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空色の瞳にキスを。  作者: 酒井架奈
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04.時計塔と出会い

 それは、たった数ヵ月前の話だった。


 夕方、日が沈むのがだんだん早くなり、もうリョウオウにも夕闇が迫る。領主の開いた小さな街の学校の校門は、朝とこの時間が一番賑わう。学年ごとの色分けがされた簡素な制服がわらわらと道に出てくる。

 街にひとつしかない中等学校は、魔術の才には乏しい者が大半を占める。というより、魔術の才のない人間のための学校だ。

「あ、アズキちゃん、また明日!」

 前を歩く女の子が、後ろを振り返って茶髪の女の子に手を振る。その少女は顔を上げ笑ってまた明日と彼女に小さく手を振る。

 茶髪の少女──アズキは初等学校を並みより上の成績で卒業し中等学校に通うことになって今年で四年。あと一年で卒業だ。

「アズキ、今日はこれから暇?」

 一番の仲良しのナツが、アズキの隣へやって来た。二人が着ている白地のワンピースには、襟の学年色の赤い縁取りがある。

「あ、今日はトーヤが来るんだ。」

 アズキはごめんね、と困ったように笑う。トーヤは一学年下の3年生として同じ学校に通っている。

 ナツが彼女の方を向いて、気を悪くした風もなく仲良しだねと笑う。ナツはそういうことを気にしないからアズキは好きだ。

「トーヤ君って、お父さん同士が仕事仲間なんだっけ?」

「そうだよ。」

 その声に顔をあげる少年。ひとつ下のこの少年の澄んだ目が年よりも幾分幼く見せる。

 宝石商人のトーヤの父と、宝石職人のアズキの父は昔からの顔馴染み。年の近い子供が生まれてからは家族ぐるみで仲良く付き合いだしたらしい。大きくなった今でもトーヤは遊びに来ている。

 週の終わりの金の日は、いつもトーヤの家族と集まる。

「そっかー。先約はしょうがないな、じゃあまた今度遊ぼう!」

「ありがとう。また誘ってね?」

 アズキは明るい茶色の髪をふわりと揺らして、ナツに笑ってまた明日と手を振った。

 ナツと別れて家に辿り着くと、必死で何かを探している少年がいた。もう見慣れた短い髪に、健康的に焼けた肌。

「トーヤ、何してるの?学校は終わったの?」

「今日は休みだったから俺、町に行ってたんだけど……旅人が降ってきてさ。」

「え!ずるい私も見たかった!」

「そう言うかと思ってさ、アズキに会わせようと連れていこうとしたんだけど、なんでか見失った。」

 それも街の通りで見失ったらしい。どうして見失ったのかとアズキの脳内に疑問はたくさん浮かぶが、まずは探す方が先決である。

「私も探す!どんな子?」

 彼女が尋ねれば、トーヤは迷いもなく答える。

「黒髪が背中まであって、茶色いコートを着ていて、青いスカートをはいてた。」

「分かった。」

「あと、どちらかというと大人しそうな雰囲気な美少女。」

 その答えに彼女は驚いた。トーヤは人を騒ぎ立てる評価を嫌うから、あまりこういう評価を下さないのだ。

 その彼にここまで言わせてしまう女の子は、どんなものなんだろうと、アズキは純粋にそう思う。

鞄は家の玄関に投げ込んで、制服のまま走り出す。けれど、探しても探しても目当ての少女は見つからない。

 二人して道端で名を呼んでも、当たり前のように答えは返ってこない。近くの通行人に聞いても、誰も知らない。

 ついには街の外れの小高い丘の上にある教会までやって来ていた。教会をぐるりと囲む静かな森は、静かだ。二人とも声が枯れてもう叫ぶ気力もない。周りを見回して目を凝らすだけ。

探した時間はとうに日の沈んだ夜空が物語っていた。

「つかれた……。」

 根気強くトーヤに付き合った少女も草むらに身を投げ出す。

「どこにいるんだ?」

 トーヤも隣に腰を下ろす。秋が深まり始めた季節の夜の風は、寒さを連れてくる。

「寒いし、帰るか。悪かったな、連れ回して。」

 探している彼女はもうどこか泊まる場所を見つけたかもしれないし、この町を去ったかもしれない。

 穏やかだけれど冷たい風が、草原を駆け抜ける。アズキの髪がふわりと風になびいて、トーヤの視界に映り込む。アズキはトーヤの労りなど耳に入っていないようで、起き上がって教会を取り付かれたように見る。

「歌が……聞こえた。」

「は?」

 トーヤには歌なんか一切聞こえない。

 夜の教会は白壁が不気味に輝いて、なにかが出てきてもおかしくない雰囲気を纏っていた。聞こえないものを隣の少女が聞いているから、余計に恐ろしさに拍車がかかる。

 もう彼女の耳にはその歌しか聞こえていないようで、立ち上がるとなにかに導かれるように教会へと歩き出した。

 アズキはトーヤの制止も聞かず、ふらふらと教会に近付いていく。先には何があるか分からないトーヤは恐ろしくなった。

「アズキ!」

 アズキは耳に手を添えて、そばだてて、ぽろりと呟く。

「綺麗な声……。」

 教会の重たい扉を音を立てて開くと、やっとトーヤにも微かに音が聞こえてきた。静かな夜の教会の入り口にも微かな歌声が響く。

「上から、聞こえてる……。」

 確かトーヤの記憶によれば、上は時計塔になっていたはずだ。吹き抜けの教会の玄関ホールから時計塔へと続く螺旋の階段を仰ぎ見る。トーヤは外からの僅かな光を頼りに、階段を凝視する。アズキはぼんやりと数秒見つめて、階段へと歩き出す。

「高い……女の人の声だ。」

 躊躇うことなくアズキは階段の脇にある手すりに手を伸ばして、カツリカツリと足音を響かせながら階段を上って行く。

 トーヤの声は聞こえている素振りはアズキは見せない。ぼんやりと、一点を見つめている幼なじみに少しだけ冷水を浴びせられたような恐ろしさを感じた。

 時計塔から響く歌声は、階段を上るごとに大きくなっていく。同時に物悲しく切なくなっていく。高く澄んだ声に導かれて、時計塔の内側の最上階まで来てしまった。しかし窓の微かな光だけで誰もいない。しかも最上階にいる今が、一番近くに二人に声が聞こえる。高くて切ない、少女の歌声だった。その声は少し怖くて、トーヤはまた帰ろうと促したが、目の前を歩くアズキは、ぼんやりと平気と返して耳を澄ませる。

「外から響いてる?確か、外には煉瓦の屋根が……。」

 独り言のように呟いたアズキは光の入る開けられない窓とは別に、時計職人が使う屋根へと出られる扉を手探りで探し始める。アズキを置いていけない少年も諦めて探し始める。

「こっちだ!」

 小さく鋭い声をあげたトーヤのもとへアズキが向かうと、木製で古いが頑丈そうな手触りのする扉があった。扉に二人で耳をつけると、綺麗な歌がひときわ大きな声で流れてくる。遠くで聞いていて分からなかったが、時々小さく鼻を啜る音がする。

 息を潜めた二人は暗闇のなかで目を合わせて、息を整え確認をとる。

 そして、一気に扉を引いた。

 歌が止まって、二人の視界に映ったのは、夜のリョウオウの街と目を奪われるほどの月光に輝く、銀。

 月に輝く銀色に視界を奪われたのは、一瞬のこと。

「……だ、だれ。」

 そんな歌声の主の声が聞こえたときには、もう違っていた。黒が、綺麗な少女だった。ただの光の反射だったらしい。

 ぱちん、と黒髪の少女の指が鳴った。その音にアズキは深い思索の底から現実へと引き戻される。少女が手にした魔術の光でぽうっと三人は照らされる。その動作で魔術師だったのかと知らされる。

「あ!あんた……ハルカだ!」

 トーヤが照らし出された少女の顔を見て驚いたような声をあげる。

「あ、君はあのときのトーヤね!」

 嬉しそうに顔を輝かせる探していたこの少女は、自分と本当に年の近そうな顔立ちだった。もしかしたら年上かも知れないと、思った。

 どうしていなくなったとトーヤが問えば、よそ見をしていたら見失ったとなんとも気の抜けた答えだった。

 ハルカ、と呼ばれたこの少女はこの街の一番大きな時計の下のレンガ造りの屋根に、座っている。どこにでもある黒い髪に光に照らされた茶の瞳が、何故か印象的な彼女。光を吸い込むような、明るいのに深い茶色の眼差し。それがトーヤの隣に移った。

「あら、あなたは?」

「トーヤの幼馴染みの、ソライ・アズキよ。」

「アズキね、よろしく。」

 ハルカの笑顔は、どこか曖昧で切ない。

「よろしく!」

 扉から身を乗り出してハルカに声をかけるアズキ。そんな彼女を見て自分の隣をぽんぽん、と叩いてこちらへ誘う。

「大丈夫よ。落ちたりしないから。」

 その声に安心してアズキは夜の闇が包む屋根へと出る。隣へ腰を下ろしながら、アズキは尋ねる。

「歌、上手いのね。教会の下まで聞こえてきちゃった。」

 笑顔でいうアズキの言葉に、目を丸くしてちょっと驚くハルカに、アズキはここまで来た経緯を話し出す。話し終えるとハルカはクスリと笑い、アズキに言う。

「あなた、耳がいいのね。トーヤが聞こえないあたしの声を、アズキは聞いてしまうんでしょう?」

 あはは、と笑ってアズキは続ける。

「じゃあハルカさんが泣いていたのも私の聞き間違いじゃないよね?」

「え……。」

 アズキの言葉に、ハルカの笑顔が固まる。満点の星空の下、アズキの声が静かに消えた。ポカンと一瞬呆れたトーヤは、アズキの背中を小突き小声で責める。アズキは自分の言ってしまった言葉にさっと青ざめる。突然の質問に驚きで固まったあと、ハルカは小さく笑って口を開いた。その笑顔はやはりどこか儚げだ。

「聞こえていたかぁ。昔いた街のこと、思い出しちゃって……。」

 それきり彼女はなにも言わなかった。

「そっか……。」

 割とあっさりとした答えにほっとしつつ、アズキは答えると、隣から小さな笑顔と頷きが返ってきた。

「ねぇ、ハルカさん旅人なんでしょう?」

「うん、この歳での旅人は珍しいけど、割と長い間やっているわ。」

 夜の闇のなかでキラキラとアズキの瞳が輝く。

「ねぇ、うちに居候してよ。部屋はあるし……私、友達になりたいな。」

 最後の方は恥ずかしさで声は小さくなっていったけれど、アズキの言葉は確かにハルカに届いた。

「本当?いいの?ありがとう。」

 ハルカは心から嬉しそうに笑う。

「うん。改めてよろしくね!」

 トーヤの隣で笑うアズキはいつもよりも何倍も明るかった。いつも大人しいアズキにこんな笑顔を持ち込む、このハルカという女の子は何者なんだろう、とトーヤは思った。

 銀の砂を撒いたような夜空の下、ハルカは立ち上がる。

「じゃあ、ここは寒いしアズキの家に行こう?父さんや母さんにも心配されるでしょう?」

 ハルカの右手に持った白い魔術の光が彼女の動きに合わせて揺れる。隣のアズキも笑顔で頷いて立ち上がる。トーヤもゆっくりそれに倣う。

 三人で向かい合ったらハルカが口を開いた。

「改めて、よろしくね。

 あたしはハルカ。旅をしながら、魔術医師をしているの。きっと、居候している分程は稼げると思うわ。」

 リョウオウの二人は聞かされた彼女の職に、驚きを隠せない。アズキはふと疑問に思ったことを口にする。

「名字はないの?ハルカだけ?」

 その言葉に、問われた彼女はクスリと笑う。瞳の光はゆらりと茶色が揺れて、少し不思議に見えた。

「……無いわ。ごめんね。」

 そっと隠された名字に、もしかしたらハルカはどこかの貴族の娘なのかも、とアズキの頭を過る。

 さぁ、行きましょと雰囲気を切り換えたハルカの声がアズキにそれ以上考えさせなかった。ぎゅ、と二人の手を片手づつ取ると、弾けるような笑みでハルカは言った。

「空を飛ぶよ!」

 魔術で飛んだことなどないアズキとトーヤはさっと青ざめた。


 アズキの予感が的中するまで、まだまだ先。

 このときは降って沸いた旅人という少女に、ただ胸踊らせていた。

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