西瓜カタルシス1
じり、と焼ける音が聞こえた。
日光が肌を焼く音だ。ゆっくりと、じりじりと、肌が焼けていく音に耳を傾けているロロ。
「聞こえるわけないじゃない、そんな音」
スイカを食べながら、ロロの奇行を退屈そうに見ていたトト。ついに耐えきれなくなった彼女は、ロロの頭を小突いた。
「いてっ。まあ、そうなんだけど……そうじゃないんだよ」
「なに言ってるのかわからん」
「ぼくもだよ」
ロロは考えることを止め、小さく微笑みながら、スイカへ手を伸ばした。
「スイカはイダイだよね」
と、トトは口から種を飛ばして呟いた。ころん、と金属性のボウルが鳴る。
「食べておいしい、遊んでたのしい」
「なにを言ってるのかわからないよ。スイカで遊ぶってどういうことなのさ。食べ物で遊ぶなって、父さんに怒られるよ」
不思議そうなロロと、お構いなしのトト。相変わらずじりじりと音を立てる肌と、セミの鳴き声。時折吹く熱風と、高く揺れる緑葉。
夏である。
「種で遊ぶのよ」
「あぁ、どれだけ飛ばせるか勝負するやつか。テレビで見たよ」
◇
「うおっ……」
越後屋紅は、追試の下校途中で異様なものに出会った。思わず低い悲鳴を上げてしまった自分に、少し照れくさくなる。
「なに? なに見てるのよ」
「なっ……! いや、すまん」
金属性のボウルいっぱいに溜め込んだスイカの種。その中に手を突っ込んで笑っている少女。その光景はあまりに奇怪で、言い返そうとした越後屋の気勢を削ぐのに十分だった。
「じゃ、じゃあな」
越後屋は好奇心を振り切り、係わるまいと足早に立ち去る。防衛本能、と言っていい。
「あれ? ちょっと待って!」
しかし、好奇心は少女のほうにもあったらしく、どぎつい視線で越後屋を呼び止めた。
「な、なんだ」
スイカの種がびっしりと付着した指をさされ、越後屋は怯む。彼女の膝小僧に、二粒付着したからだ。
「えちごやべに、とは貴女ね」
「なんだ……、なんで知ってる?」
肩にかけた鞄。それに自分の名前が書いてあることを越後屋は知っていたので、存在の認知に対する疑問だった。
「たまに、博士が貴女のことを楽しそうに話すから」
「うわ、なんだそれ。博士って誰だよ、こえーな」
「みかんをもったいない食べ方する人」
「あぁ……、あいつか」
越後屋はくすくすと笑いをこぼす。博士という呼び名に、笑いを堪えることが難しかったのだ。あまりにもしっくりときたので、次から自分もそう呼ぼうと決めた。
「じゃあ、お前がトトか?」
越後屋の問いに、トトはびしっと親指を立てて頷く。ぺろっと舌も出している。
「ニックネームだけどね」
「そうか。でさ、楽しそうでなによりだけど、種こっちに飛ばすなよ」
じゃっじゃっ、とトトはボウルに手刀を突き入れる。かと思えば、種だらけの両手をぶんぶん振り回してもみる。越後屋の非難などお構いなしだ。
「うわっ、やめろって」
「やる?」
「やらねえよ!」
「なによ、変なみかんの食べ方はやったくせに」
「う、うるせーよ! くそ、あの眼鏡」
博士と同級生である越後屋は、ロロとトトの話を、彼からよく聞いていた。面白い姉弟に懐かれてしまったと、楽しげに話すのだ。