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ロロとトト  作者: 麻婆
7/10

光源1


 ウワバミソウという山菜が、茎のところどころに赤いコブを作っていた。このあたりではミズと呼ばれているその山菜を、母親が大量に携えて現れた。


「ロロ。お婆ちゃんがミズ採ってきたよ。葉っぱ取ってくれる?」

「いいよ」

「トトは?」

「遊びに行った」

「お母さん、別の用事あるんだけど、ロロ一人で出来る?」

「出来るよ」


 ロロは読んでいた本をぱたんと閉じて、長袖を捲り上げた。

 秋の涼しい風が白い肌を撫で、遠い太陽を目指して高く空にのぼる。


「じゃあ、お願いね。散らかるから庭でやってね。その赤いコブのところが一番美味しいんだってよー」

「へぇ……。なんでこんなことになるんだ」

「調べるのは後にしてね、ロロ」


 はーい、と返事をし、ロロは茎から葉を取り除く作業に取りかかった。


 ぱきり。ぺきり。

 コブが無ければ、先端の葉を束ねて一息に千切ればいい。しかし、先端で枝分かれする葉の根元にもコブはあった。一番美味しいらしいコブを捨ててしまわないよう、細心の注意を払ってロロは葉を取り除いていく。そのため、葉をもぎ取っていく作業は、ロロの想像よりも遥かに時間がかかった。


「よう、少年。トトのスイカの種に続いて、今度はなんだ?」

「こんにちは、ベニー。山菜の葉っぱを取ってるんだ」

「手伝いか? 偉いな。――しかし、すげえ量だな」


 越後屋紅(えちごや べに)は、ロロの隣に山と積み上げられたミズに怯んだ。


「うちの婆ちゃんが山に入るとこうなる」

「お祖母さん、元気良すぎだろ」

「いつも近所にお裾分けするから。今度ベニーにも……」


 突然、言葉を飲み込んで黙りこくるロロ。


「――え。待って。な、なんで泣いてんの?」


 気が付くと、ロロは涙を溜めながら葉をもいでいた。下校途中だった越後屋。彼女は驚きのあまり、学生鞄を落とす。


「ロロ? 大丈夫か?」

「思った以上に、これは大変な仕事だった。ぼくは、みあやまった。夜になっても葉っぱをもいでいる自分を想像して、心が折れそうだ」

「急にかよ。仕方のねえやつだな」


 越後屋は苦笑いをこぼして、ロロの傍らにしゃがみ込んだ。


「ベニーは、トトと違って、ちゃんとスカートを抑えてしゃがむんだね」

「うるせーな。変なとこ見んな」


 べしっ、とロロの頭を叩いて、越後屋は未処理のミズに手を伸ばす。


「いい」

「なにが?」

「これは、ぼくが一人でやらなくちゃいけないんだ。そう言ったんだ。だから、いい……」

「なんでだ。ちょっと手伝うくらい構わないだろ」


 困った顔で手を宙に浮かせたままの越後屋。その手をそっと抑えて、ロロは首を横に振る。


「ありがとう、ベニー。でも、これはぼくの仕事なんだ。自分の言葉には、セキニンを持つんだ」

「ずいぶん耳が痛いこと言うじゃないか、この小学生は……」

「え。声が大きかった?」

「え?」

「……え? 耳、痛いんじゃないの?」


 おろおろと慌てるロロを見て、越後屋はたまらず吹き出した。ロロはそんな越後屋をすこしムッとしたように見上げる。


「耳、大丈夫なの?」

「あぁ、大丈夫だ。ありがとうな、心配してくれて。――耳が痛いって言うのは、つまり、兎の逆立ちってやつだよ」

「な、なんだそれは……。ぼくのわからない言葉をわからない言葉で説明するなんて、ベニーは鬼だ。博士もそう言ってた」

「あのくそ眼鏡」


 ごそごそと、懐に忍ばせていたメモ帳に、『耳が痛い ウサギの逆立ち』と書いたロロ。それを微笑んで見つめていた越後屋は、意を決したように立ち上がった。


「誰かに手伝ってもらうことは悪いことじゃない、と思う。でも、お前が自分の言葉に責任を持つって言うなら、手伝わない。いいか?」

「うん。あとは任せて先に行け」

「それ死ぬやつじゃねえか……」


 越後屋は、ぼすっと肩に鞄を担ぎ、ロロを見る。


「本格的に泣きそうになったら、お母さんに言うんだぞ。あと、近頃はもう寒いから、夕方になったら終わってなくても切り上げろよ」

「しかし――」

「しかし、じゃねえから。いいな?」

「う……」

「なんだそれ。返事は?」

「はい……」


 越後屋は、よろしい、と頷いて帰路に着く。その背中に――


「ベニー! 今日の前髪は決まってるね!」


 ――と、ロロの声が届いた。


「う、うるせー!」


 越後屋は赤鬼のような顔で怒鳴るのだった。


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