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かわいい奴

 開店後、ちらほらとお客さんが入ってくる。出だしはまずまずと言ったところだろう。お客さんが次々に入ってくるとそれに合わせたかのようにナノカの動きが硬くなっていた。


「い、いらっしゃいませー」


 恐らく、接客自体が初めての経験なのか、緊張気味のナノカ。声が軽く上ずっているようだ。


「これ、お願いね」


「はい、かしこまりました。しばらくお待ち下さい」


 少し慌てた様子はあるが、


「あら、新人さん? 今日からなの?」


「あ、はい。そうですわ。いえ、そうでございますっ」


「ふふふ、そんなにかしこまらなくてもいいわ。肩の力を抜いてね」


「は、はい」


「それじゃ、またね」


「ありがとうございました~」


「……ふぅ」


 ナノカは軽く息を吐く。緊張が抜けたのだろう。しかし、次々にお客さんが並ぶ為、また緊張し、開放されの繰り返し。


「大変ですわね……」


「ナノカ様……やはり、わたくしが」


「エマ。あなたはあなたの仕事があるでしょう? それをしっかりと行いなさい。私のことは構いません。わからないことがあれば、皆さんにお聞きします」


 こりゃ、エマさんよりナノカのがよっぽどしっかりしているね。そんな風に僕が横から二人の様子を見ていたことにエマさんが気づいたようで、感情を隠すこともなく、しかめっ面をしていた。


 エマさんも少しは緊張していたのだろうか。それが少し溶けたといったところかな。当然か。エマさんはナノカを守る為に常に気を張っていたんだろうし。


「じゃ、ちょっとボク、工房の方へ行ってくるから。何かあったら呼んでね

~」


 そういって、カミラは地下にある工房へと消えていった。


 工房というのは、アトリエのことだ。意味的には同じ。ついでにメンテナンスルームもそこに設置されている。カミラの作業場だ。


 あ、そうだ。カミラにちょっと相談することがあったんだった。


 僕は消えたカミラを追いかけて工房へと向かった。


 僕は工房のドアを軽く叩く。奥の作業場にいて気がつかない時はインターホンを押すこともある。今回はすぐ追いかけたこともあって、まだ近くにいたようだ。


「はーい」


「入るよ。カミラ、ちょっといい?」


「なになに? 夜這い?」


「そんなわけないだろ……」


「わざわざ二人っきりになってからなんて……もう、ユークってばっ。こんな朝からダ・イ・タ・ンなんだからっ♪」


「からかうなよ。それよりさ……」


「むー。別に半分ぐらい本気なのに……」


「へ?」


「別にぃ~……それで、何の用なわけ?」


 何故かふくれっ面のカミラ。まあ、今から作業を始めようとしていたのに邪魔をされたんだ。気持ちもわからなくはないか。出鼻をくじかれたんだしな。


「うん。あの二人のことなんだけど……」


「どっちを狙ってるんだ!」


「……はい?」


「なんかおかしいと思ったんだよねー。急に女の子二人も連れ込んじゃってさー。もしかして、ユーク。どっかの貴族の子に手を出して問題起こしたんじゃないよねぇ?」


「ありません」


「ほんとにぃ~?」


「本当です」


「嘘だっ!」


「本当です」


「嘘だと言ってよ、ユーク!」


「嘘のがいいのか?」


「ダメ。ゼッタイに」


「どっちだよ……」


 やれやれ。これじゃ話が進まない。どうも、カミラはこうやって人をおちょくる癖があるというか。そこもかわいいんだけどさ。って、そうじゃなくて。


「何か怪しいなぁ~」


 疑いの眼差し。カミラのジト目かわいいなーもう。いやいや、そうじゃないだろ。うん、かわいい。違う違う。いけない、思わず笑みが。ニヤニヤしてきた。まずい。引き締めるんだ。くっ……ぷはは。


「わらってるし!」


 そりゃ、笑うだろ……くはは。くふっ。だ、駄目だ。何かツボった……やばいやばい。


「くははははっ」


「なんで笑うんだー!」


 尚も笑い続ける僕にふくれっ面のカミラ。


「うぅ~」


「い、いやっ……ごめ、ははは。ちょ、ちょっと待って……」


 抑えろ。抑えるんだ、ユーク。小野寺和人。どっちでもいいや、そんなのは。とにかく、笑うな。堪えろ……。


「はぁ……はぁ」


「もぅいいよぉ。で、なんだっけ?」


「あ、ああ……えっと。なんだっけ……そうだ。ベッドだよ、ベッド」


「えっ……ベッド……」


「あっ」


 カミラがどもったせいで僕まで思い出してしまった。昨日と今朝のことを……。三人でベッドインしてカミラに揉みくちゃにされたことを。


 そこだけいうと語弊があるけど。


 う……今度は恥ずかしくなってきたぞ。どうする。


 カミラも思い返しているようだ。軽く俯いて、視線を横にしてもじもじしていた。だから、可愛すぎるだろ。それ。何、その仕草。ありえない!


 待て待て落ち着くんだ。僕。こんなベタベタのラブコメっている場合じゃないぞ。ベッドだ、ベッド。


「で、ベッドのことなんだけどさ……」


「う、うん……」


 何だぁ、この空気は。何だかおかしくなって来てるぞ!


「ほら、二人がしばらくの間ここで滞在することになったからさ。ベッドが昨日みたいに足りないと困るだろ?」


「べ、別に……こまんないけど」


「えぇ!?」


 どういうことなんですか……カミラさん。それは。


 まさかまた僕のベッドに侵入するつもりじゃないですよね。これ以上、睡眠不足になったら僕は倒れちゃいますよ?


「いや、困るから」


「困んない」


「困る」


「困んない」


「困んない」


「困んない」


「どうして引っかからない!」


「だって、困んないもん」


 もん。じゃないでしょ、もんじゃ。困ります。ひじょーに困りますから。僕の人生がかかっているといっても過言ではないね。うん。間違いない。


「とにかく、困るの。そういうわけでベッドを作ることは出来ないかな?」


「えぇ~? 作るの? さすがに無理だよぉ。設計図とかあれば、出来るかもしれないけどさー。そもそも作ったことないし」


「そうか……そりゃそうだよな。じゃあ、買ってくるしかないか」


「部屋はどうするわけ?」


「うーん。部屋かぁ。やっぱり、こういうこともあるからゲストルームを用意しておくべきだったねぇ」


「増築するお金がないよ」


「そうですね……」


「まあ、カミラの部屋に一つ用意してそこでジェシーに寝てもらうしかないかなと思うんだけど」


「それは別にいいけど。ベッド代は?」


「ありません」


「どうするつもりなの?」


「貸してください、カミラさん」


 僕は深々と頭を下げて、懇願した。角度は45度。90度は身分の高い、特別な人にする時です。


「えぇ……?」


 この間、ちょうどプレミアがついた魔導書を一冊買ってしまったせいでお金を切らしてしまっていた僕。だから、鉱石採掘で稼ごうとしていたんだけどね……。


 今は彼女たちの近くにいて、動向を見守っていないといけないし。


「じゃあ、今度……ボクとデートしてくれたら、いいよ」


「え……?」


「い、嫌なら別にいいけど……」


 またまた顔をそらすカミラさん。もとい、カミラ。で、デートですか。そんなものがこの世の中に存在していたとは思いもよりませんでした。


 何だか今日の僕は少し言動がおかしくなっている気がするけど、気のせいということで。軽くハイになっているせいです、はい。ハイだけに。


 ……断る理由、ないよね。てか、カミラ最近妙に積極的じゃない……か?

 新しく女の子が二人増えて焦っているとか! ないない。妄想乙。


「別にいいけど……僕でいいなら」


「ほんとっ! ゼッタイだよ!!」


 急に飛び上がって僕の前に顔を突き出すカミラ。僕は本気で驚いた。


「あっ……ごめ」


「う、うん……」


「と、とにかく。そういうことだから。お金……」


「ちょ、ちょっとまってね。うわっ!」


 こけた。おもいっきり。カミラが。正確にいうと、慌てて逆方向を向いたせいでそのままひっくり返ったというか。


 はい。そうです。パンツ、見えてます。思いっきり。丸見えです。


 世界が、丸見えです。違う違う。パンツの世界が丸見えとかそういうことじゃなくて。


「えーと……カミラ。その……見えてる」


「うわっ! うわわっ! うわぁああああああああっ!」


 慌てていたカミラはさらに慌てふためく。何かもう物凄いことになってる。カミラはスカートを慌てて隠して、僕に視線を送る。


「見てない、見てないよね!」


「いや、見えてる……もとい、見えてた」


「そういう時は嘘でも、見てないって言うべきでしょッ!!」


「アー、ミエテナイ、ミエテナイデース」


 恐ろしいぐらいに棒読みだった。棒読みちゃんもびっくりなぐらいに。


「もう、おそーーーーーいっ!」


 カミラは慌てたように、お金を取り出して僕にそれを無理やり押し付けて工房から追い出した。追い出し際の一言はこうだ。


「ユークの、ばかぁ!」


 なんて、かわいい奴なんだろうと僕は思ったのだった。

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