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ロロとトト  作者: 麻婆
5/10

西瓜カタルシス2


 じゃっじゃっ。

 艶やかな黒褐色の集塊を、越後屋の白い手がごそごそと掻き回す。


「こいつは、なかなか……」

「お?」

「嬉しそうな顔すんな。やっぱ気持ち悪いだけだぞ、これ」


 種が付かないように、後ろで長い髪を縛った越後屋。トトが用意した水に手を浸し、思い切ってボウルの中に手を突っ込んだ。しかし、それは想像していたよりも気持ちが悪かったようだ。夏の暑さでぬるくなった水と相まって、ボウルの中は地獄の手触りだった。越後屋の眉毛は不快さにひん曲がる。


「乗り越えなさい」

「お前なんなんだよ」

「あの、お姉さん、誰?」

「うおっ……、急に出てくるなよ。ビビるだろ」


 ロロである。庭が騒がしく、読書をしていられなくなった彼は、本を閉じて庭に出てきた。そこで見たものは、知らないお姉さんとトトが、奇行に及ぶ姿だった。


「ロロ、この人が越後屋紅よ」

「あっ……。こんにちは。なるほど、たしかに前髪がおかしい」


 すっとお辞儀をし、挨拶をするロロ。


「礼儀正しいんだか無礼なんだか」

「自分で切っていつも失敗するって、博士が言ってました」


 前髪のことはもういい、と越後屋は乱暴に手を振って話題の転換を試みた。ところが、越後屋の手からスイカの種が飛散して、ロロを強襲した。


「あっ。わりぃ」


 うっ、とくぐもった声を上げて、ロロは顔をおさえた。べちべちと襲い来る種に、彼は尻餅をつく。


「ちょっと、ベニー。そんな酷いことしたら駄目じゃない」

「いや、お前だって……ちょっと待て、ベニーてなんだ?」

「紅だからベニー」

「だろうな……。おい、少年、すまなかった。大丈夫か?」


 よたよたとロロは立ち上がり、少し不機嫌そうに眉をひそめたものの、怒ってはいなかった。


「わりといつものことだから」

「お、おう。そうか、大変だな。ロロ、でいいのか?」

「うん。トトに付けられた意味の無いニックネームだけど。ところで、二人は一体なにをしているの?」


 越後屋とロロが会話している最中も、トトは喜々としてボウルに手を突き入れていた。


「わからん、トトに聞いてくれ」

「ベニーがわからないなら、トトに聞いたって無駄だよ」


 まじかよ、と越後屋は絶句する。


「トト、ちょっと貸して」


 ロロは怯むことなくボウルに手を突っ込んだ。じゃっじゃっ、と数回試してみるも、汗ばんだ手に種が張り付くだけで、楽しくはなかった。ただただ気持ち悪いばかりだった。


「これは、駄目なやつだ……」


 面白くなさそうでも、やってみれば面白いこともあると、ロロは知っていた。ゆえに試してみたのだが、予想を良い意味で裏切られることはなかった。ショックのあまり、ロロは座り込んでしまった。


「そ、そんなガッカリすんのか」

「ベニーは気に入ったみたいだけど」


 トトは汗ばんだ額をぬぐい、楽しそうに笑った。腕を振り回し、そこら中に種を撒き散らしている。まるで、そういう農作業機械のようだった。


「うるせ。別に気に入ってないから」


 とは言うものの、越後屋はじゃっじゃっと手刀を突っ込んでいる。三人の周りには、いつか芽生えそうなほど種が散乱していた。


「あぁ……。これが、かたるしす、というやつね」


 トトはひどく嬉しそうな顔で越後屋に言った。


「なに言ってんのかわからん」

「わたしもわからん」

「トト。僕が読んでた本、勝手に読んだんでしょ」


 別にいいじゃない、とトト。困惑顔でじゃっじゃっとやっている越後屋。二人の視線はロロに注がれる。スイカの種に手を突っ込んでいる事とカタルシス、その関係性を問う目だ。


「待ってよ。難しくて、僕にもよくわからんです。あの本は、まだ僕には早かったんだ。読めない漢字とわからない言葉だらけだ」

「なによ、駄目じゃない」

「おい、トト。そんなにロロを責めるなよ」

「いつのまに、ぼくが悪いことになったのさ」


 ロロが小さく怒ると、二人がげらげらと笑い出す。つられてロロも笑うと、もう難しいことは消えてなくなった。

 夏の午後。少年と少女と、少し大きい少女が、今まで知らなかった価値観を手に入れた。スイカの種は、少なくとも三人が笑うことのできるものだったのだ。スイカは偉大なのかも知れない。


「君たち、なにしてるの……」


 スイカの種をまき散らして笑う三人を、怪訝な顔で見つめている博士がいた。心なしか、眼鏡がずり落ちた気がする。


「お、お前、いつの間に……!!」


 越後屋の顔はスイカのような紅色に染まった。


「なにその大量の種……。集めるのにどれだけ時間がかかるんだ」

「一粒も逃さず集めて、綺麗に洗って乾かしたわ。友達にも頼んだけど、夏休みをほぼ使い切ってしまったの」


 トトは大そう自慢げだ。博士はそんな様子に慣れているのか、眼鏡を押し上げて苦笑するだけだった。


「で、これはなんの遊び?」

「カンジョーのジョウカよ」


 意味がわからん、と三人は声を合わせる。


「わたしもわからん」


 そう答えて、トトは相好を崩した。


「なんでスイカの種を撒き散らして、感情が浄化されるんだ……?」

「おい、真面目に考えんなよ」


 博士が感情の浄化について頭をめぐらせていると、突然、ロロは体に付着した種を払いながら、切羽詰った声で呟く。


「みんな……! ぼくは気付いてしまったよ」

「ん? この状況と、感情の浄化の関係?」

「違うよ。このたくさんの種、小さな虫の群れに見える……と思わない?」


 一瞬。

 観察と思考の静寂。それを破ったのは、四人の悲鳴だった。


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