アリス・インティリー
訓練場へと足を運ぶ僕とニーナ。ギルドには訓練場がいくつか存在する。魔法訓練、武術訓練など……その中でも特殊な訓練場……特別訓練場というものが存在する。
これは、通常の訓練場では訓練にならない人達が集まる場所である。能力が高すぎる為、施設を破壊しかねないケースや、訓練相手がいないなど理由は様々だが。
僕とニーナの場合はその両方だろうか。力が強すぎて設置されている障壁ごと破壊しかねないのと、相手もいない。
ニーナは別に訓練の必要性がないみたいだけど、僕は訓練は必要だと思っている。
やっぱり、自分と同等かそれ以上の相手がいないと腕は錆びつくと思うんだ。力を過信しすぎるのもよくないし。僕とマトモに組手可能な人物がニーナぐらいしかいないので、(ナーシャさんは忙しい)定期的にニーナにお願いしているというわけ。
そういうわけで、特別訓練場の扉を開けたのだが……。
そこには、先客がいた。
「お、なんや。ユークやないか。久しぶりやないか。どうしたん?」
カンサー地方出身のアリス・インティリーだった。アリスがここにいることは別に不思議じゃないのだけど……その格好に問題があった。
「お前……その格好は」
「あん? なんや? なんか問題でもあるんか?」
「大有りだろ……ここは公共の施設だぞ」
「ここは特別ルームやで? 誰もこーへんわ」
たしかに、この特別訓練場に来る人はほとんどいないだろうけどさ。それにしたって。
アリスはキャミソールにパンツ一丁という、女子にあるまじきスタイルで訓練場のど真ん中で腰に両手をあててこっちを見ていた。なんて格好だよ。
エロすぎ。アリスって胸はないけど、スタイルいいから体のラインが妙にエロいんだよなぁ……。腰のラインとか、足のラインとか……。
「なんや、自分。体は正直やなぁ。そんなにウチのパンツみたいんなら、言うてくれればよかったのに。いくらでも見したるで。ほれほれ」
「……お前はもう少し、恥じらいを持つべきだと思う」
カンサー地方出身のヤツはみんなこんな風なのだろうか。いや、こいつが特殊に違いない。そうに違いない。
何故か、アリス相手だと強気な僕である。気軽に話せるからだろうか。なんだかんだで気を許している相手なのかもしれない。
「何をジロジロ見とるんや。やっぱ見たいんか?」
見たくないかと言われちゃ、そりゃ嘘になる。男としてはそりゃ見たいだろう。自分と歳の変わらない可愛い女の子の下着姿なんて。
なんていうか、恥じらいもクソもなくても……見たいモノは見たいんだなぁ……と、エロは偉大なのかね。やっぱり。どっちかといえば、僕はモロパン派ですしね。って、何言ってんだか。
「エロイことばっかり言っていないで、服を着てくれ」
「はいはい。着ればええんやろ? 別にええやんか。ちょっとハッスルしたぐらいでぐちぐち言わんといてや」
「ちょっと……なのか?」
あれじゃ、ただの露出狂だよ。自宅じゃないんだから。こんな奴に限ってピンクの髪とかしているから、ピンクは淫乱とか言われるんだよ。責任取れ。
「なんや、見るだけじゃ飽きたらず。欲しいんか? ウチのパンツ」
そういって、パンツに指を入れて脱ぐような仕草をする。実際には寸止めだけど。いちいちエロイことをする。小野寺和人的には大好物だからやめろって。自制きかなくなるだろ。
「欲しいと言ったらくれるのか?」
思わず、ごくっと。喉を鳴らしてしまった。
「……へんたいやな」
「お前が言うなッ!!」
思わず速攻で本音が出た。早かったなー今の。一秒かかってないぞ。たぶん。アリスといるといつもペースを乱されるというか……。
うししと笑うアリス。なんていうか、憎めないし、可愛いやつなんだけどさ。それより、訓練しに来たんだった。
出だしが衝撃すぎて、本来の目的を忘れるところだったよ。
「僕らはちょっとそこで訓練するから、アリスはこっちに来ないでね」
「ウチをハブにする気か!」
「いや、邪魔だから」
「なんやと!」
ハッキリ言ってもグイグイ突っ込んでくるから困るんだよなぁ。会話が途切れなくて。シャットアウト出来ればいいんだけど……誰か追い出してくれないかなぁ。
「まあ、ええわ。たしかにあんたらの近くで観察する気になれんし。ウチは先行くでー」
よかった。出て行ってくれた。ああ見えて、腕はたしかだけど。特別訓練場に来るぐらいだしね。
そんなアリスも僕らの戦闘を見た後は、「バケモンかあんたら」と思わず口からこぼれたほどだった。
それぐらい、僕とニーナの組手は次元が違うようで。
アリスが訓練場から出て行ったことで、ここには僕とニーナの二人しかいなかった。静かな空気。
お互いに戦闘スタイルを取る。この特別訓練場は通常の訓練場よりも広く作られている。障壁の密度も段違いだ。城壁に展開されているようなクラスの障壁が展開されている。そうそうのことでは壊れない。
ニーナの攻撃は正確無比。回避はほぼ出来ないといっていい。よって、障壁が破壊される数分間がタイムリミット。それまでにニーナを抑えられるかが勝負。さすがに古代の超兵器に勝てるとは思っていないけど。
「──」
僕は走りだす。どうせ回避出来ないのなら、前に出る方がマシと判断したからだ。ルーン・ソードを展開して、ニーナに向かって振り下ろす。
ニーナはそれを回避。すかさず、手の指から無数のレーザーを放ってくる。フィンガーレーザーって奴だ。大出力の場合は手のひらからレーザーを放つ。当然、魔法ではない。魔法との混合兵器も持ち合わせているようだが。
物凄い速度で打ち込まれるレーザー。僕は障壁でガード。前にハイウイングで回避を試みたことがあるが、ホーミングされており、無駄だった。
となれば、レーザーを障壁で受け止めるか、レーザー自体を破壊するかの二択になるわけだけど、全て破壊出来るわけじゃないし、その分を攻撃に回した方がマシであるからだ。
僕は詠唱を開始する。
「彼の者に制限を与えよ……グラビトン!」
僕は通常における何倍もの魔力を込める。この間の騎士連中でさえ、グチャグチャになるレベルの威力。しかし、ニーナはリフレクションで重力場を拡散。引き起こされたそのずれを計算し、力場のない、または少ない地点へと移動し、僕に再び攻撃を仕掛けてくる。なんて奴。
「行けませんね。重力場の強い場所にいる者は、弱い場所にいる者よりも時間の流れが遅くなります。その魔法が通用しない相手に使うということは愚の骨頂ですよ」
「相変わらず、手厳しいね。でもこれならどうだい?」
「風よ、切り裂け! エアスラスト!」
「これは……!」
拡散された重力場から風が吹き荒れる。真空の刃がニーナを襲う。
さすがのニーナもこれにはガードで対応するしかなかった。
「素晴らしいポテンシャルです。さすがは私のマスター。攻撃面は日に日に上達しておりますが、防御面が疎かになりすぎです」
「避けられないからといって、避けない努力をしないのは行けませんね。それに障壁以外の対処方法も導き出さなければ」
「まあ、そうなんだけどね……ニーナの攻撃が凄まじすぎて、どうにもならないというか」
僕らは喋りながらも戦い続けている。僕が魔法を連発して、ニーナはそれを部分障壁を使ってうまくそらし、回避している。高度な技術だ。
障壁というのは、自身の周りに張り巡らせるのが基本であり、ああやって部分的に空間上に展開させるなんていうのは、神業に近いことである。
僕の今の技術力では不可能。大賢者クラスぐらいだろうか、可能なのは。
そろそろ、障壁の耐久力が尽きる頃だ。僕は駄目元でハイウイングを展開し、レーザーの回避を試みる。猛スピードで空中を動きまわるが、レーザーはぴったりと追跡してくる。
魔法を使ってレーザーをいくつか撃ち落とすことは出来るが、いくつかは抜けだしてくるし、その間にニーナはさらにレーザーを放ってくる。
堂々巡りだ。どうにもならない。万策は尽きて、障壁は破壊される。
そこへ指先からレーザーサーベルを出したニーナのサーベルが僕の喉元に突きつけられる。
「チェックメイト、ですね。マスター」
「参ったよ。僕の負けだ」
「今回は中々持ちましたね」
「いろいろ考えた割に、通用しなかったけどね」
「いえ、驚かされました。私もまだ、学ぶことがあるようです」
ニーナは褒めて伸ばすタイプのようで。僕をとにかく褒めてくる。当然、その方が傷つかないし、嬉しいこともある。惨めな時もね。
「これでまた一つ、ニーナが完璧になっちゃったわけだ」
「それもマスターのおかげですね」
ふふっと笑みを浮かべるニーナ。そう返されると、皮肉も言えないなぁ。
「ニーナより強い存在っているのかい?」
「さあ、どうでしょうか。私は古代末期の時に作られましたから。さほど戦闘経験が御座いません。もちろん、なくはありませんが。他の戦闘兵器に比べて運用時間が短かったのは事実です。古代崩壊後に関しては幾多のマスターと共に時を過ごして参りましたが、私の性能を超える存在は見当たりませんでしたね」
つまり、古代時代はわからないけど、その後の時代は無双状態だったと。そういうわけね。
うーん、チートだなぁ。僕よりニーナのがよっぽど。
僕も規格外の存在らしいけどね。魔力量とか。もろもろ。
大賢者も一目置くぐらいみたいだし。
まあ、そんなニーナを所有している僕の存在は割りと、他国や一部の権力者達は警戒しているらしいけど。
一度、三大国の一つとニーナを巡って争ったことがあって、三大国の一つを潰した……まではいかないけど、他国と協力して大打撃を与えたこともあった。最終的には和解したんだけどね。そういうこともあってか、当時の事情を知る者達は僕らに手を出そうとは思わないようだ。基本的に、表立っては、だけど。
とはいえ、暗躍ってのは少なからずあるもんだけど。
この間の一件も、なんだかきな臭いんだよねぇ……裏で糸を引いていたのが、あのエスニークっていうし。
何事もなければいいのだけど。
「ですが、ユーク様は私が出会ったマスターの中で、最高のポテンシャルをお持ちのようです」
「またそういうこと言って……」
「事実ですので」
ポテンシャル……つまり、潜在能力の高さならピカイチと。そういうことらしい。たしかに僕はそれなりに戦闘を積み重ねては来たけど、まだまだ修行不足だ。
「マスターが大陸トップクラスの実力を兼ね備えているのは間違いありません。ですが、大賢者や英雄クラスを相手にするとまだまだ厳しいかと。後は経験ですね」
「……ま、ぼちぼちでいいかな」
「そうですね。焦る必要はありません。私がサポートしますので」
「ニーナがいれば安心だよ」
「はい」
その辺はあっさり認めるニーナ。絶対の自信とはこういうことを言うのだろうか。僕にも自信が持てるような時が来ればいいのだけど。僕も過去には英雄の扱いを受けたことはあるが、あれは勘違いから発生して祭り上げられたようなものだからなぁ。
結果的に三大国同士の戦争を終結させたのだから、英雄といえば、そうなのかもしれないけど。今は一介の冒険者だ。別に英雄になりたいわけでもないしね。
こっちの方が絶対に気楽だよ。自由って感じで。人に認められるのも悪くはないけど、自由が一番。
「いい汗かいたことだし、銭湯でも行く?」
「ギルド内に浴場なら御座いますが」
「わかってないなぁ、ニーナは。あえて銭湯に行くっていうのが、こう……なんていうのかなぁ。疲れを癒やすというか、風情というか」
「はぁ……さすがに機械の私にはわかりかねますが」
「そういうところはロボットなんだね……」
「では、銭湯に行きましょうか」
「お、ニーナも銭湯のよさがわかるようになったかい?」
「いえ、銭湯には『混浴』というものがあるそうですね。一緒に入りましょう」
「えーと……それはちょっと」
「ですが、現在の銭湯は混浴が主流のようですよ?」
そういえば、そうだった。この時代は。っていうか、この世界は、か。僕も確かに気にせずに入っていたのだけど、小野寺和人の記憶が蘇ってしまったからなぁ……現代日本じゃ混浴の銭湯なんてほとんどないし。
困った。僕が誘った以上、やっぱり行くのをやめるっていうのも、変だし……。
覚悟を決めて行くしかないか。何の覚悟だよ。一線を超えない覚悟か?
ちょっと笑ってしまった。というか、ニーナの裸体を他人に見られてしまうじゃないか! それは駄目だ! 絶対、駄目!
「ニーナの裸は僕のモノだ!」
「はい? ま、マスター? と、突然……何を」
あ。声に出てしまった。思わず。
や、やってしまったー! どうしよう。今更、何の言い訳もできないし、思いつかない。黙っているのも、気まずい。
「えーと……銭湯はやめにしませんか」
「はい……わかりました、マスター……」
お互いに顔を赤らめて、呟いた。どういう意味か、わかったのだろう。僕とニーナは、グロワールへの帰り道、どこか気まずい雰囲気の中、一言も話さずに帰ることとなったのだった。