転生
くだらない。何て、世の中はくだらないんだ。
どうして、僕はこんな世界に生まれて来たのだろうか。
バカバカしい。周りはゴミだらけ。
今日も何気ない日常が繰り広げられるだけ。何て、退屈なのだろうか。
僕のすぐ近くではクラスメイトがギャーギャーと騒いでいる。
何がそんなに楽しいのだろうか。僕にはまったくもって、理解出来ないね。
腹立たしいまでの笑顔で語り合っている彼らを一瞥して、僕は小説を机の下で隠しながら読むことにした。
小説といっても、一般小説ではなくライトノベルだ。
まあ、子どもや若者が小説って言ったら、大体こっちを指すと思うけど。
読んでいるのは、異世界に飛ばされた主人公の話。
よくある感じの内容だ。王道、というべきだろうか。
この手の小説を読んでいて思うことは、別に僕はこういった世界に行きたいとは思わないことだ。
行ったら、行ったでそれはそれで面倒だと思う。
結局、人間、刺激が欲しいのだろうけど、何もない暇な人生の方が幸せってことなんだろうな。
でもそれじゃ物足りないから、リスクの少ないところで騒いだり、ゲームをしたり、ネットに浸かったり……それがくだらないことだとわかっていても、繰り返してしまう。バカな話だ。
なんて、どうでもいいことを考えていても周りの騒音は消えないままだ。ストレスだけが溜まっていく。
うるさい奴らだ。少しは静かにならないのか。他人の迷惑も考えろ。
でも、それを相手に直接言うことは出来ない。
何故か? 後が怖いからだろう。面倒なのもある。
極力僕は面倒事を避けてきた。見て見ぬふりをしてきた。
関わらないで来た。目を合わせないようにしてきた。
これからもそれは変わらないだろう。
……そうだな。もしも、小説の世界に行けるのだとしたら、魔法か何か……力は欲しいと思う。
全てを思い通りに出来るのなら、こんな苦痛も味わうこともないのだろうか。いや、それはそれで何かしらありそうではあるが。
少なくとも、今よりはマシかもしれない。
取り敢えず、目の前の連中を黙らせることが出来るのだから。
何を考えているのだか。バカバカしい。あるわけないのに、そんなこと。
でも、そうやって脳内で相手を痛めつけでもしないと、自分の頭がパンクしてしまう。
ストレスというのは、そういうものだ。
どこかで発散しなければ、おかしくなってしまう。
そして、僕はそのストレスを後、数時間も我慢しなければならないのだった。
◆ ◇ ◆
さて、授業も終わり。僕は周りがざわつき出した頃合いを見て、すぐさま立ち上がり帰宅する。
我先にと立ち上がって帰ろうとすると、目立つからだ。そういったところも、注意しなければならない。
とにかく、目立つようなことをしてはいけない。いつどこで、あいつらの標的にされるかわからないからだ。
そういう、ひょんなことからイジメというものは勃発する。嫌な話だ。
幸いにも、今のところそういったことはないが、油断はできない。
今日も何事もないようだ。今日も相変わらず、腹立たしい一日ではあったが。
学校なんて、そんなものだろう。授業なんて、マトモに聞いている奴はほとんどいないし。クズ揃いだし。
一体、誰がこんな箱庭に通うことをルール付けたのだろうか。過去の先人に文句を言いたいね。
こんなところに来なくても、学業は学べるし、ここに通ったからといって、一般教養が学べるとは思えない。つまり、学校なんかに行く必要はほぼないと言える。
しかし、現実はただレールの上を歩くだけ。
そこから外れた人間は大成功する場合もあれば、大転落することもあるだろう。どちらにせよ、普通の人間ではなくなる。
社会の外に出てしまっては、生きにくいだけ。……どうでもいいことか。
帰宅して、すぐさまパソコンを立ち上げる。
そして、お気に入りのBGMを流す。
この瞬間が恐らく、一番リラックスしていると僕は思う。
やはり、家に帰って来たという安堵感というものは、何とも言えない感覚だ。
その安堵感からか、少し、ふらついた。
……あ、れ。……おかしい、な。
疲れが溜まったのだろうか。やけにふらつくな。どうしたんだろうか。
おいおい……マジで、おかしいぞ。これ。ヤバイ。ヤバイんじゃないのか?
救急車を……呼ばない……と。
◆ ◇ ◆
はっと……瞬間的に、目が覚めた。何だろう……夢から覚めたような、そんな感覚。
あのまま、気絶してしまったのだろうか。それとも、眠っていただけ? わからないが……ん?
なんだ……何か、感覚が。自分の手じゃないみたいな。
よく見ると、まったく知らない場所にいた。なんだ、ここは。
「うっ──」
いや……知っている? 思い出して来た……思い出したというか、最初から知っている?
わけがわからない……なんだ、この感覚は。頭が……おかしくなりそうだ。
いうならば、いくつもの映像や写真がフラッシュバックしている状態。
「ちょっと、何やってるのよ」
「え?」
急に話しかけられたから、驚いて振り返ると、そこには女の子がいた。
その子が誰なのかもわかる。僕は知らないはずなのに、知っている。この子は、冒険者仲間のジェシー・カリエール。そして、僕の名は──
「あんた、さっきから何ぼーっと突っ立っているのよ。さっさと行くわよ。ユーク」
そう、ユーク。ユーク・フェーヴル。けど、もう一つの名前もある。
僕は……小野寺和人だ。一体、どうなっているんだ?
体が入れ替わったのか? いや……そんなバカなこと。
でも、それ以外に思いつかない……他に何がある?
あの時、僕はどうした? どうなった?
思いだせ……そうだ、急にふらついて……まさか、あのまま死んでしまったのか!?
それなら説明がつく……僕は、『転生』してしまったのだ。
って、アホか。何を言っているんだ。そんなことあるはずが。
じゃあ、今の状況は一体なんだっていうんだ?
まだ、入れ替わったの方がマシか? いや、そういう問題じゃないだろ。
大体、どうして僕は急にそんなことを思い出した?
ん……思い出した、のか?
「ねぇ、ちょっと! さっきから黙ってないで答えなさいよ!!」
ジェシーが何か騒いでいるようだが、あいにくと今の僕にはそんな余裕はなかった。
それどころじゃないんだ、こっちは。
待て待て……どういうことだよ、本当に。
思い出したのか? 今更?
てことは……やっぱり、入れ替わったんじゃなくて……本当に『転生』してしまった……のか? いや、どちらにせよ問題だけどさ。
整理しよう。僕は突然、過去のこと……自分が前にいた世界で死んだことを思い出した。
つまり、転生して今まで記憶がなかったんだ。
自分が死んでいたことなんて、まったくもって忘れていた!
なんてことだ。どうして、思い出してしまったんだ!
忘れていればいいようなことを!!
おかげで、今の僕は二つの人格が入り混じったかのようなよくわからない状態でいる。
幸いなのか、僕のこのしゃべり方や考え方については、前世の僕と今の僕でそこまで差がないらしい。
いや、どうだろうか……入り交じる前がどうだったか何てわからない。
しかし、前世の記憶が蘇るなんて……そんなことがあるとは。くそっ、嫌なことしかないじゃないか、あの時の僕の人生は。
……ああ、もう。仕方がない。思い出してしまったものは、どうすることも出来ないんだ。
今の僕は充実した人生を送っている。今更、あの世界に帰りたいとは思わない。
そもそも、死んでいるんじゃ意味のないことか。それにあれから何年経っているのかもわからないし、それどころか異世界にいるじゃないか。ほんと、嫌な感覚だよ。
まぁ、いいや。落ち着け。思い出したからなんだと言うんだ。何も変わらないさ。
僕はここで第二の人生を生きていく。それだけのこと。
今の僕は、冒険者だ。ジェシーや、その仲間達と一緒に楽しく行動している。
あの頃とは違う。充実した毎日だ。それに、力もある。自由な世界。生きたいように生きられる世界。
それは、転生したこの体が恵まれていたからに過ぎないが、それでいい。
「……あのさぁ、マジでいい加減にしてくれる? 殴るわよ」
「あ、あぁ。悪い。ちょっと、考え事していてさ」
「考え事? これから、行くダンジョンのことでも考えていたわけ?」
「そんなとこ。じゃ、行こうか」
「ちょ、ちょっと! なんなのよ、まったく!!」
そうして、僕の第二の人生は始まった。