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内密

 工房から出て店の方へ向かうと、ジェシーと目が合った。


「何の用だったの?」


「あぁ、ベッドについてだよ。カミラに作れないか頼んだんだけど、駄目みたいだから、買って来ることにしたよ」


「ベッド……」


 うん、わかってた。カミラと同じ様に今朝のこととかをジェシーが思い返してしまうのは。


 ジェシーは少し不愉快な表情を見せたが、そのことには突っ込まなかった。僕とジェシーとの付き合いはカミラよりも長い。各地を冒険している時からの付き合いだ。よって、僕のことについてもよく知っているわけだ。


 僕がわざとあんなことをやったのではないことぐらい、わかっている。けど、それとは別の何かで苛立ってしまうのだろう。そういうことは、僕にもある。


 それが感情って奴だし、仕方のないことだ。なので、そのことでジェシーが不愉快になってしまうのはしょうがないと言えるし、悪いとも思っている。


「……ふーん。ま、いいんじゃないの?」


「ベッドはカミラの部屋において、そこでジェシーには寝て貰うことになりそうだけど。あ、カミラはいいって言ってたよ」


「そう。別に私は構わないわよ」


「それとさ、僕がベッドを買いに行っている間、あの二人のことを頼めるかな?」


「うん、わかった」


「今日のギルドの依頼は断っておいてね。それじゃ、行ってくるよ」


「行ってらっしゃい」


 そういって、ジェシーは軽く手を振った。僕も手を軽く上げて、その場を立ち去った。


 店から出ようとした時に、ナノカも僕のことに気づいたようで、「おでかけですか? お気をつけて」と声をかけてくれた。


 エマは軽く会釈。すぐに作業に戻っていった。


 外に出てしばらく交通の多い道路沿いを歩くと、昨日見かけた鎧の姿の騎士達がいた。何やら、聞き込みを行っているようだ。


 やっぱり、まだこの周辺の捜索を行っているか……。まずいな。早いところ先手を打った方がよさそうだ。


 下手をすると、今日からバイトとして雇っている二人のことを聞き出されるかもしれない。タイミング的にも最悪だろう。


 おばさん連中はお喋りだからなぁ……すぐ広まるし。


 取り敢えず、ベッドを買いに行かないと行けないので僕は家具屋へと向かった。


 家具屋につくと、僕は辺りを見渡す。いろいろな家具が置いてある。僕はベッドコーナーへと足を運んだ。


 さて、どのベッドがいいのだろうか。女の子らしいベッドね……ジェシーの部屋にあったベッドってどんなのだったっけ? 人のベッドなんて、まじまじと見ないからわからないなぁ……。ピンクだった気がするけど、あれは掛け布団がピンクだっただけかもしれないし……。


 シンプルな奴でいいだろうか。もし、あれならカミラがなんとかしてくれるだろう。たぶん。


「すみません、これ一つ下さい」


「あいよ」


 僕は代金を支払って、ベッドを運ぼうとする。すると、店主が驚いたように静止を呼びかける。


「おいおい。まさか、一人で運ぶつもりかい? 無茶だぞ」


「ご心配なく。大丈夫ですので」


「つったってよ……って、えぇっ!?」


 店主は驚いていた。当然か。僕はひょいっとベッドを持ち上げたのだから。


「たまげたな……」


 実際は豪腕でベッドを持ち上げたわけではなく、風魔法で宙に浮かせているだけなのだが。ちょっと、店主を驚かせてやろうと思って持ち上げたように見せてしまった。そんなに驚かれるとは思わなかったけど。


「それじゃ、僕はこれで」


「あ、あぁ……毎度」


 ベッドを片手に持って、歩く姿というのは異常……としか思えない。明らかにおかしな構図だろう。周囲の見る目が痛々しい。とはいえ、運んで貰うとなるとすぐには出来ないし、時間もかかる。


 昨日の騎士達がまた押しかけて来ないとも言えないので、無理だ。


 仕方ないか。周囲の視線は気になるけど、我慢するしかない。


 空を飛ぶという手もあるけど、それはそれでおかしい。騎士の目に止まっても困るし、やはり出来ない。


 すでに注目を浴びているので、一緒かもしれないが。


 そんなことを僕が考えていると……着信音が鳴った。


 僕は通信機を取り出す。ニーナからだ。


『マスター。少しお時間の方、よろしいでしょうか?』


「うん、構わないよ。何かわかったのかい?」


『はい。どうやら、ビスゥーダ王国の国王が亡くなったようです。まだ、一般には公開されておりませんが。そこで、その跡目にナノカーシャ王女が選ばれる予定だったのですが』


「問題が起こったと」


『そうです。国王の側近であったダズラム大臣が他国から養子を迎える手はずをしていたようです』


「なるほど。つまり、大臣は国の実権を手に入れ、その他国は見返りに金銭的援助を受けるといったところかな?」


『左様です。その最大の障害となるナノカーシャ王女を亡き者にせんと画策していたようですね』


「となると……大臣の策略を止めるには決定的な証拠が必要になるね」


『はい。恐らく、文書のようなものがあると思われます。血判状か何か……それを見つけられればよいのですが』


「あるだろうね。いくらなんでも、口約束だけで他国と取引出来るわけもないし。それを見つけ出してくれるかい?」


『かしこまりました。引き続き、調査に当たらせて頂きます。それでは、失礼致しますマスター』


 そういって、通信は切れた。この通信機は、スマホみたいなもので様々な機能が追加されている。当然、この世界には僕とニーナが所持している二台しか存在しない。ようするに古代人の制作した特別な通信機だ。


 もちろん、この世界……『ユニベール』にも、通信機は存在する。しかし、小型の持ち運び可能な通信機は通信できる距離が短い。昔の無線機のようなものだ。普通の科学技術だけで作られたものではなく、魔法科学によって作られている為、魔力の供給が出来なければ使用することが出来ない。それも、大変高価だ。


 一般の家庭が持ち歩けるわけもない。自宅に備え付けるタイプの大型の通信機も高価で、貴族でもない限りは持ちあわせていないだろう。


 また、電話も大国では広く使われるようになって来ているが、その他の国では未だに手紙のやり取りが主流となっている。


 電話も同じように魔力供給が必要の為、多額の電話料金を払えるだけの裕福な家庭が少ないのが各地に普及されない主な原因と言える。


 僕が通信機をポケットにしまった直後、背後に気配を感じた。数は、恐らく三人。彼らが忙しなく動き回っているせいで、探知魔法を最小範囲に留めていたのだけど……どうしようか。


 もう嗅ぎつけて来た……そう考えるのが妥当だろう。あれだけ大規模な捜索を行っているんだ、当然か。もう少し、ナノカに一般の暮らしを体験させて上げたかったのになぁ。


 ……まだ襲いかかってくるような雰囲気ではない。人通りの少ない場所まで移動するか。その方が向こうにとっても、好都合だろう。


 人の気配のしない裏通りへと向かうと、僕は足を止めた。


 彼らもそれに合わせたように足を止める。こちらを伺っているようだ。


 僕が振り向くと、その瞬間。勢い良く三人が跳びかかってきた。早い。良い判断だ。迷うことなく、即座に行動したその辺り、さすがに手練れている。


 僕はベッドを空高く放り投げた。その行動に一瞬、騎士の反応が鈍ったが無視して僕の方へ突き進んでくる!


「限定術式解除」


 即座に僕の服は戦闘用の装備に切り替わる。僕の装備している魔導服には至る所に紋章符が張られており、限定発動術式が展開されている。


 大きな魔力を発動すれば即、高出力の魔法によるみだれうちをお返しするという寸法さ。さらに、レジスト(抵抗)の効果もある。


 魔法で怖いのは、一番に攻撃力の高い魔法を指すが、相手を束縛したり、筋肉を弛緩させたりなど、様々な状態付与が問題になってくる。


 これらはトラップとしても、使うことが出来、非常に危険である。


 それらの魔法における抵抗値を上げるには、耐性装備をつけるか、障壁でガードするか、特殊スキルを使うしかない。


 抵抗値が高ければ、相手の魔法における伝達速度が遅くなり、その間にその術を防ぎやすくなるということだ。勿論、そのまま状態を緩和してくれるし。


 アタッカーは基本的にこの魔法抵抗をかなり上げていることがほとんどだ。先頭に立って戦う必要がある為、魔法抵抗の低いアタッカーは紙切れ同然だろう。


 つまり、この騎士達は非常に高い魔法抵抗を備えていることになる。状態付与はまず通用しない。それは、この鎧の性能からも言えることだろう。


 ハイマジックアーマー。騎士団御用達の鎧さ。所属する騎士団によって当然、異なるが……主流とされているのはこのハイマジックアーマーだろう。


 所謂、スーツ・オブ・アーマーって奴だ。全身鎧。


 優れた魔法抵抗を持つだけでなく、攻撃魔法を外側にそらす作用もある。直撃を受けにくいってことだ。


 また、物理的な防御面でも申し分ない。ドラゴンのツメでさえ、かすり傷をつけることが出来る程度の強度を誇るだろう。鎧に隙間が存在しない為、剣でダメージを与えることは至難。有効なのは、鈍器か、鎧を貫通させることが出来るだけの威力が必要となる。


 しかし、その為非常に高価だ。騎士団全てに行き渡っているはずもない。


 こんなドラゴン討伐でもするかのような重装備でやってくるんだ。どうしても、王女を亡き者にしたいらしい。


 並の魔法では敵の鎧を打ち砕くことは不可能に近い。となると、強力な出力を持った魔法が必要になる。それは、詠唱に非常に時間がかかる。


 つまり、魔術師が騎士と正面から立ち向かって勝てるわけもないのだ。


 けど、それはあくまで『普通』の魔術師なら、の話。


 敵はプラチナソードで斬りかかってくる。ドラゴンの鱗も斬り裂く特別製だ。障壁ではとても防げない。普通の障壁では。


 しかし、僕の障壁はそれを簡単に防ぐ。相手は当然、驚く。


 その驚きを最小限に抑えこんで次の一手を打ってくる辺り、さすがにこの間の盗賊連中とはわけが違う。


 僕は即座に魔導服に付与しておいた紋章符から魔法をノータイムで発動させる。敵は攻撃した直後に勢い良く吹き飛んだ。


 んー、やっぱり硬いなぁ。並の魔法じゃ壊せそうもない。かといって、大出力の魔法だと町を破壊してしまう。


 僕は魔法剣を作り出す……。


「ルーンソード……腕力強化、最大。重複数……十。開放!」


 強化された腕力を持って、相手の鎧に一撃を与える! しかし、その剣は貫通とまではいかず、少し突き刺さっただけだ。


 大魔導師クラスによる障壁付与が施されているな……物理防御も完璧だ。けど。


「我、命ずるは天の怒り! ライトニングボルト!!」


 相手は叫ぶことも出来ずに体を痙攣させて、死亡した。


 突き刺した剣から直接電撃魔法を流し込んだのだ。


「視界補正……脚力強化。加速」


 瞬時に相手の背後に回りこむ。そして、思いっきり剣を頭上から振り下ろす!


 そして先ほどと同じように電撃魔法を相手に流し込んだ。為す術もなく相手は倒れこむ。


 残ったのは後一人。あまりの出来事に叫びながら、剣を振り下ろす!


 それを僕はたたっ斬る。プラチナソードをたたっ斬るなんて行為は、通常ならありえない。


 しかし、僕は身体能力を飛躍的に高めている為、ほとんど剣士のマスタークラスに近い状態になっている。


 だったら魔術師に弱点はないんじゃないかって思うかもしれないが、基本的に魔法の同時使用は普通の魔法使いには出来ない。


 せいぜいダブルスキルってところだろう。身体の全てを強化することは出来ないし、身体を強化しながら魔法を使うことは非常に困難である。


 身体を強化するということは、肉体……筋肉、神経などに作用するものであり、通常の強化とはわけが違うのだ。少しでも加減を間違えれば、自身の神経や筋肉が崩壊してしまいかねない。


 僕が同時に使用出来る魔法数は十である。この内、身体能力に五つ使用している。それぐらい、身体全てを強化しようと思ったら必要になり、高度な技術力が必要とされる。


 よって、身体強化の出来る魔術師は少ない。逆に攻撃魔法などは事前にセットしておくことが可能だ。僕が先ほど行った紋章符のようにね。


 剣を叩き折られて戦意を完全に喪失した騎士は慌てたように逃げ出す。逃しても構わないのだが、今回は報告されると困る。逃がすわけにはいかない。


「彼の者に制限を与えよ……グラビトン!」


「ぐ……がぁっ! か、体が……!」


 重力魔法を使い、相手の動きを封じ込む。とはいえ、ハイマジックアーマーの魔法抵抗はかなりのものだ。封じ込める時間は少ないだろう。


 だが、その一瞬で十分。僕はルーンソードを渾身の力を込めて、投げつけた。


「う……がはっ」


 相手の鎧を今度は見事に貫通し、絶命した。今の一撃はクロスボウを遥かに上回る威力だっただろう。相手はひとたまりもない。


「ふぅ……何とか片付いたか」


「こいつらの処理……どうしようなぁ。ギルドのナーシャさんに連絡を入れるか、それとも……オーラル公爵に事情を話すか……うーん」


 僕が考えていると、ベッドが空から落ちてきたのでそれを受け止めた。


「よっと……ま、内密に処理しておきますか」


 そうして僕は、裏通りを立ち去ったのであった。

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