光源1
ウワバミソウという山菜が、茎のところどころに赤いコブを作っていた。このあたりではミズと呼ばれているその山菜を、母親が大量に携えて現れた。
「ロロ。お婆ちゃんがミズ採ってきたよ。葉っぱ取ってくれる?」
「いいよ」
「トトは?」
「遊びに行った」
「お母さん、別の用事あるんだけど、ロロ一人で出来る?」
「出来るよ」
ロロは読んでいた本をぱたんと閉じて、長袖を捲り上げた。
秋の涼しい風が白い肌を撫で、遠い太陽を目指して高く空にのぼる。
「じゃあ、お願いね。散らかるから庭でやってね。その赤いコブのところが一番美味しいんだってよー」
「へぇ……。なんでこんなことになるんだ」
「調べるのは後にしてね、ロロ」
はーい、と返事をし、ロロは茎から葉を取り除く作業に取りかかった。
ぱきり。ぺきり。
コブが無ければ、先端の葉を束ねて一息に千切ればいい。しかし、先端で枝分かれする葉の根元にもコブはあった。一番美味しいらしいコブを捨ててしまわないよう、細心の注意を払ってロロは葉を取り除いていく。そのため、葉をもぎ取っていく作業は、ロロの想像よりも遥かに時間がかかった。
「よう、少年。トトのスイカの種に続いて、今度はなんだ?」
「こんにちは、ベニー。山菜の葉っぱを取ってるんだ」
「手伝いか? 偉いな。――しかし、すげえ量だな」
越後屋紅は、ロロの隣に山と積み上げられたミズに怯んだ。
「うちの婆ちゃんが山に入るとこうなる」
「お祖母さん、元気良すぎだろ」
「いつも近所にお裾分けするから。今度ベニーにも……」
突然、言葉を飲み込んで黙りこくるロロ。
「――え。待って。な、なんで泣いてんの?」
気が付くと、ロロは涙を溜めながら葉をもいでいた。下校途中だった越後屋。彼女は驚きのあまり、学生鞄を落とす。
「ロロ? 大丈夫か?」
「思った以上に、これは大変な仕事だった。ぼくは、みあやまった。夜になっても葉っぱをもいでいる自分を想像して、心が折れそうだ」
「急にかよ。仕方のねえやつだな」
越後屋は苦笑いをこぼして、ロロの傍らにしゃがみ込んだ。
「ベニーは、トトと違って、ちゃんとスカートを抑えてしゃがむんだね」
「うるせーな。変なとこ見んな」
べしっ、とロロの頭を叩いて、越後屋は未処理のミズに手を伸ばす。
「いい」
「なにが?」
「これは、ぼくが一人でやらなくちゃいけないんだ。そう言ったんだ。だから、いい……」
「なんでだ。ちょっと手伝うくらい構わないだろ」
困った顔で手を宙に浮かせたままの越後屋。その手をそっと抑えて、ロロは首を横に振る。
「ありがとう、ベニー。でも、これはぼくの仕事なんだ。自分の言葉には、セキニンを持つんだ」
「ずいぶん耳が痛いこと言うじゃないか、この小学生は……」
「え。声が大きかった?」
「え?」
「……え? 耳、痛いんじゃないの?」
おろおろと慌てるロロを見て、越後屋はたまらず吹き出した。ロロはそんな越後屋をすこしムッとしたように見上げる。
「耳、大丈夫なの?」
「あぁ、大丈夫だ。ありがとうな、心配してくれて。――耳が痛いって言うのは、つまり、兎の逆立ちってやつだよ」
「な、なんだそれは……。ぼくのわからない言葉をわからない言葉で説明するなんて、ベニーは鬼だ。博士もそう言ってた」
「あのくそ眼鏡」
ごそごそと、懐に忍ばせていたメモ帳に、『耳が痛い ウサギの逆立ち』と書いたロロ。それを微笑んで見つめていた越後屋は、意を決したように立ち上がった。
「誰かに手伝ってもらうことは悪いことじゃない、と思う。でも、お前が自分の言葉に責任を持つって言うなら、手伝わない。いいか?」
「うん。あとは任せて先に行け」
「それ死ぬやつじゃねえか……」
越後屋は、ぼすっと肩に鞄を担ぎ、ロロを見る。
「本格的に泣きそうになったら、お母さんに言うんだぞ。あと、近頃はもう寒いから、夕方になったら終わってなくても切り上げろよ」
「しかし――」
「しかし、じゃねえから。いいな?」
「う……」
「なんだそれ。返事は?」
「はい……」
越後屋は、よろしい、と頷いて帰路に着く。その背中に――
「ベニー! 今日の前髪は決まってるね!」
――と、ロロの声が届いた。
「う、うるせー!」
越後屋は赤鬼のような顔で怒鳴るのだった。