた。
逃げたら逃げたで、それは別に構わなかったのだが本当に逃げなかったところを見ると案外素直な少女なのかもしれない。
「……行くぞ」
着替えが終わった俺は侑子をコンビニの外へ連れ出した。
俺の後ろを侑子は大人しくついてきた。また逃げないのかよとも思ったが、どっちでもいいのでスルー。
歩いて五分ぐらいで俺の家に着いた。
「ここだ」
「案外近いんですね」
「近いところを選んだからな」
見るからに貧乏人が住みそうな木造アパートだった。築三五年。1Kの風呂トイレ付き。一人暮らしをするには十分な広さでバイト生活の俺でも家賃を払い続けることが出来るほどに家賃が安いので俺にとって見ればここは十分都だった。
俺が住んでいるのはこのアパートの二階。
階段を上りながら俺は後ろを見た。やはり侑子は後ろにいて、俺が振り返ったことに小さく首を傾げた。
「なにか?」
「いや別に」
やっぱり逃げないのかなーなんてことを心の片隅で考えていたなんてとても言えず、言葉に詰まってしまった。そんな俺を侑子は心底呆れた様子で深いため息を一つ。
「心配しなくても逃げはしません」
……おや?
侑子は言わなくても俺の雰囲気から俺の考えを察してくれたのだろうか。そうであれば少しこの少女の見解を改めなければならないと少し反省。
そんなことを考えていたのも束の間、
「初めてラブホテルに行く学生ですか? 大丈夫ですよ。先っちょどころか全部入れさしてあげますから」
などと言ってくださった。
こいつ……何も分かってねぇ。
俺は一度階段で足を止め、侑子に向き直した。
「お前さ、俺が何で俺の家に連れてきたのか分かってんのか?」
「そういうことをするためじゃないんですか?」
「そういうことをさせないためだろうが」
何でそこで首を傾げる? 何で心底意外そうな顔をする?
あー、もう。色々説明するのも面倒臭い。脱力感に俺は侑子からその身を反転して、階段を再び上る。
階段を上りながら、
「あ、そういやまだ言ってなかったけど俺の部屋汚いからな。一人暮らしの男舐めんなよ」
言った。そうこうしている内に玄関の前に到着。
「じゃあ入るぞ」
扉を開けた途端、
「わー、ほんとに汚いですね。私初めて謙遜ゼロ真実一〇〇パーセントの言葉を聞いてしまいました」
こいつは俺に喧嘩でも売っているのだろうか?
まぁ……この部屋を見て『お綺麗なお部屋ですね』とかぬかすヤツがいたらそいつの方こそ信用出来ない。
ゴミ屋敷とまではいかなくても玄関には捨て忘れたゴミ袋の山。玄関と部屋の境目が一体どこだったかはとっくに忘れた。……ま、汚いわな。
「嘘つきよりはマシだろ? あ、床が見えてるところだけ踏め。そこは地雷が一切ない安全地帯」
「日本に地雷地帯なんてあったんですね」
「危険はいつもすぐ隣ってな」
ちなみに包丁だハサミなんていう危険物は目に見えるところに置くようにした。……人は学習する生き物だから。
――痛かったな、あの時は。
「あ、悪いけど部屋は一つしかないからな。布団は押入れにあるからそれを敷いてくれ。俺は後ろ向いて寝るようにするから」
空いたスペースは一畳分くらいしかないが、侑子の小さな体なら少し窮屈ぐらいで済むだろう。
もう今日は疲れたからとっとと寝よう。そう思って俺は万年床に倒れこんだ。
「お風呂入らないんですか?」
侑子は俺を見下ろして言う。
そういや今日は結構暑かったからシャワーを浴びるべきなんだろうが、今はそんな元気もない。
「別にいいだろ」
俺のやる気のない言葉に侑子はそうですか、とだけ呟いて――
スルスルと生地が擦れる音が耳に届く。
何の音だと布団に埋まっていた顔を上げると、侑子はブラウスのボタンを外してブラウスを脱ぎ捨てようとしていた。
「いや、お前何してんの」
「??? 見て分かりませんか?」
「見たまんまだろうから聞いてんの! 何、服を脱ごうとしてんだ!」
「抱かれるため」
「……経験ないけどハグの方だよな?」
「セックス的な意味で」
「セックス的な意味ってもうそれセックスだよ!」
「情事」
「そんな関係じゃねぇ!」
やっぱりこいつ何にも分かってねぇ!
「あ、もしかしたら着たままがお好みなんですか? だからお風呂にも入らないようにしていたのですか?」
「は?」
「ですから着たままのJKの汗が好きなのでは? と。熱気で肌にべたついたJKの汗が大好物なのでは? と」
なに? さっきの小さく呟いた『そうですか』ってそういう意味なの? 汗に蒸れたJKがお好きなんですねって意味なのかよ。
今分かった。この侑子とかいう少女は人の心の機微とかそういう人の心を察する能力は皆無だ。一から一〇〇まで全部説明してやらないと分からない人種だ。
俺は頭を抱えた。
面倒臭ぇ。激しく面倒くせー。
と。
「ちょ、お前話している内に全部脱ぐヤツがあるか!」
侑子はボタンを全て外したブラウスを脱ぎ捨てる。白い肌に淡いピンクのブラジャーが露になる。服の上からは小さく見えた胸はわずかな膨らみがあり、その丸みが少女らしさを強調していた。
侑子の少女らしいか細い指がブラのフロントホックに伸びようとして、
「だー! ストップストップ!」
慌てて俺はそれを止めた。流石にそれはマズイだろ。男の部屋で女子高生が乳房を露にするとかそんなこと許されるはずがない。
汚い自室に半裸の女子高生。考えるだけで理性が吹っ飛びそうになる。
「え?」
フロントホックに伸ばそうとしていた指を握って初めて分かったのだが、侑子の体は震えていた。
表情にこそ出さないが、その指が――体が震えていた。
「……お前」
「……なんですか」
ったく本当に面倒臭い拾い物をしてしまった。
「とりあえず服着ろ。……無理すんな」
俺は侑子が脱ぎ捨てたブラウスを拾う。ブラウスは七月という気候柄、汗でぐしょぐしょに濡れていた。
「……冷て」
「……食べるんですか?」
「食べねーよ!」
俺は空いた手で適当に置いてあった着替えのYシャツを放り投げた。
「ちとデカイかもしれないけど、それ着てろ。これは洗濯してやる」
はぁ……、ほんとに面倒くせー。