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006 7月6日

 年端もいかない女子高生を汚い自宅に連れ込んだ。


 言葉だけを見るとものすごく犯罪臭山の如しだが、それ以外に表現のしようがないのでしょうがない。

 彼女はいわゆる売春婦だった。初めて少女と交わした言葉が、

「私を買いませんか?」

 という売春婦と言わざるを得ないほどド直球ストレートな言葉だったため、かなり印象的だった。

 俺の生活の基準はコンビニのバイトから始まり、コンビニのバイトで終わるというもの。

 仕事は数ヶ月前に自主退職した。よって今の生活のライフラインはこの底辺とも言えるコンビニのバイトだけだった。

 仕事の態度は悪くない。言われたことをこなし、愚痴一つこぼさない。欠点があるとすればそれは人間関係の希薄さだけであろう。

 コンビニのバイト仲間なんてものはもちろんいないし、友達と言える存在も今はいない。天涯孤独と言ってもいいのかもしれない。

 その日もまた、コンビニの深夜バイトをしていた。

 だから彼女がいたことは知っていた。彼女はコンビニの前の煙草の自動販売機の横に立っていた。自分はコンビニの中にいたので顔までは見えないが、ガラス窓から覗くその後姿からかなり若いと思われる。腰の近くまで伸びた黒髪。無地のブラウス。紺と灰色のチェック柄のシックなプリーツスカート。一言で言えばどこかのお嬢様が通うような学校の制服を着た少女がいた。

 恰好が恰好なだけあり、結構目立っていたので他の客も他の店員も彼女の存在を黙認していた。彼女がそこにいてからすでに数時間が経っていて、ただの待ち合わせとも思えなかったがそんなことがどうでもいいことが目の前で繰り広げられていた。

「…………マジかよ」

 俺はレジの前で思わず呟いてしまった。

 とうとうその少女がおっさんに絡まれている光景が透明なガラス窓越しに見えてしまったのだ。

 知り合いかとも思ったのだが、おっさんが今にも殴りかかりそうになっていたのでその線は消えた。会話は聞こえないが結構なピンチっぽい。

 面倒臭いと思ったのだが、コンビニの中に少女を助けようとする人はいない。

 おっさんの反応からして少女に軽くあしらわれたのかかなり不機嫌な様子だ。おっさんは我慢できなくなったのか拳を握り、それを上げた。

 面倒臭いな。

 見てしまったものを無視するのもどうかとも思ったし、何より店の前で騒ぎになるとあと一〇分でバイトが終わるというこの状況が伸びかねない。

 そう思った俺はレジを他の店員に任せて店を出た。

「はい、お父さんストーップ。お店の前での騒ぎはご遠慮くださーい」

「な、……なんだねキミは」

「見ての通りの店員ですが? このとはお知り合いで?」

「へ……? い、いや別にこんな娘など知らん」

「じゃあ何をなさっていたんですか? こんな深夜に」

「わ、私は別に。あ……この娘が危ない目に遭わないように叱りつけていたんですよ……親心ってやつです」

「……俺には下心に見えましたけどね。心配なら警察でも呼びましょうか?」

「え!? い、いやいや! 私は関係ありませんから!!」

 警察と言った単語を聞いた途端おっさんは明らかに狼狽し、俺たちの前から逃げるように走り去っていった。

 へたれめ。

 その焼け野原の頭でナンパとかどういう神経してんだか……。

 おっさんがいなくなったのを確認してから俺は少女と初めて顔を合わせた。

 深夜のコンビニの前にいたから随分とスレた感じの少女を想像していたのだが、結構地味目な顔だったので少し驚いた。

 前もきっちりと切り揃えられた黒髪にお洒落感をまるで感じない黒縁メガネ。明らかな優等生だった。

 どう見ても体を売るようなタイプではない。

「……まぁ、お客さんも用がないならさっさと帰りな。いくら二四時間営業の店の前だからってこんな長い時間いられると迷惑だからさ」

 俺はそう言ってコンビニの中に戻る。


 五分後。

 俺は雑誌の陳列をしながら、ガラス窓を覗く。

 ……なんでまだいるかな?

 俺はもう一度少女の前へ行く。

「帰れ馬鹿」

 そう言って再び、コンビニの中へ。


 二分後――。

 ……さてと。

 いい加減帰る素振り一つ見せない少女を見かねて俺は再び少女の前に立つ。

「……なんでまだいんの?」

 俺の問いに少女は答えなかった。が、その代わりとは言ってなんだが俺の顔をじっと見た。

 本当に黙ったまま俺を見ていたので、少し後ずさりをするほど怖い。

 しばらくして、

「ま、いっか」

 とだけ呟く。

「なにが?」

 思わず訊ねてしまったが別にどうでもよかったと少し後悔。

「私を買いませんか?」

 少女は淡々と言い放った。

 あまりにも淡々としていたので聞き間違いかと思った。

「……私を買いませんか」

 二度言った。大事なことだったのか? 聞こえてんだよ。聞こえてスルーしてんだよ、察しろ。

 買うというのはいわゆるアレだろうが、そんなもの駄目に決まっていた。

「いや、駄目だろ」

「大丈夫ですよ」

「なにが?」

「こう見えて私一八なんで。合法のはず」

「学生はアウトだ。ってかまだ一八ってことは高校生か」

「はい。今年で卒業です。お買い得ですよ。JKという称号は今年までです」

 何故かそこで少女はくいっと胸を張る。張るのはいいが胸が小さ過ぎて胸と言うより鎖骨を見せ付けているようにしか見えない。

「ふふん」

 何故か誇らしげに鼻を鳴らしているがどうでもいいのでスルー。

「ふふん」

「…………」

「ふふん」

「…………」

「ふふん」

「…………」

「ふふん」

「…………」

「……」

 あ、やめた。

 話が出来るようになったので、俺は聞いた。

「高校生ってことは学生証とか持ってない?」

「ありませんが?」

 当たり前のこと聞いてくるなタコみたいなテンションで言い放つ。

「じゃ、自宅の電話番号は?」

「あんな数字の羅列今どきのゆとりが覚えられるとでも? 全部スマホ任せです」

「じゃあスマホ……」

「そんなハイカラなもの持ってる訳ありません」

 ハイカラってお前はゆとりなのか年寄りなのかはっきりしろ。

 しかし携帯も持っていないとなるとこの娘の処遇は一体どうしたものか。家の電話番号が分かれば家に電話して親に連れ戻させるんだが……。

 ってかこの娘は本当に何なんだ?

 どうやらここで突っ立っているのは売春が目的のようだが、それならばどうしてあの完全に女子高生の体目的のハゲのおっさんを突っぱねたりしたのだろう。少なくとも無職ではなさそうだったから金は持っていそうだった。

 疑問符が頭の中で大きくなっていく。

「…………ん?」

 少女が無表情のまま首を傾げた。

 どうかしたのかと思い、俺は少女の視線を追う。

 げ。

 少女の視線の先には店長が迷惑そうな顔でこちらを眺めていた。

 もしかして長い間この娘と話していたので俺がサボっているのかと疑っているのかもしれない。……冗談じゃないぞ。俺はこの職を失うと完全に死ぬ。ヤバイとかそんなんハイジャンプで飛び越えて死ぬ。

 早くこの娘を帰さなければ。

「もうマジ帰れ馬鹿。見ろ、あの廃れきった店長の顔。いい加減警察呼びかねんぞ?」

「それは困りました」

 とても困ったようには見えない無表情で少女は店長の渋い顔から駐車場へと視線を移す。

「それで。どうしますか?」

「どうするって何がよ?」

「私を買いませんか?」

「買わねーよ。俺、この歳で犯罪者とかごめんこうむる」

「……そうですか」

 小さく息を吐いた後、どこかへ行こうとする少女の肩を思わず掴んだ。

「おい、どこ行くよ?」

「……どことは?」

「家帰んだよな?」

「いえ。場所を移動しようかと。さすがにずっとここにいるのはマズイと分かりましたから」

 帰る気はさらさらないらしい。

「場所移動してどうすんだっての。帰れ馬鹿」

「あなたは人のことを馬鹿馬鹿とうるさいです。私には侑子ゆうこという名前があります」

「知らねーよ。馬鹿に馬鹿って言って何が悪いんだよ馬鹿」

 侑子と名乗った少女は少しむくれたように俺の手を振り払った。

 俺はその振り払われた手で頭を掻く。

「お前そういうことするタイプには見えないんだけどな」

「人は見た目じゃ分かりませんよ。誰も有名人が犯罪を犯すだなんて思いもしません。そういうアレです」

「罰ゲームとかなんか?」

「…………」

 初めて言い淀む。

 図星か。あるいは触れて欲しくない案件だったか。どちらにせよ自分の意思ではなさそうだ。

「…………ったく」

 なおさら放っておく訳にはいかなくなった。

 このまま放って少女が場所を移動したとして、犯罪に巻き込まれてしまう可能性がないとは言い切れない。

ウチ来るか?」

「え?」

「とりあえず男の家に流れ込めば、その罰ゲームの条件は達せるだろ?」

「私、罰ゲームだなんて一言も言ってませんが」

「うるせー馬鹿。来るのか? 来ないのか? ちなみに来ない場合店長が警察を呼ぶことになる」

「新手の脅迫ですか? 脅迫ならもっと怖そうにしてください。分かりにくいです」

 侑子は俺の言葉に一考した後、

「…………行きます」

 と言った。

「とりあえず俺のバイトが上がるまで五分もない。終わるまでコンビニの中にいろ」

 そう言って俺は少女、侑子をコンビニの中へと連れ込んだ。

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