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001 7月20日

 この状況を説明出来るものがいたら是非ここに連れて来て欲しい。

 出来れば……今すぐに。


「………………」

「………………」

 目の前には銃口が見える。ついでに銃を握る少女の姿も見えた。

 さぁ……説明してくれ。

 なに、これ?


 ◇


 俺、高坂慶介こうさかけいすけはバイトが終わり家へと帰ってきた。深夜だったのでコンビニで飯と酒を買ってそのまま家の中に入ると電気も付けずに万年床になっている布団の上に倒れこむようにして眠ろうとしたのだ。

 しかし、布団の上に倒れこんだ俺は鼻に何かが思い切り当たって鼻を真っ赤にしてしまう。いくら汚い部屋とは言え、毎日使う布団の上に何か障害物を置くなんてことなかったはずなのに。

 そう思った俺は布団の中に何があるのかと思って布団を取った。

 ――取ったよ?

 そうすると、何がどうなってそうなったのかは分からないが少女がすやすやと寝息を立てていた。

 俺は見慣れた自分の部屋を見回した。

 うん。この汚い部屋は間違いなく自分の部屋だ。

 ならばこの見知らぬ少女は一体何なんだろうと思った。一応言っておくと、俺は一人暮らしで妹などもいない。そしてこのような幼な妻のような知り合いも当然いない。

 少女の印象を一言で言うと小さい。身長もそうだが胸も小さく、目に映る全てが小さく感じた。唯一少女の中で小さい以外の印象が湧いたのは少女の長い黒髪だろうか。その黒髪だけは神秘的とも言えるほど少女の印象を強く俺の心を捉えた。

 ……いや、捉えた、ではなく。

 俺は改めて少女に向き直る。

 依然少女はすやすやと気持ちよさそうな寝息を立てている。

 いい加減この不可解な状況をどうにかしたいと思った俺は部屋の電気を付けることにした。

 部屋の電気が点ると、部屋の中が白く明滅する。

 部屋の中が明るくなると眠っていた少女の口の端がわずかに開いて、そこから微かに息が漏れ出した。まぶたの裏に光が当たると、少女は布団の中でうごめいて、

「うぅーん……、あと……五分……」

 そうのたまったので近くにあった週刊誌を丸めて思いっきり頭を叩いた。

「人の部屋で何中学生の朝みたいな返ししてんだこら! とっとと起きろ!」

 頭を叩かれた少女はむくっと起き上がる。

 少女は無地のブラウスのような服装を着ていた。下は布団に隠れて見えない。服装の印象はどこかの学校の制服のようであった。あえて優等生か劣等生かと区別するなら少女は明らかに優等生であろう印象であろうか。

 少なくとも他人の部屋に勝手に入って他人の布団で図々しく眠れるようなタイプには見えなかった。

「あ……おはようごじゃいましゅ……」

 寝起きで少女は少し噛んだ。

 それが少し可愛いなどと思う余裕もなく、俺は聞く。

「何してんのキミ?」

「ふぇ?」

 もう一度バチンと頭を叩く。

「起きろ馬鹿」

 俺に頭を叩かれた少女は少しムッとした表情を見せ、掛け布団を軽く持ち上げた。

「見て、分かりませんか」

 いや、分からんから聞いとる。

 少女はやれやれと言った具合に首を軽く横に振った後、

「寝てました」

 そう言ったのでもう一度俺は少女の頭を叩いた。

「もう人の頭をそんなに叩かないでください……。傷害は犯罪です」

「不法侵入も犯罪だ!」

 何か会話が噛み合わない。

 色々と面倒になった俺は丸めた週刊誌をそこら辺に放り投げる。

「ったく、よ。お前な。人の家に勝手に入っちゃ駄目ってことぐらい子供でも知ってるぞ。ここはお前の家じゃない。今なら警察とか呼ばないからとっとと帰れ」

 そう言って俺は狭い部屋なので見失うことのない家の玄関を指差す。

「うー、何か臭いです。この布団洗いました?」

 少女は俺の指を軽く無視して、などと言ってくれました。

 見えんのか。この指が。帰れと意思表示を示しているこの俺の指が。

「部屋も汚いですし。こんなんで人とか呼べるんですか? 神経疑います」

 ぐっと、俺は憤怒に燃えたぎりそうになる両拳を必死に抑える。

 相手は子供(ガキ)ですし? 俺、大人ですし? ……こんなんじゃ怒らないっすよ……?

「というか人を疑います」

 前言撤回。

「うだー! 何だテメェおら! ぶっ殺すぞこの野郎!」

 怒った。めちゃくちゃ怒った。

 そりゃ自分の部屋が汚いことぐらい自覚している。万年床の布団を洗った記憶などすでにない。

 だからと言って不法侵入女にどうして人を疑われるとか言われなくてはいけないのだろうか。これは聖人君子だとしてもキレる。

 しかし、この光景は流石に如何なものかとも思ってしまう。

 無精ひげを生やした男が高校生ぐらいの年頃の娘に向かって丸めた週刊誌を持ってブッコロスゾコノヤロウと叫んでいる。……一発で事案物だろうな。

 客観的に自分の滑稽さを垣間見て、とりあえず冷静に戻ることが出来た。

 もう自分の情けなさに嫌気がさした俺は少女に背中を向けて、距離を取る。

「ってか、マジ帰れ。もう夜が遅くて帰れないってんなら朝までならここにいるの仕方ねーから許す。だからとりあえず帰れ」

 結局、俺の中でこの少女は家出少女ということで落ち着くことにした。

 んで。その家出少女は運よくこの家の侵入して夜を明かしていたということだろうか。最近の若者は犯罪の意識が薄いとは知っていたが、ここまでとは思わなかった。

 見たところ非力そうな見た目だし、何かされてもこっちの方が力はあるし、何とかなるだろう。

 俺はそう思って、寝ようとした。

「……もしかして、私の事、誤解していますか?」

 そう背中越しに少女は言う。

「誤解してねーよ。家出少女」

 俺はひらひらと手のひらを少女に振る。

 と。

「残念」

 そう少女は小さく言って、


「どちらかというと……天使です」


 俺にそう続けた。

「は?」

 俺は言葉の意味が分からず、少女に向き直す。

「は?」

 再び漏れる困惑の息。

「聞こえませんでしたか? 天使です」

 言って。

 少女は俺に銃口を向けていた。

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