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短編集

蛇に睨まれた蛙の思い

作者: 吉水ガリ

 とある町を見下ろす小高い丘の上、そこに立つ古い洋館にはゴーゴンの親子が住んでいる。頭部に蛇を纏い、その目で見たものを石化させる魔物。かつては町を恐怖に陥れていたこのゴーゴンも、旅の英雄により成敗され、いまや人に危害を加えることをせずに大人しく生活していた。


 ゴーゴンの娘は今日も、窓辺の椅子に腰掛け、物憂げな顔で窓から眼下の町を眺めている。

 そしてひとつため息をついた。

「毎日そうしてるわね」

 母親の声。

 娘は振り返り、部屋の入り口を見た。開いたドアから母親の顔が覗いている。

「ため息ばかりついて……。お悩み?」

 そう言った母親の顔は無表情を装っているが、娘の目にはその裏に隠れている笑みが見えた。面白がっている。

「年頃だからね」

 つっけんどんな言い方で言葉を返す。

 母親は顎に指をあて、過去を思い返すように宙に視線を彷徨わせた。

「そんなに悩んでたかしら?」

「好き放題生きてきた母さんと一緒にしないでよ」

「あら心外」

「英雄に懲らしめられるぐらい男を漁っていれば、悩むこともないでしょうよ」

「やだ。それはそんなに若い時じゃないわよ。あんたも生まれてたし」

 言いながら、部屋の中に入ってくる。

「そんなこと言うってことは、あんたも漁りたいの? 男」

「……下品」

「えー、だってそういう流れじゃないのよ」

「……漁りたいわけじゃないし」

 娘はそっぽを向く。そして小さく呟いた。

「恋したいだけだし」

「恋ねえ……」

 母親また顎に指をあて、

「あんたあたしに似て顔はいいからいけるでしょ」

「鏡見たことないのにわかるの?」

「『わたしキレイ?』って聞いたらみんな頷いてた」

 母親の答えに、娘は沈黙を返した。確かに母親は美しい顔立ちではあるが。

「でもゴーゴンだからね」

 石化の心配がある。

「ガーゴイルとかいるじゃない。心配なし」

「化け物じみててイヤ」

「頭に蛇乗っけて何言ってるんだか」

 母親が笑う。

 娘は窓の外に視線を向けた。

「あんな感じのがいいの?」

 母親は、娘の視線の先に何があるのかを知っていた。

 この窓から見えるのは町の全景であり、その中央にある広場もよく見える。そしてその広場には一体の石像が据え置かれていた。

「一応母親の仇みたいなもののはずなんだけど」

「死んだわけじゃないでしょ」

「でも痛かったし、男漁りもできなくなっちゃったし」

「悪は滅ぶ」

 娘が振り返る。

「相手は、誠実で清潔感のある人がいい」

「『英雄』だからってそうとは限らないでしょ。あんたがいま見てるのは石像だし」

「でもかっこいいし、そう見えるもん」

「いまじゃ大概のおっさんになってると思うけど」

「理想は理想だからいいじゃん。近い人を探すもん」

 そう言って、また窓の外に視線を戻す。

 母親はひとつ息を吐いた。

「まあ頑張りなさい。どうしてもって時はなにか見繕ってあげるから」

 そう言って、部屋を後にした。


 数日後。

 娘はいつもの椅子に腰かけていたが、うなだれ、突っ伏していた。

「なに落ち込んでるの?」

 母親が顔を出す。

「……別に」

「なんか町の方が騒がしいんだけど、何か知ってる?」

「知らない」

「昨日たまたま会った昔の友達の話聞く?」

「聞かない」

「わたしまたきれいになったと思わない?」

「変わらない」

「えー」

 母親は口を尖らせる。

「まだ悩んでるの?」

「…………」

「母さんみたいに盲目の美青年を捕まえられればいいんだけどね」

「お父さん?」

「あとは常に目隠ししておくとか」

「やだよ」

「じゃあ難しいわね」

 母親は愉快そうに笑った。

 娘が顔を上げる。そして口を開こうとしたその時、不意に轟音が響いた。

「――――!」

 二人は揃って同じ方向を向いた。音は扉を開け放ったもの。そして発生源はおそらく玄関。

「なに……?」

「侵入者なんてあの『英雄』以来なんだけど……!」

 母親から瞬時に殺気が放たれる。

 玄関から部屋へ、足音が向かってくる。既に母親は、入口の前に仁王立ちの状態だ。頭の蛇たちも威嚇するように頭をもたげている。

 足音はすぐに部屋の前まで来た。そして入口に人影が躍り出る。

「――不用心ね!」

 母親の頭の蛇たちの目が一斉に光を放つ。ゴーゴンの石化光線は対象を一瞬にして石に変える。

 光りが収束した先、そこには確かに石になった男が立っていた。

 しかし、

「え?」

 その身体は動きを止めていなかった。ゆっくりとした足取りであるが、部屋の中に入ってくる。

 そしてその姿は、母娘ともによく見知った物だった。

『……『英雄』?』

 二人の声が重なる。

 こちらに向かってくるその男は、英雄だった。

 十数年前にこの館に訪れ、母親を破り、その悪行を止めたもの。そしてその姿は、その時のままだった。意志の強く、しかし優しさも持った瞳、精悍な顔、肌も衣服も石になっているが、それは母親が当時目にしたそれだった。

 予想外の来訪者の姿に、戸惑いを隠せずにいる二人の前で、英雄は足を止めた。

 そして、腰に帯びた剣に手をかけることもせず、棒立ちの状態で二人を見据える。その目はまず娘に向き、そして母親に向いた。

「――!」

 母親が身構える。

 対する英雄はおもむろに膝をおった。

 何を仕掛けてくるのかわからない。一度敗れた身である母親は、どんな動きにも対応するべく、神経を集中させる。

 母親の両の目、そして頭部の蛇たちの目から放たれる攻撃的な視線を受けながらも、英雄は表情一つ変えることはない。

 そして、

「娘さんを僕にください!」

 土下座した。

「え?」

「は?」

「結婚を前提にお付き合いさせてください!」

 よく通る、澄んだ声が館内に響いた。

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