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春芽の頃~can't back green days~  作者: 達花雅人
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二章(1):焦りだす二人

 園村の、告白。

 嬉しかった。

 本当は、園村の想いを、受け止めたかった。

 受け止めて、伝えたかった。

 俺も、園村のことが、好きなのだと。

 あの後、園村を拒絶した自分を、何度も後悔した。

 携帯を、視界から、隠した。

 そうしなければ、園村に電話してしまう自分がいたからだ。

 あのやりとりを、無かったことにしようとする、自分がいた。

「…ははは、最低だな」

 自嘲した。自分が、大嫌いになれそうだった。

 後悔しても、もう、遅いのだ。

 変えたくないと、思った。

 そのままでいたいとも、思った。

 俺が変わらなければいい、と思っていた。

 違ったんだ。

 皆、変わっていく。

 俺が変わっていくのと、同じように。

 それに、気づかなかった。

 園村の想いにも、気づけなかった。

「…馬鹿だな、俺は」

 そのままでいることなど、多分、出来ないのだ。

 流れゆく時間の中で、皆、どこか、変わっていく。

 同じくあるものなど、どこにもない。

 変わって、しまう。

 俺が、園村を意識したように。

 園村が、俺に告白してくれたように。

 変わってしまうのだ。

「はぁ…」

 明日、園村に、どういう顔をして会えばいいんだ?

 露骨に、避けられるだろうか?

 当たり前だ。振られた相手なのだ。俺なら、そうするだろう。

「…かなり、キツイな、それは」

 それでも、覚悟しなければならない。

 園村の想いを拒絶してまで、友達でありたいと言ったのは、俺なんだ。

 それだけは、曲げてはいけない。

 嫌われても、避けられても、友達として接する。

 園村を、園村に伝えた想いを、裏切ってはならない。

 部屋の窓を、開けた。

 吐息が、白かった。空気が、澄んでいる。

 空に、何か違うものをばら撒いたように、星が、輝いていた。

 窓を開けたまま、ベットに身を預けた。

 天井を見る。

 ぐるぐると、思考が、同じところを巡っていた。

「…眠れない、な」

 夜が、長かった。



 朝に、なった。

 結局、眠れなかった。

 仕度をして、家を出た。

 学校に着く。自転車を止めていると、仁の姿を見かけた。

「よう」

「お、春樹か。どぅだった?」

 少し、憂鬱な気分になる。

「何がだ?」

「とぼけるなよ。昨日の、放課後のことだ」

「ああ、それか」

 昨日のこと。その光景が、一瞬、心に蘇る。

「断った」

 仁が、俺を見た。珍しく、真剣な眼差しだった。

「…そうか」

 仁が少し笑って、肩を叩く。多分、全部、お見通しなのだろう。何も言われないのが、正直、ありがたかった。

「じゃ、行くか」

「…ああ」

 歩く。すぐに、教室の前に着く。

「……」

 教室の前で、立ち止まる。

「…春樹?」

「…あ、いや、何でもない」

 入るのが、怖かった。

 園村が、いる。

 と、とりあえず、あいさつ、だよな?

 それで、その後は。

 その後は…。

 …その後は、どうしたらいい?

 何度か、深呼吸する。

 頬を一度、強く叩いた。

 やめた。

 あれこれ考えようとするのは、やめた。

 なるようにしか、ならない。

 俺は、園村と、友達であり続けたい。

 その気持ちで、接すればいい。

 それだけのことだ。

 踏み出す。教室。自分の席へ向かう。

「あ、おはよ、春樹。あと、仁も」

「おはよう、美咲さん」

「お、鳥谷、おはよう…って、あれ?」

 俺の隣の席を見る。

「園村は、まだ来てないのか?」

「ええ。珍しいわよね。佳奈がこんなに遅いなんて。私達の中では、一番先に学校に来るじゃない」

「ああ、そうだよな」

 園村が、まだ、来ていない。そのことに、ほっとしている自分がいた。そんな自分が、少し、ムカついた。

 まだ、始業の予鈴には、余裕はある。だが、いつも早く登校してくる園村にしては、十分、遅い方だ。

「何か、あったのかしら…?」

 どきりと、する。思い当たる節は、ありすぎるほどあった。

 鳥谷が知らないということは、多分、園村は昨日のことを、まだ鳥谷に言ってはいないのだろう。そうしたい気持ちは、俺でも、なんとなくわかる。

「もしかして、佳奈、今日は、休むとか? 仁、あんたのトコに、何か、連絡来てないの?」

「いや、俺には、そういう連絡は来てないな」

「じゃ、春樹の方は?」

「…俺も、同じだ」

「なら、本当にどうしたのかしら? 気になるわね」

 胸が、痛んだ。こうなった原因は、間違いなく俺にある。

 来て、欲しい。単なる、俺の我儘だ。それでも、来て欲しい。

「あ、皆、おはよう」

 声。

 声のする方。見た。

 園村。

「あ、佳奈、遅いじゃない。風邪でも引いたのかと、心配してたんだから」

「あは、ごめん。ちょっと、寝坊しちゃって」

「佳奈が寝坊? 本当、珍しいわね。今日は、雨かしら?」

「ちょっと。私だって、寝坊ぐらいするよ」

「でも、本当に珍しいね。風邪とか、本当に引いてないかい?」

「沢渡君も。心配しすぎだよ」

「でも、良かった、佳奈が何でもなさそうで。皆、心配してたのよ。特に、春樹なんか」

「え?」

 園村が、俺を見る。

「え、いや、俺は」

 何故か、焦る。

「とぼけたって無駄よ。春樹なんて、死にそうな顔してたのよ。ね、仁」

「ああ、これ以上無いってぐらいの、顔をしてたな」

「うるせえ。そんな顔、してねえよ」

「ふふふ。朝から皆、相変わらずだね」

 園村が、席につく。いつも通り。特に、変わった様子は無い。

 何だか、昨日のことが、無かったような感じだ。

 気づく。

 そうか。

 多分、園村も、俺と同じ気持ちなんだ。

 この、四人の関係。

 壊したくは、ないんだよな。

 ありがたかった。言葉にするのも軽くなるぐらい、ありがたかった。

 ここに来るまで、色々考えていた。

 どうしたら、仲直り出来るだとか。

 土下座しても、頼み込もうだとか。

 多分、そんな必要は、なかったんだ。

 園村も、俺と同じように、この距離感を大事にしていて。

 だから、言葉で言う必要など、なかったんだ。

「園村」

 隣の席。呼びかけた。

「何、南雲君?」

 普通に、返してくれた。

「ありがとな」

 笑いかけた。園村も、返してくれる。

「うん」

 何が、とは言わなかった。

 そんなこと、お互い、言わなくてもわかっている。

 それが、たまらなく、嬉しかった。

 この距離感。

 大事に、していこう。

 そう、思った。



 そう、思ったんだが…。

 とはいえ。

 一度、意識してしまうと、なかなか止められないわけで。

 でも、お互い、友達だと思っている以上、止めないといけないわけで。

 なかなかこれが、厄介だった。

 掃除中。

「バケツ、変えてくるね」

「あ、園村、それ、俺が行くよ」

「え、南雲君!? い、いや、私が行くから」

「女子に、重いもの、持たせられないだろ」

「で、でも、ほら、軽いし」

 園村が、ダンベルを持つかのように、バケツを上下に揺らす。

「お、おい、そんなに揺らすと…」

「え…、きゃあ!!」

 授業中。

「南雲! 寝るな、立て!」

「ふあぁい…」

 欠伸しながら、立った。まだ、寝ぼけている。

「寝ていた罰だ。この問題の答えを言え」

「……」

 全然、わからん。

 ちょんちょん。

 隣。園村だ。多分、いつものように、ノートを見せてくれるのだろう。

「…っ!」

 見れない。

 何というか、見れない。

 見たら、何か、問題どころでは無くなる気がする。

「どうした? 早く、答えろ」

「はい、…えーと」

 ちょんちょん。

 だ、駄目だ。見ないぞ、俺は。

 ちょんちょん。

 ぜ、絶対、見ないからな。

「……」

 沈黙。

 それを理解したのか、教師が言う。

「わからないのか。仕方ない、立ってろ、南雲。…それと、園村。答えを教えるのは構わんが、もう少しさりげなくやれ。お前も、立ってろ」

 クラスに、笑いが起きる。仁も鳥谷も、苦笑していた。

 結局、その授業中、園村と二人して、ずっと立たされたままだった。

 昼休み。

 美咲がパンを食べながら、ファッション雑誌を読んでいた。

「あ、春樹」

「ん、何だ?」

「確かあんた、天秤座よね」

「ああ、そうだが」

 この手の雑誌によくある、占いコーナーを読んでいるらしい。

「あんた、今日はついてるわよ」

「ふうん、何がだ?」

 紙パックの野菜ジュースを、ストローで飲んでいた。

「恋愛面で、気になる異性から告白されるでしょう、だって」

「ぶー!!」

 思わず、噴出した。対面に座っていた仁に、オレンジの液体がかかる。

「うおっ、春樹、汚っ!」

「ど、どうしたのよ、春樹!?」

「い、いや、何でもない」

「そう? …なんだか、少し、顔が、赤いけど?」

「ほ、ほんとっ、何でもないぞっ!」

 園村を、ちらっと見た。顔を真っ赤にして、俯いている。

「そ、そう? なら、続けるわよ」

 鳥谷が続ける。平静を装うために、またストローに口をつけた。

「佳奈は、射手座ね。ええっと、恋愛面は…、あった。なになに::、貴方が好きな人は、貴方のことが好きです。ですが、他に気にかかることもあり、貴方の想いは届きません。今は、待つべきでしょう」

「ぶぶー!!」

「うおっ、春樹、またやったな!?」

 今度は、仁の顔に、激しく噴出す。怒るより早く、仁が、駆け出していく。顔を洗いに行ったのだろう。

 っていうか、どんだけピンポイント過ぎるんだ、その占い。

「この雑誌の占い、よく当たるのよ」

「へ、へぇぇぇー…」

 当たってる。

 確かに、怖いぐらい、見事に当たってる。

 横。園村を、見た。赤い顔で、小さくなっていた。

 眼が、合う。

「あ、あははは。当たってない、よな?」

「ふ、ふふふ。そ、そう、だよね…」

 笑い合う。笑顔が、引きつっていた。多分、俺も同じだろう。

「ははは」

「ふふふ」

 苦笑。それしか、出来なった。



 止めを刺されたのが、クラスマッチの練習だった。

 毎年、五月の上旬にクラスマッチがあり、クラス対抗で競技を行う。

 多分、クラスの親睦と、団結力を高めるものだと推察される。

 当然、我ら2の5も、クラスマッチに参加する。

 クラスマッチにはいくつかの競技があり、一人一つ、必ず参加しなければならないというルールがあった。

 新学期が始まってすぐ、各種、委員会だの何だの決めるときに、一緒に決めていた。

 俺と園村と仁と鳥谷の四人は、同じ競技に出る。チームワークを生かした競技だ。

 男女混合、二人三脚。

 二組で行い、始めが仁と鳥谷、アンカーが、俺と園村だった。

 決めた時は、良かった。

 だが、今は…。

 横を、見た。園村。

 授業で、練習が行われようとしていた。

 グラウンド。ラインが引かれている。

 一周。四百m。

 練習の前に、仁に代わってくれるよう、頼んだ。

「ん、別に変わるのは良いが、園村さんは、納得しているのか?」

「ええと、それは…」

「ふぅ。園村さんに、了解取ってないのか。そんな状態で変えられて、春樹なら、どう思うんだ?」

「…嫌だな」

「わかってるじゃないか。なら、園村さんと話してこいよ。それで、園村さんが納得したのなら、変わるぞ」

「あ、ああ…」

 結局、園村とは話せなかった。

 いや、普通の会話なら、問題なく話せるんだ。

 ただ、なんつーか、その、関係性、みたいな感じの会話は、お互い避けてるところもあって。

 なかなか、切り出せなかった。

 そして、切り出せないまま、結局、練習当日になってしまったというわけだ。

 実行委員から、ルール説明がされる。真剣に、聞こうとした。半分も、耳には入ってこない。

 普通の競技なら、園村と同じでも、何も問題はない。

 バスケだとか、サッカーだとか。

 ただ、俺達がやるのは、二人三脚だった。

 それは、つまり、その、身体を露骨にくっつけあいながら、走るわけで::。

「……」

 やばい。何か想像すると、ほんとにやばい気がしてきた。

 振ったと言っても、俺はまだ、園村のことが、好きなわけで。

 何か、園村も、俺のこと、意識してるのが、色々と見えてくるわけで。

 自意識過剰かもしれないが、園村が、まだ俺のことを好きなのかもしれない、とか、ありえないことを色々考えてしまって。

 それで、二人三脚で。

 あー、やばい。

 何か、軽く、いや、重度に、混乱してきた。

 仁と鳥谷が、立ち上がる。ルール説明が、終わったようだ。

 慌てて、俺も立ち上がった。

「よ、よし。行こうか、園村」

 声を、掛ける。横を、見た。

 誰も、いない。

「あれ?」

 目線を、下に、ずらしていく。

 園村。座ったままでいた。

「お、おーい、園村?」

 座ったまま、俯いている。どこか、具合でも悪いのだろうか?

「…あう。…あう」

「…?」

 何か、呻いている。

「園村?」

「…わ、私が、南雲君と」

 返事はない。聞こえていないようだ。

「…南雲君と、二人三脚」

「おーい、園村!」

「え!? あ、は、はいっ!?」

 呼ばれて、園村は立ち上がり、真っ直ぐに立つ。顔が、真っ赤だった。

「大丈夫か?」

「う、うん、私は何でもないよ。い、いやだなあ。ほ、ほら、この通り」

 園村は、その場で、ラジオ体操みたいな動きをした。

「だ、大丈夫、みたいだな…」

「そ、そう! 大丈夫大丈夫! だ、だから、い、いこっ、南雲君」

「お、おう」

 歩き出す。園村。手と足が、同時に出ていた。

 グラウンドにいた何人かが、そんな園村を見て、笑っていた。

「え、ええと…」

 笑う気にもなれず、何故か俺も、恥ずかしくなった。

 仁や鳥谷達と一緒に、準備する。

 準備と言っても、グラウンドの準備は、すでに出来ている。

 あとは、お互いの足に、紐を巻きつけるだけだ。

「よし。これで、オーケーだ。春樹、そっちは、終わったか?」

「い、いや。まだだ」

 何て言うか、無理な気さえする。

 園村。体操服。白く、すらっとした足。

 思わず、そんなところに眼がいってしまう。

 集中できない。

「全く、遅いわね。何やってるのよ、春樹」

「うっせ。これでも、全開のスピードでやってるんだ」

 手つきだけは、早かった。緊張しているからだ。だが、それでは、しっかりと固定できない。緩んだ紐では、うまく走れない。それで、やり直しを、繰り返していた。

「全く、不器用ね。佳奈、やってあげなさいよ」

「え!? わ、私!?」

「あんた以外の、誰がいるのよ」

「え、あ、うん。そう、だよね…」

 言われて、園村がしゃがむ。息がかかる距離に、園村の顔があった。

「っ!」

 同時に、顔を逸らす。

「あんた達、どうしたの?」

「な、なんでもない。だよな、園村?」

「う、うん」

 焦りまくっていた。

「じ、じゃあ、頼むな」

「う、うん」

 気を取り直して、持っていた紐を園村に渡す。紐というか、はちまきぐらいの布だった。園村によって、二人の足に、巻かれていく。

「…んっ」

 園村が、きつく布で足を縛る。力を入れるたびに、吐息が、こぼれた。

 その度に、吐息が、足にかかる。

「っ…!」

 耐えた。何か、色々なものに、耐えた。

「よ、よし。終わったよ」

 足。見た。しっかりと、布で、縛られていた。これなら、ちゃんと走れそうだ。

「ん。なら、練習、始めようか」

 仁が、言う。

「お、おう」

「始めから、走るのは、難しいからな。まずは、普通に歩いてみよう」

「う、うん」

 仁と鳥谷が、歩いていく。流れるような動きだ。息が、ぴったりと合っている。

「南雲君…」

 園村。仁達の方を見ながら、何か、戸惑っていた。

「あ、あれ、私達も、するのかな…?」

 仁達を、指差す。

「!?」

 肩。組まれていた。

 おいおい。

 あれは、まずくないか?

「や、やっぱり、やらないと、駄目、だよね?」

 そう言うと、園村は、おずおずと、腕を肩に回す。

「っ!?」

 おもわず、固まる。そんな俺の様子にも構わず、園村の手が、肩をぎゅっと、握った。

「ご、ごめんね。私となんて、南雲君、嫌だよね…?」

「い、いや。そんなことは、な、ないぞ」

 横。園村。見た。真っ赤な顔で、俯いている。

 そんな園村を見ながら、何かを、必死で抑えていた。心臓の音が、間近で聞こえてくる。多分、それだろう。

「え、ええと…南雲君」

 はっ、と気づく。まだ、俺は、肩を組んでいない。

「あ、すまんっ。え、えっと…」

 腕を、上げた。なかなか、触わる踏ん切りがつかない。腕が、肩と空中を、行ったり来たりする。

 …何やってるんだ、俺は。

 ただ、肩を触るだけだろ?

 肩を、触るだけだ。

 覚悟を、決めた。

 えい。

 勢いよく、園村の肩に手をやり、組んだ。

「ひゃ!?」

 隣の園村が、びくっとする。

「す、すまんっ!」

「あ、だ、大丈夫。す、少し、びっくりしただけだから…」

「そ、そっか…」

「う、うん。む、むしろ、その、…嬉しかったし」

 最後の方が、小声で、よく聞き取れなかった。

「よ、よし。 じゃ、行くぞ、園村」

「う、うんっ」

 踏み出す。

 二人とも、右足から。

「え? うおっ!」

「あ。 きゃあ!」

 倒れた。

 当たり前だった。

 普通はお互い、逆の足を出す。そうしないと、バランスが取れないのだ。

「あ…」

「わ…」

 どう転んだのか、俺が、園村を押し倒す格好になっている。

 一瞬、時が、止まった。

 園村。見つめている。驚きで、開かれた瞳。瞳の中に、俺が映っていた。それが何故か、はっきりと見えた。

 悲鳴は、無い。園村の顔。驚いた表情が、何かを覚悟したような表情に変わる。

 そして、その瞳が、閉じられた。

「!?」

 おい。

 いや、これって。

 その、まさか、だよな?

 良いのか。

 いや、駄目だ駄目だ。

 っていうか、おかしいだろ?

 皆、見てるんだぞ。

 いやいや、そういうことじゃなくて。

 友達なんだぞ?

 いくら、その、好きな子だとしても。

 それは、まずいだろ?

 確かに、その、したいけど。

 こんな状況、もう二度とないだろう。

 しかも、多分、園村も、俺のこと、求めてきてくれてて。

 形としては、合意の上、ということになるわけで。

 なら、問題ないんじゃないか?

 ああ、そうだよな。

 なら、いいじゃないか。

 何も、問題ない。

 自分に、無理やり、言いきかせた。

 顔を、近づけていく。

 園村。見た。閉じられた、瞳。睫毛が、長かった。その睫毛が、震えている。

 ふっと、冷静になった。

 体勢を変えて、起き上がり、立った。

「大丈夫か、園村?」

 眼を閉じていた園村が、驚いたように、眼を開ける。

「え? あ。…うん」

 ほっとしたような、落胆したような表情。

 手。差しのべる。園村が、遠慮がちに手を取る。その手を引っ張って、立たせた。

「どこか、怪我とか、してないか?」

「う、ううん…。大丈夫」

 園村。明らかに、元気が無い。

 自分が何をしようとしたか、考える。

 罪悪感しか、浮かばなかった。

 なんだかんだ言って、自分を、園村を、裏切ろうとした。

 園村の様子で、ふと我に返った。

 それまで、俺は、何をしようとしていたのか。

 それを考えると、いたたまれない気持ちになる。

 中途半端なことをして、また園村を傷つけた。

「練習、続き、しようか」

「う、うん…」

「俺は、右から踏み出すから、園村は、左からな」

「うん…」

 園村が、静かに頷く。

「よし、じゃ、せーの…」

 その後は、何事も無く、練習できた。

 ほとんど、会話は無かったが。

 お互いに、話すのを、何となく避けている感じもあった。

 順調に練習した割に、いまいち、息は合わなかった。

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