三章(1):まくまくランド、開幕
当日。
朝。
今日は、園村と、二人で会う日だ。
思い返してみると、園村と二人で、どこかに遊びに行った記憶が無い。
遊ぶ時は、いつも四人だった。
たまに、仁と二人で、出かけたことはあったが。
つまり今日は、園村と、初めて二人きりで出かけるわけで。
あれ?
これって、よくよく考えてみると。
デート、だよな?
いやいや。
頭に浮かんだ考えを、思い切りかき消す。
そんなつもりで、誘ったわけじゃない。
園村とちゃんと話すために、遊びに誘ったのだ。
それでも。
ふと、自然に笑っている自分を見つけたりもする。
いかんいかん。
このままだと、園村に変に思われてしまう。
鏡を見た。
真面目な表情をしてみる。
よし。
これなら、大丈夫だ。
家を出た。駅へと向かう。
足取りが軽い。弾んでいた。心も身体も、弾んでいる。
気を抜くと、無意味に走り出しそうだ。
いやいや、それは駄目だろ。
それだと、ただの変なヤツか、走れメ●スのどっちかだ。
残念ながら俺には、全裸で走る趣味は無い。
駅に、着いた。目的地行きの電車。乗った。
園村と、目的地の場所で、待ち合わせることになっている。
車内は、人で溢れていた。休日で、人は多い。
電車に揺られながら、携帯の時計を見る。
「…待ち合わせには、間に合いそうだな」
十分前。俺にしては、かなり早く着くことになる。
それでも、園村の方が、ずっと早く着いているだろう。
待ち合わせをすれば、四人の中で、一番先に来ているのは、いつも園村だった。
几帳面で、やわらかな雰囲気を持った女の子。
美咲のように、ぐいぐい前に出るタイプではない。
かといって、大人しい子というわけでもない。
普通に話しかければ話すし、話してて、楽しい。
それは、相手のことをさりげなく気遣って、言葉とか、話題を選んでくれているからで。
何度か話してみないと、気づかないほどだ。
強烈な印象はないが、いないと、かなり気にもなったりもして。
それだけ、普段、気を遣ってもらってるんだな、と思う。
告白の後だって、そうだ。
友達のままでいよう、なんて。
普通の子なら、怒ったり、無視したりしただろう。
それでも、園村は、友達として、普通に接してくれた。
そんな園村を見ていると、やりきれない気持ちになる。
なんだよ、俺。
園村に、甘えっぱなしじゃないか。
このままじゃ、いけない。
支えてもらってばっかりだ。
ちゃんと、話そう。
今日は、そのために会うのだから。
「…園村」
優しくて、それでいて、かなり頑張り屋で。
でも、その頑張ってる姿を、あんまり人に見せたくなくて。
それで、辛いのも我慢して。
我慢して、人に心配かけたくなくて。
気遣いの子で、半歩、後ろを歩くような女の子。
それが、園村という女の子だった。
そんなところが、全部、可愛かった。
「いや、駄目だ駄目だ」
友達なのだ。
そういう眼で、見てはいけない。
何度目かの、戒めをする。
電車が、目的地の駅に着いた。降りて、駅を出る。
駅を出るとすぐ、そこが目的地だった。
ゲートに、大きな文字で、何か書いてあった。
まくまくランド。
マスコットキャラは、熊。
べ、別に、黄色くて、はちみつ主食の某キャラじゃないぞ?
いや、なんで俺が、言い訳みたいなこと言ってるんだ。
まったく。
パンフレットを、取り出す。仁から、事前に渡されていた。
なにやら、奇抜な色の熊のマスコットが、でかでかと、表紙を飾っている。
うん。
このセンス。
真似しないでおこう、と思った。
まくまくランドの中は、動物園やら遊園地やら水族館やら、まあ、その他もろもろ、色々とそれっぽいもの(?)が、所狭しとあるらしい。
広さは、東京ドーム百個分ほど。
いまいち、ピンとこない。
敷地は広大で、移動は、ランド内の電車を使う。
とても、一日で全て回りきれるものではないらしい。仁の感想だ。
てかアイツ、ここに来たことあるんだな。
一人で? いやいや、まさか。
それは、さすがに何でも、悲しすぎる。
二人とか? 多分、女の子とだろう。
それ、噂ですら聞いたことないな。
意外すぎて、ちょっと想像出来ない。
やっぱり、アイツは謎だ。
まあ、仁のことはいい。
ゲート。入場を待つ人が、列を作って並んでいた。
人が、多かった。園村の姿を探す。
「あ、南雲君、こっちだよ!」
園村の声。手を大きく振っている。
俺も、手を振り返した。列に並んでいるようだ。
人ごみを、かきわけていく。
「おっす。おはよ、良い天気だな」
「うん。雨とかじゃなくて、良かったよね」
「お、おう」
「? どうかした?」
「あ、いや、大丈夫。何でもないぞ」
園村の服装。
上着。春らしく、袖の長い、薄めの生地の、白い服。細部に、細かなデザインが施されていて、品の良さのようなものが窺える。
ゆったりした感じで、園村のイメージに、よく合っていた。
この手の服は、ややもすると、だぼっとした印象を与えがちだ。
それが、全く見られない。
スタイル、いいんだな、とか。
不覚にも、そんなことを考えてしまう。
下。
淡いピンクの、ロングスカート。
所々に花があしらわれており、アクセントになっている。
そこだけ、花が咲いているようだ。
「……」
思わず、見とれてしまう。
まあ、そんな感じで。
なんというか。
めちゃめちゃ、可愛かった。
当社比、十倍ぐらい。
何の当社比かは、よくわからんが。
言うべきだろうか。
いや、言うのは変だろう。
だって俺、彼氏でも何でもないんだぞ。
でも、言いたい。
ほら、誰かだって、言ってたじゃないか。
考えるな、感じろ、って。
誰が言ってたかは、よく思い出せないが。
で、結局。
「園村。あ、あのさ…」
「? なに、南雲君?」
「服、その…」
「うん?」
「か、可愛い、な」
言ってしまっていた。
「え、ええっ!?」
一気に、園村の顔が赤くなる。何か、わたふたと動いている。
「あ、あのその、そ、そんなに、可愛くないよ。き、今日は、そ、その、ま、迷いすぎて、三時間ぐらい、ふ、服、選んじゃったし…」
「ぶっ! え、そ、そんなに!?」
「や、ち、違うのっ。な、なんとなく、早く起きちゃって。そ、それで、することもなくて、そ、その、つ、つい…」
「そっか。だから、そんなに可愛いんだな」
「ひえっ!?」
更に赤くなった園村が、ふらふらと、その場にへたりこむ。
「お、おいっ!? 園村!? だ、大丈夫か?」
「え、ええと…。だ、駄目、かも…」
うあ。
失敗した。
こんなことになるなら、言うんじゃなかった。
「ご、ごめんな、園村。変なこと、言っちまって」
「え? い、いや、そ、そんなこと、全然ぜんぜん」
園村が、小刻みに首を横に振る。まだ、混乱してるみたいだ。
な、なんか、マズイ。
二人きり。しかも、学校とかじゃなくて。
それと、普段とは、印象も、何だか違っていて。
そういうのを、見たり、感じたりして。
色々と、こう、何だか、歯止めが効かなそうになる。
「…はぁ」
こんなことで、ちゃんと俺、園村と話せるんだろうか…。
そんな思いを抱えたまま、俺達は、ゲートを潜っていった。
ゲートを潜ると、大きな噴水が見えた。
中央広場。
色彩豊かなベンチが多く設置されており、多くの人が楽しそうに話している。
このランドに入って、すぐにある広場で、マスコットキャラと写真を撮ることが出来るようだ。
噴き上げる水が、ライトに照らされ、色鮮やかに輝いていた。
「ん?」
視線。
横からだ。
眼だけ、視線に向けた。
「…?」
園村。
目線を下に向けて、何か見ていた。
その先を追ってみる。
「…手?」
なんか、俺の手、見てるな。
面白いものであるのか?
「ハーイ、ソコノオフタリサン!」
「うおっ!」
なんか出た。
前方。
奇抜な色の熊が二匹、俺達の前に立ちふさがった。
一匹が、ピンクを基調として、絵の具をぶちまけたような色。
もう一匹は、青を基調として、これまたバケツをひっくりかえしたような色をしている。
確か、まくまくランドのマスコットキャラの、マックマと、クマック。
…それにしても、名前、そのまんま過ぎだな。
「なんか、用か?」
俺の問いかけに、ピンクを基調とした(以下略)マックマが早口でまくしたてる。
「ヨウモヨウ、オオヨウデース! アナタタチ、ミルトコロ、カップルトミマシタ!! ドウデスカ、シャシンデモ、イチマイ!」
なんで、そんなカタコトなんだ。
っていうか、マスコットキャラがしゃべったら駄目だろ。
「か、カップルって…!?」
園村が反応する。
ま、俺も、その言葉には反応したんだが。
その前に、突っ込みどころが多すぎてスルーしていた。
出来れば、そのままスルーしたかったが。
マックマが続ける。
「ソウデース! ダカラ、ワタシタチト、シャシンデモ、トリマショウ」
「…なんで、そういう流れになる?」
「ウダウダイウオトコハ、キラワレマース」
「別に、熊に好かれたくはないけどな。…どうする? 園村?」
横で混乱気味な園村に話しかける。
「え? あ、いいんじゃないかな? 面白そうだし」
あ、あれ?
いいのか?
確かに、撮らない理由も無いが。
園村が撮りたいなら、いいか。
「そ、そうだな。じゃ、撮るか」
「う、うん」
「ササ、コチラデース」
そう言って、マックマに、噴水の前まで連れて行かれる。
噴水を背景に撮るようだ。
噴水の前。
俺と園村。その間に、マックマが入った。
クマックはいつの間にか、俺達の正面でカメラを構えている。
「オフタリサン、ハナレスギデス。コノママダト、シャシンニオサマリキレマセーン。ササ、モットチカヅイテ」
「こ、こうか?」
少し、園村の方に近づく。
今でも、十分近い。
おいおい。
さすがになんでも、近づけすぎだろ?
「マダマダデース。ササ、モット、チカヅイテ!」
マックマが、俺と園村の肩を掴む。
三人で、肩を組むような姿勢になった。
その姿勢から、突然マックマが、俺と園村をくっつける。
「!?」
肩と肩が、触れ合っていた。
顔を、園村から背ける。
「ハイハイ。オフタリサン、シャシンノホウニ、カオヲムケテ。ハーイ、ニッコリ」
こんな状態で、まともに見れるか。
「アレ、ドウシタノ、オフタリサン? シカタナイネ、ソレナラ、エイッ!」
肩に置いた、手。
そのふわふわした手が、俺の頭を掴む。
そして、その手が突然、俺の頭を、くるっと無理やり回した。
「!?」
顔。
園村の顔。
すぐ、傍にあった。
何故か、見詰め合うような格好になっている。
驚きで揺れる、瞳。
整った、鼻。
小さな、唇。
真っ赤な、顔。
思わず、じっと見入ってしまう。
園村も、眼を逸らさない。
カシャッと、音が聞こえた。
「ハーイ、オーケー。オツカレサマデース」
頭の束縛が、解かれる。
それでも、何故か、眼を逸らせない。
不意に、肩を叩かれる。
「オフタリサン、ミツメアウノハケッコウデスケド、シャシンハ、トリオワリマシタ。イツマデ、ソウシテイルツモリデスカ?」
「え? うおっ!?」
全速力で、顔を逸らす。
「ホラ、カノジョサンモ」
「え? あ、あ…」
園村も何やら、ぼーっとしている。
「ナカガヨロシクテ、ケッコウデス」
余計なお世話だ。
クマックが、何か手に持って、俺達の方へ近づいてくる。
「オウ、モウ、シャシンガデキタヨウデース。ハイ、コレ、オフタリサンニイチマイズツ、サシアゲマース」
写真。一枚、渡される。
「うわ…」
真ん中。驚いた表情で、園村と、二人して、見詰め合っている。
よし。
この写真は、金庫にでも入れよう。
仁達にでも見つかったら、ずっと笑いのネタにされるからな。
考えただけでも、寒気がする。
「オウ、ワスレテイマシタ。ナカノヨイオフタリサンニ、コレモ、サシアゲマース」
そう言うと、マックマは、お腹のポケットから、ごそごそと、何か取り出す。
アレ、いいんだろうか?
ま、まあ、あっちは一応、ネコだしな。
深く突っ込まないことにしよう。
「これは?」
何かの本。見たところ、かなり、手作り感溢れている。
「コノランドノ、イチオシアトラクションノカズカズヲ、ワタシタチガ、ガイドシタモノデース。ゼヒ、イッテミテクダサーイ」
パラパラと見てみる。何やら、絵とかガイドが、色々と載っていた。
「ありがとな。回ってみるよ」
「ハイ、ドーゾドーゾ。…ふふ、作戦通りね」
「え?」
今、なんか、聞いたことのある声がしたような。
「イエイエ、ナンデモアリマセーン! デワデワー!」
そう言うと、マックマとクマックは、物凄いスピードで人影へと消えていった。
「何だったんだ…?」
まあ、ともあれ。
今日行く場所は、この中から決めればいいわけだよな。
さっき、入り口でパンフレットとかもらったんだが、簡単な紹介しかなくて、全然、内容とかわからなかったんだよな。
この本があれば、かなり助かるだろう。
「それじゃ、園村、歩きながら、これ見て、どこ行くか決めようぜ」
「う、うん。わかった」
園村はまだ少し、呆然としているようだった。
仕方ないよな。
俺もまだ、かなりどきどきしている。
少し冷静になろう、と思った。