二章(3):誘いの約束、見ている二人
朝。
起きて、顔を洗い、歯を磨いた。
制服。着替える。
ポケット。確認した。
昨日。
仁からもらった、二枚のチケット。ちゃんと、入っていた。
今日、園村にこれを渡して、誘おう。
だが、どうやって誘ったらいいものか。
直接、渡さなければならない。
教室。いや、駄目だ。目立ちすぎる。
どこかに呼び出して、渡そう。
裏口。
真っ先に、思い浮かんだ。振った場所だ。かなり、遠慮したい。
だが、他に良さそうな場所は、思いつかなかった。
背に腹は、変えられない。
決めた。
「よし、裏口にしよう」
携帯を手に取る。電話は、出来なかった。昨日、微妙な雰囲気だった。あれを引きずっていたら、かなり切り出しにくい。
メール画面を開く。
文字を、打ち込んでいった。
(話したいことがあるので、放課後、裏口に来てくれないか?)
「よし、送信っと」
ボタンを押す。すぐに、送信完了の文字が、画面に出た。
「…あ」
気づく。
やばい。
よくよく本文を見返すと、何だか、告白の前みたいな文章だ。
かなり、重い話的な雰囲気さえ漂ってくる。
慌てて、もう一度、メールを打った。
(そんな深刻な話でもないので、気軽に来てくれ)
「よ、よし。これで、オーケーだな」
送信送信。
「…あ」
また、気づいた。
深刻な話でもないなら、わざわざ呼び出すなって思うよな、普通。
「…んー」
これは…。
何か、これ以上メールすると、ますます泥沼化していく気がする。
そして、その予感は、多分限りなく確実に、当たっている。
「…と、とりあえず、返信を待つか」
パンを食べながら、待っていた。まだ、登校には少し、早い時間だ。
携帯。鳴る。
開いた。
新着メール、一件。
確認してみる。
園村からだった。
(了解しました。私も、南雲君に話したいことがあるので、ちょうど良かったです。では、放課後に)
何やら、顔文字やら、色々入っている。見ていると、何だか、朝から、幸せな気分になった。
だが。
「…話したいことって、何だ?」
やっぱり、告白のことだろうか?
これ以上、友達は嫌だ、とか。
もしくは、俺のことなんて、嫌いになった、とか。
ありそうな話だった。
そういう話だった場合、このチケットを渡す意味は、ほぼ、なくなるわけで。
「園村の話から、聞いた方が良さそうだな」
不安な想いを抱えたまま、俺は、家を出て、学校に向かった。
一日が、過ぎた。
園村は、いつもと変わらない様子だった。昨日のことは、忘れているのかもしれない。
放課後になった。園村は、すでにいない。先に向かったのだろうか。帰られたりしていたら、かなり凹む。
走った。不安だった。
急いで、裏口に向かう。園村を、待たせるわけにはいかない。
裏口。着いた。
巨木の、桜の下。
園村が、桜を見上げながら、佇んでいた。
「園村っ!」
後姿に、呼びかけた。園村が、驚いた様子で、振り向く。
「あ、南雲君」
「はぁ…、はぁ…」
「走ってきたの? そんなに急がなくても、良かったのに」
「はぁ…。走りたい、気分だったんだ」
笑う。園村も、笑ってくれた。
「桜、散っちゃったね…」
見た。緑が、芽吹いていた。
「あ。…散っちまったな」
園村が、少し、寂しそうに、笑った。
「私ね、ここに咲く桜が、好きだったんだ」
「へえ、初耳だな」
「うん。ここ、誰も来ないでしょ? でも、誰も来なくても、この木はこんなにも堂々と、花を咲かせてた。例え、誰にも見てもらえなくても、こんなにも、堂々と」
「ああ。綺麗な、桜だった。俺も、見とれてたよ」
「ふふ、良かった。見てたのが、私だけじゃなくて」
何か、伝えようとしてくれている。鈍い俺でも、それぐらいは、わかった。
「えっと。それで、話って、何かな?」
思い出したように、園村が言った。
「あ、ああ。えっと、園村も、話すことあるんだろ? だから、園村から、頼む」
「え? い、いいよ。私のは、たいしたことじゃないから。まずは、南雲君から」
「俺の話は、園村の話次第で決まるようなもんだから。だから、園村から、先に」
「そうなの?」
「ああ。だから、園村から」
「う、うん。わかった」
そう言うと、園村は、言葉を止めた。話す言葉を、選んでいるようだ。
少しの間の後、園村が、言った。
「えっと、昨日は、ごめんなさい」
「? 昨日?」
それって、やっぱり、あのこと、だよな。
「う、うん。ほ、ほら。二人三脚の、練習の、時」
言いながら、どんどん、園村の顔が赤くなっていく。
俺も、思い出して、鼓動が早くなる。
「お、おう」
何が、とは言わない。
言わなくても、お互い、何かわかっている。
その辺も、今は、恥ずかしさを倍増させていた。
「へ、変なことして、ごめんなさい」
園村が、頭を下げる。耳まで、真っ赤だった。
慌てる。
「い、いや。そんな。顔、上げろって」
俺の言葉で、園村がおずおずと顔を上げる。さっきより、真っ赤な顔が、そこにあった。
「俺の方こそ、園村が嫌がるようなことして、すまん」
頭を下げる。
「え? な、南雲君? 頭、上げてよ。全然、頭下げられるようなこと、南雲君、してないから」
頭を、上げた。
「でも、何か、俺が、園村を押し倒したみたいになって。だから、それで、嫌な思いさせたのなら、ごめん」
「ぜ、全然、気にしてないから。むしろ、嬉しかった、というか…」
「え?」
「い、いや、いいの。今の、忘れて。お、お願いっ!」
「え? お、おう」
「と、とにかく、昨日のことは、ごめんなさい」
「あ、ああ。わかった。俺の方も、ごめんな」
「う、うん」
沈黙。
何か、恥ずかしかった。
お互い、次の言葉を、捜せないでいた。
いかん。
このままだと、何のために園村をここに呼んだか、わからない。
ポケットの中。
チケット。これを渡すために、呼んだのだ。
よ、よし。
話すぞ。
「「あのっ!」」
同時。
見事に、声が重なる。
「っ!」
同時に、顔を逸らした。
横目で、お互いを見合う。
「南雲君から、お先に、…どうぞ」
「い、いや、園村から、頼む」
「い、いいの…?」
「あ、ああ…」
「え、ええと」
園村に、向き直る。さっきから、心臓が忙しく、鼓動を打ち続けている。
「昨日のことで、その、友達だって約束してたのに…。その約束を破るようなことして、ごめんなさい」
あ。
やっぱり、園村も、気にしてたんだな。
昨日のこと。
そして、俺達の、今の関係。
よし。
何か、自信が出てきた。
園村も、俺と同じ気持ちなのだ。
今の、状態。
友達でもなく、かといって、恋人でもない関係。
それに、戸惑っている。
やはり、話さなくてはならない。
そして、はっきり、決めなくてはいけない。
二枚の、チケット。制服から取り出す。
一枚を、園村に渡す。
「え? これ…?」
園村が、チケットを受け取る。チケットを見て、驚いているようだった。
「最近オープンした、娯楽施設のフリーパスなんだ」
「どうしたの、これ?」
「仁から、買ったんだ」
まあ、半分、もらったようなものだが。
「えっと、これを、私に…?」
「ああ。もらって欲しい。あの、それで。園村が良ければ、俺と一緒に、行ってくれないか?」
最後ら辺。声が、上ずっていた。
「い、いいの…?」
園村。何だか、泣き出しそうな顔をしていた。
「あ、ああ。園村が、良ければ」
「な、南雲君は、いいの? そ、その、私なんかで…。ほ、ほら、もっと、誘いたい人とか…」
「いや、俺は、園村だから、一緒に行きたいんだ」
はっきりと、言い切った。言ってから、かなり恥ずかしい台詞だったことに、気づく。
「あ、…う」
園村。ぼんやりと、立っていた。
その眼から、涙が溢れてくる。
「!? ど、どうしたっ? な、何か、まずいこと言ったか、俺?」
涙が、園村の頬を濡らしていた。泣いているのに、気づいたようだ。指で、それを拭っている。
「ご、ごめん、ね。そ、その…う、嬉しくて」
「え? じゃあ…」
「う、うん。…嬉しすぎて、泣いちゃった」
「そ、そっか。なら、一緒に、行ってくれるか?」
「う、うん。わ、私でよければ、喜んで」
「あ、あははは。やった…」
その場に、座り込む。
よほど、緊張していたらしい。一気に、身体の力が抜けたようだ。
誘えた。
良かった。
これで、その日一日、ゆっくり、園村と話せる。
二人で、これから、どうしていけばいいかとか。
今の関係を、園村が、どう思ってるか、とか。
色々、知りたかった。
何より、園村と、話したかった。
学校でも、普通に、話していた。
それでも、足りなかった。
俺、どれだけ欲張りなんだ?
友達のくせに。
そう、決めたくせに。
もっと、一緒にいたい。
その想いは、募るばかりで。
それも、全部、話そう。
今の、俺の想いも。
立ち上がる。
「今日は、送るよ、園村。遅く、なっちまったしな」
「あ、ありがと…」
涙目のまま、園村が、くしゃっと、笑った。
「!?」
やっぱ、どきどきする。
桜を、見た。そうしないと、赤い顔が、園村に見られそうだったからだ。
「帰りがてら、いつ行くか、決めようぜ」
「うん」
園村と二人で、歩き出す。
背後に、二つの気配があることに、その時の俺は、全く気づかなかった。
「ふふ。行ったみたいね」
「ああ、行ったようだ」
桜の木の陰から、出る。
「それにしても、あの二人、気づいてないのかしらね?」
「何に?」
「また。とぼけた振りして。見事なバカップルだったじゃない?」
「ははは。その通りだ。だが、あれで、友達なんだそうだ」
「はあ。佳奈も春樹も、変なとこ、お堅いっていうか…」
「でも、美咲さんだって、その気持ちは、わからなくもないだろ?」
「な、何よ、知ったふりして。わ、私は、そんなんじゃないんだからね」
「俺達といて、楽しくないのか?」
「ばっ!? な、何、言ってんのよ! …楽しいに、決まってるじゃない」
最後の方は、かなり小声だった。
「それにしても、成功したわね。仁の、名づけて、『鳥を二羽、籠の中に入れて、外からさんざんからかって、よく観察してみよう!』作戦!」
「…そんな作戦だったかな?」
「今、あたしが、名前をつけたわっ!」
「ああ。そうか」
「今、何気にスルーしたわね!?」
「いや、全然」
「恐ろしい子っ…!?」
「名前はともかく、作戦の第一段階は、成功だな」
「ええ。後は、あの二人を、くっつけるだけね」
「まあ、それもそれで、なかなか難しいものがあるだろうが」
「ま、何とかなるでしょ。もっぱら頑張るのは、仁なんだし」
「いや、美咲さんにも、かなりのところ、協力してもらうよ」
「な、何によ?」
「マスコットキャラの中の人、とか?」
「嫌っ! だってアレ、ものすっごい汗臭いじゃない!」
「二人のためだよ。それくらい、頑張らないとね」
「う…。わかったわよ」
「ま、俺も色々、頑張るけどね」
「何であんた、このことに、やけにやる気なのよ?」
「ん。そりゃまあ、親友のためですから」
「春樹のため?」
「アイツを見てると、何だか、助けてやりたくなるんだよ。正反対って、言うのかな。俺と春樹は、まさしくそんな感じだ」
「正反対なら、普通、いがみあったり、喧嘩したりするものだけど?」
「そりゃ、最初は、喧嘩もしたさ」
「あら、初耳ね」
「まあ、見た感じ、合わなかったからな。それでも、一回喧嘩してみると、色々とわかってさ」
「それで、友達になったのね。何だか、男くさい友情ね」
「うん。春樹は、俺に無いモノを、たくさん持ってた。そんなアイツが、眩しくて、羨ましかった」
「ああ、わかるわ、それ。あの、底にある恥ずかしいまでの熱さは、私には、真似できないわね」
「それと同時に、春樹が見えないものが、俺には見えた。アイツが困ってる時、してやれることが、自然と見えた」
「ふふ。だから、今回も、応援することにしたのね?」
「まあ、そんなところかな」
「何か、燃えてくるじゃない、それ。私、頑張るわ!!」
「やれやれ。それじゃ俺は、美咲さんのストッパー役かな。俺達がちょっかい出してるのがわかったら、この作戦は、うまくいかないからね」
「ふふ。待ってなさい、佳奈、春樹!!」
「えっと、話、聞いてた? 美咲さん?」