一章(2):予期せぬカミングアウト
一日中、考えていた。
手紙の、差出人。
いくら考えても、わからない。
見覚えのある、字。
どこで見たのだろう。
誰だったのか。
思い当たる人物は、見当たらない。
仁も、知っている、と言った。
なら、俺と仁の知り合いの誰か、ということになる。
一年の時のクラスのヤツだろうか。
もしくは、このクラスの誰かなのか。
二人の共通の知り合いなら、その辺りだろう。
それでも、好かれているなんて、知らなかった。
俺が、気づいていないだけかもしれない。ていうか、気づけるヤツの方が、すごいと思う。
仁は多分、誰なのか、わかっている。
それでも、言おうとはしなかった。
アイツの性格から考えると、自然なことだが、その辺りも、何か引っかかっていた。
気になる。
だが、さっき、ああ言った手前、仁には、もう一度は聞けない。
そうこう考えている内に、最後の授業終了の、予鈴が鳴った。
「…はぁ」
正直、行きたくなかった。これから、結果のわかりきったやり取りをするのだ。現実的に考えても、やるせない気持ちになる。
「行くのか、春樹?」
帰り支度をしていると、仁が声を掛けてきた。
「ああ、行ってくるよ」
「春樹、どこに行くのよ?」
鳥谷が、俺達のやり取りに加わる。
「ちょっと、な」
「何、その意味深なの? 教えなさい」
「はいはい、美咲さん。春樹は忙しいようだから、構わないで、先に帰ろう」
「ちょっ!? 何すんのよ、仁!? 腕、離しなさいっ!? こらっ!?」
鳥谷が、仁に引きづられていく。仁が、うまくやれよ、と目配せしてきた。苦笑で返す。
「あれ、園村は行かないのか? てっきり、三人で帰るもんだと思ってたんだが」
隣で、同じように帰り支度をしていた園村に、話しかける。
「ん。え、ええと、今日は、ちょっと、ね」
煮え切らない感じで、園村が苦笑する。
「そっか。じゃ、気をつけて帰れよ」
「え? あ、う、うん」
園村を後にして、教室を出る。窓から、夕日が差していた。
廊下を、歩いていく。
「ははは。…はぁ」
今更になって、緊張してきた。
どうすれば、相手を傷つけずに済むだろうとか。
どんな風に、断ろうとか。
そんなことが、右から左に浮かんでくる。
足が、重い。それでも、すぐ、校舎の出口に出た。
外に出る。
部活の喧騒が、聞こえてきた。どこかで、吹奏楽部が練習しているのだろう。途切れ途切れに、演奏の音が聞こえた。
夕日。眩しい。
眼を薄く開けながら、校舎の周りを、歩いていく。
昇降口のある、正面玄関。
その反対側に、もう一つ入り口があった。遅刻者は、ここから入る。登校時間が過ぎると、正面の玄関が、閉じてしまうためだ。
それ以外で、普段、裏口は、学生が利用することは少ない。
正面玄関近くに駐輪場があり、皆、ほとんどそこから帰っていくためだ。
だから、静かな裏口付近は、学生の間では、ひそかな告白の場所になっているらしい。
ま、俺はまだ、そんな現場に遭遇したことはないんだが。
裏口に、ついた。
「お…」
思わず、声を上げた。
一本の、桜。
巨木。
一般的な桜の木のサイズの、三倍はあるだろうか。
それが、満開に、花を咲かせていた。
そういえば、今日の桜の開花予想では、この地域の桜の開花具合は、満開だと言っていた。最近、色々あって、気にかけることもなかった。
満開の花びらが、風に吹かれている。
春頃で、風は突然、大きく吹く。
枝が、風に揺れた。
桜の木全体が、震えているようにも感じられる。
しばらく、その光景に、見入っていた。
「あ、あの…」
声。
振り向いた。
「え?」
驚く。
園村。遠慮がちに、立っていた。
「あれ、園村? どうしたんだ、こんなとこで?」
帰るところ、だろうか?
だが、確か、園村の家の方向は、正門の方向のはずだ。
「もしかして、迷ったのか?」
聞いてみる。
園村は、俺と眼を合わせないようにして、言った。
「ううん、違う、よ」
「あれ? えーと、じゃ、何で園村が、こんなとこに?」
園村は、俯いて黙っている。
何度か、顔を上げて、口を開いた。
だが、言葉は、何も出てこない。
「あ…」
その様子で、わかってしまった。
「俺に、手紙、出したのって::」
園村は、眼を逸らしながら、頷いた。
「う、うん。私、なんだ」
「そ、…そっか」
沈黙。言葉が、続かない。
あれ?
っていうことは、園村は。
園村は、俺のこと…。
「じゃあ、手紙にあったのって…」
「…うん。全部、そのまま、ホント」
園村を見る。顔が、赤い。多分、俺も、同じように赤いだろう。
何か、気恥ずかしかった。
毎日、顔を合わせて話している、俺の隣の席の、女の子。
友達で、ずっと楽しく付き合っていた、女の子。
俺が、気になっている女の子。
その子が、俺のことを?
ははは。
何だか、現実味がない。
夢オチでも、全然、許せる展開だ。
だって、好きな子が、俺と同じ気持ちだったなんて。
園村が、恐る恐る話し出す。
「…ほら、私、一年の頃から、南雲君と同じクラスだったでしょ?」
「あ、ああ」
「その時から、いいなって思ってて。でも、言い出せなくて;;。友達になれば、言えるかと思って」
「そう、だったのか」
「う、うん。それで、美咲とかにも、色々相談に乗ってもらって。それで、告白、したんだ…」
「そ、そうか」
鳥谷も、わかってたのか。それならば、仁も気づいていたに違いない。
俺だけ、気づかなかったというわけだ。
逸らしていた園村の眼が、俺を見据える。怒っているようで、それでいて、今にも泣きそうな眼だった。
「私、南雲のことが、好き。だから、私と、付き合ってくれませんか?」
多分、俺が今、一番聞きたい言葉。
それを、聞いた。
嬉しかった。
俺と同じ想いを抱いてくれていたことが、何より、嬉しかった。
でも。
「…ごめん。俺、園村とそういう風には、なれない」
聞いた園村に、驚いた様子は無い。
「…そっか。…そう、だよね」
風が、吹いた。
「…ああ。出来れば、今のまま、友達でいないか? 今の俺と園村、仁と鳥谷。その四人の関係を、壊したくないんだ」
「…うん。私にも、わかるよ」
園村の声は、沈んで、少し震えていた。
そんな園村を、今すぐにでも、抱きしめたかった。
だが、それは出来ない。
俺は、友達であることを望んだから。
俺の、園村への想いは、殺したから。
そんな俺が、園村に優しくする資格なんて、無い。
「だから、このまま友達でいてくれないか。…頼む」
頭を、下げた。園村の顔を、これ以上、見られなかった。
「…うん、わかった。今日は、ごめんね」
「いや。俺の方こそ、…ごめん」
「南雲君が謝る必要なんて、無いよ。私が、南雲君に、嫌な思い、させちゃったんだし…」
「それは、ちがっ…!」
言いかけようと、した。
唇を噛んで、出てくる言葉を、遮った。
代わりに、違う言葉を、言った。
「…すまん」
そんな言葉しか、言えなかった。
「ううん。ホント、謝らないでよ。悲しく、なっちゃうから」
そう言って、園村が駆け出していく。
「園村…」
一歩。
踏み出していた。
それ以上、踏み出せない。
後を、追えなかった。
追って、俺は、何て言うつもりなんだ?
俺は、園村を、振ったのだ。
友達で、あり続けるために。
それを、望んだのだ。
だから、これで、良かった。
これで、良いんだ。
目の前の桜が、歪んだ。
何かが、眼から、とめどなく零れ落ちてくる。
それで初めて、自分が泣いているのだと、気づいた。