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春芽の頃~can't back green days~  作者: 達花雅人
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三章(2):知れば知るほど、自覚してしまうことがある

「どこか、行きたいトコ、あったか?」

「うーん…」

 園村はガイドを見ながら、何やら難しい顔をしている。

 さっき少しだけ見たが、ガイドの内容は詳細を極めていて、感心するほどだった。取り上げられているアトラクションの数も、多すぎず、少なすぎず、ちょうどいい。

 どれも、楽しそうだった。とてもじゃないが、選べない。

 だから、園村の行きたいアトラクションに行くことにしたのだ。

「あ、南雲君! これ…」

 園村の指差したページを見る。

 えーと。

「煩悩コースター…?」

「うん。楽しそうじゃない?」

「そうだな。ふ、はは」

 思わず、笑う。

「え、だ、駄目かな?」

「ごめん。そういうんじゃなくて。なんかこう、意外だったんだ」

「意外?」

「ああ。園村って、コースターとかの絶叫系は、苦手なんだと勝手に思ってたから」

 園村が、ちょっと意外そうな顔をする。

「私こういうの、結構好きだよ。もしかして、南雲君は、絶叫系とかは苦手?」

「いや、普通だな。多分、普通に乗れると思う」

「そっか。良かった」

「美咲は、絶叫系とか、好きそうだよな」

「え? あ、美咲は、駄目みたい。前、こういう感じのに乗ったら、乗り終わった後、ひどい顔してから」

「へえ。それも意外だな」

「…うん」

 あれ?

 何か、元気ないな。

「えっと、何か、ごめん」

 多分、何か嫌なことでも言ったのだろう。

 何かはわからないが、一応謝っておくべきだと思った。

「え? あ、な、何でもないの。あ、謝らないでいいから」

「そ、そうか」

「う、うん、ごめんね」

「体調とか悪かったら、遠慮なく言ってくれ」

 人が多い。人ごみに酔うこともあるだろう。

「あ、うん。ありがと」

 笑顔で言ってくれた。

 元気、戻ったみたいだな。

「ん。じゃ、行ってみるか」

「うん」



「わあ…」

 園村が、なんともいえない声をあげる。

 目の前。

 仏。

 なんというか、仏。

 コースターそのものが大仏で、その下に吊り下げられる形で、座席が設けられている。

 座席はよく見ると、色々な方向に動きそうな感じがある。

「…なんか、名前通りだな」

「う、うん…」

 煩悩コースター。

 ガイドによると、コースの回転や座席自体の回転も含めて、百八回、回転するらしい。

 いや。

 どんだけ回るんだ?

「圧巻、だね…」

 なにやら、横で園村が眼を輝かせている。

 ほんと、好きみたいだな。

 まあ、そんなに喜んでくれるなら、来てよかった。

 順番待ちで、一時間ほど並んだ。

 これでも、短い方らしい。ガイドには、大抵、二時間待ちと書いてあった。

 乗り終わった客が、ぞろぞろと降りてくる。うんざりした顔や、晴れやかな顔、果てはなんだか、恍惚としたような顔もあった。

 …とりあえず、あんな風にはならないようにしよう、

「それでは、順番待ちのお客様、前へどうぞー」

 次が、俺達の乗る番だった。

 座席に座り、安全装置で、体を固定する。

 座席は二人一組で乗るタイプで、俺達は一番前。

 園村とほとんど距離がない。半分、くっつくような形だ。

 横の園村を見る。前を見たまま、楽しみを抑えきれない顔。緊張した様子はない。

 おもわず、笑ってしまう。

 考えすぎだな、俺。

 園村は楽しんでいる。

 なら、俺も、思い切り楽しんでやろう。実際、かなり楽しいんだから。

 何気なく、後ろを座席を見た。

 なにやら、奇抜なピンクが座っていた。

「?」

 マックマ。さっきのヤツだろうか。安全装置と、格闘していた。

 頭。入らない。無理もなかった。あの大きな頭に、安全装置が入るとは思えない。

 それでも、係員と一緒に、なんとか安全装置をはめようと、もがいていた。

 乗るのを止めるとかいう選択肢は、無いんだな。

 ベルが鳴る。

「南雲君、もうすぐ動くみたいだよ」

「お、おう」

 仕方なく、係員がマックマから去っていく。どうやら、安全装置無しで乗るようだ。

 大丈夫なのか、アレ?

 ゴトンという音と共に、コースターがゆっくりと動き始める。

 同時に、スピーカーから、念仏が聞こえてくる。

 おい。

 縁起悪いだろ。

 大仏。どんどん、速度が上がっていく。

 電車が進む音のような、何かを連続して叩く音。

 前方。コース。三回転のひねり。

「うおっ!」

「あははは!」

 回る。身体に、重力。

 座席自身も、二度、回転した。

 戻った。

 前方。直線。高速で、駆け抜けていく。

 身体が、後方に持っていかれそうになる。

 後ろを見る。

「ぶっ!」

 さっきのマックマ。

 空中に、ゆらゆらと浮いていた。

 多分、さっきのひねりで、空中に投げ出されたのだろう。

 座席にしがみ付くようにして、飛ばされないようにしている。

 …誰も、止めないんだな。

「きゃー!」

 また、回転した。座席から、悲鳴が上がる。

 後方を見た。熊。何とか、耐えたようだ。奇抜なピンクが、ぐったりとしていた。

「?」

 ふと急に、速度がゆっくりになる。

 前。長い、上り。

 ああ。なら、この後は。

 先のコースは、見えない。

 それでも、何があるか、だいたいわかってしまった。

「いよいよだね…」

「あ、ああ…」

 このコースター名物。

 連続、十回転。座席自身も、五十回、回転するらしい。

 もう、何がなんだか。

 頂上。一瞬だけ、コースターが止まる。

 見えた。

 渦巻きを思わせるかのような、コース。

 一気に、駆け下りていく。

「うわーっ!!」

「あはははは!」

 回っていく。座席自身も、くるくると回転していく。

 空と地面。交互に視界に映る。

 後方。回りながら、後ろ座席のコースターが見えた。

「いーやー!!」

 時計の針のように、回転しているマックマ。何やら、悲鳴のようなものも聞こえてくる。

 あれ? やっぱりなんか、聞いたことある声だな。

 さらなる加速。最後の、十回転目。

 マックマ。

 体ごと、ぐるぐる回転している。

「ぎゃーー!!」

 悲鳴が、一際大きくあがる。頑張って、耐えているようだ。

「あ」

 ピンク。

 その手が、離れた。

 空中。

 どこかへ。

 飛んでいく。

 耐え切れなかったようだ。

「…おしかったな」

 ちーんと、心の中で、手を合わせた。

 百八回の回転が終わり、コースターが乗り場へと戻る。

「ふう…」

「ふふふ、楽しかったね」

「ああ」

 あの熊、大丈夫だろうか?

 まあ、いいか。

 コースターを降りて、出口から出た。

「ふふ、次いこ、南雲君」

「あ、おう。…え!?」

 手。何かに、包まれる。

 見た。

 園村の、手。

「…駄目、かな?」

 不安そうな顔の、園村。

 だから、何も言わず、歩き出した。

「行こうぜ、園村」

 手を少しだけ強く、握り返した。

「え!? う、うん!」

 いい、よな?

 友達でも、これぐらいは。

 笑顔の園村を横に見ながら、そんなことを考えていた。



 揺れていた。

 心が、とかじゃない。

 身体が、揺れていた。

 車の中。

 後部座席。園村と一緒に、座っていた。

 コースターを乗り終わった後、マックマとクマックが現れ、半分拉致される形で、無理やり連れて行かれた。

 連れてこられたのは、サファリパーク。

 車で移動して、野生の動物と触れ合うアトラクションらしい。

 パーク内には、ライオンやらトラやらパンダやらふたこぶラクダやらアルパカやらリャマやらニホンカモシカやらエゾオオカミやら、とりあえず、人種のサラダボウルならぬ、動物のゴミ捨て場並に、色々な動物がいるらしい。

「なあ、どこ行くんだ?」

 前の助手席に座っているマックマに話しかける。少し、ボロボロだった。コースターから落ちた時に、そうなったのだろう。

「オフタリサンニハマズ、リスゾーンヘイッテモライマース」

 パーク内は広い。トラゾーン、ゾウゾーンなどと、種類別にゾーンがあり、お目当ての動物のところへ、すぐ行けるような形になっていた。

「リスかあ。小さくて、いいかも」

 隣の園村が、楽しそうに言った。

「園村がいいなら、俺はそこでいいぞ」

「南雲君は、他に会ってみたい動物とか、いる?」

「俺は、なんか、大きいのに会ってみたいな」

 車の中でも、手を繋いでいた。

 というか、繋いだきり、何となく、放せなかった。

 時々、園村の方から軽く握られる。その度に、軽く、握り返した。

 そんな俺達を見ながら、運転席でハンドルを握っていたクマックが、振り向き、無言で、親指をグッと立てる。

「…前見て運転しろ」

 思わず、突っ込んでいた。結構、恥ずかしい。

 しばらくして、車が止まった。

「オツカレサマデシタ。ココガ、リスゾーンデス」

「お…」

 なんか、リス。

 無数にいた。トテトテと、駆け回っている。

 よく見ると、一匹一匹、種類が違うようだった。

 となると、すごい種類のリスがいるということだ。

「すごいね…」

「ああ…」

 一つの胡桃を、二匹のリスが取り合って、ごろごろと転がる。

「ふふ、可愛い」

「そうだな」

「オフタリサン、コレアゲテミテクダサーイ」

「ん?」

 マックマから、何か入った紙袋が渡される。

 中身。

 ナッツ類。

 ヒマワリとか、その他、色々。

 なんか、まんまだな。

「ほら、園村。手、出して」

 袋から、園村の両手にナッツをあける。

 その瞬間。リスが、くるっと俺達の方へ顔を向けた。

「え? きゃあ!?」

 リス。園村の手。いっせいに群がる。

「そ、園村っ!?」

 リス。手で、追い払う。園村の手首。握った。

「大丈夫か? 怪我とか、してないか?」

「え、う、うん。あ、ありがと…」

 手を見る。見た目は、なんとも無い。指先を、指で触れてみた。

「ひゃっ」

「痛いところとか、ないか?」

 構わず、手を触っていく。怪我とかしてたら、大変だった。

「だ、大丈夫…」

 園村。俯いていた。顔が、赤い。

 一通り、触った。特に、傷は見当たらない。

「良かった。怪我は、無いみたいだ」

「あ、あはは。よ、良かった」

 園村。俯いた顔が上がり、笑った。俺も、笑い返す。

 眼。

 合ったままだった。腕を握ったまま、見詰め合う。目を逸らそうとは、思わなかった。むしろ、このまま見ていたい。

「オフタリサン、ジャマシテワルイデスケド、オフタリダケジャナク、リストモ、フレアッテクダサーイ」

「へ? うおっ!?」

「わっ!?」

 気づく。

 そういえば、俺達だけじゃなかった。

 気づいて、お互い、眼を背けた。

 む。

 せっかく、いい感じだったのに。

 いや、友達ってのはわかってるんだ。

 けどほら、やっぱなんか色々と、俺の中でも、葛藤があるわけで。

 やっぱ、望んでるのかな、俺。

 園村と。

 その。

 彼氏彼女の関係、とか。

 くそ。

 なんか、むかいてきたぞ。

 手に持った餌。投げた。

「うりゃ」

 鬼は外の要領で、マックマに思い切り投げつける。

「ちょ? な、何っ!? い、いたたっ!?」

「うりゃ、うりゃ」

 構わず、投げ当て続ける。バラバラと、毛糸のきぐるみの表面に餌がついていく。

「? 南雲君、何してるの?」

 園村が、慌てた顔で俺に聞いてくる。

「ん、いいからいいから。園村も、ほら」

 餌を少し、園村に渡す。一度、マックマに投げつけた。

「こんな感じで、投げてみ?」

「え? う、うん。こう?」

 園村。投げる。

 見事、マックマにヒット。

「い、いたたた! あ、あんた達、いいかげんにっ…!」

「そりゃ」

「えいっ」

「い、いたたた!!」

 何か、聞いたことある悲鳴だな。

「うりゃ」

「それ」

「いたたた! や、止めなさーい!!」

「ははは」

「ふふふ」

 楽しい。

 だが、これが目的じゃない。

 本当の目的は…。

 リス。

 ぴょこ。

 無数の、リス。徐々に、集まってくる。

 ぴょこ、ぴょこ。

 マックマについた、餌。

 無数の、リス。

 一直線に、向かう。

 ドドド…!!

「へ? …いーやー!!」

 襲い掛かる、リス。

 マックマが倒れ、その上に、無数のリスが群がっていた。熊に、リスが襲いかかってる構図だった。リスもあれだけ集まると、さすがに気持ち悪い。

「アレ、いいのかな?」

 園村が、困ったようにその光景を見ている。

「ま、大丈夫だろ」

 コースターから落ちても、死なない熊だ。リスぐらい、たいしたことないだろう。

「それより、俺達は、あっちでゆっくりしようぜ。リスは一匹ずつ接したほうがいいと、わかったからな」

「ふふ。そうだね」

 気持ち悪い現場から少し離れたところで、リスと遊ぶ。

 リス。手に乗せる。ちょうど手乗りサイズで、手の上や手のひらを、ぴょこぴょこと駆け回る。

「ふふふ、こら」

 園村。リスが右の手の平から、肩を伝って、左の手の平に駆けている。

 それだけでなく、園村の身体中を、所狭しと駆けていた。

「こら、くすぐったいよ」

 園村が、もぞもぞと動く。

 その動きが、どこか艶っぽい。

 な、なんか、見ちゃいけないものを見てる気分だ。

 園村の背中を駆けていたリスを、ひょい、とつまみあげる。リスが手の中で、じたばたと動いていた。

「あ、南雲君。ありがと」

「いや、気にすんな」

 少し、リスが羨ましかっただけだ。

 …今の、発言として、限りなく駄目だな。

 言わなくて良かった。

 心の中で、静かにそう思った。

「ぎゃあー!!」

 何か、悲鳴が聞こえる。

 気にしない、気にしない。

「ふふ、可愛い」

 園村。楽しそうに、リスと戯れている。

 お前の方が、可愛いぞ。

 そんな台詞が浮かび、言葉にする前に、すぐに打ち消した。

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