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空色の瞳にキスを。  作者: 酒井架奈
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17.獲物と狩人

 トキワが部屋の中で見たのは、ほんの少しの銀の煌めきだった。その優しい光は、魔術を使わなくとも誰でも捉えられただろう。

 暗闇の中で微かな銀の光を放つ、そんな息が詰まるほどの神秘さに、一瞬トキワは立ち止まった。

 ここに王女がいると、王女の護衛役の彼らの振る舞いでトキワは分かっていた。きっとあの銀は自分達が狙うナナセ王女の放つ銀だ。それでもトキワは素直に感動を覚えた。自分達の獲物であってもそれは変わらない。素直に美しいと思った。

「待て……!」

 しかし後ろから聞こえる一人分の足音が、見惚れる時間を与えない。黒髪の狩人の足音が生んだ焦りを胸のうちに抱えて、扉のある場所の向かいの門にいる銀まで走った。

 ぼんやりと光を放っていたのは、やはり狙いの王女の銀髪。部屋の隅にうずくまるように膝を抱えた王女はおだやかな表情で寝息をたてていた。

「トキワ!」

 俊足の彼に追い付かれる前に銀の王女を人質にと、狩人は少女に手を伸ばした。

 トキワの手がナナセの肩にわずかに触れたその瞬間、少女の姿はぐにゃりと歪んで、何本もの銀の光の束となり、抵抗する間も与えずにトキワを包み込む。銀の束は瞬間にその場を中心として、銀の触手が彼の身動きを封じ込めた。

 その魔術は罠としては柔らかすぎて、トキワが罠と気付いたときにはもう遅い。狩人の手を、足を、身体中を、銀の柔らかく強い銀の光を溜め込んだ触手が包み込んでいた。

 この魔術にはまるで殺意がない。ただ囲われ自由の利かない己の身で沸々と沸く怒りに、トキワはぎりりと、歯を軋ませた。

 そこまで時間にすればほんの一瞬のその出来事。その一部始終を、部屋の入り口で黒猫は見てしまった。トキワを見つめルグィンは呆然と立ち竦む。一瞬の出来事に、言葉が出なかった。

 眠らせていたはずの彼女がいなくて、彼女のものらしき魔術がトキワを捉えて。ナナセは、どこに行ったのか。

 制御出来ない感情が押し寄せてきて、黙っていると、違う場所から足音が聞こえた。

「……ごめんね。」

 柔らかな切ない声が、足音と共にルグィンの鼓膜に届いた。声のした方には、そこに探した王女の姿があった。

 銀の髪は相変わらず闇の中でも微かな光を放っている。偽物の銀髪よりも、もっと神秘に満ちている。伏せられた瞳をあげれば、闇にその青が鮮やかに映った。

「あたしは毒の効き目は続かないの。」

 ゆっくりと、部屋の隅で縛られているトキワへと歩み寄る。誰もが声を失った空間に、ナナセの靴の音が響く。トキワの睨みには逃れることなく、歩みを止めずに真っ直ぐに視線を返す。彼女の静かな声はどこか悲しげだと、ルグィンは少し切なくなった。

「あたし、そんなにやわじゃないんだよ?」

 彼女はサシガネとルグィンに向かって小さく笑った。

 トキワの目の前まで来たナナセは、魔力によって淡く光る空色の瞳を彼に向けたまま動かない。何をするでもなく、棒立ちで悲しそうな狩人で彼を見下ろす。

「ナ、ナセ。」

 その姿を扉口で見ていたルグィンは、ひどく乾いた重たい口を開いて、掠れた声を零した。その声にナナセは振り返る。

「スズランは、今危ないよね。」

 さっき音が聞こえたの、と付け足してルグィンを固い表情のまま見据えた。

「そう。今は……」

 どたどた、と大人一人分の慌てた足音が部屋に入ってきた。勿論サシガネだ。

「ナナセちゃん!」

 表向きの仮面を被ったサシガネが、焦った様子でナナセに呼び掛ける。

「サシガネさん。」

 ルグィンの後ろに出てきたもうひとりに少し瞳を丸くして、でも静かに名を返した。沈黙に痺れを切らしたのは闇に溶けた金髪の狩人だった。

「なぁ、俺らと行こう?

 トキワを放して、俺らと逃げよう?」

「なに言ってる。騙していたのは……」

「おなじでしょ?」

 サシガネが流し目で微笑んだ。なんだかそれは勝ち誇った笑みみたいで、ルグィンは頭に来るがやっぱり言い返せなかった。騙して眠らせたのは自分の仲間だから。

「ね、ナナセちゃん。」

 ナナセは呼び掛けてくるサシガネを見つめたまま、何も言わない。夜の闇に淡く光るナナセの瞳に、サシガネはすべて見透かされたような気分に陥る。それでも、ナナセを手に入れようと誘う。

「なぁ、来いよ。ナナセちゃんを騙して眠らせたそんな改造人間じゃなくてさ、俺らのところへ、来いよ。『友達』を売ったりなんかしないからさ、三人で旅でもしようか。」

 ルグィンの胸を右手でどんと黒猫を押し退けて前に出る。

 どこかさっきまでの本性が隠しきれない、そんな笑顔でサシガネが笑って手を差し伸べた。

「な?」

 自分に向けて差し伸べられた手を彼女は数秒見つめていた。そして瞳を上げてサシガネの奥にいる黒猫を見て、銀の少女はゆっくりと口を開いた。

「約束したの。ルグィンと、一緒に行くって。」

 柔くナナセが笑った。

「それにサシガネさんたち──久しぶり、なんだもの。あの時もあたしを殺しに来たじゃない。」

 彼女にしては冷ややかな声音に、サシガネはおおげさにため息をついた。

「なーんだ。」

 サシガネの馬鹿にしたような冷笑が、ナナセにも見えた。金髪の狩人は偽物の自分をどんどんと捨てていく。その変貌にナナセは動揺しないように振る舞う。

 本当は裏切られたと泣きたい。けれども気持ちを押さえ続けてナナセは笑う。今までもずっとそうしてきたのだ。心に蓋をすることが悲しいことだと、今はやっと分かってきた。

「だからごめんね、捕まってあげられないんだ。」

「そうか。じゃあ、俺がお前を捕まえる。」

 飛び出したサシガネをルグィンは止めようと足を踏み出そうとした。瞬間、ナナセがこちらを見て、かぶりを振った。ルグィンが足を止めるとナナセはサシガネに向かって右手を差し出した。

 一瞬瞳を閉じて、また開いた。

 ──伏せた時より、今。今より、数瞬後と青い瞳がぐんと冴え渡る。

 サシガネが剣を引いて、振りかぶったその時。

「ローレライ。」

 ナナセの薄い唇が、ゆっくり動いた。

 床と平行に差し出された手の前に彼女の呟きに似た呪文を切っ掛けに魔力の塊が出現した。星のように煌めく青銀のそれは、一瞬のうちにサシガネを飲み込んでいく。大きく広がった銀の触手は、触手と言うよりも、海の流れのようで。渦の中にサシガネが巻き込まれていく。ぱくん、と飲み込まれたサシガネは、身動きをとれなくなった。優しい光にがんじがらめに遭っている。

 魔術は違っても、二人とも痛め付けないのは同じだ。彼女の底無しの魔力にも驚きつつ、巻き込まれないようにルグィンは数歩後ろに下がった。

 ごとん、とサシガネの膝が床についた。サシガネをトキワの隣に同じように転がして、彼女はゆっくりとふたりへ歩み寄る。

「ねぇ、あたし、サシガネさんの明るさとトキワさんの優しさ……大好きだったよ。」

 儚げに笑ったその顔は、狩人ふたりにもよく見えた。

「……おやすみ。」

 そう一言呟くと、サシガネとトキワの瞼が下がっていく。抵抗する暇もなく彼らは眠りへと落ちていった。

 ふたりの上に手を翳して唇を動かすナナセの足元に一粒、滴が落ちた。

「……ナナセ。」

「うん。」

 その声にすぐにナナセは涙を弾いて隣の部屋へと駆けた。

 すぐにスズランへ治癒の魔術を掛ける。月明かりのない夜の闇に、魔術を使い輝く空色の瞳がいやに映えた。スズランのざっくりと斬られた傷の上に手を翳して、彼女は必死に呪文を唱える。

 二人に裏切られたかも知れないけど、薬を盛られたということはそういうことかも知れないけど。たった一ヶ月の関わりで、ナナセにとってこの二人は堪らなく大切な存在へと変わっていた。

 隣でスズランを心配そうに見詰める黒猫の少年も、青い顔で血まみれで横たわっている獅子の少女も、欠けて欲しくないと銀の少女は願う。

 ──いなくなって欲しくない。

 そんな切ない想いが、空色の瞳から涙となって溢れ出て、泣きながらスズランに手を翳した。起きて、起きてと願っている。もうナナセにとって彼女は大事なのだ。

「……う……。」

 気を失っていた彼女が微かに呻いた時、堪らなく嬉しくて、また泣いた。

 全ての傷を塞ぎ終えて、スズランの意識も大分戻ってきた頃には、涙は幾分落ち着いてはいた。

「ナナセ……?」

 これまで何も言わずに治癒の魔術を受けていたスズランが、初めて口を開いた。

「なに?」

「ありがとう。」

 金に近い茶の瞳がナナセを真っ直ぐに見つめている。スズランのその台詞に、淡い青の瞳が、ルグィンが持って来てくれたそばにあるランプの光を受けて揺らめいた。

「助けられて、良かった……。」

 堪えきれなくて遂に零れた滴は、スズランの頬に落ちた。泣いて自分の命を喜んでくれる彼女に、獅子の少女は詫びる。

「信頼を、裏切っちゃってごめんね……。」

 その言葉に、ナナセの瞳が大きく開かれる。驚きとも悲しみとも取れるようなそんな顔の頭上の少女を見上げながら、またスズランは言葉を紡ぐ。

「あの人たちに貴女が裏切られる姿を見たくなくて、私の勝手で、貴女の決意、踏みにじっちゃったわ……。」

 そこでふぅ、と息を吐く。まだ辛い様子だが、獅子の少女は続ける。

「ごめんね、貴女を守りたいと、私が勝手に思ったの。

 傷付いて欲しくなかったの。」

 そう言って申し訳なさそうに目を瞑った彼女に、銀色の少女は話し出す。

「あたし、二人が隣にいてくれるだけでいいんだよ?

傷付いたって、隣にいてくれる人がいたら……傷付いても、いいよ?」

 隣にいてくれるなら、避けられない傷だって、治るだろうとナナセは思う。

「それなら……我が儘言っていいのなら、守ってもらうんじゃなくって、二人に一緒に戦って欲しかった……。」

 切ないだけだった彼女の声は涙が混じり始める。

「スズランは、あたしの味方で、いてくれるんでしょう?」

 その問いに、獅子の少女は寝転んだまま真剣な顔で頷いた。

「ええ。」

「……いまは、それだけでいいよ。」

 涙がまだ乾かない顔で、ナナセは精一杯笑って見せる。その切ない笑顔に、獅子の瞳からも一筋涙が伝って床に落ちた。

 それきり黙って、ナナセはまたスズランに(まじな)いを唱えた。ナナセの底無しの魔力は、もうほとんどここに来る前と変わらないくらいに回復していた。

「ねぇ、もう夜が明けるわ。」

 窓際に立って遠くの方を山と空の境目を見詰めるスズラン。もともと厳しい環境で生きてきて慣れているのもあるのか、彼女は危なげではあっても平然と立ち歩いていた。

「……うん。」

 流石に気力を使い果たしたらしく、ナナセは壁に寄りかかり瞳を閉じている。

「貴女たちは出発しなさい。

 今日の朝と、決めたでしょう?」

 スズランの声は凛と響く。

「スズラン!」

 ぱっと顔をあげれば有無を言わせぬ獅子の少女のその瞳。その顔に、なにも言えなくてナナセが困っていると、スズランが柔らかく笑んだ。

「私は大丈夫。……ねぇナナセ。私がどこの家の娘か知っている?」

 その瞬間、幼い記憶の中から彼女の姓が浮き上がる。

 確か、そんなに裕福ではなかったはずだけれど、確かに貴族の名。タチカワ家は、カイの政治を支援していた家だった。

「タチカワはね、カイ前国王支持派だったの。

 家の中で一番武術に秀でた私は見せしめにこうなったんだけど。」

 そうやって彼女の左手が触れるのは、今はもうナナセにとっては当たり前となった金色の綺麗な獅子の耳。

「一応、私お嬢様なの。助けてくれるあてはあるわ。」

 にい、とスズランの唇が笑みを形作る。

「でも、見せしめってことは…。」

「そう。今は規模が小さくなってるわ。でも私もこの世界に精通してるし、お父様も強い方だから、国だって無視できないの。そんなもので潰されるタチカワでも、私でもないもの。」

 ナナセが見知った彼女の強気な笑顔を、夜明けの淡い光が優しく包む。そんなスズランの姿にひとまずナナセは落ち着いた。

「ここには仲間は……?」

「ルグィンと貴女以外には、本当の仲間は二人ね。私の妹が、ふたり。」

 スズランはそう言うと、ブーツの爪先でリズムをつけて五回床を蹴った。

 すると獅子の少女にそっくりな双子が壁をすり抜けて現れた。魔術を使う人間ならこんな能力はあってもおかしくないのに、現れ方に大分ナナセは驚いた。

 ストン、と堅い床にブーツの軽い音を鳴らしてナナセとスズランの間に降り立つ。裾の長い使用人の服をまとった双子の少女だった。スズランよりも三つほど年下だろうか。スズランによく似た金の髪をしている。双子は瞳の色が違うだけで、あとは何も変わらない見目をしている。

 銀の瞳の少女が口を開く。

「何よ、お姉さま。早朝から呼び出さないでくれないかしら。」

 金の瞳の片割れが続ける。

「銀の御髪……ナナセ様ですか?初にお目にかかります。わたくしはロロ。こちらが妹ララです。」

 にこ、と笑い、頭を下げるその姿ががスズランにそっくりだ。

「ナナセ王女様。お姉さまは責任もって預からせていただきますよ。」

 ふざけてお辞儀した銀の瞳のララは、スズランに頭を叩かれた。

「私達はタチカワの文に秀でた者。また、私達の力は偵察にもってこいなんです。影で支えることしかできませんが、お姉様はしっかり支えますわ。」

 金の瞳のロロは二人を無視して続ける。

「だから、貴女方はお行きください。」

 そう言ったロロの瞳は、色は違えど姉によく似た意思の強い瞳をしていた。スズランの隣で、二人は並んで真っ直ぐにナナセを見つめるララの瞳も同じだ。

 迷いがまだ胸にくすぶるナナセは、その瞳を直視できない。双子が黙ると、獅子の少女が話し出す。

「サシガネたちの話によると、彼女たちは囚われているようね。助け出せたら、戻っておいで。帰っておいで。」

 ナナセの頬がスズランの両手に包まれる。ひやりとした感触が、優しくナナセの心の隙間に入ってくる。

「……待ってるわ。」

 獅子の彼女は、ひどく暖かい笑顔と共にそう言った。私は心配いらないよ、と続けてこつんと額をくっ付けられる。

 ナナセはスズランがちゃんと回復するまでここにいたいと願う気持ちと、早くアズキとトーヤを助けに行きたいと願う気持ちが心のなかで葛藤を繰り広げて、動けない。

 それでも手を握る温かさと、明るい茶の瞳の強い光が、銀髪の少女に決意を固めさせる。

「うん。」

 掠れた小さな答えを溢して、ぎゅ、と固く目を瞑り、彼女はもう一度スズランに澄んだ瞳を向ける。

「分かった。早く助けにいく。……ここに、また帰ってくるね。」

 澄んだ空色の瞳は、もう揺れない。

 ルグィンが外を見れば、綺麗な朝日が輝く空に白い月がぽっかりと浮かんでいた。


   ***


 朝日に輝く屋敷の屋上に、三人の姿があった。

「じゃあ、行くね。」

 ナナセは小さな鞄を肩から下げた。スズランには背を向けていて彼女の表情は見えないが、これから旅立つ少女の背中は心なしか広く感じた。屋上の隅へと歩みを進める少女と隣を歩く少年の服が北風に吹かれてふわりと揺れる。

 彼らの衣装はいつも身に纏っていた服とは違い、分厚い生地で作られた戦い易いように、また紛れやすいように軍の制服に近い構造の衣装だった。アズキ達を助ける為にと、スズランが贈ったものだった。

「また、帰ってくるからね。」

 屋上の柵を目指す歩みを止めて、スズランを振り返った彼女が言う。いつもの笑顔の中に微かに泣きそうな色が滲んでいたのを、獅子の少女は見落とさなかった。

 きっと、彼女は自分を置いていくことに後ろめたさを感じている、と獅子の少女は思う。けれど優先するものが、順位があることを知っているから、進もうとしてるんだ、とも思う。

 そんな複雑な表情を見てか、ナナセは困ったような顔で、もう一言彼女は言葉を紡ぐ。

「待ってて。」

 そう言って弧を描いた彼女の唇と、強い光を宿した淡いスカイブルーの瞳が、送り出すスズランを強気にさせる。隣に立つそんな銀髪の王女を見て黒猫も、鋭い金の瞳の中に優しい光を宿す。

「ねぇ、ルグィン、彼女を守ってやってよね。」

 ふわりとなびいた帽子の下から覗いた瞳は微かに笑っていた。

「……当然。」

「言わなくても貴方は守るわね。」

 そう言ってクスリと笑うスズランを見て、ナナセが怪訝な顔でルグィンに尋ねる。

「……どうしてあたしを守ってくれるの?あたしを守っても損ば…」

 言い切らないうちに、黒猫がナナセの額をはたいて小さく笑った。

「……なんでもだ。」

 言葉の真意は分からないままだが、自分を見下ろす微笑に銀の少女は言葉を失い何も言えない。言葉に詰まったナナセがルグィンを見つめていると、視線に耐えきれなかった彼は遠くの空に視線をやる。

「さあ、行くか。」

「あ、待って。」

 話を切り上げようとしたルグィンは、彼女の答えが予想外で振り向いた。

 一瞬だけ合った空色の瞳は、伏せられる。そして風が吹いたように、俯いた彼女の銀髪がふわりと浮いた。目を閉じた彼女の銀は二人が見ている前で色を変えてゆく。毛先から黒く染まり、白銀が闇色に侵食されていく。銀色の髪全てが漆黒の色に包まれたとき、彼女は目を開けた。

 いつも淡いスカイブルーが覗く瞳の色も、今はもう髪と同じ漆黒。

「この黒髪、ルグィンに似てるでしょう?」

 昔化けた姿なんだけど、と照れ臭そうに笑う、ナナセを見てルグィンが目を見開いて固まる。その反応に、どうしていいか分からなくてナナセも狼狽えた。気まずい沈黙が流れる隙も与えずに、スズランが笑いだした。

「あはは!二人、兄弟みたいよね!」

 二人の反応なんて気にしないように、スズランが笑ってまた口を開いた。

「ナナセ、この姿の偽名は?」

「……えっと、ファイだよ。」

 彼女はふわりと笑う。

「だったら、シュン・ファイよね!」

 そういってまた笑ったスズランに、ナナセも小さく笑う。

「じゃあ、ルグィンはあたしのお兄さんね。」

 そう言ったナナセが黒猫に笑いかけて、彼はまた固まる。ルグィンが助けを求めるように視線を泳がせれば、いたずらっ子のような獅子の少女の視線とぶつかる。

 ぎり、と歯軋りをして、黒髪の少年はまた柵へと歩き出す。

「行くぞ。」

「待って……。怒らないで。」

「別に。」

 小さな怒りの込もった声に、感情の起伏にスズランは口元が緩む。

 屋上の柵に飛び乗り旅立つ二人がもう一度振り返る。黒髪の少女が瞳に強い光を宿して、獅子の少女に向かって強気に笑いかける。

「いってきます。」

 それだけ言うと、二人は空中に飛び上がった。巻き起こった風圧が、スズランの栗色の髪を巻き上げる。遠くなる二人の姿を追うように、声を送る。

「行ってらっしゃい!」

 笑って二人の姿を追う獅子の少女は、晴れやかな顔をしていた。彼女の声を遠くに聞いたナナセとルグィンが、屋敷を振り返れば大きく手を振る彼女が見えて、二人空中で手を振り返した。

 そんな姿が青く高い冬の空に消えてゆくと、スズランは右手を下ろして妹達を呼んだ。

「ロロ、ララ。」

「なぁに、お姉さま。」

 するり、と床から抜け出してきた双子に、姉は驚くことはない。

「狩人をあの部屋へ。」

「また拷問をされるの?」

 金の瞳のロロがうんざりした口調で言う。

「あれはちょっとした情報収集って言うものよ。」

 無邪気な風にクスリと笑った獅子の少女は、いつになく闇の色をしていて。

「スズ姉さまの情報収集は耐え切れた男がいないじゃないの。酷いったらありゃしないわ。準備しておくから、十五分待ってくださいね。」

 そう言うと、銀の瞳のララは床へ沈んでいった。

「お姉さま、あまり首狩りの使用人を増やさないでくださいよ?躾が大変なんですから。」

 ロロはそう言うと妹を追ってするりと床へと消えた。


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