終章:吹っ切れた二人
熱い。
五月だというのに、グラウンドは、真夏並みの暑さに蒸しあがっている。
太陽の真下に立っているのだから、尚更だった。同級生は、日陰でゆったりと、応援している。
「熱いな…」
「うん、そうだね…」
隣の園村。少し、ぐったりしていた。
横にいた鳥谷が、やれやれという顔をする。
「まったく、だらしないわね。これで終わりなんだから、頑張りなさいよ」
「うるさーい!!」
「きゃあ!」
「いいか? 俺はまだ、あの時のことで怒ってるんだ! 園村以外の指図なんて、受けるかー!!」
「…相当、トラウマになってるみたいだな」
「…無理もないわ。私だったら、軽く、不登校にでもなりそうだもの」
「あ、あはは。な、南雲君。ほら、頑張ろ。…ね?」
「ん? 園村がそう言うなら、頑張るぞ」
「…単純ね」
「…見てて、砂糖吐きそうだ」
「うっせえ。さっさと位置について、一位で俺達につなげてこい」
「はいはい、わかったわよ」
「言われなくても、そのつもりだ」
クラスマッチ。
本番。
男女混合二人三脚。
決勝。
ここまで、三回戦った。
結果は、いずれもダントツのトップ。
全学年合わせ、三十チーム程で争われ、一度に四チームずつで行い、一位と二位が、勝ちあがっていく。
決勝に残ってるのは、俺達以外は、三チームとも、三年生。
「それでは…」
四組のペア。横一列で、構える。
「よーい…」
バーンと、発砲音。青空に、高く響いた。
一斉に、駆け出していく。
仁と、鳥谷。相変わらず、速い。二人とも、個人でも、普通に走らせれば、それぞれかなり速いのだ。
息が合っている。それで、お互いの速さを殺さずに走っていた。
「よし、いいぞ」
今のところ、トップ。後は、半周を残すのみ。
「あ!?」
直線で、抜かれた。三年生。多分、二人とも、陸上部か何かだろう。走り方が、普通とは違っている。
仁と、鳥谷。必死に、追いつこうとしている。だが、差は縮まらない。
その差。人で、二人分。
最後のコーナー。回って、二人が駆けてきた。
位置につく。構えた。いつでも、走り出せる。
仁。右手。バトン。持っていた。
「行くぞ、園村!」
「うん!」
駆け出す。何も言わなくても、息は合っていた。
バトン。速さが最大になったところで、受け取る。
横。トップの走者。駆けていた。
第一コーナー。曲がる。
抜いた。
抜いたまま、駆ける。内にライン取りし、進路を妨害する。
コーナーを、抜けた。
直線。横。敵が加速し、そのまま追い抜かれた。
「くそ…」
コーナーは、こちらの方が速い。二人の息が、合っている。息を合わせないと、無駄な動きが、どうしても出てしまう。内側と外側では、走る距離が、微妙に違うからだ。
直線は、あっちの方が速い。多分、二人とも、陸上部。一人一人で走らせたら、とても敵わないだろう。確かに速いが、あまり、息が合っているとは見えなかった。
あんなヤツらに、負けてたまるか。
見せてやる。
俺と園村の、二人の走りをな。
コーナー。入る。
ぐんぐんと、追い上げていく。
並ぶ。
そして、抜いた。
最終コーナー。出来るだけ、差は広げておきたい。
差。広げた。一人分ほどか。
コーナー。抜けた。
ラスト。直線。
後ろから、追い上げられる。
並んだ。
横。
園村。眼で、合図した。コクリと、頷いてくれた。
足。さらに、駆けた。
横。二人。見た。徐々に、後ろに下がっていく。
いや、俺達が、前に出ているからだろう。
ゴールライン。
目の前。
飛び込んだ。
ゴールの先。仁と鳥谷が、笑顔で、俺達を受け止めた。
「やったな」
仁がポンポンと、頭を叩いてくる。
「ふん、当たり前だろ。何たって、俺と、園村だぞ?」
「え、わ…」
何やら、園村が感慨深い表情を浮かべている。
「うわ、春樹、あんた…」
「何だよ?」
「恥ずかしいヤツになっちゃったのね…」
「ははは、間違いない」
「ふん。余計なお世話だ」
「ふふふ、カッコ良かったよ、南雲君」
「ん、園村もな」
「…ねえ、砂糖吐いていいかしら?」
「…どうやら俺達は、とんでもないやつらをくっつけてしまったらしい」
「…同意見ね」
クラスマッチから、二日。
休日。
今日は、園村と二人で出かけることになっている。
なんだかんだで、前は、仁達と四人で遊んだようなものだった。
今日こそ、二人きりで、デート。
待ち合わせ場所に、十分前に着く。
園村が、笑顔で待っていた。
「待ったか?」
「ううん、全然」
「今日も、可愛いな」
出会いがしらに、そんなことを言ってみる。
「えっ!? うあ…!?」
園村が顔を真っ赤にして俯く。
まだ、恥ずかしいみたいだった。そんなところも、やっぱり可愛くて、言った俺の方も、結構、どきどきしていたりする。
「な、南雲君も…カッコ良い、よ」
「!? お、おう…」
うわ。
言われる立場って、かなり恥ずかしいのな。
結構言ってもらってるのに、全然慣れない。
慣れちまうのも、それはそれで嫌だが。
「……」
「? どうしたの、南雲君?」
ゴクリ。
一度、大きく深呼吸をする。
今日、言おうと思ったことが、一つあった。
いざ言おうとすると、やっぱり緊張するもんだな。
「?」
不思議そうな顔をした園村の手を取る。
い、言うぞ。
「い、行こうぜ。…か、か、か」
「? か?」
「…佳奈」
「!?」
眼を逸らす。まともに、園村の顔が見れない。
「え? あ、あの、その…」
「ほら、俺達、その、付き合ってるんだし、名字で呼び合うのも、どうかなってな」
「う、うん」
「だ、だからさ。俺、佳奈って、呼ぶからな?」
「ど、どうぞ…」
「俺のことも、春樹って、呼んでくれていいから。あ、でも、嫌なら、そのままでもいいぞ」
「い、嫌なんかじゃ…、ない、よ?」
「そ、そっか…」
「う、うん…」
手。握ったまま、沈黙。
「う、うう~」
赤い顔で、困っているようだった。
「はは、そ、そんな、無理しなくて良いぞ。い、行こうぜ」
手を握り、歩き出そうとする。
その手が、強く握り返される。
「ま、待って…」
「え?」
「その、…は、春樹、君」
「……」
じんわりと、心の中に、何かが広がる。
熱い。顔で何か沸かせそうなくらい、熱かった。
「…い、行くか」
「…う、うん」
歩き出す。
しばらく、お互い眼を合わせずに、話していた。
昼。
ずいぶん、遊んだ。
買い物したり、食事したり。
二人で遊ぶのも、まだ俺にとっては、すごい新鮮で。
だから余計、楽しかった。
「ん?」
周囲。
視線を感じる。
後ろ。振り向く。
慌てて物陰に隠れる、二つの人影。
間違いない。
「アイツら…」
「どうしたの?」
隣を歩く園村が、首を傾げる。
「後ろ。仁と、鳥谷」
「え? もしかして…?」
「ああ。アイツら、暇を持て余し過ぎだろ」
「ふふ。でも、美咲達らしいよね。どうする、四人で遊ぶ?」
「佳奈は、どうしたい?」
「ええと…。私はもう少し、二人きりでいたい、かな」
「はは。俺も、同じだ」
思わず、笑ってしまう。
「美咲達には、申し訳ないけど…」
「ま、今度、アイツら誘って、四人で遊ぼうぜ」
「うん、そうだね」
「じゃあ、ここは…」
「うん…」
「「逃げる!!」」
手を取って、駆け出す。
「あっ!? 逃げたっ!?」
後ろ。鳥谷の声。
その声を遠くに聞きながら、真昼の街並みを、二人して駆けていった。
「もうっ! 逃げられたじゃない! どうして、追いかけなかったのよ!? 仁!」
サングラスを外しながら、美咲さんが叫ぶ。ベタベタな変装で、からかったら、それはそれで怒るので、止めておいた。
「さすがに、やりすぎだと思うけど? もう、あの二人はくっついたわけだし」
美咲さんの眉がキリリとし、人差し指をビシッと俺の方向に向けた。
「甘いわ、仁。いいこと? 恋人同士っていうのは、付き合い始めが肝心であって、行き過ぎも遠慮しすぎも駄目なのっ! つまりは、中間! それを私達が、さりげなく影からあの二人にレクチャーしよう、そういう作戦なのよ!」
何やら、鼻息が聞こえてきそうな声だ。というか、街中でそんな大きな声出すと目立ちすぎるので、正直止めて欲しいところだが。
そんな俺の心配通り、俺達の周りにはいつの間にか、結構な人だかりが出来ていた。
俺は気にしないし、美咲さんの方は、気づいていないみたいだが。
「どうせ、二人がくっついて寂しくなったから、ちょっかい出そうとしているだけだろ?」
「ち、違うわよっ! ぜ、全然、そんなんじゃ、ないんだから…」
「はいはい」
顔に出やすいな。
まあ、いつものことだけど。
「とりあえず、今日のところは、二人を追いかけるのは止めよう。なんか、やってて、悲しくなってきたからね」
美咲さんがじと眼で、遠くを見る。
「ふう。まあ、そうよねえ…。よく考えたら、私達、何やってるんだって、感じよねえ…」
もう少し、早く気づいてもらいたかったが。
そんなことを言うと、また面倒なことになるので、もちろん言わない。
「そんなに、あの二人が心配かい?」
「まあね。どっちも、大事な友達だし」
「春樹のことは、いいのか?」
「何がよ?」
「美咲さん、春樹のこと、好きだったんだろ?」
「なっ!? ば、馬鹿も、休み休み言いなさいよ! だ、誰が、春樹なんて…」
「やれやれ、素直じゃないな。俺の周りにいるヤツは、そんなヤツらばっかりだ」
軽く、笑いかけた。美咲さんは、目を逸らして、明後日の方向を見る。
「ふ、ふんっ! あんたの、思い違いよ」
「そうかな? これでも、人を見る眼は、多少自信があるんだが」
「私のどこが、春樹を好きだって言うのよ」
「んー、友達になった時辺りから、好きだったんじゃないかな。アイツはアイツで、変なトコ、優しいから。その辺にこう、ぐらっと」
「う…!? て、てきとうなコト、言うんじゃないわよっ!!」
美咲さんの顔。一瞬で、沸騰する。
どうやら、当たってしまったようだった。
「まあ、告白の踏ん切りがつかなそうだったから、俺も、もどかしく見てたんだけどね」
「ふん。余計なお世話よ」
もう、否定する気はないらしい。相変わらず、見ていて、気持ちの良いぐらいの割り切りようだった。
「もう、いいの。佳奈も春樹のこと、好きだってわかってたし。佳奈と春樹がうまくいくなら、それでいいかなって思っちゃったんだもの」
「そっか。ご苦労様」
「それ、皮肉?」
「いや、感謝、かな」
「なんでアンタに、私が感謝されなくちゃいけないのよ?」
「ん。なんでかな?」
笑いかけた。美咲さんが一瞬驚いて、すぐに笑い返した。
「仁」
「何だい?」
「あんた、私と付き合いなさい」
「いきなり、告白かい?」
「ばっ!? だ、誰が、あんたなんかに告白するもんですか! 今日、これからの話よ!」
「なんだ、遊ぶ話か。てっきり、告白かと思った」
「あ、ん、た、ねぇ…!!」
美咲さんが、ボキボキと指の関節を鳴らす。
「ははは、冗談冗談」
「全く。アンタの場合、冗談を冗談として、素直に受け取れないところがあるのよ…」
美咲さんに近づく。その手。取った。
美咲さんが、少し身構えたのがわかる。
眼。見つめた。
「な、何よ?」
「冗談にしてくれなくても、俺としては、構わないけど?」
「ばっ!? こ、このっ、馬鹿仁がー!!」
「ははは」
逃げた。笑った美咲さんが、追いかけてくる。
風が、速い。
上。
青い空が、どこまでも広がっていた。
午後。
もう少しすると、陽が暮れてくる。
デートの、最後。
学校に、来ていた。
休日の学校。
部活の気配はほとんどない。静かだった。
二人で来たかった場所が、一つだけあった。
「相変わらず、大きいな…」
ざわざわと、新緑の緑が、風に吹かれている。
木。
大きな。
桜の巨木。
もう、花びらは、完全に散ってしまっている。
今は、青々とした緑が、木いっぱいに色づいていた。
「ここで私、告白したんだよね…」
幹に手を触れながら、佳奈が呟く。
「ああ。実は俺、あの時すごく、悩んでた」
その手の平に、自分の手を重ねる。
「そうなんだ」
「ああ」
風。佳奈の髪が、風に揺れる。佳奈は手で、揺れる髪をおさえた。
「夢みたい。春樹君と、こうしてるなんて」
「ああ、俺もだ」
立ったまま、佳奈の腰を引き寄せた。佳奈が、俺に、身体を預けてくれた。
「ずっと、見てたんだよ…」
微かな声。風に乗って、聞こえてくる。
「ああ。気づけなくて、悪かった」
風に乗せて、言った。
「ううん。気づいて、くれたから」
青葉を見ながら、園村が言った。
「俺もずっと、見てていいか?」
俺も、見た。
「うん。見ていて、欲しい…」
佳奈。その瞳を、見つめた。
「ずっと、見てるよ」
見つめ合う。
そしてゆっくりと、唇を合わせた。
来年も、見るだろう。
桜色の、花びら。
春芽の頃。
また、二人で。
初夏の涼しげな風が、二人の間を、優しく駆け抜けていった。
~FIN~




