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ロロとトト  作者: 麻婆
8/10

光源2


「博士。なんで月は欠けるの?」

「兎が餅つきの杵をミスって振るうんだ。それで月は穴ぼこだらけだし、たまに欠ける」

「――は?」


 トトはひどく相手を馬鹿にした表情を浮かべ、それにショックを受けた博士の眼鏡が心なしか曇る。


「じょ、冗談だよ」

「頼みますよ、博士」


 町の図書館。

 眼鏡やら博士やらとニックネームでばかり呼ばれる少年は、こほんと咳払いを一つ、自身の知識を総動員して説明を始めた。


「まず、月が光っているのは、太陽の光が当たっているからなんだ。自分で光っているわけじゃない」


 博士は、ロロの姉であるトトに向かって、携帯電話を掲げてみせる。


「このライトが太陽。ぼくの顔が月ね」


 博士が操作をすると、携帯電話が光を放ち、彼の顔を照らしあげた。


「こんな感じ」

「でも、夜は太陽なんて、ないじゃない。地面の向こうに沈むもの」

「ところが、夜でも太陽は見えないところにちゃんといるんだよ。こんな風に」


 博士は携帯電話を机の下に隠す。下から照らすライトは、博士の顔の下半分を浮かび上がらせた。


「博士、顔が気持ち悪いわ」

「そうだろうね! でも、これでわかるだろ。ぼくの顔の光っている部分は半分だけ。暗いところは夜空にとけて見えないから、欠けているように見える」

「あ――、半月だ!」

「そうだね」

「やるわね、博士」

「あ、ありがとう……」


 いい女風に微笑んでみせるトトに、博士は心なしか眼鏡を曇らせて苦笑した。


「月は太陽がいないと輝けないんだ。自分では光れないからね」

「そうかしら」

「え。そうでしょ」


 虚を衝かれた博士は呆け顔だ。一方、トトは難しい顔で頭を抱えている。


「月が自前で光ってたら、本物の博士たちが腰を抜かすよ?」

「そうね。いつか、ありったけの電球を使って、わたしが月を光らせる。みんな腰を抜かすといい」

「でも、それは月が自分で光ってるって言えるかな?」

「いいじゃない。誰かに手伝ってもらったって。――それで光るなら、自分で光ってるで、いいじゃない」


 博士の眼鏡が心なしか光る。携帯電話のライトはすでに消されていた。


「トトはすごいな。すごい馬鹿だね。偉大な馬鹿だ」

「なんだと! 悪口だよね、それ! ひどいな! 博士は友達いないタイプね」

「い、いるよ! 少ないけどね……」

「まあ、そうね。わたしとロロがいるもんね。あとベニーも」

「トトは?」

「なによ」

「友達いるの?」


 図書館で高校生に話しかけ、そのまま居座る小学生。もしかしたら、と少し心配になる博士。


「いるに決まってるでしょ。いっぱい、いる」

「それはよかった」

「わたしより博士のほうが心配。小学生に構ってもらってるなんて、かわいそう……。ベニー、呼んであげようか?」

「いえ、大丈夫です……」



 ◆



「なに泣きそうな顔で葉っぱもいでるの」


 図書館から帰宅したトトが見たのは、半泣きでミズの葉を取り除いているロロだった。


「おもいのほか、大変なんだ。ぼくは、みあやまった」


 溜息をついたトトは、そのまま玄関口まで進み、家の中へ大声を投げ入れる。


「お母さーん! ロロが泣いてるから、わたしも手伝うー!」

「待ってよ、トト。これはぼくの仕事だから」


 なんで泣いてるの、と仰天した母親の声も聞こえ、ロロは大慌てで立ち上がった。


「自分のことは、自分でやらないとダメなんだ。ぼくがやるって言ったんだ。セキニンがあるんだ」

「なに言ってるの。わたしだってミズ食べるし。それに、手伝ってもらうことは変じゃないんだよ」

「しかし――」

「しかし、じゃないの。太陽だって、夜は光が届かないから、月に手伝ってもらってフインキのある光で照らすんだわ。カンセツショウメイよ」

「なんの話――」

「太陽だって、月がないと困るって話よ。モチツキイモタレってやつよ」


 ロロは目を白黒とさせ、トトの言い分を飲み込もうとする。


「トト。持ちつ持たれつ、じゃないのかな。あと、フンイキね」


 辛うじて、それだけの反撃を試みたロロ。


「細かいな。とにかくやるよ。残ったらお父さんに押し付ければいいわ」

「ひどいよ! 父さん疲れて帰ってくるのに……」

「いいじゃない。ロロが泣いてたらお父さんも光れないもの。わたしが手伝うから光りなさいよ」

「お……。う、うん」


 こくり、と頷いたロロ。にっこりと微笑んだトト。

 そして、二人は猛烈な勢いでミズの葉を千切り始めた。トトがその雑な仕事ぶりをロロに叱られるに至るまで、作業の勢いが衰えることはなかった。


「よーし、あとは父さんに任せとけ」


 夜になり、背広姿のままミズの葉を千切る父親の姿は、ロロとトトには光っているように見えた。


「スーツ脱いでからにしてね。汚れたらクリーニングに出すのは誰かなー?」

「申し訳ありません……」


 母親に怒られ、すごすごと着替えに向かう父親を見て、ロロとトトは顔を見合わせて笑う。


「父さん、しょんぼりしてる」

「光ってないわ」

「なにそれ。お父さんはいつも光ってるでしょ。そんなことより、ちょっと台所手伝って」


 はーい、と手を引かれてキッチンへ向かうロロとトト。

 トトがミズを洗い、母親がそれを軽く湯がく、ロロは醤油と生姜の調合に真剣だ。ミズの赤いコブは、湯がくと緑色に変わる。それが不思議でたまらないのか、ロロとトトは楽しそうに目を輝かせていた。


「お父さん、わたしが作ったミズ食べてみて!」

「ぼくだって作ったよ!」

「お。やった。ビールも欲しいなー」


 ロロとトトの光が反射したかのように、父親の目じりは下がる。そして、それは母親にも伝播し、母親からロロへ、ロロからトトへ、トトから父親へ。繰り返される光の反射。やがて、光は光源を曖昧にして、部屋中に満ちていったのだった。


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