妹、参上!!
祝・日間72位。
僕がニーナと話を終えて下に戻ってくると、何やらカミラと客がもめているようだった。
「だからー、君のいう兄さんなんてここにはいないってばー」
「います! 間違いありません! 兄さんの匂いがするんです!!」
「匂いってなんだよー。わけわかんないよぉ~」
困り顔のカミラ。僕のことに気づいたようで、泣きついてくる。
「うわーん、ユークぅ。この人、なんかおかしいんだよぉ~」
「はいはい……えっと、何の御用で……えっ」
「兄さん!」
「か、カレン……さん? どうして、ここに?」
目の前には妹のカレン・フェーヴルが仁王立ちしていた。
「へ? マジでユークの妹なの?」
驚きのカミラ。僕だって驚きだよ。こんなところに妹がいるなんて。
僕の実家はここから相当離れているというのに。
「やっと見つけましたよ! さあ、帰りますよ! 兄さん! 嫌とは言わせませんからね!」
「いや、ちょっと待ってくれよ。カレン。急にやって来てそんなこと言われても困るんだけど。それに僕は……あの家に帰るつもりはないよ」
「そうですか。なら、兄さんが帰ると言うまで私はここを離れませんからね!」
困ったなぁ……一度言い出すと、曲げないタイプの人間だからなあ、カレンは。
「えっと……どういうことか説明してくれない?」
「兄さんはフェルミナード国の……んぐぐっ」
「あ、あはははは……」
僕は慌ててカレンの口を背後から押さえつけた。妹の口を無理やり押さえつけるなんて、なんだか響きがエロイ。って、そんな場合じゃないよ。大問題だよ。カレンがいきなりやって来るなんて。
あることないこと話されたらたまったもんじゃない!
「か、カレンさん。そのことは内緒にしているんだ。秘密にしておいてくれないかな?」
と、カレンにだけ聞こえる声でつぶやく。
「……いいでしょう。兄さんには兄さんの事情があるでしょうし。そのぐらいは寛容なつもりです」
「さいですか……」
「こほん。申し遅れました。私、ユーク・フェーヴルの妹のカレン・フェーヴルです。いつも兄さんがお世話になっています」
「あ、どうもご丁寧に。ボクはカミラ。カミラ・アッカーマン。よろしくね!」
「しかし、兄さんがこんな小国の田舎町にいるなんて……道理で全然見つからないわけです。私が兄さんを探すのにどれだけ苦労したと思っているのですか!」
「しらないよ、そんなの……」
その一言が余計だった。女って生き物はどうもそういったところに過剰反応するというか、ヒステリックというか……ねえ? 怖いね。ほんと。
小国の田舎町と言われてむっと来ていたのはカミラだった。しかし、カレンの迫力に押されてしまったのか、何も言い返さなかった模様。
「知らない? そうですか。なら、これを見て下さい」
そういって、地図のようなものを広げたカレン。
「この赤い線とバツ印の部分全てが私の捜索した部分です!」
大国を中心にして、かなりの数を歩きまわったことがよくわかる。
「私が苦労して各国を歩きまわっている間に、兄さんはこんなところでハーレム三昧ですか。そうですか。さぞかし楽しかったでしょうねぇ? 聞きましたよ、私。兄さんがこの店で女の子ばかりを店員に起用して、あんなことやこんなことをしているって!!」
「そ、そうなのユーク!?」
「どうして、カミラまで驚くのさ!」
「いやいや、何か大きな勘違いをしていますよ? 確かに、この店には僕以外に女の子しかいないけど、それは偶然と言いますか。たまたま冒険の巡り合わせが女の子しかいなかったといいますか……」
「くるしい。苦しすぎます。なんですか、その言い訳は」
ジト目の妹。なんだか、久しぶりに見る妹はすっかり変わっていて、ずいぶんと可愛らしくなったものだと。
そして、これまたおなじみの小野寺和人の人格のせいか、妹にまで好意的な目で見てしまう……そりゃ記憶としては妹だと理解しているんだろうけど、小野寺和人から見れば他人だからなぁ……まあ、そもそも妹といっても、血は繋がっていませんけどね。だったら、オッケーじゃん。違うわ。
「兄さんは私のモノなんですから、他の人にうつつを抜かしてはいけません」
「……はい?」
「え? え? ユークとカレンってそんな関係なの!?」
「違います」
またややこしいことに……。どうして毎回、おかしな方向に転がり込むのだろうか。
わけがわからないよ。
「いいえ、違いません。だって、私は兄さんのこと『好き』ですから」
きょとん。と。僕とカミラ。数秒して。
「え、えぇえええええええええええっ!?」
「す、好きって……兄弟としてだよね? そうだよね?」
カミラは混乱していた。大混乱、大混乱。正直、僕も混乱している。困惑、か?
「いえ、愛の方です。一人の男性として愛しています。愛があれば大丈夫です!」
またどっかの妹モノで聞いたことのあるようなセリフが……。まさか、リアルでそれも僕に舞い降りて来るとは。夢にも思わなかったよ。
「それに、私たちは血が繋がっていませんので。大体、その為に私は連れて来られたのですから。あの家に」
「……」
思い出したくもないことを。別にカレンのせいじゃない。どちらかといえば、被害者だ。彼女は。
あの家の体制に嫌になって僕は家を飛び出した。駆け出しの冒険者だった僕を助けてくれたジェシーと巡り会って冒険が始まった。
そして、ニーナと出会って……カミラに出会った。そうして今がある。
やっぱり、ここを捨ててあの家に帰るなんて選択肢はありえない。
カレンには悪いけど……。僕は今の生活が一番なんだ。
「とまあ、建前はこれぐらいにしておきましょうか」
「へ?」
「帰りたくないんですよね、兄さん」
「あ、あぁ……」
「じゃあ、私もここに居座りますので」
「はい?」
「居座りますので」
「……はい」
有無をいわさない強い口調だった。眼力すげぇ……ドス黒い妹……それはそれでアリだね。はい。別にMではないけど。
「いやー、でも。カレンさん? 残念なことに、この店というか。家も兼ねているんだけど、もう空き部屋がなくってー。カレンをここに置くことは出来ないなぁ。残念ダナー。ほんとほんと!」
めっちゃくちゃ明るい口調でほとんど棒に近い僕の声。なにやってんだろうか。ほんとに。
「誰かクビにすればいいじゃないですか」
さらっととんでもないこと言ってるよ、この人ッ!!
「いやいやいや、みんな大事な人だから! ね!」
「大事……でへへ」
ゆるんだカミラの顔。なんともかわいい。それを見たカレンは「キッ」と睨みつけてイラッとした様子。ひぃいい。妹の視線に怯える兄ってどうよ?
「そうですか。でも、私はここから離れる気はありませんよ。なんなら、兄さんと同じ部屋でもいいんですから」
「えぇ!?」
「そ、それはダメー!」
驚く僕と拒否るカミラ。しかし、妹の猛追は僕ら二人で抑えられるわけもなく。
そんな時だった。からんころんと、ドアが開いたのは。
「ただいまー。みんな、ちゃんと店のことやって……ん?」
「「ジェシー!」」
「はい?」
「助けてよぉ~。ジェシー! って、なにそれ……お金!?」
どん。と……机の上に置かれたのは100万ガル。あまりの大金に先ほどのことも忘れて飛び上がるカミラ。
「え、え? なにこれ! どうしたの、ジェシー!?」
「あー、うん。稼いで来たわよ。100万ガルほど」
「100万ガル!? ど、どうやって!?」
ほんとにどうやったんだろう……100万ガルって。僕らの半年分の給料だけど。
「えーと……当たったのよ、宝くじで」
「なんだぁ、宝くじかーってえぇ!? マジで!? ボクも買えばよかったよ~。うう……」
「よかったですね、兄さん」
「あら、この子は……?」
「はじめまして。カレン・フェーヴルと申します。そこの兄さんの妹です」
「あぁ、これはどうも」
「兄さん、そのお金で部屋を増築してください」
「え……えぇっ!?」
突然、何を言い出すのかと思えば。まあ、たしかに100万ガルもあれば、何とか出来なくもないけど……。
「どういうこと?」
驚いているというよりは、わけがわからないといった様子のジェシー。しかし、今は説明している場合じゃない。
「あのねぇ。カレン……そんな無茶な」
「じゃあ兄さんの部屋で寝ますね」
「部屋増築でいいよ! 一緒の部屋なんて絶対ダメー!」
と、カミラさん。がめついカミラがまさかの賛成。
「はぁ。よくわからないのだけど……妹さんがここで暮らすようになるってことでいいのかしら? なら、仕方ないわね。生活費にあてようと思っていたのだけど、前にもゲストハウスが必要みたいな話もあったし、この際、いくつか増築した方がいいかもしれないわね」
まさかのジェシーまで。どうなっているんだ……? はっ! まさか、二人を魔法で操って言いなりにしているとか!?
ちらっとニーナを見る。ニーナは小さく首を振った。違うらしい。
いやいや、何故ニーナは僕の考えていることがわかったんだ。そっちのが恐ろしい。
「そういうわけで、一つ。よろしくお願いしますね。に・い・さ・ん♪」
妹の笑みがこれほど恐ろしいと思ったことはなかった。
こうして、『グロワール』にまた一人、住人が増えたのだった。