三章(3):お前らには感謝しているが、とりあえずこいつ(盗聴器)は潰させてもらう
午後。
一通り遊び回って、休憩していた。
中央広場。簡単に食べれる食い物の店が、多く出ていた。
椅子に一人、座っていた。園村には、アイスを買いに行ってもらっている。
俺が、行くつもりだった。南雲君は休んでて、と言われた。仕方なく、俺のおごりと言うことで、園村に行ってもらうことにした。
楽しかった。想像してた以上に、楽しかった。
やりすぎている、とも思った。
何か、色々とやりすぎている。
友達の、距離感。
あまり、気にしなくなっている。
それを壊すようなことにも、ほとんど抵抗がない。
むしろ、自分から壊そうとしていることが、何度かあった。
ふと気づくと、そうしているのだ。
園村の手を、俺から握った。園村はびっくりした顔もしないで、笑ってくれた。
そんなことの一つ一つが、限りなく、嬉しかった。
だが、冷静に考えると、やっぱり、まずいのだ。
俺と園村が恋人同士になったら、仁達と遊ぶことも少なくなるだろう。
それで二人と疎遠になったりするのは、やっぱり嫌だった。
でも。
「…あいつら、何考えてるんだ?」
仁と、鳥谷。
いた。
クマックと、マックマ。
あれだけしつこく付きまとわれたら、さすがにわかった。
気づいたのは、コースターで、鳥谷が飛んでいった辺り。
入る前から、来るような予感は、なんとなくしていた。元々、仁からもらったチケットなのだ。そこに鳥谷が絡めば、それぐらいのことはするだろうという予想は出来た。
それでも、遠くから俺達を見て、面白がるぐらいだろうと思っていた。
だが、何故か二人は、俺と園村をくっつけようとしてくる。
余計なお世話だとも思ったが、嬉しいという思いも、同時にあった。
二人は多分、俺達のことを認めて、応援してくれてもいる。
それでも、あっさりと、それに乗る気にはなれなかった。
なんかそれだと、二人の思う壺で、悔しいからな。
ほら、好きなものでも、わざわざ食べろとか言われたら、反抗してみたくなるだろ?
多分、今の俺の気持ちは、そんな感じだ。
少し、肌寒くなっていた。アイスは、寒いかもしれない。
空。少しずつ、茜色に染まっている。
もう少しすると、夜のパレードが始まるのだろう。通行コースに、人が集まり始めている。
「南雲君、買って来たよ」
「お、サンキュ」
園村から、アイスを受け取る。スプーンがついていた。すくって、食べてみる。
「ん、美味いな」
ショコラ。少し、苦味の方が強い。
「園村のは、何だ?」
何やら、色とりどりの色のアイスだった。
「うんと。トロピカルリゾートって言うの」
アイスを食べながら、園村が言う。
「? えーと……?」
や、わからん。
とりあえず、南国風なのは伝わったが。
「少し、食べてみてもいいか?」
「え? うん、いいよ」
アイス。スプーンが刺さったままのを、受け取った。
「どれどれ……」
スプーンで少しすくって、口に運ぶ。
「あっ…!?」
口の中で、アイスが溶け、味が広がる。
「んー?」
何か、マンゴーやらレモンやらオレンジやら、その他、色々な果物の味。
それが喧嘩せずに、一つの味として、うまくまとまっている。
「これはこれで、おいしいな」
「う、うん…」
「?」
園村にアイスを返す。
顔が、赤くなっていた。
「どうした、園村?」
「え、ええと。その…」
口ごもる。
何だろう?
「か、間接…」
「!?」
あ。
気づく。
俺、園村の使ったスプーンでアイスを::。
「す、すまんっ」
「い、いいよ。き、気にしてないから」
う。
なんか、それはそれで、少し凹むな。
少しだけ、園村をいじめてみたくなった。
「気に、してないのか?」
悲しそうな声で、言ってみる。
「え、え? ち、違うよ。む、むしろ、嬉しいというか、その…」
何やら、わたふたと焦っている。
「ぷっ。ははは」
そんな様子の園村に、思わず吹き出した。
「あ…」
園村が、何かに気づいたような顔をする。
真っ赤な顔のまま、戸惑った顔が、少し怒った顔になった。
「も、もうっ! 南雲君、からかったでしょ!」
「あ、バレた?」
アイスを一息で食べ、駆け出す。
「あ、逃げたっ!!」
園村も、アイスを持ったまま、追いかけてくる。
「ははは、捕まえてみな!」
頭をキーンとさせながら、そんなことを言ってみる。
「待てー!」
園村も、乗ってくれた。
ベタなやりとりだな、おい。
自分に、突っ込む。
それでも、そんなやり取りに、楽しんでいる俺がいた。
園村も、楽しんでくれているようだった。
暮れゆく空の下、二人して笑いながら、駆けていた。
夜に、なった。
星が、一つ二つ、見えた。
休憩した後も、二人で、思いっきり遊んだ。
たまに、仁や鳥谷とも、きぐるみのまま、一緒に遊んだ。
それでも、友達四人と言うよりは、俺と園村と、仁と鳥谷といった感じだった。
あまり、違和感は無かった。良い雰囲気な俺と園村を、仁達二人がからかって楽しむ。そんなやりとりも、楽しいと思った。
どうしたら、いいのか。
俺は、どうしたいのか。
まだ、迷っていた。
園村と、付き合いたい。
いつの間にか、そちら側に、心が振れている。
横。手を握ったままの、園村。パレードを、見ていた。カラフルな光が揺れていた。その光の中で、マスコット達が手を振っている。手を振るたびに、近くにいた観客が、歓声を挙げて、手を振り返していた。
「あ、南雲君。こっち、見たよ」
園村が、手を振り返す。楽しそうだ。
俺も、園村にならって、振り返した。
マスコットのマックマとクマックが、俺達の方に顔を向け、めちゃくちゃに手を振ってきた。
露骨過ぎるな、おい。
「おーい、仁―、鳥谷―!」
名前で、呼んでみる。二匹の熊が、口に手を当て、しーっというポーズをした。
絶対、ランド側には、非公認でやってるんだろうな。
俺達のために、そこまでやってくれているとなると、何か、感慨深いものもある。
まあ、だからと言って、簡単にお前らの思い通りにはいかないけどな。
まだ園村と、話したいことは話せていない。
これから、話すつもりだった。
決めていた。
二人きりで、話す場所。
音が止み、パレードが終わった。マスコット達が、引き上げていく。それと同時に、人混みも散っていく。
「終っちゃったね」
「ああ」
音と光が消え、空の闇が、強く感じられる。
二人で、ただ、立っていた。どちらも、動こうとはしない。
もうすぐ、閉演時間だ。客が、ぞろぞろと出口の方へ歩いていく。
周りに人がいなくなり、静かになった。
「終っちゃうん、だね…」
園村が、悲しい顔で、言った。
そんな顔を、させたくなかった。
今日一日。
笑顔で、いて欲しかった。
だから、その横顔に向けて、言った。
「終わらないさ」
「え?」
「まだ、終わりじゃない。最後、残ってる」
「え、え?」
戸惑う園村の手を引いて、歩き出した。
話すために。
園村の心と、向き合うために。
俺自身の心を、決めるために。
誰も、いなかった。
当たり前だった。閉園ぎりぎり。もう皆、帰るところだろう。
係員すら、いない。
係員もいないのか?
勝手に乗るぞ?
目の上。大きな円が、ゆっくりと回っている。
観覧車。
園村の手を引き、乗った。
中はちょうど、二人分のスペース。向き合って、座った。
「だ、大丈夫かな、南雲君? 係りの人もいないみたいだけど…?」
「ん。ま、大丈夫だろ。ええと、それより…」
一度、言葉を切る。
園村も何となく、わかっているようだった。顔が少し、緊張していた。
だから、なるべく緊張させないように、少し笑って、言った。
「今日は、ありがとな。楽しかった」
「うん、私も南雲君といっしょで、楽しかったよ」
「良かった。今日はなんか、色々あったからな」
「そ、そうだね」
園村は笑ったような、恥ずかしがっているような、そんな顔をしていた。
何を思い出しているのか、少し、気になった。
「しっかし、仁達もよくやるよな」
「ふふ、そうだよね。気づいた時は、驚いちゃった」
「どの辺で、気づいてた?」
「リスの辺り、かな。ぎゃあーって」
「ははは。俺はあの時、もう仁達に気づいてた。だから、腹いせに仕返ししてやったんだ」
「何の、腹いせだったの?」
「え? それは…」
顔を背ける。
「何だったの?」
園村がいたづらっぽい瞳で、聞いてくる。
「いいだろ、何でも。とりあえず、鳥谷に仕返ししたかったから、仕返ししたんだ」
「そうなんだ」
園村が、クスクスと笑った。
む。
なんか、悔しいな。
ニヤリとした顔で、園村が言った。
「アイスのお返し、だよ」
「む…」
何も、言い返せない。
「でも、楽しかったよ。私もあの時は、美咲に仕返し、したかったから」
「え?」
それって。
「はは、そっか」
「うん」
そこで、言葉が途切れる。
外を、見た。空が、近い。俺達を乗せた観覧車は、もう、頂上を過ぎようとしている。
「綺麗だね…」
「ああ…」
下。アトラクションの光。いくつもの光が、明滅したり、動いたりしている。
ガコンと、音がした。フッと、車内の照明が消え、同時に、車内に衝撃が走る。
「!?」
「きゃ!」
衝撃で、園村が座席から、前に飛び出た。
「!? やばっ!?」
飛び出す。このままだと、床にどこか、ぶつけかねない。
向かってきた園村を、受け止める。
「ほっ…」
床。ぶつかる前。何とか、園村を受け止めた。
「わ、わ…」
「あ…」
なんだか、抱きしめる格好になっている。
「す、すまん。す、すぐ、離れるからっ」
慌てて、離れようとする。
園村の手。俺の服の裾を、きゅっと掴んでいた。
「え、ええとっ。そ、そのまま、で…」
最後の方。消え入りそうな声だった。
「お、おう…」
そんなこと言われたら、離せない。
いや、正直言うと、離したくはないんだが。
「あ…」
「ええと…」
無言になる。
なんか、無言だと、変な気分になりそうだ。
「ど、どうしたんだろうな?」
どもりながら、とりあえず、そんなことを言ってみる。
「な、何が?」
「ほら、なんか、衝撃あっただろ?」
「そ、そうだね」
窓を見る。外の景色。動いていない。
「止まってる、みたいだな」
停電だろうか。照明が、消えていた。車内は月明かりで、ようやくお互いが視認出来る程の明るさだ。
「うう…」
前から、声が聞こえてくる。間違いなく、園村の声だ。
園村の鼓動、息、熱。そういうものを、間近で感じる。
いかんいかん。
とりあえず、煩悩は置いておいて。
「真っ暗だな」
怖くないか、と聞こうとした。
多分、こういう時、園村なら、確実に否定するだろう。
だから敢えて、違う質問をした。
「うん。停電、みたいだね。南雲君は、怪我とかしてない?」
「怪我は、大丈夫だ。ただ、暗くて、少し怖いな」
「え? なんか、意外だね」
「どうして?」
「南雲君は、こういうの、慣れてると思ったから」
「どんなイメージなんだ、俺は?」
「ふふ。私から見たら、良いイメージだよ」
「そうか?」
「うん。そう」
「はは。そいつは、良かった」
何となく、笑い合う。少し、空気が柔らかくなったような気がした。
話すなら、今かもしれない。
「あのさ、園村」
「うん。何?」
半分抱きしめた格好のまま、切り出す。
「今日、園村を誘ったのは、実は、話したいことがあったからなんだ」
「何、かな?」
緊張した気配を感じ取ったのかもしれない。神妙な声で、園村は聞いてくれた。
「話したいことって言うのは、今の、俺と園村の関係のこと、なんだ」
「うん」
間近で、園村が頷くのがわかった。
「俺、園村の告白、断っただろ? あの時、俺は、俺と園村と仁と鳥谷。その四人の関係が壊れるのが嫌で、それで、友達でいようって言ったんだ」
「うん。南雲君がそう考えてたの、わかってたよ。私も、その気持ちは、わかるから」
頷く。間近な分、自然と、お互い、小声で話していた。
「ありがとな。…でもさ、駄目だったんだよ、俺。友達でいようとか、えらそうに言ってても、やっぱり俺、園村のこと、その、女の子としてしか、見れないようになっててさ」
「う、うん…」
「それで、クラスマッチの練習の時とかも、中途半端なことして、園村を傷つけて…」
「あれは、南雲君のせいじゃないよ。私が、悪かったの。その、自分でもどうしてか、止められなくて」
「でも、傷つけたのは事実だから。それに、あの時、いいかなって、思っちまったんだよ。キスしても、いいかなって。最低だろ?」
「ううん、そんなことない。私も、何でキスしてくれなかったのかって、少し、恨むような気持ちになったから。南雲君は、何も悪くないのに。だから、最低なのは、私の方」
このままだと、謝り合いになりそうだった。
「とりあえず、俺が悪かったってことで、話、続けるな。それで、話を戻すと、今の俺達の状態、どう思ってるのかって、園村に聞きたいんだ」
「私達の、今の関係、だよね…」
「ああ。正直、俺、歯止めが効いてなくてさ。時々、その、園村に対して、友達として、行き過ぎなこととか、してると思うんだ」
「それは、私だって、同じだよ」
「だからさ、はっきり、決めようかなって思うんだ」
「何を?」
「今の、中途半端な、関係。友達でもないような、恋人でもないような、そんな関係。それを、どっちかに、ちゃんと」
「うん…」
園村の声。少し、震えていた。
「…たとえ、南雲君がどっちを選んでも、私、受け入れるから」
「…ん、ありがとな」
自惚れかもしれない。
でも多分、園村は、友達の方を言われるのを恐れている。
それでも、そう決めたら、俺は、言わなくてはならない。
自分を、追い込んでいた。
こうでもしないと、俺はずっと、言わないままでいると思ったからだ。
それは、卑怯だ。園村と、俺自身に対する、卑怯。
それだけは絶対、したくなかった。
まだ、はっきりとした答えは出ていない。
この期に及んで、まだ、迷っている自分がいた。
「……」
「……」
長い、沈黙。
いくら考えても、感情に合う言葉は見つからない。
いや、まだ、感情が定まっていないのだろう。
緊張に耐え切れず、ふと、窓から、外を見た。
「え…!?」
光。
光が、見えた。
電灯。
無数の、電灯。
中央広場。
人もいなくなって、がらんとした、広場の中。
電灯で埋め尽くされ、輝いていた。
文字。
電灯で、いくつかの文字が、描かれている。
ガ。
ン。
バ。
レ。
光の傍に、マックマとクマックがいた。
「ふっ。はははは…」
「え? どうしたの、南雲君?」
「アレ」
光の方を、示す。
「あ…!?」
園村も気づき、驚いた表情を浮かべ…。
「ふ、ふふふ」
笑った。
「ははは、な?」
「うん、ふふふ」
二匹の熊。こちらに向けて、手を振っている。
多分、係員がいなかったのも、停電したのも、アイツらの仕業だろう。
「どんだけお節介なんだ、あの二人は」
「そうだね。でも、なんか、良いよね」
「ああ、最高だ」
文字。もう一列あった。
ハ。
ル。
キ。
○。
カ。
ナ。
二人の名前の間に、何かの記号が入っていた。
遠くて見えないのか、失敗したのか、丸にしか見えない。
「あの丸、何だろうな?」
「うーん…。ここからだと、ちょっと、わかんないね」
「ああ…」
言いながら、何故か、わかってしまっていた。
「…馬鹿だろ、アイツら」
「え、南雲君、わかったの?」
「ああ、なんとなく、な」
アイツらのやりたいことぐらい、だいたいわかってる。アイツらの立場で、俺がしたいことを考えたら、なんとなくわかってしまった。
くそ。
悔しい。
悔しいが、乗ってやるよ。
お前らの、思惑通りにな。
俺だって、そうしたくなかったわけじゃないんだ。
ただ、お前らのこととか考えて、俺は、今の関係を壊したくなかったんだ。
けど、お前らがそういう気持ちなら、俺はもう、迷うことなんて、何も無い。
見てろ。
お前らに、うんざりした顔、浮かべさせてやるからな。
決めた。
もう、決めた。
後悔なんて、何もない。
息を、吸った。
「園村」
園村の眼。真っ直ぐに、見つめた。
「は、はいっ」
声。緊張しているようだった。
また、息を吸う。怖がらせないように、優しく、言った。
「俺、お前のことが、好きだ」
「え?」
驚いた、顔。すぐ傍にあった。
構わず、続けた。
「だから、俺と、付き合ってくれ」
言えた。
ずっと、言えなかった、言葉。
心の中に閉じ込めていた、言葉。
ようやく、言えた。
「あの、その…」
園村。戸惑っていた。
振られるかもしれない。告白してくれたとは言え、一度、俺の方から振っているのだ。今更、都合の良いことを、と思うかもしれない。
振られても、構わなかった。多分、後で思い切り、凹むだろう。
それでも、今の俺は、言えたことに満足していた。
「えっと、わ、私も…」
俯いた顔。その顔が、上がる。
何かを、決意した眼。
瞳の奥。強い、光だった。
「私も、南雲君が、好き。どうしようもなく、好き。だから、私と、付き合ってください」
半分、抱きしめた身体。
手を後ろに回して、優しく全部、抱き寄せた。
「ははは。…うん。ありがと、な」
「ううん。私の方こそ、…ありがとう」
園村が、ゆっくりと身体を預けてくる。心地良い重さを、身体で感じていた。
外。
夜空に、光が灯った。一瞬遅れて、大きな音が木霊する。
「あ…」
「花火…」
花。赤や青や黄色。
無数の花が、夜空に咲いては、消えていく。
「綺麗だね…」
「ああ…。でもちょっと、タイミング、良過ぎないか?」
「う。それは、私も、思ってた…」
「まさかアイツら、近くに、盗聴器とか仕込んでないよな?」
「え、まさか…」
探してみる。
「あ」
「わ」
あった。
ピンマイクみたいな機材。
これで、間違いないだろう。
「うわ…」
「ひゃ…」
聞かれてた。
しかも、仁と鳥谷に。
いっそのこと、この高さから飛び降りてやろうか?
なんか、色々と忘れられそうな気がする。
言っとくが、ギャグじゃないからな。
「この、行き過ぎ野郎共――!!!」
ピンマイクに向かって、叫ぶ。
遠くで、二匹の熊が、一度大きく、跳ねた。
観覧車の窓。開けた。
「ふんっ!」
花火の咲いた夜空へ、思い切り、放り投げた。
「ふう…」
これでよし、と。
後でアイツらには、こっぴどい仕返しをしてやる。
また、園村の傍に座りなおす。相変わらず、中は暗いままだ。
「停電、いつ直しに来るんだろうな」
「そうだね。でも、私はもう少しだけ、このままでいたいな…」
「…俺もだ」
肩。ゆっくりと、抱き寄せた。
園村の息、声、熱。そんものが、さっきより、間近で感じられる。
鼓動。わからなかった。多分、早いだろう。
園村の手。胸に当てられる。
「どきどき、してるね…」
「そうか…?」
顔。すぐ傍に、園村の顔があった。
「ね? 南雲君…」
「ん?」
園村の瞳。その大きな瞳が、閉じられる。
園村の唇。少しだけ、動いた。
言葉。
聞こえなかったが、聞こえた。
聞かなくても、わかっていた。
肩に手を置いて、ゆっくりと、顔を近づけていく。
明滅する鮮やかな光が、園村の顔を照らしていた。
もう、迷いなんかない。
眼を、閉じた。
光の明滅の中、俺達はゆっくりと、互いの唇に、口付けあった。