グロワールへようこそ!
目が覚めた時、僕はまず全身の痛みに気がついた。睡眠ってこんなに危険を伴うものでしたっけ?
てか、動けない……何故?
それに、何だかいい匂いが……こ、これは!?
カミラが僕に抱きついているじゃないかっ!!
ど、どどどうする! 何とか引き離さないと……。って、く、苦しい……!
そうだった。カミラの馬鹿力で締め付けられているせいで、全然寝れなかったのを思い出した。くそっ、剥がれない……!
「ぐぎぎ……」
「んぅ~。もう食べられないよぉ~」
なんてお決まりのセリフを言うのだろうか、こいつは。
「離れてく、れぇ~」
こうなったら、魔法を使って引き離すか? いや、でもなぁ……。
腕力強化にしろ、風魔法とかにしろ……ヘタしたらカミラが傷ついてしまいかねないし。困ったなぁ。
とかなんとか言っている内にカミラの顔がこっちに近づいて来た。ちょっとちょっと。顔をなんとかずらしてるけど、これ以上接近されると……。
カミラの口が僕の顔にひっついてしまう。
うわ、カミラの息が僕に当たって……なんなの、この状況!?
てか、苦しいし! 色んな意味でもう限界だ! 仕方がない……腕力強化の魔法を使って無理やり引き離すしか……。
ごめん、カミラ!
ぎゅっ。
「ふぇ?」
「あっ……」
力を使って無理やり引き離そうとした結果。
僕は、カミラの胸を思いっきり掴んで押し出していた。
その結果、カミラは起きてしまい……寝ぼけながらも、ゆっくりと視界がクリアになったようで……僕の顔を見てから、すぐに下を見た。
当然、カミラの顔は真っ赤になる。
「ふぇっ、えぇええええええええええええっ!? なにこれぇっ!! どうなってるのっ!?」
「お、落ち着け! わざとじゃない! というか、大体お前のせいだから!」
「は? なんで? なんで、ボク……ユークに胸掴まれているのぉおおおおおおおお!?」
そこでようやく僕はカミラの胸を掴んだままだということに気づく。何もかもがすでに遅かった。
しかも、最悪なことに今の大声で横で寝ていたジェシーまでもが起きてしまった。すぐにこちらを見て、その寝ぼけ眼の顔がみるみるうちに豹変した。
「なっ……なななな、何やってんのよっ! あんた!!」
「い、いや……これはっ!」
「だから、カミラが僕に抱きついて離れなかったんだよ! だから、仕方なく……」
「それで、ボクの胸を揉んだの!?」
「事故だ! 偶然だ!」
僕は必死になって弁明をする。しかし、ジェシーの怒りは収まらない。
「……いいから、さっさとその手をどけなさぁあああああああああいっ!!」
朝から、酷い目にあった。どうして僕がこんな目に。そもそも、僕の部屋で寝たいとか言い出した君らが悪いんじゃないか。僕は自分の部屋で寝ようとしただけだというのに。
現実って……悲しいな。まさか、朝からこんなにぐったりすることになろうとは、思わなかった。
それより……僕には一つ気がかりがあった。昨日の彼女たちのことだ。
まだ出ていないといいんだけど。
僕は小走りに階段を降りる。そして店の方へ足を向けると。
やっぱり。出ていこうとしている彼女たちを発見した。
僕の視線に気づいたのだろう。彼女たちは一礼する。
「お世話になりました。わたくしどもはこれで失礼させて頂きます」
黙って出て行くつもりだったのか。けど……。
「あの、しばらくここにいても構いませんよ」
「え?」
侍女らしき人……エマさん(昨日の夜に名前を聞いた)は少し考えた様子で、しかし真剣な眼差しで答えた。
「お気遣いはありがたいのですが、結構です。これ以上、貴方方に迷惑をかけるわけにも行きませんので」
「それは、ビスゥーダ王国が関係しているのですか?」
「!?」
僕の発言に警戒するエマ。当然だろう。ただの一般人にしか見えない僕らが突然そんなことを言うのだ。これで警戒しない方がおかしい。
「昨日の騎士達の鎧から判明しました。ビスゥーダ王国の騎士団が女二人を付け狙うなんてのは普通じゃない。大体、予想出来ます」
「……」
「ここを出るにしても、準備はするべきでしょう。それに、まだこの周辺を捜索している可能性が高い。無闇に動かない方がいいでしょう」
「貴方は……一体」
「ただの冒険者の端くれですよ。でも、関わってしまった以上、協力しますよ。下手すると、この国にも影響が出かねないことですし」
「……わかりました。しばらくの間、よろしくお願い致します」
そういって、ナノカはスカートの裾を摘んで深々と頭を下げた。
「ナノカ様!」
「エマ。この方々は信用出来る御仁だと思いますわ。出なければ、昨夜も私達を助けはしないでしょう」
「しかし……このような一般人に話したところで」
「本当に一般人かしら?」
「え?」
「特にそちらの方……とても、そうは見えませんわ」
これは驚いた。ただの世間知らずの子だと思ったら……観察眼があるのだろうか。まぁ、僕はたしかに色んな意味で一般人じゃないからなぁ。
なぁんて。それより、彼女たちがここに留まってくれるみたいでよかったよ。どうせ出て行ったら出て入ったで、カミラやジェシーに薄情者とか言われて探しまわらないといけなくなるんだろうからなぁ。
僕は別にそこまでお人好しじゃないんだよね。
とはいえ、ビスゥーダ王国は僕らのいるリルムウェール王国に火種を生みかねないからだ。国が荒れれば、治安は悪くなり、難民も増えるだろう。
結局のところ、僕らにとっても人事ではないという話。
しかしこれは、あくまで僕の考えが正しければの話だ。そこら辺は調査中のニーナの情報が入り次第ってところかな。
「別に話して頂かなくても結構ですよ。話したくなった時で構いませんので」
「そうですか……」
ほっとした様子のエマ。けど、ナノカの方は話してもよいのではないかと思っている様子。しかし、エマに今これ以上反発されても困ると判断したのか、黙ることにしたようだ。
さて、彼女たちがしばらくの間、グロワールで厄介になるということなので。この店の仕事を手伝って貰うことにした。
といっても、店番や簡単な雑務だけど。それで、服もウチの制服に着替えて貰うことにした。髪型も追手にバレないように少し変えたようだ。
「うわー、ナノカちゃん似合う似合う!」
「そ、そうですか……?」
「エマさんもステキですね」
「そうでしょうか……」
「いやぁ、困ってたんだよねー。人手不足でさ! だって、ジェシーやユークはすぐどっか行っちゃって、ボク一人に店番させるんだもーん。ずるいよねー」
「ずるいっていう問題じゃないと思うのだけど」
と、ジェシーは反論。カミラはぶーぶーと文句を垂れている。
そんな様子を見て、ナノカは笑みを浮かべる。
「ふふ……仲がいいのですね」
「ところで、ニーナはどしたの? 朝から見かけないけど」
「あぁ、ニーナならしばらく帰って来ないよ」
「えぇ? どうして?」
「ちょっと野暮用でね」
「ふぇ?」
これには、カミラだけでなくジェシーも首を傾げていた。エマは何かを察したようだったが、言葉にはしなかった。
「それより、店の準備に入ろう」
「はーい」
僕らはグロワールの開店準備に入ることにした。やることはアイテムやお菓子などの品出しからだ。カミラはマジック・エンジニアで、数々のアイテムを造り出している。ニーナのメンテナンスもカミラがしている。
「これってどこに置くわけ?」
「あー、それはカウンターに置いといてー」
「よいっしょっと……」
「ナノカ様。それはわたくしが……」
「いいえ、私もここで厄介になる以上、自分で出来ることは致しますわ」
「あまり過保護にならない方がいいと思いますよ」
「っ……! あなたに何がわかると言うのです!」
僕の発言にエマは怒りを露わにする。この反応……やっぱり。
叫んでから、我に返ったのだろう。エマは気まずい様子で謝罪した。
「申し訳ありません。ですが、これはわたくしどもの問題。あまり、口を挟まないで貰いたいのです」
「こちらこそ、無神経で申し訳ありません」
「エマ。ここにいる以上はここの風習に従いましょう。身分は関係ありません。私はここではただの一般人として扱って下さい」
「……わかりました。ナノカ様がそこまで仰るのでしたら、そう致します」
張り詰めた空気は徐々に緩和していった。ジェシーは過去にも似たようなことがあったので、それほど驚いているわけでもないようだが、カミラは不思議がっていた。
「何々? なんかよくわかんないんだけど。どっかのお嬢様なのかな?」
「いいから、仕事しましょ」
そういって、作業に戻るジェシー。
「ちょ、えぇー? ……わかったよ、もー」
少し不満そうなカミラだったが、朝が忙しいことは知っているのでそれ以上の追求をすることはなかった。
「よし、準備完了!」
開店準備が終わり、満足そうな様子のカミラ。ほとんど店の管理や営業はカミラが行っているので、当然かもしれない。自分の店のようなものだ。
「それじゃあ、みんな元気だして行くよー!」
「いらっしゃいませ! 『グロワール』へようこそ!!」