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春芽の頃~can't back green days~  作者: 達花雅人
1/12

序章:帰り道で気づく俺

【登場人物】

南雲春樹(なぐもはるき):桜見高校普通科二年

園村佳奈(そのむらかな):同上。春樹の悪友の一人


沢渡仁(さわたりじん):同上。春樹の悪友の一人

鳥谷美咲(とりたにみさき):同上。春樹の悪友の一人



 月が、高かった。

 午前四時。

 路地に、ほとんど人影は見えない。

「ふう、遊んだな」

「全く。誰が、十時で終わる、ですって? 結局、もう四時じゃない」

「そう怒るなよ。鳥谷だって、ノリノリで歌ってただろ?」

「うっ。そ、それは…。と、とにかく! もうこんなの嫌だからね!」

「じゃ、もう止めるか?」

「うっ…。ふんっ。べ、別に、止めたいなんて、言ってないじゃない」

 後ろで聞いていた仁が、声を殺しながら笑う。

「もう、その辺にしておけ、春樹。それ以上やると、俺まで、とばっちりを喰らいそうだ」

「なんですって?」

「まあまあ、美咲。落ち着いて。ね?」

 コートを羽織った園村が、鳥谷を止めに入る。慣れたやりとりで、鳥谷を止めるのは、だいたい園村か仁だ。俺は、専ら、からかう方に回る。

 娯楽施設の前。ボーリングだのカラオケだのゲーセンだの、その他もろもろが詰まった、複合娯楽施設だ。最近は、ここを利用することが多い。

「佳奈のコート、良いわね。失敗したわ。こんな時間に帰ることになら、着てくれば良かった」

「仕方ないよ。初めは、こんなに遅くなる予定でも無かったし。まあ、私は、うすうす予想してたけど」

「園村は賢いな。四月とは言え、まだまだ寒いもんな」

「春樹。あんた、私が馬鹿だって言いたいの?」

「どうだろうな」

 鳥谷が指の関節を鳴らす。

「ふふふ。春樹。あんた、覚悟は出来てるんでしょうね?」

「まあまあ、美咲さん。とりあえず、ここを移動しよう。頭を冷やすのは良いが、身体を冷やすのは、良くないぞ」

 仁が駐輪場に止めておいた自転車を引きながら、歩き出す。俺と鳥谷は、お互いを警戒しながら、仁の後についていく。園村は、そんな俺達をにこやかに見ながら、ついてくる。

 四月上旬。まだ、春休みだ。だがもうすぐ、高校が始まる。

 二年目だった。去年は、何もわからない一年生。俺の通っている高校は私立で、付属の中学なども無い。つまり、入学直後は、周り全員が、ほとんど知らないヤツだった。

「四月だって言うのに、寒いな。一応、マフラーは身につけてきたんだが」

「俺だって寒い。それに、俺は、マフラーすらしてないんだぜ? 仁、俺に、その首に巻いてる物を貸せよ」

「なら、一緒に使うか?」

「…いや、激しく、遠慮しとく」

 初めて俺に声を掛けてきたのが、仁だった。

 同じクラスで、馬が合ったのか、すぐ仲良くなった。仁は落ち着いていて、人に合わせるのがうまい。どちらかといえば、俺とは正反対のタイプの人間だった。

 それから、鳥谷と仲良くなった。

 知り合いになる前の鳥谷は、クラスで少し浮いた存在だった。

 とにかく、勉強、運動、その他何でもかんでも出来た。それも、人並み以上と言うか、トップと言うか。

 それが、近づきがたい存在に思われたらしい。からかってみると、案外楽しいヤツで、すぐに仲良くなった。

 それが、夏頃。それからは、クラスで浮いた感じも薄くなった。

 そして、園村と仲良くなった。同じクラスだったが、他に友達もいた。だが何故か、俺達とも遊ぶようになった。

 文化祭が終わった頃辺りからだっただろうか。それからは、普段でも、俺達と一緒に行動することが多くなった。

「もうすぐ、桜が咲くって、ニュースで言ってたよ。でも、まだまだ寒いよね」

「確か、桜は、寒くないと咲かないんじゃなかったか?」

「え、そうなんだ?」

「あ、その話、私も聞いたことある。冬、寒くならないと、春に咲かないのよね」

「そ。だから、寒さも大事ってことだな」

「私は、部屋でゆっくり、温まりたいけどね」

「怠け者の美咲らしい意見だな」

「やっぱあんた、どうしても、私に殴られたいみたいね」

「はは。俺は、そんなドМじゃないぞ」

「まあまあ、二人とも……」

「それにしても、ずいぶん遊んだな。もし今日、授業があったら、かなり辛いことになってただろう」

「俺は、ほとんど寝てるけどな」

 真面目な仁のことだ。授業中は、ちゃんと起きているのだろう。だから当然、俺よりも成績は良い。俺は、寝るのを日課としている。

「全く。去年一年、授業中、あんたが私の目の前でぐうぐう寝るから、変に緊張してなくちゃいけなかったじゃない」

「仕方ないだろ。人間の生体反応なんだから」

「ふふ。でも南雲君は、ほとんどの授業で寝てるよね。寝てないのは、菅野先生の世界史ぐらいだったかな」

「ああ。菅野の授業は、寝てると、後で呼ばれて説教だからな。去年三回やって、懲りた」

「三回もやるだけ、南雲君らしいよ」

「ふ。もっと、俺を褒めればいいぞ」

「勘違いするんじゃないわよ。佳奈は、あんたを馬鹿にしてるのよ」

「何っ!?」

「ええと、そんなつもりじゃ無かったんだけど::。ふふ。ま、いいか」

 四人とも、家は高校から近い。駅を使う必要も無いため、終電を気にせず遊べる。通ってる生徒の大部分は、電車を利用していた。俺達のように家が近い場合、皆、自転車で通う。

 少し、寒かった。園村の言ったように、春でも、まだ肌寒い。自転車のハンドルを握る手が、少し赤くなっている。

「タクシーでも、使おうかしら」

「おいおい。自転車はどうするんだよ?」

「冗談よ。さすがに、自転車は運べないでしょ。あんまり見かけるから、言ってみただけよ」

 路上の両端、タクシーが止まっていた。もう、夜も遅い。終電に乗り損ねた酔っぱらいサラリーマン達でも待っているのだろう。

「でも、その気持ちもわかるな。遊びすぎて、少し疲れた」

「何か、おっさんみたいなこと言うわね、仁」

「今頃気づいたのか、美咲? 仁は、元々おっさんだ」

「やれやれ。春樹と美咲さんに組まれたら、俺には立つ瀬が無いな」

「ふふ、珍しいもんね」

 仁は、仕方ない、という素振りをする。園村が、少し笑っていた。

 不意に、後ろから、自転車のベルが鳴る。ライトが一つ、暗闇に浮かんでいた。

「?」

 気になって、振り向く。仁が、苦笑した。

「あ、マズイな」

「? 何がだ?」

 何がマズイのか、わからない。鳥谷も園村も、不思議そうな表情を浮かべている。

 チリンチリンと、また、ベルの音が鳴った。光るライトの自転車が鳴らしているのだけは、わかった。

「あれは、国家権力だ」

 自転車のサドルに腰を落としながら、仁が言う。

「ええと。だから、何よ?」

 美咲が、恐る恐る聞く。

「平たく言えば、おまわりさん、だな」

「そこの四人、待ちなさい!!」

 何やら、後ろから、怒鳴り声が響いてくる。

 ベルを鳴らしながら、自転車に乗った、青い制服姿の、公務員。その姿が、次第に、闇に浮かび上がってきた。

「…げ」

「…うっわ」

「高校生だと、この時間は、マズイ、よね?」

「ああ。高校生と言っても、補導の対象になるだろうね。多分、学校や親に連絡されるか、朝までお説教、というところかな」

「…俺は、パス」

「…私も、遠慮しとくわ」

「…出来たら、私も」

 そう言って、俺達は、それぞれの自転車のサドルに跨る。

 結構、長い付き合いになるのだ。だいたい皆、何をするか、言わなくてもわかっている。

「さて、今日はそろそろ、お開きだな。春樹、時間も時間だ。園村さんを、家まで送ってけよ。俺は、美咲さんを送っていくから」

「え、でも…」

 園村が、困ったような顔を浮かべる。

 そんな顔されると、何か少し、傷つくな。

 困惑する園村に、仁は諭すように言う。

「残念ながら、迷ってる時間は無いんだ、園村さん。二手に分かれて、あの警官を撒こう。補導されるのは、御免だろ?」

「あ、うん。わかった」

「ま、送るのが春樹なのは、申し訳ないが」

 そう言って、仁が少し笑った。

「おい、仁。それ、どういう意味だ?」

「はは。ま、言ったまでの意味さ。それより、ちゃんと園村さんを送っていけよ。園村さん、それで、良いかな?」

「あ、えっと、うん。じゃあ、迷惑じゃなかったら、南雲君、頼めるかな…?」

「ああ、いいぜ。んじゃ、捕まる前に、帰るとするか」

「うん、よろしくね」

 鳥谷が、むすっとした顔で言う。

「ちょっと、待ちなさいよ。私については、何も無いんだけど?」

「時間が無いから、早く行こうか、美咲さん」

「あ、今、無視したわね。子供扱いするフリして、あんた、さりげなく私を無視したわね」

「何のことかな? さ、行くよ、美咲さん。春樹達も、おまわりに捕まらないことを祈る。それじゃあな」

「おう。そっちも、頑張れよ」

「そこの四人、止まれ!」

 一度、振り返る。

 警官の顔。ぼんやり見える位置まで、迫ってきていた。

「よっと」

 漕ぎ出す。四人で、夜道をしばらく走った。T字路で、仁は右に、俺は左に、曲がった。

 漕ぎながら、後ろの園村を見る。

「キツくないか、園村?」

「ううん。私は、大丈夫」

「そっか。じゃ、もう少し、引き離そう」

 さて。

 俺達と、仁達。

 どちらを、追ってくる?

「そこの自転車、待てぇい!!」

 敵影。

「…げ」

「…あ、あはは。こっち、来ちゃったね::」

「…最悪だな」

 とは言え、この辺は、いつも遊びの帰りに走っている。

 下手な警官より、よっぽど土地感はあるはずだ。

「確か、ここを左に曲がれば、曲がり角の多い道だな」

 走っているうちに、撒けるかもしれない。

 左に、曲がった。曲がり角を、右に左に、曲がりながら走っていく。

 後ろ。振り返る。ライトは、追ってきていた。

「ちっ。なら…」

 近くの住宅街に誘い込んだ。ここなら、小道も多く、迷いやすい。

「よし。ここを、右だ」

 右に、ハンドルを切った。

「!?」

 目の前。小道の真ん中。でかいワゴンが、道を塞いでいた。

「これじゃ、通れないね…」

「くそ…」

「待てえぇぇぇ!!」

 声が、近づいてくる。

 マズイ。

 前は、行き止まり。

 後ろは、警官。

 どうする?

「南雲君、こっち」

「え?」

 服の袖を、園村が引っ張る。

「ここって…」

 入ったのは、他人の家の庭。

 昔ながらの佇まいで、庭の入り口に門のようなものはなく、当然、鍵も無い。夜遅くで、寝ているのか、家の明かりは無かった。

「ここなら多分、やり過ごせるよね?」

「あ、ああ。そっか、その手があったな」

 音を立てて、家の人や警官に気づかれないよう、静かに塀に自転車を止め、道から見えないようにした。

「よし。自転車は、これでオッケーだ。俺達は、どうする?」

「外から見えない壁の傍で、隠れていた方が良いんじゃないかな? そこなら、すぐに自転車に乗って逃げられるし」

「よし。じゃ、そうしよう」

 塀に張り付いて、息を殺す。

 曲がり角を右に曲がったのは、見られているだろう。曲がった先に、姿が無い。

 後は、近くの家の庭まで、確認するかどうか。

 それで、捕まるかどうかだ。

「待てぇぇ!!」

「……」

「……」

 息を殺して、警官が来るのを待つ。心臓が、口から飛び出してきそうだ。

 隣。

 塀のそばで、じっとしている園村を見た。不安そうな顔をしている。

「…な、何か、緊張するな」

「…う、うん。私も」

 ベルの音が、真夜中の住宅街に響く。派手な音だ。寝ている住人が起こされて、俺たちが見つかる可能性もあるので、止めて欲しい。

 小声で、隣の園村に、話しかけた。

「すまん」

「え? どうして、南雲君が謝るの?」

「いや。帰り、俺のせいで、遅くなっただろ? だから、警官に追い回されてるわけだし。だから、すまん」

 俺が、もう少し、遊ぼうと言った。まだ少し、遊び足りないと思った。

 何より、この四人で遊ぶことが、楽しかった。だから、楽しい時間を、終わらせたくなかった。

「そんなことないよ。皆、もっと一緒に遊びたかったし。もちろん、私も。だから、南雲君が謝る必要なんて、無いよ」

 そう言って、園村がじっと、俺を見た。

 真剣な眼だった。嘘など、全く無いような。

 吸い込まれそうな、瞳。

 少し、見詰め合った格好になる。

「…っ!」

 同時に、眼を逸らした。

 何だか、さっきとは違う緊張感が、あった。

「…ん、ありがと、な」

 眼を逸らしたまま、言う。

「…い、いえ。どう、いたしまして::」

 ちらと、園村を見る。眼を、逸らしていた。

 その眼が、俺の眼と合う。

「…っ!」

 また、同時に、眼を逸らした。

 俺達のすぐ傍で、自転車のベルが鳴る。

「ここを曲がったな…。ん、ワゴンか。ふん。こんなもので、国家権力の行手を阻もうとは。いい度胸だ。必ず、必ず捕まえてやるっ! うおおおおっ!!」

 塀の外から、何かが擦れ合う音が、聞こえてきた。

「……」

「……」

 馬鹿か。

 馬鹿なのか。

 国家権力とは、そんなにも馬鹿だったのか。

「うおおおおっ!! ふ、ふははは! どうだ、何人たりとも、国家権力を阻むことは、不可能なのだああああっ!!」

 ぜひぜひ、その国家権力とやらに、傷ついた車の修理代の請求がいってくれればいい、と思った。

「む、いない。先にいかれたか。逃がさんぞ! 待てぇぇぇ!!」

「……」

「……」

 ベルの音が、遠くなっていく。

 どうやら、無事に撒くことが出来たようだ。

「…ぶっ」

「…ふふふ」

 堪えきれない。

「ふはははは」

「ふふふ」

 笑った。堪えきれず、笑った。

「ぶっ。普通、あそこで、ああいうことするか?」

「ふふふ。ううん、多分、しない」

「ふはは。そ、そうだよな」

「ふふ。な、何か、間違ってるよね」

「あはは、国家権力なのに、な」

「ふふふ。国家権力なのに、ね」

 大声で、笑った。笑い声は、しばらく止まなかった。

 ふっと、家の明かりがつく。

「あっ、やばい。家のヤツに気づかれた。もう行こうぜ、園村」

「あ、うん。で、でも、待って。ま、まだ、笑いが。ふふふ」

「俺だって、正直、まだ止まんない。ははは、と、とにかく、行こう」

「う、うん」

 塀の立てかけておいた自転車に乗り、小道に出た。

 もう、警官の姿は無い。

 自転車。漕ぎ出していく。

 誰もいない夜道を、園村と並んで、笑いながら、走っていく。

 吹き抜ける風が、冷たい。熱い頭には、それが、心地良かった。

 横で走っている園村を見た。

 笑っていた。その笑顔が、眩しかった。

 園村の顔を見ながら、何か充実した、けれど、どこか満たされない想いが、胸をよぎった。

「……」

「ふふふ。ん? どうかした、南雲君?」

「あ、いや、何でもない」

「そう?」

「ああ、気にしないでくれ。ほんと、何でもないんだ」

 気づいた。

 はっきりと、気づいてしまった。

 俺の中にある、想い。

 多分、この想いに付ける名を、俺は知っている。

 それでも、この想いは、伝えない方が良い。

 友達だった。四人の、今の関係。

 それを壊してまで、伝えるべきではない。

 温かい、陽だまりのような繋がり。

 今、この胸にある想いを伝えてしまえば、その繋がりは、変わるだろう。

 伝えても、繋がったままかもしれない。

 壊れないかもしれない。

 だが、伝えた前と後では、やはりどこか、変わってしまうだろう。

 それが、怖かった。

 壊したくないとも、思った。

 やはり、伝えない方が良いのだ。

 園村を、見た。

 また、心に、何かがよぎった。

 よく知った、何か。

 気づかれないようにしよう。園村に。

 俺さえ忘れたフリをしていれば、それでいい。

 それで、この関係が壊れることは無いのだ。

 車輪の回る音が、地面に響く。

 今日は眠れないだろうな、と思った。

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