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空色の瞳にキスを。  作者: 酒井架奈
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03.魔法医術師と賞金首

 ──あれから八年が経つ。

 王女が城から逃げ出した三日後、カイ・ルイ国王の死が報じられた。そしていつの間にか、遠い血縁を名乗る者が次の王座に就いていた。カイの兄弟がどうなったのかは、不明だ。

 穏やかだった国は、軍事に特化した戦力保持国に変わった。魔術ミサイルや艦船、更には人間兵器まで改良を重ねられ作られた。その代償に、綺麗な煉瓦造りの建物や、心を包み込むような草原が開発で消えた。

 国はどんどんと強くなり、温かさが消えていった。

 王女は、九歳で賞金首になった。母のような闇のルートの賞金首ではなかった。ひとつ、罪がついた公の賞金首だった。

 『父親殺し』の王女。

 そんな彼女はまだ捕まっておらず、逃亡する彼女に民たちは怯えながら王の下で生活を送っている。



   ***



 ここはルイの都とは程遠い小さな小さな町。

 少し前まではレンガ造りの家と木造の家が入りくんだ不思議な町だった。今は、黒く冷たい魔術で造られた高い、天まで届きそうな硬いビルが並ぶ。黒く塗りつぶされた空に伸びる魔術で造られたビルに、魔法のランプが淡く窓ガラスを彩る。今は軍の機器などを生産する職人街である。

 そんな中を沢山の人たちが歩いていく。魔力の溢れる世界と言えど全員が使えるわけではないし、また個人差も激しい。地上を歩いているのはほとんどが魔法の使えない者か魔力の弱い者だ。魔術師たちは空を舞う。

 この時代でも、魔力の高い者は重宝された。魔術にも限界はあるが、万能であったから。特に先代カイ王や先々代のルイ王の治世のお陰で、魔術は他国よりも進歩していた。命を扱う魔術は、どこよりも優れる。



   ***



 リョウオウのとある建物の屋上に、少女はひとりでいた。冷たい秋空の下、魔術で造られた建物の床に寝転び、街で綺麗になど見えない空を見上げている。

 その少女は、十五歳ぐらいに見えた。黒い髪に茶色い瞳に、どことなく暗い色の衣服を身に纏った彼女は、派手とは言えない。明るい瞳で綺麗な色をしているのに、どこか憂いを含んでいて、深い。茶色の膝まである長いジャケットに白いシャツ。青いネクタイまで、何から何まで異国の出で立ちだ。ざあと風が流れると、風が中途半端な長さの髪を揺らす。

 この少女は誰も来ない、この屋上が好きだった。誰もここなら文句を言われなくて済む。それに少女は高いところが好きだった。今もひとり、目を閉じて風を感じている。


 しん、とした空気を破ったのは、ひとりの少年の声だった。

「ハルカー!ハルカ!!いるんだろー?」

「トーヤ。また仕事なの?」

 トーヤと呼ばれた少年は、ハルカよりも少し幼い。褐色に焼けた肌。着ている仕事着に、学校から帰って職人である父を手伝っていたところだろうかと、ハルカは見当をたてた。 屋上へと繋がった、鉄でできた冷たくて大きな扉のそばに立っていたトーヤは呟いている。

「またってなんだ!ハルカの仕事って珍しいし腕いいから忙しいんだ!

 そんなことより今日はアズキん家のおばあちゃんが大変なんだ!」

 トーヤが青い色の仕事着の袖を直して、怒りながらこっちへ歩み寄る。

「アズキの……?」

 ハルカの柔らかな表情が急に硬くなり、茶色い瞳がきつい色を帯びる。途端、ハルカが屋上の金網へと走り出した。

「アズキの家だよね?」

「あぁ、そうだよ!」

 フェンスを飛び越えて、空高く飛び上がったハルカをトーヤは見送る。肩まである黒髪が風になびく。そのままハルカがだんだんと小さくなるのを見つめていたトーヤは、小さく呟いた。

「俺だって心配なんだから連れていけよ……。呼びに来たのは俺なんだしさ……。」

 トーヤも階段を駆け降り、アズキの家へ急いだ。

 ハルカはその頭上高くを軽々飛ぶ。小さな頃から飛ぶことが大好きだった。飛ぶのは得意だから、速さは誰にも負けないと自負する。

 空からは町並みがよく見える。王が代わってから、町が変わった。

 冷たくなった。

 寂しくなった。

 昔の町の面影は、ない。

 ハルカは、たくさんの町や村を見てきた。街は変わっていった。豊かさも温かさも変わった。たくさんの規律で縛られた、見かけは昔と同じ平和な国。魔術でたくさんの人と戦争をして、豊かな土地を手にいれた。しかしどれだけ頑張っても、平穏は国民にはやってこない。戦争と親しい人の死が国民には与えられる。

 小さな頃からハルカは旅をしている。旅先で出会った年上の男の子が、戦争に駆り出され、帰らぬ人となったこと。同じように旅をしていて魔術が得意な器用な女の子は、首狩りに力をを利用しようと追われていたことも、あった。

 ──すべて、今の王になってから。


 ハルカはアズキの家を見つけると魔術を使い飛び降りる。

 木造の大きな二階建ての家をハルカが見上げれば、不意に強い風が吹いた。意を決して家の戸を開いた。いつもは簡単に開く軽い扉が、心なしか重かった。

「ハルカ!おばあちゃんがっ……」

 涙で濡れた顔で飛び出してきたのは、ハルカと同じくらいの年の少女。平民だが、綺麗な身なりをしている。肩まであるふわりとした茶髪に大人しそうな顔立ちをしていて、ワンピースを着ている。

「トーヤから聞いたよ。おばあちゃんがどうしたの?」

 ハルカは逸る気持ちを抑えてゆっくりと尋ねた。

「おばあちゃんが倒れちゃった……どうしよう!ハルカ……!」

 アズキが涙をこぼしながら訴えてくる。

 いつも必ず助けると心に決めている。自分に助けを求めている人たちを助けたいという心で。

「必ず、助けるから。」

 頭より先に、身体が動いていた。アズキの祖母の部屋へ向かう。家の中は知っている。廊下から続いていた部屋の扉を開ける。

 冷たい床に布団がひかれ、それに、誰かがうずくまっていた。たっ、と駆け寄る。

「サラ婆!!」

 顔が青白いし、苦しそうな顔をしている。そうっと口元に手をかざす。息をしていないと、ハルカの顔が青ざめる。胸に耳を寄せる。そっと頭へ触れる。

「うん、大丈夫。いけるわ。」 死者の蘇生は魔術上無理でも、生者の回復はハルカの十八番だ。

「ハルカ……!!」

 いつ追い付いたのか、ハルカの隣でアズキが不安そうにこちらを見ていた。

「アズキ。大丈夫。必ず助ける。心配しないで。」

 ハルカはアズキに言葉をかけると同時に瞳や掌が青色の光を発し始めた。アズキは彼女の変化に、部屋の縁へと後ずさる。アズキの後ろから足音がした。

「サラ婆ちゃんは?」

 トーヤが強張った顔で尋ねる。トーヤの方からアズキはハルカと祖母のいる部屋へと視線をうつす。

「ハルカが今、治してくれてるの。」

 トーヤもアズキの隣から部屋の中を覗きこんだ。

「あの目が青いの、……ハルカ?」

 アズキとトーヤはこのハルカを見たことがなかった。ハルカが見せようとしなかったから。見たいと頼んでも付いて来させてくれなかった。

 魔術のせいだろう。瞳が青く、真剣な彼女。いつもの憂いを秘めた面持ちではない。初めて見る魔術師としての彼女は、いつものふわりとしているハルカでは無かった。

 ハルカの手は忙しく動いているのにサラの表情は全く変わらない。やっぱり、ハルカでも駄目なのかと、そう思ったその時。

「ぅ……ん、」

 瞼が震え奥から薄い赤の瞳が覗いて、小さな嗄れた声がした。

「おばあちゃん!!」

 アズキは驚きと嬉しさに叫んで、布団に寝ている祖母のもとへ駆け出す。トーヤもアズキに続く。

「アズキ。サラ婆ちゃんはまだ動いてはいけないけど、もう大丈夫だよ。」

 まだ瞳の青いハルカが最後の魔術をかけながらアズキに言った。

「おばあちゃん!!おばあちゃん!!」

 布団のそばまで来たアズキは涙を頬に伝わせながらサラを呼ぶ。トーヤは後ろから不安そうに覗きこむ。

「……アズキかい?」

 まだ意識の朦朧としている中、サラは孫の声に反応する。

「おばあちゃん、大丈夫?」

「あぁ、大丈夫だよ。この子に助けて貰ったから……。

 それより、ハルカちゃん、お前さん……。」

 サラがハルカを見上げたその目に映る動揺に、心当たりのないハルカは怪訝な顔をした。

「──わたしゃ、魔力で人の記憶を覗けるんじゃぞ?」

 サラが嗄れた声でハルカに告げた。

「──え、うそ。」

 ハルカが目を見開き、口元を覆った。隣にいるトーヤとアズキの二人はサラとハルカの間に漂う空気に、何も言えず顔を見合わせた。

「大丈夫じゃ。最後まで見たから、心配するな。

 誰にも言わぬよ。」

 未だに青い瞳のハルカにサラは温かく微笑んだ。

「サラばあちゃん、ありがとう……。」

 ハルカはほっとしたようにサラに笑った。気まずくなったトーヤがカーテンを開いた。途端に窓から光が差してくる。

「眩しいっ……。」

 アズキは声をあげた。それから改めてハルカの方に向き直った。

「ハルカ、ありがとう。」

「ううん、どうってことないよ。サラ婆ちゃんが無事で、良かった。」

 サラの茶色の眼を見て嬉しそうに微笑む。そんなハルカの黒髪が、アズキには光の加減でそれは綺麗な銀色に見えた。



   ***



 アズキがハルカに何と言っても祖母サラが見たであろうものの話をしてくれなかった。

 サラは、孫のアズキから見ても不思議な人だった。月に数回は居なくなるし、彼女より幾回りも年下の屈強な若者に指示を出している姿を一度見てしまったこともある。ある方面で敬われているらしい扱われ方に、底知れなさを覚えた。けれどアズキたち孫の前では屈託なく笑うから、それも良いかとその光景は心の内に秘めている。

 それに彼女は自分のことを語ることをさほど好まないから、孫のアズキすらサラがどんな力の持ち主か、分かっていない。

 人の過去を魔力で覗ける、なんて初耳だ。

 ハルカの何を見たら、ハルカがあんなに動揺し、祖母があんなに申し訳なさそうに伺いを立てねばならないのだろうか。


 私はハルカを知らないと、アズキはまざまざと思い知る。

 魔術の才があって、旅人で──あとは、と探せど見つからない。その魔術さえ人を救う以外で人に魔術をかけたくはないと、滅多なことがない限り人前で見せてくれない。

 大体ハルカも自分を語らない性質だから、今一番の親友のことはほとんど知らない。こんなときだから、いつも考えないようにしていた思考に辿り着く。

 ──ハルカはどこから来たんだろう、と。


 ハルカは二月ほど前、この町にふらりと現れた。並外れた医療魔術の技術ですぐに有名になった。

 アズキやトーヤは、そんなハルカに巻き込まれたうちの一人だった。

 ハルカは他の人たちとは少し、違った。どこか憂いを帯びた雰囲気。漆黒の肩まである綺麗な髪も、平民なのにどこか高貴な印象を与える。

 それでも、あたたかくて優しい人だと、アズキは信じている。もしも今のハルカが偽りの彼女だとしても、今知るハルカが、アズキにとってのハルカだ。

「……アズキ、」

 後ろから心地よいあたたかな声がした。

「ハルカ。」

 自分にはない強さを秘めたハルカの隣は楽しく、あたたかかった。

 ──きっと私は、いつかこの関係が崩れるなんて思いたくないだけだ。

 なんとなく、アズキは漠然とした考えに至った。


   ***



 翌日、アズキとトーヤ、ハルカは商店街へ買い物へ出かけた。まだ安静にしていなければならないサラへのお見舞いや、夕食の野菜などのお使いである。

 トーヤとアズキは昔から家や年が近く、仲が良かった。今はそこにハルカを入れて、三人でいる。急に来たハルカだけども、何かふたりを惹き付ける何かがあった。

 買い物の途中、ふとアズキは隣を歩くハルカに尋ねる。

「ハルカって、いつから旅をしているの?」

 なんとなく、本当に適当に選んだ会話を繋げるためだけの話題。けれどほんの一瞬だけ、問われたハルカの瞳が揺れた。歩く足を止めずにすぐにアズキに視線が戻る。

「あたしの親が亡くなった八歳から。」

 なんの気負いもなく、ハルカの口から零れ落ちたそんな言葉にアズキは次の言葉を躊躇った。

「じゃあ、こんな子供一人じゃ住みにくい世の中で、ずっと魔法の医者をしてるの?」

「……そう。けれど、医者とは限らないよ。色んな事があったけど、もうずっと一人で旅してるかな。」

 ハルカは何かを懐かしむように遠くを見て微笑んだ。医者でない仕事もそつなくこなす、なんて意味を意図した訳では無い筈だが、アズキはハルカの才を感じとる。

「ハルカって昔は、旅をする前は何をしてたの?」 トーヤが遠くを見つるハルカに尋ねた。尋ねてからアズキとふたり、顔を見合わせてはっとした。

「トーヤっ……。」

「聞きたい?」


 トーヤをアズキが咎めるが、ハルカは気にしていないようで。ハルカが立ち止まり、アズキを見つめる。ハルカの黒い髪が風になびく。彼女が茶色い瞳でアズキを見つめる。風がざわざわと木々を揺らす。

「俺、ハルカの昔の話聞きたい!」

 沈黙に耐えられずトーヤがわざと大きな声で言う。

 数十秒の、沈黙。トーヤがまた耐えられなくなった頃、アズキが決意を秘めた目でハルカを見た。

「アズキ?」

 小さくハルカが呟く。ごくりと唾を飲み込み、アズキがハルカを見つめて言った。

「……ハルカ。私も聞かせてもらっても、いい?昔のハルカが、知りたい。」


 ハルカが瞳をゆっくりと伏せて、アズキやトーヤの住む村へと歩き出す。ハルカは、二人を振り返ろうともしない。

「ハルカ……?」

「あたしね、昔はお城にいたんだ。」

 アズキの声に被さるように、ハルカが昔を紡ぎ出す。

「「…え?」」

 ハルカに追いつこうと走り出したアズキとトーヤは、思わず足を止めてしまった。

「本当に昔の話。八歳まであそこに、召使いとしていたの。王族の人達には、毎日会っていたわ。」

 やっと、ハルカが二人の方へ振り向く。茶色な瞳がきつい光をたたえてこちらを見ていた。人ごみの中に三人を置き去りにして、人々は、時間は過ぎ去る。

 まるで、時間が彼らにだけないようで。いつもは耳障りなまわりの喧騒なんて二人の耳には届くはずもなく。

「……あたしは、昔王族に仕えてたの。」

「うそ……。」

 でも、思い当たる節はいくつかあった。平民の旅人で、薄汚れている生活をしているのにどこか上品で、丁寧だった。身分に似合わない高貴な雰囲気。それはきっと、ハルカの育ち方。

 木々がざわざわと揺れる。風の木の葉擦れの音がやけに耳についた。

 ハルカがアズキとトーヤの前をすたすたと歩く。決して追い付けない距離ではない。なのに、ハルカとの二メートル分離れて歩く、この距離が、果てしなく遠く感じた。

 ハルカの風にはためく茶色いコートを見つめながら、無言で歩く。

「そっか……。」

 ふ、とハルカが歩みを止めて、振り返った。ハルカを上手く見れないアズキも視線をゆらしながら、ハルカにやっと返事した。

「ごめんね。ハルカ…」

 アズキは、少し、ハルカの茶色い瞳が大きくなったように見えた。

「いいよ。分からない事は聞きたくなるから。気にしてないって言ったら嘘になるけど、構わないよ。言わなかった、あたしの責任でもあるんだから。」

 そう言う彼女は、瞳を伏せて、小さく笑った。悲しそうで切ない顔を見ていたトーヤは、なんとも言えない気分になって、ただ沈黙を埋めたくて、言葉を紡いだ。

「ありがとう、ハルカ。」

 するとハルカは少し明るい声で、続けた。

「ほかに聞きたいことある?」

無理に明るく笑って見せるハルカ。こちらを見ては笑ってくれない。ハルカの瞳とアズキの瞳とは、なかなか合わない。じわりじわりとアズキの胸の内に広がる後悔を噛み締め始めたその時、トーヤがふと聞いた。

「じゃあ、あの前の国王のカイ様にはお会いしたことあるの…?」

 目を丸くさせて、ハルカは答えた。

「うん。毎日お会いしていたわ。長い銀髪がとても綺麗な方で、優しい瞳をしておられた。……とても尊敬していたわ……。」

 心なしか、王宮の喋りになっている友達の背中はアズキにとって、彼女がいつもより遠く見えた瞬間だった。

「でも、王様はあの裏切り者の実の娘に殺されたんでしょ?」

 トーヤが口を尖らせて言った。

「……そうらしいね。娘に殺された父親って、寂しいね。」

そんなトーヤに対して、ハルカは瞳を伏せて、小さく答えた。

「あのナナセっていう王女、相当ワガママだったんだって聞いたけど、ほんと?

 王様を殺したのも、闇の魔術に手を出して、悪魔に魂を売り渡してしまって狂ったっていう話だけど……?殺人者のあの王女、そんな人だったの?」

 どこから聞いてきたのだろうか、噂話がトーヤの口から出てくる。まるで、噂話に目がない女性のように。

「トーヤ!!」

 そこまで王族を悪く言うのは駄目だと思ったのか、ハルカの身の上を聞くのは悪いと思ったのか。迷ったままの顔つきでアズキがトーヤを咎める。

 アズキが気を遣ってくれていることも知りつつ、ハルカはそのままトーヤに答えを返す。

「そうだなぁ。王女は我儘でいつも部屋を抜け出していたわ。けれど闇の魔術に手を出した話は知らないわ。今、多分あたしと同じ年じゃないかしら。」

「ふぅん……。」

 王女の話をするハルカが、どこか寂しそうに、哀しそうに見えたのは、アズキだけ。そんなアズキの視線に気づいてか、悲しそうな表情をするハルカはアズキに小さく大丈夫、と答えた。何も知らないトーヤはまだ話を続ける。

「早く捕まるといいよな。そしたらハルカも心配しないで旅が出来るのにな。」

「……ほんとうだね……さぁ、トーヤ帰ろうか。ほらアズキ……あれ、アズキは?」

 ナナセが後ろを振り返ると、アズキが消えていた。辺りを見回すと、人混みの向こうの小さな店にアズキらしき明るい茶髪がいて安心する。しばらく待つと、小さな包みを握って戻ってきた。

 何をしていたのと二人が聞く前に、アズキが口を開いた。

「ハルカに聞きたいことがあるの。ここにいるのは、ハルカにとって長い方?」

 唐突すぎて目を見張ったが、笑わなかったのはアズキの目が真剣だったから。

「……うん。」

「いつか、出ていくの?」

 アズキの問いには、ハルカは申し訳なさそうに目を伏せた。

「うん。」

 声に反した意志の強い声音に、自分だけこの出会いを大事に思っているみたいで悔しくなって、突き放すみたいに包みを押し付けた。

「──あげる。」

 アズキに押し付けられた包み紙を開くと、小さな首飾りが滑り出てきた。青い石が鎖で繋がれているそれは安物だけれど、きっと値は張るだろうに。

「ハルカが昔そんな世界の人で、私たちとは違っていても、私はハルカが大好きだよ。

 いつかどこかへ行っても、私はハルカの味方だよ。だから私達のこと、忘れないで。」

 その声は右耳から入って左耳に抜けていくみたいで、ハルカはただ掌に乗る小さな飾り物を見ていた。トーヤが覗き込んで、小さな感嘆の声を漏らした。

 どうして、ばかりが頭のなかで回り、顔を上げるとアズキに言葉を先読みされた。

「どうしてって?

 短い間の付き合いだけど、私にとっては大事なんだもん。いつかどこかへ行っても、私はハルカの味方で、大事に思っているって、言うなら今だと思ったの。」

 悔しくて、捲し立てるみたいに言葉を投げた。

 言葉が返って来なくて、悔しくて顔をあげたアズキは、思いがけなく泣き笑いの寸前の彼女に絶句する。何が彼女の心に届いたのかは、分からない。ただ、悪いことはアズキ自身言ってはいないと思っている。

 薄い涙の膜が張った瞳で、ハルカが笑った。

 ありがとう、忘れないと、笑った。



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