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シャリエーゼ

 僕はグロワールで、勘定をしていると、ふと思い出した。


「そういえば、カレン。働く場所は決まったのかい?」


「え? え、えぇ……まぁ」


 なんだか歯切れの悪い様子のカレン。どうしたのだろうか。


「前にカミラが言っていた時給のいいカフェかい?」


「そうですけど。何か?」


 急に態度が変わったかのように冷静を装っているというか。


「今日って、出勤?」


「はい。昼からですけど」


「行ってもいいかい?」


「絶対、駄目です!!」


「えぇ!?」


 速攻で拒否られた。何故。普段のカレンなら、「兄さんってば、そんなに私のことを知りたいんですか? 仕方がないですねぇ……一緒に手を繋いで行きましょう」とか言いそうなのに……さすがに妹をおかしく見過ぎかな?


「どうして駄目なわけ?」


「どうしてもです! とにかく、今日だけは絶対に来ないで下さいね!」


 そういって、カレンは出て行ってしまった。そんなカレンの様子を見てカミラは、


「ぷっ……くくっ」


「カミラ、何か知っているでしょ」


「行けばわかるんじゃないかなぁ~?」


 そりゃそうだけど……来るなって言われたしなぁ。そう言われると、行きたくなるのが心情だけどさ。


「まさかとは思うけど、いかがわしいお店じゃないよね?」


「ボクを何だと思っているのさ。そんなところ紹介しないよ!」


 ですよねぇ……じゃあ、なんだ? うーん、気になる……。


「気になるのなら、行けばいいじゃない」


 と、ジェシー。まあ、そうだけどね。


「カフェなんでしょ? 気にすることないと思うけど」


 行くと後がうるさいだろうからなぁ……。まあ、いいか。妹がこっちでちゃんとやっていけるかどうか確認もしたいし。


 しっかり働いているかどうか確認するのも、兄としての務めだろう。うんうん。そういうことにしとく。


「じゃあ、ちょっと見てくるよ」


「はーい」


「いってらっしゃい」


 そういうわけで、僕はカレンが働いているカフェに出向ことにしたのだった。


 ◇ ◆ ◇


 さて、僕はカレンが働いているというカフェ『シャリエーゼ』の前まで来ていた。ぱっと見は普通のカフェに見える。


 では。いざ出陣。カレンは怒るだろうか。いや、でも仕事中だし。怒鳴りつけられることはない……はず。


 僕はドアを開ける。すると、満面の笑みでウェイトレスが迎えてくれた。


「いらっしゃいませ、ご主人にゃ♪」


「シャリエーゼへようこそにゃ!」


「って……に、にににににぃさぁああああああああんっ!?」


 このご主人様じゃなくて、ご主人ってところがポイントだな。


 フタを開けるとそこはネコミミカフェだった。メイド服ではなく、白黒の制服にネコミミを装着し、しっぽもつけている女の子達が僕を出迎えてくれた。その中には、もちろん愛しのマイシスターもいるではないか。ははは。


「萌え……る」


「はい? 燃えるって、何がですか?」


「あ、いや。なんでもない。それより、すごい格好だね……」


「うぅ……だから、来ないで下さいって言ったのにぃ~……」


 いやぁ、まさかネコミミカフェなんかがあるとは思っていなかったからさ。普段、カフェなんて行かないからなぁ。思わぬ穴場だ。今度から通おう。おい。


「言っときますけど、本日だけなんですからね! ネコミミDayでやっているだけなんですから!」


「へぇ、そうなのか。しかし、よく引き受けたな。断りそうなもんだけど」


「他に働ける場所を探すのも大変ですし、制服はそれなりにかわいいので」


「せやなー。ここの制服かわええもんなぁ」


 どっかで聞いたことのある声……。まさか。


「なんや、また会ったなー。最近、よう会うなぁ、自分」


 そこにいたのは、ネコミミを装着したアリスだった。


「ここで働いていたのか? 意外すぎる……」


「そうか? あんたの妹が言ったように、ここの制服かわええからなー。ウチにぴったりやろ?」


「ああ、見事なフィット感だと言っておこう」


「……殴ったろか、おのれは」


 僕がアリスのない胸を見ていたので、気づいたようだ。それを見て、アリスは怒りだしたというわけ。


「兄さん、デリカシーがなさすぎです」


 アリス相手にデリカシー? 向こうだって皆無だよ、そんなものは。


「ゆうてくれるやないか。ユーク。そんなこと言ってええんかぁ?」


 そういって、僕に抱きついてくるアリス。


「お、おい……」


 体をくねくねさせるアリス。何かいい匂いが……うおっ。


「ユークだけに特別サービスや。今ならいろいろとええことしたるでぇ……ぺろっ」


 そういって、僕の頬を舌で舐めるアリス。ヤバイ、色んな意味で。あそこもヤバイ。こんなことされたら、興奮するに決まっているだろ!


「……代金は?」


「一万ガル、ポッキリや。安いやろ?」


 高い。しかし、アリスの体が密着して、体温を感じる。このぬくもりを味わえるのなら安いかも……とか思ってしまう。


「よし、買っ──」


 そう言おうとした時だった。


「何をやっているんですか! 貴方達は!」


 カレンの怒声が聞こえたのは。その声に反応して、一斉に注目が集まる僕ら。絶賛、アリスが僕に抱きつき中だ。あんなサービスあるのか? と、声が出てきている。


「にゃははは、止められてもーたな。仕方あらへん、またの機会に頼むで!」


「駄目です! またなんかありません!」


 なんていうか、いつもの日常というか。グロワールでやっているようなことを一般のカフェの前でやるのは……。


「ちなみに、ウチは普段からこの格好やで」


「この格好って……ネコミミとしっぽを常時付けているってこと?」


「そうや。まあ、気分で外すこともあるけどな」


 明日も来よう。そう思った。なんだかんだで傍から見る分にはかわいいんだよなぁ。アリスって。見た目は特に。小顔で、ピンクのショートヘアに黄色いカチューシャ。ミルキーボブっていうんだっけ? あの髪型って。ちょっと違うか。わからない。女の子の髪型の名称なんて詳しくないからなぁ。


 それはともかく、カレンの様子を見に来たのを忘れていた。


「それで、兄さん。まだ居座る気ですか? もう、帰ってくれませんか」


「いつもは、ひっついてくる癖に」


「ば、ばかぁ!」


 本気で慌てる様子のカレン。こういうところは可愛いんだけどね。こいつも。


「……もう。わかりました。居てもいいですから、大人しくしていてくださいね。それで、ご注文は何にしますか?」


「おやぁ、妹さん。あんた、ちゃんと猫語使わないと駄目やないか」


「そ、それは……でも、兄さんですし」


「兄さんだろうと、客は客や。ちゃんとやらにゃあかんで」


 そういうお前はカンサー弁モロだしじゃないか。猫語も使っていないぞ。


「う、うるさいわ! 今から使うんや! ……にゃ」


「アホだ……」


 語尾に『にゃ』ってつけりゃいいってもんじゃねーぞ!


「そ、それで兄さん。ご注文は……」


 あくまで普通スタイルを貫こうとするカレンを睨みつけるアリス。お前もやれよ。というか、見張っていないで働けと。いや、新人教育の最中なのかな? もしかして。それはありえる。


「うぅ……」


 とうとうカレンさんは観念したかのように、拳に力を入れて僕を睨みつけた。怖いよ。客にする態度じゃないよ。うん。


「そ、その……ご、ご注文はにゃんでしょうか……にゃ」


「萌える……」


「はい?」


「こっちの話。えーと、メニューは……」


「本日限定でふりふりコーヒーアートがあるで」


 と、こっそり僕に耳打ちをするアリス。吐息が……。しかも、こいつ僕の耳を甘噛みして来やがった! ちゃっかりしているよ……何を? 思わず、耳を押さえる僕。感触が……不意打ちすぎる。嫌でもアリスのことを意識してしまうじゃないか。


「えーと、じゃあ……ふりふりコーヒーアートとやらで」


「え……ふりふりコーヒーアートですか……兄さんの変態」


「えぇ?」


 どうして、僕が変態扱いをされないといけないのか。まさかさっきのアリスとのやりとりを見られたのか!? それは、ヤバイ。ころされ……と思ったけど、違うようだ。


 僕が別の席を覗くと、他の客に別のウェイトレスさんが、しっぽのついた腰を振りながら、コーヒーに文字を描いているようだった。なるほど、そういうことね。たしかにあれは何か、扇情的だな……。あの腰使いが特に。


「コーヒーを頼む!」


 キリッと、僕はカレンの顔を見てそう言い放った。


「……兄さんのばか」


「なんとでも言うが良い、妹よ。僕には兄として妹を見守る義務がある!」


「こんな時だけ兄さんのフリするのやめてください」


「だが断る」


「ふんっ……!」


 カレンはそっぽを向いて、店の奥へと歩いて行った。観念したのだろう。


 あ、でも。カレンじゃなくて他の人が持ってくる可能性もありえる……。


 そんなことを考えていると、アリスの奴が僕の横に座って、足をずいっと僕の膝に乗せて来るではないか。WHY?


「お前……仕事はどうした、仕事は」


「ん? 休みや。休み。休憩時間を繰り上げて貰ったんや」


「なんで……」


「そんなもん、決まっとるやろ。ユークと一緒にいる為以外にあるかい」


 またそういうことを言う……嬉しいけど、アリスの場合は僕をからかいたいってのが根本にあるだろうからなぁ。なんとも。


「っていうか、足!」


「ほんのサービスや」


「何がだよ! 重いし暑苦しいし、邪魔臭いからどけてくれ」


「なんやと! ウチの生足が拝めるなんて、有り難いと思わんかい!」


 いい加減、多少の耐性は出来てくるものだ。というか、膝に関しては普通に邪魔臭い。食事がしにくいからどけて欲しいのはたしかだ。まだ、何も来てないけど。


「だったら、来るまでの間はええやろ」


 そういって、僕の首に両手を預けるアリス。足は僕の膝で、手は僕の首にしがみついて抱きついている。どこの風俗だよ。キャバ嬢でもこんなサービスしないぞ。


 っていうか、客の目線が……睨まれているじゃん。そりゃそうだよなぁ。この店って、可愛い子多いし。女の子目当てで来ている客も多いだろう。そんな子が僕だけに特別サービス(傍から見るとそう見える)をしているなんてなると、腹立たしい気持ちもわかる。僕だって嫌だ。そんな場面に出くわしたら。


 とはいえ、言って聞くような奴じゃないし。そもそも、嫌じゃないんだよなあ。こうされることって。なんだかんだでアリスとのやり取りを楽しんじゃっているから。


 仕方ない。少々強引に行こうか。


「えっ──」


 僕はアリスの脇腹に手を寄せて、そのまま自分へ抱き寄せた。


「へっ、ちょ。ちょっとっ!」


 そして、アリスの頬へキス。こんな人前で、我ながら大胆なことをしていると思う。アリスのが伝染ったのかもしれない。


「ふぁっ……」


 何が起こったのかわからないといった顔。そりゃそうだろう。まさか僕がこんな積極的な行動に出るとは思っていないだろうから。


 ほっぺに手を当てて、顔を真っ赤にさせるアリス。ようやく気づいたようだ。自分が何をされたのかを。


「な、なんやぁ……自分! そ、そんなこと急にされたら……あ、あかんやろっ!」


 こんなアリスを見るのは初めてだ。かわいいじゃないか。慌てちゃってさ。普段、ああいうことやっている奴に限って、自分がされると弱いんだなと、思った。


「うぅ……なんなん。急にぃ……恥ずかしくて死にそうや」


「少しは僕の気持ちがわかったかい?」


「ゆ、ユークの気持ち? へ、ど、どういうことなん……」


 あー、これは違う方向へ勘違いしそうな……。いつも僕がやられていることはこんな風なんだぞってことが言いたかったんだけど。


 アリスの奴は完全にパニック状態のようだ。頭の中が真っ白なのだろう。両手を頬に当てて、微動だにしない。


 そこへカレンが登場。この妹は毎回絶妙のタイミングで来るね。狙っているんですか? そうですか。


「どうかしたんですか、兄さん?」


「いや……気にしないでくれ」


「はぁ……? と、とにかく。お待たせしましたご主人。今からコーヒーにふりふりしてハートマークを描く……にゃ」


 突然の不意打ちだった。恥ずかしそうなカレン。こっちはそれどころじゃないのですが。アリスにキスした時の感触が残っているし……頬とはいえ。


 誰かにキスしたことなんて、今までなかったし。……たぶん。


 今更、どきどきしてきた。あー、どうしよ。落ち着け、僕。


「ふりふり~、にゃ~ん♪」


「ぶっ」


 思わず、吹き出してしまった。あのカレンさんが……カレンさんが……。ふりふり、にゃーんって。


 カレンの顔は当然、真っ赤だった。もう、ほとんどヤケクソなのだろう。引きつった笑みがそれを物語っている。あははははは、みたいな。感じ。


 棒読みのセリフが逆にツボ……可愛すぎる。


 アリスさんは現在もぼーっとしています。僕にキスされたのがそんなに衝撃だったのだろうか。


 腰を振ってコーヒーにミルクを注入……チョコレートシロップで文字を描く……文字っていうか、ハート。まあ、定番だよね。この手のは。


「はい、出来ましたにゃーん♪」


 まるで、メイド喫茶のようだ。本日限定とはいえ……。カレンにはさぞ屈辱的だろう。


「は、はい……どうぞ……に、兄さん?」


 引きつった笑みのまま、僕にそのコーヒーを手渡しするカレン。


「ど、どうも……」


「それでは、ゆっくりしていってくださいねっ!」


 言い終わると早足で消えて行った。よっぽど恥ずかしかったと見える。僕だって逆の立場なら絶対に嫌だ……。


 一方、アリスさんは未だに動きません。と、思ったら動いた……もとい、倒れこんだ。ソファに。あ、悶絶している。


 アリスは股に手を突っ込んでスカートを握りしめていた。いちいち、エロイ奴。


 ギリギリパンツは見えなかったようだ。せふせふ。


「さて……」


 僕はコーヒーをひとくち。うーん、あま苦い。ここは、ほろ苦いというべきだったろうか。いや、あま苦いな。色んな意味で。


 そうして、僕はシャリエーゼでコーヒーを十分に満喫したのだった。

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